平成12年度

年次経済報告

新しい世の中が始まる

平成12年7月

経済企画庁


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第1章 自律的回復の芽生えがみられる日本経済

第2節 自律的回復のシナリオ

(景気の谷は99年4月)

景気(1)に関して政府が公表するもの として「月例経済報告」と景気基準日付がある。景気基準日付は、統計学的見地から事後的に認定され、DI(景気動向指数)の系列を主な判断材料として一定のルール(2)に基づいて山と谷を決めるものである。また、全ての時期を「拡張局面」と「後退局面」に二分類するもので、短期的な景気状況の変化は捨象しており、景気の強さ・弱さの程度や持続性などを示すことを目的としたものではない。今回局面の景気の谷は99年4月と認定された(3)。

これに対し、政府の政策運営の基礎としてのきめ細かい景気判断は「月例経済報告」で示している。今回の景気局面において、月例経済報告では、99年3月には「景気は、民間需要が低調なため依然として極めて厳しい状況にあるが、各種の政策効果に下支えされて、このところ下げ止まりつつある」と「下げ止まり」に言及し、7月には「景気は、民間需要の回復力が弱く厳しい状況にあるが、各種の政策効果が浸透し、このところやや改善している」とし、「改善」の語を使い始め、以後、この言葉を使い続けている。

(景気改善と自律的回復はどう違うのか)

2000年3月の月例経済報告は、「企業の活動に積極性もみられるようになるなど、自律的回復に向けた動きが徐々に現れている」との文言を盛りこみ、景気判断をさらに進めた。景気の改善と自律的回復とはどう異なるのであろうか。一言で言えば、景気の改善とは景気の状態がよくなっていることを意味するのに対し、景気の自律的回復とは、景気が政策など外的な力に頼らなくても良くなっていくような軌道にのった状況であると考えられる。「回復」という用語は単に改善を指すとも自律的回復を指すとも受け取られるので、月例経済報告では、これを用いず、後者の意味では"自律的回復#という言葉を用いている。

(景気の自律的回復はどう進んでいくか)

景気の現状(2000年6月現在)は、自律的回復への移行過程にあるとみられる。

企業部門では生産の緩やかな増加、収益の回復など自律的な回復に向けた動きが徐々にみられ始めている。設備投資の広がりはまだ限定的であることに注意が必要であるが、前回のような建設投資の遅れもみられていない。設備投資は持ち直しの動きが明確になってきており、増加に転じていくことが期待される。

しかし、生産増→雇用増→所得増→消費増という家計部門を通じるリンクについては時間がかかっている。企業は人件費削減努力をしており、①中小企業を中心に雇用者数が減少していること、②企業収益が改善しても賃金を抑制している動きがみられていること、などから生産増が雇用増、所得増につながりにくくなっているためである。残業時間が増加していることから賃金がもち直し現金給与総額では2000年1-3月期には前年比増加となっているが、雇用者数は求人の増加にもかかわらずまだ前年を下回っている。

(今後の景気を展望する上でのポイント)

前節の最後に述べた、今回の回復局面の3つの特徴に即して、今後の景気のポイントを考えてみよう。

第一に、景気は急速な落ちこみの後、政策効果で下げ止まり、輸出にも支えられて改善してきていることから、アメリカ・アジア経済の動向及び政策をどうみていくかが重要となる。日本経済はアジア経済との連関が深まっており、またアジア経済の回復はアメリカ経済に依存している面も大きい。アメリカ経済の先行きには不透明感もあるが、財政金融政策による対応余地はかなり残されている。資産価格が大きく下落すれば、景気の減速は避けられないが金融機関の体力は強く、97~98年の日本のような金融収縮をもたらす可能性は小さい。また、アジア経済についても、金融システムには克服すべきぜい弱性が残っていが、最近の活況を支えている情報関連財に対する需要は当面堅調が続くとみられる。また、日本経済の円高への対応力もかつてに比べれば向上している。

一方、これまで景気を下支えしてきた政策を緩和しても大丈夫であろうか。公的な資本増強などが奏効し金融システムに関する不安は鎮静化している。また、財政赤字の持続可能性や財政再建の経済的影響については第2章第2節で詳述するが、財政支出の減少そのものは相応の景気抑制効果をもつことから、まずは景気の本格的な回復を確実なものにする観点から経済運営に万全を期すことが必要である。金融政策については、金融・為替市場の動向も注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、引き続き適切かつ機動的に運営して行くことが期待される。

第二に、リストラクチャリングを伴った回復であることから、今後の回復が緩やかなものとなる可能性である。中小企業雇用者や常用雇用者を中心に、雇用者数は減少が続いている(4)。企業の雇用過剰感は改善しつつも中高年を中心に依然残っており、人件費削減努力は続くことが予想される。求人数は情報関連分野や介護関連分野などを中心に増加に転じ、新卒への需要も反転の兆しがでてはいるが、労働市場のミスマッチも大きく、雇用が増加に転じてもそのテンポは緩やかなもにとどまると思われる。しかし、99年はボーナス減少の影響などで低迷していた賃金は残業の増加等を背景に下げ止まってきたところであり、2000年に入って定期給与もプラスに転じるなど、家計所得は緩やかに増加し、消費も緩やかに回復していく可能性が高い。また、労働者派遣法の改正により、派遣労働から正規雇用への動きもみられていくようになれば、雇用のチャネルも広がって行くことも予想される。

第三に、新技術(IT)の影響を受けた回復であることからくる不確実性(上方及び下方リスク)である。機械受注や好調なパソコン消費にもみられるように、IT関連需要は当面堅調に推移していくことが期待される。IT関連投資は「コストと効果を睨みつつ」行う、という企業が多いことは、設備投資がITブームで急激に高まっていく可能性が低い一方で、IT関連の過剰な投資が将来の供給力過剰を招くようなことが起こりにくいことを示している(第1-2-1表)。

(95-6年頃と現在との比較・・景気回復を確実なものとするために)

現在の経済状況を95-6年頃と比較してどうみるべきであろうか。

まず、前回の景気の谷は93年10月(調整局面は2年半)であり、それと比べれば、今回の景気の谷が99年春頃(調整局面は約2年)であったとすると、現在の状況は95-6年の状況と比べ、まだ回復の初期段階にあると考えられる。

次に民需へのバトンタッチという観点から設備投資の動きをみると、投資計画調査にみる投資意欲はほぼ96年と同じ水準にある。これには前述の、新技術要因の影響もあると考えられる。一方で、景気改善の家計部門の波及が遅れている(5)ことは先にみたとおりである。

一方、金融面の状況をみると、95~96年に比べてかなりの改善がみられる。不良債権処理が進み、大手銀行の自己資本にも余裕が出てきた。また、金融機関の破綻処理を円滑化するための制度も整備された。

(今年度日本経済の見通し及び政策対応)

2000年1月28日に閣議決定された"平成12年度政府経済見通しと経済運営の基本的態度#では2000年度の経済成長を1.0%程度と見込んでいる。最近の生産や設備投資及び企業収益の動向からみて、この政府経済見通しは、実現可能と思われる。

しかし、景気がまだ回復の初期段階にあることを考えれば、景気の状況を注視し、機動的な対応を行って行くことが重要である。景気の緩やかな改善が続き、年度後半に民需主導の本格的な回復軌道に確実に乗っていくかどうかを注視しつつ、経済運営に万全を期すことが必要であろう。金融政策については、物価や景気の状況を念頭におきつつ適切な運営が行われることが期待される。

構造政策面では、IT革命、循環形成、介護ビジネス・高齢者と女性の能力発揮の3点を戦略的政策課題と位置付け、強力かつ総合的に政策展開を行って行くこととしている。

景気の自律的な回復を確実なものにしていくためには、家計や企業が日本経済の長期的な発展可能性に関して明るいイメージが持てる状況にしていくことが必要である。21世紀を迎えるにあたり、第2章では長期的発展のための条件を探る。


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