第1章 世界金融危機後の成長鈍化(第4節)

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第4節 世界経済の展望と長期停滞を回避するための政策協調

本節では世界経済の短期及び長期の見通しと課題について検討する。また、今後長期的に世界経済の成長への寄与が大きくなる可能性の高い新興国に着目し、それらの国々の直面する課題を例示する。

(世界経済の展望)

世界経済の先行きについては、緩やかな回復が続くことが期待されるものの、各種の下振れリスクに留意する必要がある。アメリカでは雇用・所得環境の改善が続く中、景気回復が続くことが見込まれているものの、世界経済や国際金融市場の動向等を背景に、政策金利は2015年12月に引上げられて以降据え置かれている。FOMCメンバーの政策金利見通しをみると、16年3月会合において、16年中の引上げ回数が4回ペースから2回ペースに引き下げられるなど、下方修正が続いている。ヨーロッパでは、雇用・所得環境が改善する中、個人消費の増加が続き、景気は緩やかな回復が続くことが期待されているものの、英国の国民投票の結果を受けた先行き不透明感の高まりによる影響等が懸念されている(第2章第3節)。中国については、各種政策の効果もあり安定的な成長の維持が見込まれるものの、不動産価格や金融市場の動向等による景気下振れリスクがある(第2章第1節)。国際機関による短期の見通しでは、16年については前年並みの成長率となり、17年にはわずかに上向くと予想されているものの、英国の離脱交渉の動向等によっては下振れる可能性があるとの見方が示されている。

また、世界経済の長期の展望について、OECDとIMFの中長期の見通しをみると、OECD(14年公表)は20年代にかけて次第に成長率が低下、IMF(16年公表)は21年にかけて成長率が上昇、と異なった展望が示されているものの、世界経済が3%強の成長を続けていくという見通しについては共通している(第1-4-1図)。また、IMF、OECDともに新興国の寄与が拡大していくとみていることは共通している。このうち中国経済については緩やかな減速が続くとの見通しであるが、世界経済の成長への一国の寄与度としてはアメリカを大きく上回って推移すると見込まれている。今後10年以上にわたり、世界経済は中国経済の動向に大きく影響される状況が続く可能性が高い。

第1-4-1図 各種国際機関の長期見通しの比較
第1-4-1図 各種国際機関の長期見通しの比較 (備考)(1)OECD 1.OECD”Economic Outlook No.95 May 2014 - Long-termbaseline projections”より作成。 2.「その他」は世界全体-主要国の残余とした。 (2)IMF 1.IMF”World Economic Outlook Database, April 2016”及び”Update July 2016”より作成。 2.寄与度は前年の名目GDPに占めるウエィトによる試算値。 3.「その他」は世界全体-主要国の残余とした。

(先進国の課題―求められる総合的な取組)

16年5月に開催されたG7伊勢志摩サミットの首脳宣言においては、世界的な需要を強化し、供給側の制約に対処するため、全ての政策手段-金融、財政及び構造政策-を個別にまた総合的に用いて、強固で、持続可能な、かつ均衡ある成長を達成することとされた。

このうち財政政策については、金融政策への過度の依存を回避するとともに、より高い乗数効果が期待できるインフラ投資(ハード面ではIT関連やエネルギー、ソフト面では教育やイノベーション関連など)の増加等、積極的な財政運営の必要性が各方面で指摘されている。

また、世界金融危機後にTPP(環太平洋パートナーシップ協定)やTTIP(大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定)といった経済連携の動きが広がる中、貿易・投資の自由化が自国内の雇用や所得格差にマイナスの影響を及ぼすといった懸念の高まりもみられる。16年6月の英国における国民投票でEU離脱の支持が多数となった背景にも、グローバリゼーションの進展に対する不安があったと言われる(第2章第3節)。世界の貿易が伸び悩む中、自由化のメリットを再確認するとともに、教育・訓練の改革等を通じてスキルギャップを縮小するなど、成長の果実を広げていくための一層の努力が必要である(第3章)。

なお、OECDは経済成長に向け重要と考えられる構造改革について、分野横断的に様々な提言を行っている10。具体的には、雇用拡大に向けた施策として、女性の労働参加の障壁を除くための政策や税制の見直し、労働生産性を高めるための施策として教育制度改革や職業訓練制度の見直し、イノベーションを後押しするための政策等が挙げられている(第1-4-2表)。国際的な協力の枠組みも活用しながら、各国が構造改革への取組を続けていくことが重要である。

第1-4-2表 日本・アメリカ・ドイツの構造改革優先分野(OECDによる提言)
第1-4-2表 日本・アメリカ・ドイツ構造改革優先分野(OECDによる提言) (日本) ・労働力人口の安定化 保育の拡充、共働き家庭の労働参加インセンティブを下げる税・社会保障制度の見直し、労働市場の二極化の是正等により女性の労働参加を増加、外国人労働者の活用を拡充 等 ・世界経済への統合により労働生産性を向上, TPP、日EU・EPAをはじめとするハイレベルな貿易協定に参加 ・ビジネス環境の改善,  コーポレート・ガバナンスの改善、労働市場の柔軟性や流動性の向上、ベンチャーキャピタル投資の促進、中小企業政策の改善、サービス分野の障壁緩和、農業生産補助を削減、農地の集約化 等 ・税制の効率性の改善, 消費税率引き上げ、法人税率引き下げ 等 (アメリカ) ・積極的労働市場政策の強化, 職業訓練の充実、障害者雇用イニシアティブプロジェクト(障害者の雇用促進ため教育、職業訓練等を行う)の成功例を拡大 等 ・低所得者等の家庭環境改善, 最低賃金の引き上げ、家族休暇(出産・介護等)の取得の促進 等 ・ヘルスケア分野の効率性の改善, 処方箋薬の費用対効果評価を継続する等、量から質に基づく医療費支払いのためのパイロット事業の継続 等 ・税制の効率性向上,    法人税限界税率を引き下げ、課税対象を広げる、国際的な相違点や不整合を利用した多国籍企業の過度な節税対策への対応 等 ・農業の生産性向上, 作物保険への補助金も含む農業生産支援に係る補助金の削減、農産物輸入障壁の削減 等 ・教育機会の平等と効果の改善 生産性の向上, 新設企業の研究開発(R&D)に対する還付方式税額控除の導入、倒産手続の改善、特許取得手続きの迅速化、デジタル分野等の新分野に対する反トラスト政策の採用 等 ・教育機会の平等と効果の改善, ヘッドスタート、早期ヘッドスタート(注)等のような低所得者層に対する就学前教育・支援の拡充 (注)育児支援施策の一つで、低所得家庭を対象に、予防接種、健康診断、栄養、教育、社会的サービス等の多面的な支援を行う。ヘッドスタートは3、4歳が対象、早期ヘッドスタートは0から2歳が対象。 (ドイツ) ・税制改革, ミニジョブに対する非課税制度を無くす、労働者所得税の低減、財産税に係る評価方法の改善、付加価値税の軽減税率や適用除外を廃止 等 ・高齢化の労働参加を促進, 年金受給開始可能年齢後の労働に対して受給年金額が減らないような制度に改善、職業訓練の充実 等 ・移民の効果的な統合, 難民や移民に対する職種等による労働市場への参入障壁を削減する、難民の子弟を義務教育課程への早期統合 等 ・女性の労働参加の促進, フルタイムの保育サービスの充実、保育士の充実等、ミニジョブに対する非課税措置の廃止(再掲)、共働き世代のに対する税負担の軽減 等 ・サービス分野の規制緩和, 業務独占専門的サービス業での規制緩和、建築家、エンジニア等のサービス業での価格統制の廃止、通信分野では、SIMカード発行の独占を廃止 等 (備考)1.OECD”ECONOMIC POLICY REFORM 2015:GOING FOR GROWTH”、”ECONOMIC SURVEYS JAPAN  2015”、”ECONOMIC SURVEYS UNITED STATES 2014”、”ECONOMIC SURVEYS UNITED STATES 2016”、”ECONOMIC SURVEYS GERMANY 2016”より作成。 2.OECD提言による優先的構造改革分野の主なものを掲載。

(新興国の課題)

新興国では、中長期的に持続的な成長と財政の健全化に向け、G20やAPEC等の国際的な枠組みも活用しながら、各国の歳出改革や構造改革を推進していくことが重要であると考えられる。

中国については、投資主導から消費主導の経済への移行を進めるとともに、市場の役割を重視した改革が行われることが求められる。また、中国経済の安定的な成長の実現には、市場の信認の確保が重要である。経済統計の精度や政策当局と市場との対話を改善することなどが求められる(第2章)。また、少子高齢化が進む中、生産性の向上につながる構造改革を進めることが重要である。

一方、今後世界経済の成長に果たす役割が高まると考えられるインドやインドネシアでは、ビジネスを円滑に進めるための環境の整備が求められる。例えば、ビジネスのしやすさを測る世界銀行のDoing Businessでは、インドネシアは189か国中第109位、インドは第130位と、ビジネスを進める上で障害の多い国とされている(第1-4-3表)。

第1-4-3表 主要新興国・先進国のビジネス環境
第1-4-3表 主要新興国・先進国のビジネス環境 (189か国中)ブラジル 総合 116位 開業 174位 建設許可取得 169位 電力調達 22位 不動産登記 130位 資金調達 97位 少数投資家保護 29位 納税 178位 契約履行 45位 越境貿易 145位 破産処理 62位 中国 総合 84位 開業 136位 建設許可取得 176位 電力調達 92位 不動産登記 43位 資金調達 79位 少数投資家保護 134位 納税 132位 契約履行 7位 越境貿易 96位 破産処理 55位 インド 総合 130位 開業 155位 建設許可取得 183位 電力調達 70位 不動産登記 138位 資金調達 42位 少数投資家保護 8位 納税 157位 契約履行 178位 越境貿易 133位 破産処理 136位 インドネシア 総合 109位 開業 173位 建設許可取得 107位 電力調達 46位 不動産登記 131位 資金調達 70位 少数投資家保護 88位 納税 148位 契約履行 170位 越境貿易 105位 破産処理 77位 ドイツ 総合 15位 開業 107位 建設許可取得 13位 電力調達 3位 不動産登記 62位 資金調達 28位 少数投資家保護 49位 納税 72位 契約履行 12位 越境貿易 35位 破産処理 3位 日本 総合 34位 開業 81位 建設許可取得 68位 電力調達 14位 不動産登記 48位 資金調達 79位 少数投資家保護 36位 納税 121位 契約履行 51位 越境貿易 52位 破産処理 2位 アメリカ 総合 7位 開業 49位 建設許可取得 33位 電力調達 44位 不動産登記 34位 資金調達 2位 少数投資家保護 35位 納税 53位 契約履行 21位 越境貿易 34位 破産処理 5位 (備考)世界銀行”Doing Business 2016”より作成。

インドにおいては、モディ首相のイニシアチブの下、州ごとに制度が異なり複雑な間接税を物品・サービス税(GST)に統一する動きがある(16年8月に法案が上院で可決)。

また、ハード面としてインフラ整備も引き続き進める必要がある。中国では4兆元の景気対策によりインフラ整備が相当程度進展したが、物流を担う道路や港湾インフラには改善の余地があると言われている。また、インドでは交通渋滞が慢性化しており、環境汚染も含めた経済損失は約2兆円程度(12年)に上るとの試算もある11。世界経済フォーラムのインフラ部門の競争力では、インドは140か国中第81位、インドネシアは第62位となっており、インフラ整備の加速が求められる(第1-4-4表)。

第1-4-4表 主要新興国・先進国の公共インフラの質
第1-4-4表 主要新興国・先進国の公共インフラの質 (140か国中)ブラジル インフラ総合 74位 インフラ全体の質 123位 道路の質 121位 鉄道の質 98位 港の質 120位 空港の質 95位 航空旅客輸送量 10位 電力供給の質 96位 携帯電話加入 37位 固定電話加入 50位 中国 インフラ総合 39位 インフラ全体の質 51位 道路の質 42位 鉄道の質 16位 港の質 50位 空港の質 51位 航空旅客輸送量 2位 電力供給の質 53位 携帯電話加入 107位 固定電話加入 63位 インド インフラ総合 81位 インフラ全体の質 74位 道路の質 61位 鉄道の質 29位 港の質 60位 空港の質 71位 航空旅客輸送量 11位 電力供給の質 98位 携帯電話加入 121位 固定電話加入 116位 インドネシア インフラ総合 62位 インフラ全体の質 81位 道路の質 80位 鉄道の質 43位 港の質 82位 空港の質 66位 航空旅客輸送量 15位 電力供給の質 86位 携帯電話加入 49位 固定電話加入 80位 ドイツ インフラ総合 7位 インフラ全体の質 11位 道路の質 13位 鉄道の質 9位 港の質 14位 空港の質 11位 航空旅客輸送量 6位 電力供給の質 20位 携帯電話加入 57位 固定電話加入 5位 日本 インフラ総合 5位 インフラ全体の質 7位 道路の質 8位 鉄道の質 1位 港の質 22位 空港の質 25位 航空旅客輸送量 4位 電力供給の質 21位 携帯電話加入 58位 固定電話加入 10位 アメリカ インフラ総合 11位 インフラ全体の質 13位 道路の質 14位 鉄道の質 15位 港の質 10位 空港の質 5位 航空旅客輸送量 1位 電力供給の質 16位 携帯電話加入 99位 固定電話加入 20位 (備考)World Economic Forum”The Global Competitiveness Report 2015-2016”より作成。

10 OECD (2016a)
11 TCI (2012)

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