第2節 各国のイノベーションをめぐる状況とその創出の要件
第1節では、世界金融危機後、主要国の成長率が低下している背景には、資本ストックの伸びの低下だけでなくTFPの低下が大きく関わっていることが明らかにされ、現状をブレークスルーする取組が遅れれば今後の潜在成長率の低下も避けられない状況にあることも示唆された。一方、主要国のこうしたTFPの変化には、世界金融危機の前後を通じて特に製造業を中心として総じて研究開発費(以下、R&D支出)による無形資産の蓄積の影響があることも確認された。
元来、TFPは技術進歩による成果を反映し、労働や資本といった生産要素の投入以上の付加価値をもたらす要素である。こうした技術進歩をもたらすのがイノベーション活動18であり、その活動の流れで特にR&D支出は、イノベーションを創出するための重要なインプットとなっている19。しかし、イノベーションを創出するインプットは研究開発費の投入だけでない。例えば、企業の販路拡大(輸出先多様化)努力、新規起業の活発さ(ベンチャー)、政府政策による民業へのスピルオーバー効果(電子政府)等、幅広い要素が複合的、相乗的に影響を及ぼしあいイノベーションの成果がアウトプットや最終的なアウトカムとして現れると考えられる20。
以下では、まず、イノベーションの実態を多様な指標から国際比較し、更に前節で取り上げた国のうちで特徴的な動きがみられる分野や事例を取り上げ、その背景にある制度や政策的取組を探る。
1.各国のイノベーションの成果とその背景
(1)イノベーションの国際比較
イノベーションの実態を多面的に国際比較するために、ここではWIPO(World Intellectual Property Organization)とINSEAD(ビジネススクール)が調査・発表している『The Global Innovation Index 2012』をみてみる。
まず、ランキング総合上位10位の推移をみると、第1節で分析した国は、韓国とドイツを除きすべてランクインしている(第2-2-1図)。また、スイスやスウェーデン等の北欧諸国や、アジアのシンガポールや香港が安定して上位に入っていることが分かる。一方で、アメリカは上位に入りつつも、やや順位を下げていることもみてとれる21。
また、同報告書では、世界各国のイノベーションの情況をインプットとアウトプットの2つの大項目に、更にインプットを5つ、アウトプットを2つの中項目に分けている。また、それぞれの中項目は更に小項目3つずつから構成されている。すべての項目は、関連する統計指標やアンケート調査の結果を考慮して、100点満点で点数化されている。
イノベーションランキング総合上位国を20か国まで広げてそれぞれインプットとアウトプットの点数から総合的に比較すると、第1節で分析した国は、いずれもランクインしている(前掲第2-2-1図)。特にフィンランドや英国がインプット・アウトプット双方で高い点数をつけているのが目立っている(第2-2-2図)。一方、韓国はインプットの点数に比してアウトプットが低い状況がみてとれ、この情況は日本も類似している。総じてみると、ヨーロッパを中心とした先進国がインプットとアウトプットのバランスが取れたかたちで上位を占めているといえる。
(i)インプットが顕著なフィンランドと韓国
次に、イノベーション指標のうちインプットにあたる5つの中項目について、それぞれ点数が高い上位国の情況をみてみる。
(ア)制度環境
まず、「制度環境」は、政治・規制・ビジネスの制度環境の指標からなり、イノベーションが起こりやすい制度的基盤が確立している国ほど上位にランクインされる指標である(第2-2-3表)。これによると、上位には前節で取り上げたフィンランドを含めた北欧を中心としたヨーロッパの国々が目立つ。この点においては、ドイツや韓国は20位以下に位置している。
これに関連して、起業しやすい制度・規制と起業5年未満で特許を出願した企業についてみると、上記同様、やはり北欧を中心としたヨーロッパ諸国が上位を占めており、制度環境の充実度が特許に代表されるイノベーションのアウトプットを生み出しやすい関係にあることが確認できる(第2-2-4図)。
(イ)人的資源及び研究調査
次に、「人的資源及び研究調査」は研究者や教育・研究開発費(R&D)に代表されるような研究環境が充実している国ほど上位にランクインする性格の指標である(第2-2-5表)。これによると、やはり北欧諸国が上位に入っているのが分かる。なお、韓国もこの指標を構成している研究開発の点数が特に高いため、上位に入っているとみられる。
実際、各国の研究開発費のGDP比率を確認すると、ほかの北欧諸国と並んで韓国の比率の高さが目立っている(第2-2-6図)。また、政府の科学技術予算をみても、GDP比でみて各国ともそれほど大きな差はないものの、フィンランドや韓国では世界金融危機後も一定規模が保たれた結果、他国より相対的に高い位置を占めていることが分かる(第2-2-7図)。
また、人的資源に関連して、就業者1,000人当たりの研究者数をみると、フィンランドが突出しているとともに、韓国の伸びも目立っていることが分かる(第2-2-8図)。
(ウ)インフラ設備
次に、「インフラ設備」の指標は、エコロジカル持続可能性・情報通信技術(ICT)・一般設備の項目から構成されるが、やはりICT関連設備の点数の高さから、北欧諸国や韓国が上位にランクインしている(第2-2-9表)。
この傾向は、ブロードバンド設備の普及度合いからも確認できる(第2-2-10図)。とりわけ、ビジネス利用、家庭利用ともに、韓国においてほぼ100%近く普及している点は注目に値する。
また、「インフラ設備」の構成指標のうち、特に、ICT技術を活用した代表的な社会インフラである「電子政府の普及」についてみると、「インフラ設備」で上位の韓国やシンガポール等、アジアのICT先進国やアメリカ、英国等において整備が進んでいることが分かる(第2-2-11表)。
また、更にその構成指標として電子政府の提供情報や市民からのアクセスの程度についてみると、市民からの電子政府のアクセシビリティよりも政府からの情報提供の度合いが相対的な割合として大きい(第2-2-12図)。その一方で、韓国、シンガポール、オランダでは市民から電子政府への高度なアクセスの度合いが相対的に高いことも読み取ることができる。
(エ)市場洗練度・ビジネス洗練度
また、残る「市場洗練度」「ビジネス洗練度」の2つの指標ではアメリカの優位性が目立つ。例えば、「市場洗練度」ではアメリカは第2位となっている(第2-2-13表)。ここでは、その他には香港やシンガポール等のアジアの金融センターやヨーロッパ諸国が上位に入っている。
「市場洗練度」の構成指標であるベンチャーキャピタル取引についてみても、アメリカはヨーロッパ諸国と並んで上位に位置している(第2-2-14表)。ベンチャーキャピタル投資の各国のGDP比をみると、アメリカの投資規模が高いなど同様の傾向がうかがわれるが、とりわけフィンランドやスイスでは初期段階でのベンチャーキャピタルの投資が大きいことも分かる(第2-2-15図)。
「ビジネス洗練度」についてもほぼ同様の傾向がみられる。ここでは幾つかのタックスヘイブン(租税回避地)とされる国もみられるため、それを考慮すれば、アメリカやフィンランドが当該分野での優位性が際立っているといえよう(第2-2-16表)。とりわけ、アメリカは同指標を構成する「産学連携度」指標が第3位と高い順位にあることも注目に値する(第2-2-17表)。
(ii)アウトプットの量的存在感が際立つアメリカ
次にイノベーション活動の成果であるアウトプットや最終的なアウトカムに関する指標についてみてみよう。
(ア)特許等にみられるアウトプット
まず、プロダクト・イノベーションといえる特許等を始めとした「知識と技術のアウトプット」の面では、やはりフィンランドと韓国が顕著であるが、アメリカは11位、ドイツは12位と、第1節で挙げた主要国はほぼすべて上位にランクインしていることが分かる(第2-2-18表)。ただし、プロセス・イノベーションといえる特許以外の無形資産やサービス等の「創造的アウトプット」では、北欧を中心としたヨーロッパの小国が多くを占めている(第2-2-19表)。
こうした特許に代表されるアウトプットに関連して、特許申請件数を申請者の国籍別にみると、アメリカが水準的に他国を圧倒している状況が顕著に表れている(第2-2-20図)22。アジアでは韓国も増加傾向にあるが、近年中国の申請件数の増加が目覚ましいことが分かる。
さらに、特許による実際の収益力を比較するために、国際収支統計における「特許等使用料23」の各国の受取額をみると、アメリカが11年では1,200億ドル超と突出しており、2位以下を大きく引き離している(第2-2-21図)。
これらから、アメリカは、特許申請件数の多さもさることながら、後述するような同国のグローバルブランドの世界展開による利用頻度の高さも特許等使用料といった収益力の増加に結びついている可能性があるとみられる24。
ただし、アウトプットのイノベーションを実現した企業の割合に関するデータ25をみると、プロダクト・イノベーションでは特にドイツが顕著である一方、逆にアメリカではその割合は相対的に低い水準にある(第2-2-22図)26。
(イ)ブランド力や販路開拓力
他方、イノベーションによってもたらされたアウトカムの一つとも考えられる「ブランド力」27について、世界的に展開しているグローバルブランドを国籍別に比較すると、アメリカが情報技術産業を中心に上位をほぼ独占し、かつ全体でも幅広い業種で圧倒的なシェアを占めていることが分かる(第2-2-23図)。ただし、近年はそのシェアがやや縮小していること、電機や自動車メーカーに代表される韓国企業がわずかではあるが増加していることは注目に値する。
また、ブランドのグローバル化と関連するのが企業の販路開拓力である。技術的にみて汎用化が既に進んでいる製品であっても、普及の遅れている国・地域のマーケットを新たに開拓することにより、製品供給国サイドの成長のフロンティアを拡大することが可能である。例えば、後述するアメリカのインターネット・コンテンツ、ドイツや韓国の自動車、フィンランドの情報通信機器等、当該国の主力産業の一角を形成する産業は、販路開拓力にも支えられて成長していると考えられる。
2.主要国のイノベーションをめぐる特徴的事例の概観
次に、第1節で検証してきた国における成長産業に着目し、各国におけるイノベーションをめぐる特徴的な事例を具体的にみてみよう。併せて該当する産業のイノベーション創出の背景にどのような政策や制度が存在するかも確認し、「イノベーション創出」の要件を整理する。
(1)アメリカ
(i)イノベーション政策の概況
前節でみたように、アメリカのイノベーションをめぐる総合的な評価は、相対的にはやや低下がみられるものの、量的なアウトプットでは圧倒的な優位性をみせている。
アメリカのイノベーションの特徴としては、研究開発投資費用が他国に比べ絶対水準として圧倒的に大きく28、科学系論文の引用数や特許件数等の世界シェアを見ても高いことが挙げられる。研究開発投資を負担者区分でみると、企業が大宗を占めているが、他の国と比べれば3割を占める政府支援(助成金含む)も厚い。また、産学間の技術移転に関わる法規制が整備され産学連携の仕組みも発展しているほか、充実したベンチャーキャピタルなどを背景にベンチャー企業による活動も活発であり、イノベーションを促進する重要主体として機能している。
イノベーション政策としては、04年のパルミサーノ・レポート以降、米国競争力イニシアティブや競争力法29が制定され、イノベーション支援に向けた政府の政策基盤が整えられてきた。09年には、オバマ政権により「A Strategy for American Innovation(イノベーション戦略)30」が公表されており、起業支援や競争力ある市場の整備を含め、イノベーションを促進する基盤構築に向けた投資や、医療やクリーンエネルギー分野、先進製造技術等、国家の優先分野には政府としても重点投資することが目指されている。
(ii)典型的成長分野
(ア)医療分野
アメリカは、医療分野において圧倒的な優位性を有している。世界の特許出願の傾向を示す一つの指標であるPCT特許申請31のシェアをみると、ほかの国と比べ突出したシェアを有している(第2-2-24図)。また、医療を支えるバイオテクノロジーやナノテクノロジー分野でも、同様の優位性を保っている。
世界的な高齢化の進展に加え、新たな医療機器の開発に伴い、疾病の予防や診断、治療等に使用される医療機器への需要は年々増加しており、医療機器の世界市場は約5%の成長率で拡大している。特に、新しい治療方法とそれに利用される医療機器(例えば、心血管の閉塞に対するステント留置術)や高度な画像診断機器(CTやMRI等)は次々に開発・改良され、大きな需要を生み出している。こうした医療機器市場において、アメリカは約4割を占める世界最大の消費国であるが(第2-2-25図)、一方で最大の産出国にもなっており、技術的優位性に裏打ちされた強い競争力の証左といえる。
また、世界の医薬品市場も同様に、高齢化や創薬技術の進展により、97年以降、約10年間で2.4倍規模に成長しているが、そのうち4割をアメリカ市場が占める32。世界の新薬の売上高上位100品目を開発国別にみると、アメリカが約半数を占めており、圧倒的な競争力を有する。
アメリカの医療分野における研究開発費や特許申請件数をみても、増加傾向にある(第2-2-26図)。ただし、増加する研究開発費に反して、新薬承認件数は横ばいないし減少傾向にある。この理由としては、開発が容易なターゲットが枯渇したことや、臨床試験や規制へ適合するためのコストが増加したことなどがあるとされる33。研究開発活動の多くは民間企業によってなされるものであるが、基礎研究については、大学・研究機関とそれらの研究費を援助する国立衛生研究所(以下、NIH)を始めとした国家的な支援制度の存在は欠くことができない。
新薬の開発方法は、従来は化合物をランダムにスクリーニングして治療に有効な成分を探すというものであったが、現在では疾病の生物学的プロセスに基づく合理的な創薬手法が主流になってきている。例えば、がん細胞など特定疾患の発生・増殖のメカニズム、そこで働く遺伝子・タンパク質等を解明し、その治療方法を探索するというものである。そのため、バイオテクノロジーなど基礎研究・学術研究分野からもたらされた成果とそれを分子標的薬として応用する独創的なアイディアが重要になる34。
このように創薬過程において基礎的な研究が重要になってくるのに対応して、新薬の開発で公的な研究費が占める重要性が高まっていると指摘されている。大学の研究費用の内訳をみると、ライフサイエンスの分野は約6割のシェアを占め、更にその6割が連邦政府の助成を受けている(第2-2-27図)。すなわち、政府が、大学・研究機関などで行われる基礎・応用研究を助成金の形で財政支援し、そこから産み出された学術的成果やアイディアを民間企業が分子標的薬に応用、製品化する構図となっている。
なお、医療分野については、アメリカの国家的な優先分野として、従来から重点的に財政支援が行われてきている。連邦政府の研究開発資金をみると、研究開発予算の半分以上は国防予算開発分野に投入されるが、非軍需分野では予算の約5割が、保健衛生分野に重点配分されている(第2-2-28図)。
(a)医療分野イノベーションの中核を担うNIH
保健衛生分野に向けた政府助成金は、そのほとんどがNIHを通じて支給されている。NIHは、保健福祉省に属する研究機関であるが、一つの研究所ではなく、国立がん研究所(略称NCI)や国立アレルギー・感染症研究所(同NIAD)等それぞれ専門性をもった27の研究所・センター(ICs)の集合体である。年間約300億ドルも配分される予算は、これらの傘下の研究所を通じて研究支援等に使われる。こうしてNIHは、癌やエイズなど特定の疾患からゲノム解明まで多様な分野をカバーしており、特に、近年はゲノムや脳科学など、疾病横断的な分野を重点的に採り上げるようになっている。
NIHの予算の内訳をみると、10%程度がNIHに所属する6,000人に上る研究者が行う所内活動として充てられるものの、8割以上は、米国内外の3,000以上の大学や研究機関などへの研究助成金(外部助成金)として配布されている(第2-2-29図)。特に、その中でも、研究者個々のアイディアや研究に対して支援を行うNIHグラントには多額の予算が配分されており、アメリカ国籍の有無にかかわらず国内外から申請できるなど、グローバルに開かれたグラントとなっている35。NIHグラントは、研究実施者からの申請を受けて、専門の科学者により、価値や独創性、実際の医療等への還元方法等を厳格に審査される(ピア・レビュー)。膨大な申請件数のうち採択される数は少なく、極めて競争的である。こうした助成金の申請制度自体が大学機関や研究者の質的向上を促すよう機能しているとも考えられている36。
NIHが注力するのは基礎研究である。これは、単に民間部門との棲み分けを図るためではなく、原理・メカニズムの探求こそが治療方法を開発するために必要であるとの認識によるものでもある。確かに、創薬にあたって、生物学的原理や発症メカニズム等を探求するといった基礎的アプローチは、実際の治療に結び付くまでの懐妊期間が非常に長く、大きな不確実性を伴うものであるため37、基礎研究は政府支援がなければできない分野であるといえる。
こうした原理・メカニズムの探求というスタンスは、厳格なプロトコル38に従って強力かつ広範に進められる臨床試験とともに医学研究に大きな影響をもたらしている。NIHは、世界最大規模の臨床専門施設を有しているだけでなく、アメリカ内外の病院や研究機関とも契約して臨床試験を行っている。こうした委託契約プロジェクトはホームページ上で公開され、14万件以上もの研究が実施されるなど、アメリカ内外で大規模に臨床試験が行われている。このようにして、最先端の基礎研究の結果を臨床に反映させるとともに、臨床から基礎研究へ情報を還元することで、NIHはアメリカ医療の発展に寄与している。また、最先端医療は世界中から有能な医師や留学生を集めることにも繋がり、こうした人材の集積が更に医学研究を促進するという好循環を形成している。
以上みてきたように、アメリカの医療分野においてNIHが果たす役割は大きい。その背景としては、巨額の資金が基本としてあるが、加えて以下のような要因が指摘できよう。
第一に、生物学的原理や発症メカニズムの探求や、厳格なプロトコルに基づいた臨床手法を推進したことである。これら医学研究に対するNIHのアプローチは、圧倒的な規模のグラントとあいまって、内外を問わず優秀な人材を呼び込むよう機能しており、アメリカの医療分野の競争力を支える大きな要因となっていると考えられる。
第二に、研究のガバナンスが挙げられる。競争的な採択や公正な評価等の手続きが厳格であることは当然であるが、グラントの採択は科学者によって決定され、また、個々の科学者も研究内容等に関して自律性を与えられるなど、研究のコントロールが科学者のコミュニティに委ねられている。
第三に、NIH自身は基礎研究に注力しているが、後述のように、それを商品化までもっていく民間企業との連携が形成されていることである。特に、最近ではベンチャー企業の役割が高まっているが、そうした民間活力がなければ基礎研究も実際の便益に結び付かないのである。
(b)産学連携と中小企業の役割
創薬において、疾患のメカニズムの解明等の基礎研究が重要になる中、アイデアを活かしたバイオベンチャーの役割が大きくなっている。新薬は製品化され、治験や認可から販売に至るまでには10~15年の長い期間と膨大な開発費を必要とする。一方で、急速な技術進歩のため開発対象技術の変更も頻繁に起こるなど製品開発のリスクも高くなっている。従来は、巨大な製薬企業が基礎研究から臨床試験、規制当局の認可の取得、製造と販売促進まで、垂直的に統合した活動を行っていたが、近年では、バイオベンチャーが創薬あるいは臨床試験の段階を担当し、大手製薬企業が後にその新技術を獲得して製品を大量生産し、また、販売促進活動を行うという循環が生まれている。
また、こうしたベンチャー企業の育成には、産学の連携を欠かすことができない。バイオベンチャーが集積するクラスターがアメリカ国内数か所に創出されており、例えば、ノースカロライナでは、60年代より州政府主導の下リサーチパークとしてクラスターが発展している。そこではノースカロライナ大学など3大学と研究機関等が研究協力しているほか、医療・ヘルスケア人材輩出のためのプログラムが実施されている。州政府はバイオベンチャーを振興しており、既存企業からスピンオフした人材がバイオベンチャーを立ち上げ、多数のバイオ研究関連サービス企業が設立される。その結果、アメリカではバイオテクノロジーに関して、中小企業を中心に圧倒的な数の企業が設立されている(第2-2-30図)。
医療機器分野でも、中小企業が画期的な新技術やイノベーションを実現する役割を担う。商務省によれば、医療機器メーカーの6割が従業員20名に満たない小規模規模企業であるが、医療機器産業の企業買収額は年々増加傾向にある中で、大企業がこうした中小企業の技術を獲得していると指摘される39。すなわち、大企業はこれまで培ったノウハウを活かし、中小企業から獲得した新技術を実際に市販できる製品に仕上げ、巨額の予算を要する臨床試験を経て、医療機器の規制当局の承認を得、世界中に広がる販売ネットワークを通じて製品を市場に展開している。
このようにアメリカでは、シーズを商業化する過程でのベンチャー企業の役割は大きく、その技術を大企業が獲得することによって製品化、世界中に拡販することで、医療分野の世界的な競争力を生んでいるといえる。
(イ)インターネット・コンテンツ分野
圧倒的なシェアを誇る検索エンジンやソーシャルメディア、誰でも簡単に映像をネットで共有できる動画交換サイトや、プラットフォームの提供により流通革命をもたらした巨大な電子商取引市場等、インターネット・コンテンツ40にかかわる新規創造物の多くがアメリカから生み出されている。また、その多くがベンチャー企業から生まれたものであり、現在でもモバイル決済やオンラインストレージ等の新たな分野で急成長するベンチャー企業が多数存在するなど、新しい技術・サービスが生まれ続けるアメリカは、こうした分野での競争力が高い。ただし、こうしたネットワークを介した新しい技術やサービスは、様々な業種・分野に幅広くわたっており、ライセンスや広告収入等の付加価値を獲得する方法もそれぞれで異なるため、それらマーケットの全体像を捕捉することは必ずしも容易ではない。
この状況を把握するための1つの例として特許・ライセンス使用料をみると、前述のとおり、アメリカは他国と比べ圧倒的に高い水準となっている(前掲第2-2-21図)。同国の特許・ライセンス使用料の内訳をみると41、財生産に使用される特許及びライセンスの使用料である「工業プロセス」と、一般的に使用されるコンピュータ・ソフトウェアを利用及び流通させる権利の許諾から得られる使用料である「汎用コンピュータ・ソフト」の金額が突出して大きい。特に、汎用コンピュータ・ソフトは「受取」が「支払」を大きく上回っており、増加する特許使用料をけん引している(第2-2-31図)。すなわち、同国のソフトウェア関連製品が世界各国の市場で流通し、受取額を拡大させているといえる。
(a)拡大するインターネット市場
アナログからデジタルの転換により、日々の生活がデジタル情報に取り囲まれ、高精度な画像や楽曲、動画までがインターネット上で共有される中、生成及び複製されるデジタルデータの量は、10年には世界で1.2兆ギガバイトを既に超えており、わずか5年間で約10倍と破竹の勢いで増大している。また、こうした動きと連動して、世界各地でスマートフォンの普及が進み、携帯電話販売台数に占めるスマートフォンの比率は11年の約3割から15年には5割を超える見通しとなっており42、タブレット端末とそれに伴う電子書籍市場も急成長をみせる。
こうした中、インターネットを媒介として広告費用は着実に増加している。インターネットやTV、新聞等を含む全メディア広告の世界市場は、5年間で年間平均約6%の伸びで拡大すると予測されている43。その中でも、インターネット広告費用は5年間で年間平均15.9%増加する一方、それ以外の支出の伸びは抑えられ、インターネット広告のシェアは16年には約30%まで拡大する見込みである(第2-2-32図)。インターネット広告市場の内訳をみると、分野別で4割以上の高いシェアを占めているのが検索分野での広告収入であり、この分野ではアメリカ企業が世界シェアの実に8割以上を占める44。また、国別では、世界のインターネット広告市場の3割以上のシェアをアメリカが占めている。アメリカ市場では上位10社で7割以上のシェアを有しているといわれ、世界市場でみてもこうしたアメリカ企業が高い競争力を有していると考えられる。
クラウドやビックデータといった分野にけん引され、世界のソフトウェア市場も拡大している。世界のソフトウェア市場はベンダー上位5社で4割のシェアを有しているとされ、そのうち4社はアメリカ企業である45。また、パソコンやスマートフォンのOSでは、それぞれアメリカ企業が8割以上の世界シェアを有しており、その他、パソコンやスマートフォンの心臓部であるCPUでもアメリカ企業は従来から高いシェアを誇るなど、こうしたプラットフォーム技術の競争力は高い。
また、もともとアメリカは、言語による障壁が低いこともあるが、ハリウッド映画等に代表されるようにコンテンツ分野に競争力を有し、娯楽・文化サービス輸出の貿易特化指数は他国と比べても高い(第2-2-33図)。電子商取引等を含むインターネット・コンテンツの強さの背景には、映画や音楽等これまで非デジタルなコンテンツビジネスで培った表現力・技術力も、一定の効果を果たしているものと考えられる。
(b)インターネットビジネスを支える充実したインフラの存在
アメリカ特有のインフラ環境も、強さを支えていると考えられる。この分野では、医療分野のように重点的に政府の予算が配分されておらず、多額の研究助成金も直接配布されてはいない。ただし、政府はイノベーション政策の一環として、起業支援や競争力のある市場の整備を含め、イノベーションを促進する基盤構築に向けた投資を従来から行ってきており、こうした基盤がこれらの分野の強さを支えている。
アメリカは古くからインターネットの普及が進んだ国の一つであり、OECDの中でも普及率は高い。さらに、政府は、最先端のワイヤレステクノロジーとアプリケーションに関わるイノベーションを促進すべく、次世代ワイヤレスブロードバンドネットワークの展開を進める46など、インフラ環境の整備も進めている。また、誰でも必要な情報にアクセスできるよう、電子政府等でデータの提供・公開を促進している。具体的な事例として、連邦政府の公開ホームページであるData.govは、データの検索、利用等の機会を広く与えることにより、新事業創出を促すことを試みている。
また、アメリカでは、シリコンバレーに代表されるような、イノベーションクラスターが西海岸を中心に発達しており、これらの地域から、ベンチャー企業が次々に生まれ、新たな技術・サービスが創出されている。前項でもみたように、アメリカは、ベンチャーキャピタルはOECD上位5位に入るほど充実しているが、特にこれら地域への投資額は大きく、ベンチャー企業の活動を支えている47。また、こうした地域では、専門の研究者、法曹、業界リーダー等との幅広いネットワークが形成されており48、起業家は各専門家と協力して最先端の製品を育てることができる。これらの地域に立地する大手ICT企業は、ベンチャー企業の技術の買い手であると同時に、ベンチャー企業へのスピンオフの人材源となり、また新たなベンチャーを育成させる。
(ウ)シェールガス・オイル分野
イノベーションを、産業構造の変化や競争力強化を通じた産業の成長拡大、なかんずくTFPの伸長に繋がるものとして捉えた場合、シェールガス・オイルの採掘技術開発とその生産の拡大も、アメリカで進行中の大きなイノベーションの一つであると考えられる。
(a)採掘が進むシェールガス・オイル
もともとシェールガスの存在は19世紀頃から認知されていたが、2000年代に入って、地層を水平に掘る「水平採掘法」や圧力をかけて頁岩に亀裂を入れる「水圧破砕法」といった新しい技術が開発され、漸く採掘コストの採算にあう掘削方法が確立された。以降、アメリカでは大幅に採掘が進み、06年以降、シェールガスの生産量は年間平均60%増と大幅に増加する中で、そのプレゼンスは急速に高まっており、30年にはアメリカの天然ガス供給量の約5割を占める見込みである(第2-2-34図)。シェールガスの増産により、世界の天然ガス生産全体に占めるシェア(12年)は2割に達し、第2位のシェアを誇るロシアを引き離しつつある。こうした中で、需給バランスが緩んだ結果、天然ガス価格は伸び悩んでおり、今後も原油価格とかい離し続けることが見込まれる(第2-2-35図)。
こうした天然ガスの生産増加と価格の低下は、アメリカの産業構造や貿易面等に大きな影響を及ぼす可能性があるとされる。すなわち、シェールガスの掘削技術開発自体が1つのイノベーションであると同時に、シェールガスや同掘削技術を転用したシェールオイルの増産が、アメリカの産業構造や他産業の成長、ひいては経済全体の成長に結び付くことになれば、かつて90年代にさまざまなイノベーションをもたらしたICT革命と同様に、シェールガスの増産が進むこと自体が、大きなイノベーションに位置付けられるとも考えられる。
(b)産業や貿易への影響
天然ガスは用途別にみると、30%強を占める発電向けが最も多く、天然ガスの価格の低下は電気料金への影響が大きい。電気料金が抑制されれば、電力投入比率の多い鉄鋼・金属部門を中心に、様々な業種が価格面での影響を受けると考えられる49。特に、発電エネルギー源としての天然ガスのシェアは近年増加していることから、今後更に電気料金が下がる可能性も指摘される(第2-2-36図)。
エネルギーコストの低下以外に、化学産業にとっては、原材料コストの低下にもつながる。シェールガスの副産物として産出される天然ガス液(NGL)50は、エチレン化学基礎製品に加工され、その後、プラスティックやゴム、繊維、塗料等、幅広い化学製品に使われる。ガスと共にNGLの生産量が拡大する中で、これら化学製品の原料コストも押し下げられ、ナフサ等の原油を由来とした原材料を主とする日本やヨーロッパの化学産業に対し、アメリカの競争力を強化させる可能性がある51。実際に、アメリカ大手化学メーカー数社からは国内でのエチレン工場の新設が発表されている。
コスト面に加えて、インフラ投資等により、シェールガスの生産拡大自体から直接的に影響を受ける業種もある。まず、採掘に伴ってパイプラインが必要になるため鉄鋼パイプの需要は拡大する。そのほかにも、ガス精製プラント施設の増設、パイプライン以外での輸送能力の拡充、ガス貯留施設等インフラ関連設備が拡充すると見込まれ、全米天然ガス協会によれば、採掘作業等の上流工程を除いた投資だけでも、35年までに約2,000億ドル規模の投資が必要と試算されている。また、先の発電エネルギーシフトの動きを受けて、タービン等の天然ガス発電装置の需要も拡大しているとされる。
シェールガス生産拡大は、アメリカ自身のみならず世界の貿易面にも大きな影響を与える可能性がある。天然ガスの名目輸入額(11年)は、輸入額全体に対して1%以下に過ぎないが、国内供給の増加と価格下落により、05年比では▲61%と大幅に減少しており、特に、その大部分を占めるカナダからのパイプライン輸入は激減している(第2-2-37図)。今後、LNG輸出設備が徐々に新設される中、20年には天然ガスの純輸出国になる見通しも示されている。
ただし、将来の輸出の増加に向けては、戦略物資として現段階では基本的に認められていない天然ガスの自由貿易協定未定結国向けの輸出が、今後認可されることが前提となる。一方、輸出増加により国内ガス価格が大幅に押し上げられれば、コスト低下にはつながらないとして、その影響を巡っては賛否が分かれており52、輸出の認可が速やかに進められるかはいまだ不透明な状況である。
シェールガスの採掘技術は、非在来石油であるシェールオイルの採掘、生産にも活用できる。特に、12年は天然ガス価格が低迷する一方、原油価格が高止まりしていることを背景に、採掘開発事業者がシェールガス採掘からシェールオイル採掘に事業をシフトする傾向が指摘されている(第2-2-38図)。ただし、アメリカにおけるシェールオイルの推定採掘可能埋蔵量は、世界全体の原油埋蔵量の2%程度に満たないとされる。今後の生産見通しとしては、30年には天然ガス供給量の5割を占めるまで増加を続けるシェールガスとは異なり、20年にピークを迎え、アメリカの原油供給量に占める割合は長期的に15%程度に留まる見通しとなっており(第2-2-39図)、シェールガスほどの大きな影響力はないと考えられる53。
(c)採掘が進んだ背景と緒に就いた政府支援
次に、アメリカでシェールガスの掘削が世界に先駆けて大きく発展した背景について考察する。
シェールガスは世界各地に膨大な量が賦存しているが(第2-2-40図)、その掘削は進んでいない。アメリカのみが他国に先行している理由は、前述の掘削技術の新規開発によるところのものが最も大きいが、ほかにも幾つかの要因があるとされる。まず、国内に張り巡らされているパイプライン網や、天然ガスを円滑に取引できる市場等、既にインフラが整備されていたことが挙げられる。また、アメリカでは、土地所有者に地下資源が帰属しているため、採掘にあたり開発事業者と土地所有者との利害衝突が起こりにくいことや、リース鉱区が自由に取引されるため、開発事業者が比較的容易に参入できるといった条件も指摘される。採掘技術の開発以外にも、こうしたアメリカ特有の要因が採掘を推し進めた部分もあり、当面はアメリカ以外での生産は進みにくいとみられる。
シェールガスについては、採掘技術の開発を担ったのは独立系中小企業であり、前述の医療分野やインターネット・コンテンツ分野とは異なり、基本的には民間主導で進められてきたと考えられている。10年末頃から、大手石油会社がこれらの企業を買収するなど動きを活発化させる一方で、アメリカの予算教書には13年度予算以降はじめて「シェール」の単語が登場する。これまで政府は再生可能エネルギー及びエネルギー効率化に予算を分配してきており、現在もこうした政策には大きな変更が加えられない一方で、12年以降、シェールガスを含めた非在来型天然ガス開発を支援する方針が示されている54。なお、14年の予算教書では、パイプライン敷設計画の承認のほか、非在来型国産天然ガスの新規技術、特に健康・安全・環境に適した技術開発に4,500万ドル予算を配分することとしており、政府として支援を織り込んでいるものの、予算額としては決して大きなものとはいえない。
(d)生産拡大に向けた課題
これまでみてきたシェールガスの今後の生産の拡大には、以下の前提が必要である。一つは、生産コストを上回るガス価格水準が継続することであり、もう一つは水圧破砕法がもたらす大気や地下水への環境汚染懸念問題への対策として、更なる技術開発と法規制の整備が進められることである。
シェールガスの掘削事業者は独立系中小企業も多いため、輸出を含めた全体需要が伸びず、供給超過により国内ガス価格が低迷する場合、事業者の採算性の観点から、シェールガスの生産量が想定通りに拡大しない可能性がある。実際に12年には天然ガス価格の下落に伴い、天然ガスの掘削は増加テンポが鈍化している(前掲第2-2-38図)。
また、環境面での対策整備も不可欠である。水圧破砕に用いられる液体には化学物質が含まれているため、地下水等に与える影響が懸念されており、今後も汚水処理技術の向上等が求められている。また、開発が進んでいるアメリカにおいても、水圧破砕法による掘削禁止を始め環境規制を採る州が幾つかあり、開発が抑制される可能性も指摘される。環境保護庁(EPA)は12年4月に水圧破砕での汚染物質排出に関する基準を発表しているほか、水圧破砕で排出される廃水の処理に関する国家基準を今後発表する予定としており、採掘事業者はこれらを順守する必要もある。
このように、結果的に民間主導で進められてきたシェールガスの技術革新であるが、今後、シェールガスの増産が産業構造の変革や産業の成長拡大につながり、ひいては、アメリカの経済成長を大きく伸ばす壮大なイノベーションにまで至るかは、現状では不確定要素も多く、今後のシェールガスの生産推移いかんによるところが大きい。特に、輸出認可をめぐる問題は、天然ガスの需給や価格に与える影響が大きい。政府は、輸出に対する方針を近く判断することとしているが、それ次第では今後のシェールガスの生産量も大幅に変動し、それに伴う影響も大きく変わってくる。エネルギーコストや原料コストの低減を受けて、アメリカ産業全体の競争力にも影響が及ぶ可能性もあることから、シェールガス生産をめぐる今後の動向が注目される。
(2)ドイツ
(i)イノベーション政策の概況
ドイツは、前節のイノベーションランキングでは上位に位置するものの際立った動きがみられなかったが、ドイツ独自の社会事情から強化が必要な産業や従来から競争力の強い産業も含んだ重点分野に対してイノベーション政策を推進している。以下では、そうした取組について概観する。
ほかのEU諸国と同様、ドイツのイノベーション政策はまずEU全体のイノベーション政策から規定される。EUでは2000年3月に、「10年までに、より多く・より良い雇用、より強い社会的結束、環境への配慮を伴った持続可能な経済成長が可能な、世界で最もダイナミックで競争力のある知識基盤型経済になること」を目的とした「リスボン戦略」が採択された。しかし、目標に掲げられた研究開発費GDP比3%は達成に至らず、EU全体では1.86%(2000年)から1.92%(08年)とわずかに増加しただけであり、比較的同比率の高いドイツも2.69%(08年)と3%の目標には達しなかった。欧州委員会は10年に同戦略の評価文書を公表し、「主な目標として掲げられた雇用率70%や研究開発費GDP比3%等は達成できなかったものの、EUに良い影響を与えた」としている55。
10年6月にはその後10年間のEUの経済・社会に関する目標を定めた新戦略「Europe 2020」が採択された。ここでは3つの優先事項として、(1)知識とイノベーションを基盤とする経済の発展、(2)資源を効率的に利用しつつ環境に配慮した競争力のある経済の促進、(3)就業率の高い経済を促進し社会的・地域的結束をもたらす包括的成長、が掲げられ、加盟国は同戦略に沿った形で各国の行動計画を毎年策定、実施することとなっている。特にイノベーション分野では、同年に「イノベーション・ユニオン56」が取りまとめられ、あらゆる分野・地域での連携強化を目指している。
ドイツでは更にイノベーション分野における独自の戦略として「The High-Tech Strategy for Germany 2020」を10年7月に策定し、5つの重点課題領域を設定した(1.エネルギー・環境産業、2.健康産業、3.自動車産業、4.防衛産業、5.情報通信産業)。また、産学官の連携を深めることを目的とした「コンピテンス・ネットワーク57」、「先端クラスター・コンペティション58」、「イノベーション・アライアンス59」等の政策やコンペティションを通じたネットワークやクラスターの形成を推進している。
(ii)エネルギー分野で進むイノベーション
ドイツは再生可能エネルギーの導入に極めて積極的である。その社会的背景として、60年代に起きたルール工業地帯での煤煙による公害や86年のチェルノブイリ原発事故から高まった環境意識の向上が挙げられる。91年に制定された「再生可能エネルギーから生産した電力の公共系統への供給に関する法律(電力供給法)」では再生可能エネルギーから生産された電力の買取義務を電力供給業者に課し、同法を改訂する形で2000年に制定された「再生可能エネルギー法」では、変動価格であった買取価格を固定価格買取制度によって一定価格を補償することで導入を促した。
また、脱原発を政策目標に掲げる緑の党が社会民主党と連立政権を担った98~05年は様々な政策が打ち出され、98年にはエネルギー事業法(35年制定)を改正し電力市場の全面自由化を実現、02年にはすべての原子力発電所を20年代前半までに順次閉鎖するとした「電力の営業的生産に向けての核エネルギーの利用の整然とした終結に関する法律」が制定された。しかし、政権交代後の10年に作成されたエネルギー計画では全原発の廃止が平均12年延長されたものの、その後11年に発生した福島第一原子力発電所の事故を受けて22年までの全廃が決定された。当時の原子炉の発電量はドイツ全体の5分の1を占めていたこともあり、代替として再生エネルギーの導入が進められており、目標として最終エネルギー消費に占める再生可能エネルギーの割合を50年までに60%に引き上げることを掲げている(第2-2-41図、第2-2-42図)。
エネルギー分野におけるドイツの研究開発費と政府予算の推移をみると、緊縮が全体として求められている中でも、企業の研究開発費とともに政府予算の増加傾向が続いており、同分野に対する官民挙げての積極的な取組をうかがわせるものとなっている(第2-2-43図)。
こうした取組を通じてドイツでは特に太陽光発電の導入が進み、12年の太陽光発電の総設備容量は世界1位となっている(第2-2-44図)。その背景には前述の固定価格買取制度にて電力の買取を保証することで投資リスクを減らし、高額な初期設置費用の負担を軽減したことが普及につながったとされている。
他方、手厚い補償の影響で賦課金が上昇していることもあり、電力価格が高騰している(第2-2-45図)。対応を迫られたドイツ政府は12年に再生可能エネルギー法を改正し、太陽光発電の買取価格の引下げと、累計設備容量が5,200万キロワットに達した後は太陽光発電の買取を中止するなどの補償体系の簡素化を図る対策を行った。また、電力価格を抑えるために17年の固定価格買取制度の廃止が検討されるなど、従来の方針の修正も進められている。
(ア)広がるスマートグリッド、スマートメーターの普及
再生可能エネルギーは、発電規模が小さい風力発電や太陽光発電等の分散電源を集約する必要があり、発電量は自然状況に左右されるので出力が不安定である。したがって、これまでのように大規模発電で生産した電力を長距離の送電線を使って一方通行で供給していては電力供給が不安定になることから、(1)電力の流れを需給双方向で制御、(2)ICT技術(専用の機器やソフトウェアの送電線への組込み)、(3)蓄電・蓄熱技術を特徴としたスマートグリッド(次世代電力網)の導入が進められている。
また効果的な電気利用のために利用者が使用状況をリアルタイムで確認できるスマートメーターの導入も進められており、「技術的・経済的に可能な範囲で」等の条件付きではあるが、10年以降の新築及び改築される物件への導入を義務化し、可視化することによってエネルギーの需給と供給をコントロールし、効率的な電力の利用を促している。
スマートグリッド、スマートメーター普及の背景となる政策として、08年から4年間で官民から1億4,000万ユーロの費用をかけて実施された「E-Energyプロジェクト」がある。これは、デジタル化した情報をICT技術で双方向に交換することでエネルギー供給の最適化を図る社会を実現すべく、国内6地域における実証実験として行われたものである。例えば北東部の重工業地帯ライン・ルール地方で行われたプロジェクトでは、情報技術により統合されたスマート・ホームの実現を目的に、電力消費者がエネルギーを消費すると同時に電力を作り出す存在として市場に参画するため、家庭内でICTを通じた電力供給システムを構築する実験が行われた。またバルト海に面したクックスハーフェンでは大規模風力発電の電力生産量の変動に対する調整に港の冷蔵・冷凍倉庫を蓄電施設として利用した需要の調節の検証が行われるなど、地域の特性に応じた形で実施された。この「E-Energyプロジェクト」の結果は技術開発だけではなく、消費者データ保護のために必要な規制や再生可能エネルギーに関する法律改正等に活用されていくことになる。
(イ)自動車産業でも進展する技術開発
自動車産業はドイツの基幹産業であり、特に90年代以降、新興国を中心に販路を拡大していることからも高い競争力を有する産業であるといえる(第2-2-46図)。
また、イノベーション関連の指標からみると、輸送機器は、2000年代半ば以降までインプットである研究開発費や政府予算も増加傾向にあり、官民ともに同産業に集中して資金投入していることが分かる60。また、イノベーションのアウトカムである付加価値額でみても、世界金融危機前後にかけ減少したものの、危機前までは安定して伸び、危機後の回復も著しい(第2-2-47図)。
こうした同国の基幹産業である自動車産業では、二酸化炭素排出削減等の環境対策の観点からも、電気自動車の研究開発が進められている。10年5月には、20年までに100万台の電気自動車の普及を目標とした国家エレクトロモビリティー・プラットフォーム(NPE:National Electric Mobility Platform)が策定された。経済界、科学界、政界また市民の代表から構成された作業部会にて産学官が連携してドイツを同分野で世界トップにすることを目指したのもので、11年5月にはエレクトロモビリティー政府プログラム(Government Program Electro mobility)を策定し、次世代リチウムイオン電池等のバッテリー開発、エンジンや電力供給設備の開発、車体軽量化の開発、ICT技術の開発等に13年までに10億ユーロ拠出、電気自動車は10年間自動車税が免税されることになった。
前述の再生可能エネルギーとの関連で特徴的なのは、不安定な電力供給源である再生可能エネルギーの比率が高まる中で、安定的な供給を維持するために電気自動車の車載バッテリーを電力供給源として使用する技術開発である。例えば電気自動車やプラグインハイブリッド自動車の技術開発では、ビーグル・ツー・グリッド(V2G)やビーグル・ツー・ホーム(V2H)の研究が進められている。これは電気自動車やプラグインハイブリッド車をスマートグリッドに接続し、余剰電力の電力会社への販売や、家庭用電力として有効活用を可能にする技術である。双方向的な電気の流れを実現することにより、電力会社は不安定な電源に対する措置としても活用することができるようになり、消費者は効率的な電力利用が可能になる。
二酸化炭素排出削減や化石燃料依存度の低減が注目されがちな電気自動車ではあるが、このようにドイツでは再生可能エネルギーの導入促進に伴って抱えることになる電力系統の問題に対し、その解決方法のひとつとして電気自動車の研究開発が進められているのである。
(3)フィンランド
(i)イノベーション政策の概況
フィンランドは人口約542万人61と、人口規模的にはそれほど大きくはないが、高い教育水準やR&D支出額(GDP比)等を背景に、そのイノベーション能力をめぐっては、前項でみたように高い評価を受けてきた。
同国のリーディング業種であるコンピュータ・電子機器について、イノベーションのためのインプット活動の一つである研究開発費と、アウトカムである付加価値額をそれぞれみると、ともに2000年代初頭から世界金融危機発生までは堅調な増加をみせている(第2-2-48図)。ただし、危機後は前節でもみたように付加価値生産は急減しており回復をみせていない。
もともと同国は森林資源に恵まれており、パルプ等の木材加工品が経済を支えてきた。90年代に入り世界経済が減速局面に入ると、それに対応するため、フィンランド政府はそれまでのパルプ産業のみならず、ICT産業に成長エンジンとしての活路を見い出し、同産業を中心に強力な支援を行うようになった。
同国ではフィンランド技術庁が同国最大のR&D資金提供元として産業支援に注力しており、同国のイノベーションを推進する代表的な機関となっている。同庁は企業、研究機関等の研究開発、調査費用として年間4億ユーロ強を提供している。その中でも特にICT産業を国内重点産業の一つと認識し、ICT分野は同庁における4つの「キー・ビジネス・アンド・リサーチエリア」の一つとして位置付けられている62。
また、産業イノベーションの推進の全体のかじ取りは雇用経済省が行っているものの、上述のフィンランド技術庁や、政府系の独立ファンドのSitra(イノベーション基金)等、R&D資金を下支えする機関が存在している。ただし、R&D投資に占める公的投資のシェアはほかの先進国に比べ低く、民間企業による投資がその多くを占めるとみられ、これがフィンランドのR&D投資の特徴となっている(第2-2-49図)。
(ii)成長著しいICT分野とリスク
フィンランドでは90年代以降はICT産業が強力な国際競争力を保持している。同国を代表する企業であるN社は、スマートフォンの開発においてはアメリカ、韓国等の企業の後塵を拝してはいるものの、依然として携帯電話の販売台数シェア等では強さをみせている(第2-2-50図)。
(ア)政府も含め充実したICT利用環境
前節で確認したように、フィンランドは行政的手続きにおいて電子政府化を推進してきており、この分野に関して、世界有数の発展をみせている63(前掲第2-2-11表)。電子政府化推進の象徴的な契機として、99年に開始された電子身分証明カード支給開始が挙げられる。このカードにはID番号が付与されており、様々な行政サービスやインターネット・バンキングのみならず、同カードには個人の医療情報が蓄積されていることによる医療サービス業務の最適化等、1枚で幅広い機能を持っている。このように、フィンランドでは、ビジネスのみならず、行政手続きにおいてもICTの積極的な採用が推進されている。
また、各国のICTサービス64投資、ICT製造投資(GDP比)を比較すると、同国は特にICTサービスへの投資の高さが顕著であることが分かる(第2-2-51図)。ここから、フィンランドにおいては、ICTの開発、生産のみならず、それを支える流通面、コンサルタント業務などにおいても積極的な投資が行われていることがうかがわれる。
以上のように、フィンランドは、行政手続きを始めとする各種サービス面でのICTの活発な利用と同分野に対する旺盛な投資に支えられた優れたICT利用環境を備えており、こうした要因に支えられながら同分野での産業の競争力も高めてきてきたことがうかがわれる。しかし、このように一つの分野に特化していくことは強みであると同時に、以下に述べるようなリスクも内包している。このリスクを確認するために、以下では生産、輸出、雇用などの側面からICT関連分野を概観する。
(イ)ICT分野特化で顕在化したリスク
フィンランドの生産(付加価値ベース)の前年比の品目別寄与度をみてみると、90年代半ばから2000年代半ばまで、ICT、電子機器関連はプラスの寄与が目立っていた。しかし、特に世界金融危機後はマイナスの寄与が目立ち始め、11年の同品目の寄与度は0.5%減となっている。このように2000年代後半においては、同品目は生産全体の伸びを押し上げる力強さを保持しているとは言い難い状況となっている(第2-2-52図)。
次に、輸出の面からICT分野の位置付けを確認するため、輸出の品目別シェアの推移をみてみる。94年から全体の輸出に占める情報通信関連製品のシェアは徐々に拡大し、2000年にはピークに達し、全体の21.3%となった。しかし08年の世界金融危機以降、同品目のシェアは一けた台に低下し、12年にはピーク時から20%ポイント弱も低下し2.7%となっている(第2-2-53図)。
輸出の伸びを品目別寄与度でみても、世界金融危機以降から12年に至るまで、同品目は全体の伸びを引き下げる状況が続いている(第2-2-54図)。世界金融危機後も続くヨーロッパの景気後退の影響もあり、同国における主要輸出品目が大きな変動を受ける中で、輸出全体における情報通信関連製品の地位が大きく低下し、それに引きずられる形で12年の輸出全体の伸び率(前年比)もマイナスとなっている。
また、輸出先の地域のシェアをみてみると2000年代以降は、新興国地域が増加しており、販路の拡大が示唆されるものの、近年では輸出相手国数は徐々に減少している(第2-2-55図)。
以上のように、90年代の半ばに生産及び輸出の双方において力強い伸びをみせたICT分野は、世界金融危機以降、その伸びを鈍化させているという流れに注目されたい。
さらに、OECD各国の企業雇用におけるICT分野のシェアをみてみると、同国のシェアはOECD平均やほかの主要国の平均を大きく上回っていることが分かる(第2-2-56図)。
これは、同分野の成長いかんによって、雇用が不安定化するリスクが高いことと表裏の関係にあることを示している。ちなみに同国の失業率の推移をみてみると、世界金融危機の影響下で09年に8.2%まで高まった失業率は、11~12年に7%台で落ち着いたかにみえたが、13年初めからは3か月連続で8%を超えている。ここにおいて、90年代半ばから同国の生産と輸出を押し上げてきたICT分野の近年における不調が、一転して雇用にも影を落としていることが推測される(第2-2-57図)。
これらから、フィンランドの成長エンジンとしてのICT分野は現在、壁に直面しており、そこからの打開策が急がれるといえる。ICTにおけるグローバルな新旧交代のせめぎあいが続く昨今の状況下、同国においては、同分野へのR&D投資等の構造的基盤のさらなる強化・安定化に加え、ほかの産業への分散化、リスクヘッジをも視野に入れた、多角的な成長戦略が求められる。13年3月に発表された政府の3か年予算案によれば、「ICT分野の促進」等が謳われており、バルチック通信ケーブルプロジェクトの継続と、サイバーセキュリティセンターのための予算が確保されているものの、それらが根本的な打開策となるかどうかはいまだ不透明である。
(4)韓国
(i)イノベーション・産業政策の概況
前項でみたように、韓国はイノベーションランキングの最上位層には入っていないものの、多くの関連指標において存在感を増しつつある。
韓国の製造業の競争力の源泉は、インプットとしての研究開発等にとどまらず、産業政策等、官民が一体となった政策の実行に求められる。具体的には、東アジア地域における貿易のハブ国実現のための二国間自由貿易の推進、低い法人税率、安い電力料金による企業負担の軽減、ウォン安政策による輸出振興等であり、これらが企業の競争力の強化、維持につながっている(第2-2-58図、第2-2-59図))。特に貿易は、12年で自由貿易協定締結国の割合が30%を超えたほか、貿易総額は11年に1兆ドルを突破するなど、貿易立国としての地位を着実に築きつつある65(第2-2-60図、第2-2-61図)。
こうした中、韓国におけるイノベーションの端緒として、現在の情報通信分野に代表される強い競争力を有する産業を築く転機となったのが、97年のアジア通貨危機を経て実施された構造改革、とりわけ財閥改革である。財閥改革では、政府主導の下、各財閥間で競争力にばらつきのあった事業の整理、統合が実施され、現在、情報通信分野等、世界的に競争力を持つ産業を有する下地となった66。
(ii)情報通信、自動車分野で高まる成長と強い競争力
韓国では前述のとおり、研究開発費や研究者の数に代表されるインプット指標は世界でも上位にランキングされており、近年はアウトプット指標として代表的な特許申請件数も増加している。分野別では特に、コンピュータ・電子機器及び輸送機器分野における研究開発費(インプット)及び特許出願件数(アウトプット)が顕著に増加しており、競争力の源泉は、特にこの2つの産業に求めることができる(第2-2-62図)。
また、同分野におけるイノベーション活動の最終的なアウトカムを反映する実質経済成長率(生産系列)に占める電気機械(情報通信分野を含む)や輸送機械(自動車を含む)の推移をみると、全体の実質経済成長率を上回る成長を続けており、これらは文字通り韓国経済をけん引する産業となっているといえる(第2-2-63図)。
さらに、こうしたイノベーション活動の結果の象徴的な事例として、同国の液晶テレビの世界的なシェアの拡大が挙げられ、日本が低迷していく中で12年には40%を超えるなど、同製品分野で強い競争力を保持していることが分かる(第2-2-64図)。
(ア)研究開発投資の主体となる企業部門
こうした産業における高い競争力の源泉は、例えばインプット項目である研究開発費における支出の内訳からも確認できる。OECDの分類による分野別の研究開発費支出割合をみると、産業部門の研究開発費支出のうち約8割以上が情報通信や輸送機器等を含む分野への投資となっている67。
また、研究開発費の負担割合(セクター別)では、97年の通貨危機以前から一貫して企業部門のシェアが7割を超えている一方、政府部門の負担割合は近年20%台で推移しており、研究開発の主体は企業部門が担っていることも確認できる。(第2-2-65図)。
情報通信分野では技術革新が早く、製品サイクルが短いとされる中、企業部門が積極的に大きな投資を行える背景にあるのは、前述の通貨危機後の財閥改革の成果として「選択と集中」が行われ、生み出した利益を集中的に研究開発投資や後述のマーケティング活動等に配分することが可能である点が指摘できる。
(イ)改善するハイテク産業の技術貿易収支
一方、アウトプット指標といえる特許等の技術使用料に関する国際取引である技術貿易の動向をみると、韓国の収支は赤字が続いているものの、技術競争力の程度を示す技術貿易収支倍率68は、技術輸出の増加により着実に改善している(第2-2-66図)。
特に、情報通信に代表される電気産業の技術貿易収支は、04年以降400億ドル程度の黒字で推移しており、同産業の技術貿易収支倍率は05年に日本を上回っているなど、前述のイノベーションのインプットとしての研究開発がアウトプットやアウトカムとして結実していることを表している(第2-2-67図)。
(ウ)市場調査等のマーケティング戦略による競争力強化
前述の研究開発等による技術面での競争力の強化に加え、韓国では市場調査に代表されるマーケティングにも積極的に資金を投入しており、この点も同国の強い競争力の背景となっている。
具体的には、海外進出先の地域事情に合わせた商品の開発のための市場調査やその基盤となる人材の育成等、いわゆるソフト面からの競争力強化である。その他にも、ブランドイメージの向上と認知等のために、マスメディアを経由した積極的な広告の実施のほか、国際的なスポーツイベント等への協賛等を通して、消費者に対してブランドイメージの浸透を図っている。前述のグローバルブランドランキングに韓国企業がランクインし始めたのはその成果といえよう(前掲第2-2-23図)。
また、韓国の自動車の輸出相手国の推移をみると、国数も増加するとともに中東・アフリカ地域や中南米等のシェアも高まるなど、輸出先が多様化していることがうかがわれる。これは韓国の自動車メーカーのマーケティング戦略の結果としての販路拡大といえよう(第2-2-68図)。
もっともこれら韓国車のシェアが高まっている新興国・地域では、今後更なる自動車需要の拡大が見込まれるものの、ドイツや日本等の他国メーカーとの競争が更に激化することが予想される。また、同国の国内自動車市場においても次第に輸入車シェアが拡大しており、これまでの同産業のビジネスモデルで今後も競争力を維持し続けられるかどうかについては予断を許さない(第2-2-69図)。
(エ)ICT産業を支える社会的環境
また、前述のように、韓国では、フィンランド等の北欧諸国同様、インターネット関係のインフラ設備が整備され、情報通信技術が広く活用されており、イノベーションを生み出す下地が形成されている(前掲第2-2-10図)。
中でも政府部門におけるオンラインサービスの提供に関しては、医療や年金といった社会保障関連の個人情報提供はもとより住民票といった証明書等の発給手続き等がインターネット上で行うことが可能となっているなど69、利便性が極めて高く業務の効率化による生産性の向上にも寄与している。
以上のように、韓国では情報通信や自動車といった分野の成長や競争力強化については、直接的には財閥を中心とする企業部門が主体となっている中、特にICT技術の利用については政府や社会全体がそれを間接的に支える形で、相乗的な向上が図られていると考えられる。ただし、前述の自動車分野はもとより、フィンランドの項でもみたようにICT分野製品の新旧交代が短期間で相次ぐ状況の中、これまで成果をもたらしてきた「選択と集中」のビジネスモデルは、今後再構築を迫られることも考えられる。