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3.アメリカ経済の見通しとリスク

 アメリカ経済は、現状では緩やかな回復が続いているが、以下ではアメリカ経済の先行きにかかるメインシナリオとそれに対するリスク要因について概観する。

(1)経済見通し(メインシナリオ)-緩やかな回復にとどまる

 アメリカでは、個人消費の持ち直しが続いており、また、緩やかながら設備投資の増加などがみられる。一方で、家計のバランスシート調整は依然として続いており、また、下落傾向にはあるものの失業率も高い水準にあるなど家計の所得・雇用環境の改善が緩慢である。加えて、特に州・地方政府では、連邦政府からの財政移転の縮小等により歳出削減が進められており、その結果、政府支出が縮小していることなどから、弱い回復が続いている。

 先行きについては、ガソリン価格は4月以降やや下落しており、物価全体の上昇は落ち着いた動きが継続している。また、雇用者数も伸びは鈍化しつつも増加している。一方、失業率が高い水準にあるなど雇用に対する不透明感が払拭されない状態が継続する見通しであることから、消費は緩やかな伸びになると考えられる。設備投資は、企業収益の回復がやや鈍化傾向にあるものの、企業の将来に対する景況感は楽観的に推移しているほか、10年よりは抑制されているものの設備投資減税21が継続されていることなどを背景に緩やかながら増加していくことが見込まれる。一方、政府支出については、連邦政府では財政再建の本格化、州・地方財政でも歳入増が見込めない中、厳しい財政運営となる見込みである。この結果、12年は緩やかな回復となる見通しであり、12年全体の実質経済成長率は前年比2%台前半となる可能性が高い。国際機関等においても、同程度の見通しが示されている(第2-3-45図)。

第2-3-45図 アメリカ経済の見通し
第2-3-45図 アメリカ経済の見通し

 なお、失業率は、景気が緩やかな回復にとどまるほか、労働需給のミスマッチ解消に時間を要すると考えられることから、緩やかな改善にとどまるものと考えられる。

 以下、個別の需要項目について概観する。

(i)個人消費

 名目可処分所得の伸びに比べ、実質可処分所得の伸びは緩やかである。また、家計のバランスシート調整は依然として続いており、失業率も高い水準からの下落のテンポは緩やかにあるなど雇用・所得環境の改善が緩やかなペースでしか進展しない見通しから、消費の伸びは緩やかなものにとどまると見込まれる。

(ii)住宅投資

 住宅着工は低水準にあるものの持ち直しに向けた動きがみられる。在庫は低下してきているものの、金融機関が差し押さえた物件を保有したままにしておく「隠れ在庫(shadow Inventory)」22の解消に至っていないことなどから、住宅価格の下落ないし低迷は当面続く見通しである。こうしたことから、住宅需要は当面は大きな伸びが期待できない状況が続くと考えられる。

(iii)設備投資

 企業収益の回復がやや鈍化傾向にあるが、設備稼働率は世界金融危機前の水準には達していないながらも着実に上昇してきていることなどから、緩やかながら増加していくことが見込まれる23

(iv)政府支出

 11年8月に成立した2011年予算管理法に基づく財政赤字削減が進められており、連邦政府支出の縮小が見込まれる24。また、州・地方政府では、地域経済の回復の遅れや連邦政府による財政支援の縮小から緊縮的な財政運営が続く見通しである。こうしたことから、政府支出全体としては、マイナスの寄与が続くと見込まれる。

(v)外需

 アメリカの景気が緩やかに回復していることから、NAFTA地域を始め各地域からの輸入については、緩やかな伸びが見込まれる。一方、輸出については、ヨーロッパ地域の景気の持ち直しが年後半に見込まれるものの当面弱い動きが続くと考えられ、また、アジア地域の拡大ないし回復のテンポは緩やかとなることから、輸入に比べ伸びは緩慢になると見込まれる。

(2)経済見通しにかかるリスク要因

 見通しのリスクバランスは依然として下方に偏っており、具体的には以下のものが想定される。

(i)欧州政府債務危機の深刻化と実体経済への波及

 ギリシャをはじめとするヨーロッパのソブリン問題は依然として収まっておらず、金融資本市場が動揺し混乱が広がる場合には、金融資産の価値下落、信用収縮の拡大等を通じて、実体経済に悪影響を及ぼすおそれがある。また、ソブリン問題によりヨーロッパの実体経済が想定以上に悪化したり、リスク回避によるドル高が進展する場合には、輸出が減少するおそれがある。

(ii)雇用の回復の遅れ

 雇用のミスマッチが解消されず、失業率の改善が進まない場合には、所得環境の悪化を通じて、持ち直しの動きが出てきている消費や住宅等家計部門の需要減退のおそれがある。

(iii)住宅価格の更なる下落

 住宅価格がさらに下落する場合には、住宅需要の回復の遅れや逆資産効果を通じた消費の抑制が生じる可能性がある。また、差押え物件の資産価値の低下により金融機関のバランスシートが大きく毀損される場合には、ローンの貸出態度の厳格化等の影響が懸念される。

(iv)新興国経済の成長鈍化

 先進国経済の減速により新興国経済の成長が鈍化する場合には、輸出の減少を通じて生産が減少するなどして、景気が下押しされる可能性がある。

コラム2-7:減速するブラジル経済と依然残るインフレリスク

 ブラジル経済は11年に入り大きく減速している。実質経済成長率は、世界金融危機からの急激な回復となった10年には前年比7.5%増となったのに対し、11年は同2.7%増にとどまった(図1)。需要項目別にみると、GDPの6割を占める個人消費は、過去最低水準の失業率であるなど良好な雇用環境を背景に小幅鈍化に留まる一方で、総固定資本形成での減速が目立つ。背景には、11年半ばまで継続して行われた金融引締めの影響に加え、製造業ではブラジルレアルの大幅な増価が重石となり、設備投資の需要は低迷している。また、11年秋以降、ヨーロッパの需要減退とともに最大の輸出相手国である中国への輸出も鈍化傾向にあり(注1)、1月以降も鉱工業生産が低迷を続けている要因の一つとなっている(図2)。

図1 実質GDP成長率
図1 実質GDP成長率
図2 鉱工業生産の推移
図2 鉱工業生産の推移

 こうした中で、ブラジル中銀は、世界経済の先行き不透明感を受けて景気減速懸念やディスインフレの傾向が強まることを理由に、ほかの新興国に先んじて11年8月から政策金利の引下げを実施し、その後も4月18日時点までに6回連続して計3.5%も政策金利を引き下げるなど、金融緩和に軸足を移している(図3)。一方、ブラジル政府も、12年4月に国内産業への減税措置を含む景気刺激策を発表するとともに(注2)、国内産業支援を目的に資本流入規制や為替介入を行い、増価傾向にある対ドル相場を抑制する姿勢を示している。また、景気低迷が続く場合は、追加刺激策を実施する余地があることも表明している。

図3 政策金利の推移
図3 政策金利の推移

 こうした財政・金融両面による下支えにより、ブラジル経済は徐々に成長のテンポを持ち直すものと考えられる(表4)。一方で、行き過ぎた緩和・刺激策は一定期間を経てインフレ圧力を再び強める可能性もあり、これまで成長を支えてきた個人消費を抑制させるリスクとなりかねない。

表4 経済成長率見通し
表4 経済成長率見通し

 物価動向をみると、11年春以降、物価上昇率はインフレ目標の上限(4.5%±2.0)を超えて推移したが、11年9月をピークとして低下に転じ、12年に入るとインフレ圧力を大きく後退させている(前掲図3)。この要因としては、食料・飲料品等の価格の伸びが大幅に鈍化していることが大きい。一方で、最低賃金の大幅な引上げ(注3)や労動需給逼迫に伴う賃金上昇が転嫁され、医療・私的支出等のサービス価格は前年比7.7%増(12年3月)と引き続き高い水準となっている。ブラジルの物価が食品価格の影響を強く受けやすい中で、今後、最大の輸出相手先となっている中国をはじめアジア新興国市場の景気拡大が再び加速すれば、輸出資源である食品価格の上昇を通じて、13年以降にも再び目標値を超えてインフレが加速する懸念は依然残っており、引き続き金融政策は難しいかじ取りを迫られることになるとみられる。

(注1)ブラジルの輸出先シェアをみると、03年にはアメリカ向けが2割以上を占め最大輸出国だったのに対し、09年以降は中国が最大輸出国となっている。10年の輸出シェアは、中国が15%に対し、アメリカが10%、EUが21%となっており、財別には中国やアジア新興国向けの一次産品(鉄鉱石や食料品)の割合が増加している。

(注2)ブラジル政府は、11年12月にも個人消費の喚起を目的に、消費者ローン減税、一部家電製品等の工業製品税(IPI)減免等の措置を実施している。

(注3)最低賃金は、制度上、少なくとも前年の物価上昇率を上回る割合で引き上げられるため、毎年大幅に引き上げられており、12年は前年比14.1%引き上げられた。


21 10年12月に成立した設備投資減税は、11年末までに行った新規設備投資について100%即時償却可能とするものである。また、12年に行った設備投資も50%償却可能としている。
22 内閣府(2011a)
23 設備投資減税が12年末に終了する予定であることから、何らかの減税措置が実行されない場合には、13年以降、設備投資の反動減が生じるおそれがある。
24 13年以降については、減税措置の失効、2011年予算管理法に基づく歳出の自動的な削減が実施される予定となっており、政府支出の更なる縮小による景気への影響が懸念される。
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