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3.ヨーロッパ経済の見通しとリスク

 ヨーロッパ経済をみると、景気は足踏み状態にあり、一部に弱い動きもみられる。以下では、ヨーロッパ経済のメインシナリオと、それに対するリスク要因についてみていく。

(1)経済見通し(メインシナリオ)-当面弱めの動きになるものの、年後半から持ち直し

 ヨーロッパ経済の主要国の動向をみると、ドイツでは外需や個人消費の増加によって、景気はこのところ持ち直しの動きがみられる。一方で、フランスや英国では景気は足踏み状態にある上、南欧諸国等では景気の低迷と財政状況の悪化が続いていることから、ヨーロッパ全体でみると景気は足踏み状態となっている。

 先行きについてみると、ヨーロッパ地域の景気は当面弱めの動きになるとみられる。その後は、南欧諸国等の財政再建が着実に行われるとともにEU等による各種の安全網の整備が進むことを通じ欧州政府債務危機による不確実性が徐々に低下していくことを前提とすれば、新興国やアメリカの成長テンポが維持されると見込まれることによりユーロ圏外向けを中心とする輸出の増加等に支えられ、年後半から持ち直していくものと見込まれる。国際機関等の見通しをみると、12年全体で▲0%~▲1%の成長率になると見込んでいるが、前述のような前提の下でこうした見方はおおむね妥当と考えられる(第2-1-59図、第2-1-60表)。

第2-1-59図 ヨーロッパ地域の実質経済成長率
第2-1-59図 ヨーロッパ地域の実質経済成長率
第2-1-60表 国際機関等の見通し
第2-1-60表 国際機関等の見通し

(2)経済見通しに係るリスク要因

 経済見通しに係るリスクのバランスは下方に偏っており、特に欧州政府債務危機が再び深刻化した場合は、世界経済に重大な影響を及ぼす可能性がある。

(i-a)欧州政府債務問題の再燃とその深刻化

 12年3月に第二次ギリシャ支援が決定されてから、ヨーロッパにおける欧州政府債務問題が幾分落ち着きをみせていた。しかし、スペインやポルトガルといった南欧諸国等における国債利回りやソブリンCDSは上昇しており、財政の持続可能性に対する市場の懸念は払拭されていない。また、ギリシャでは、第二次ギリシャ支援の融資条件となる財政再建策を引き続き実行すべき新政権の樹立に失敗し、6月に再選挙をすることとなった。このことから、同国の今後の財政再建や、それを条件とするEU・IMFによる支援策の行方、さらには新政権における政策態度如何で、ユーロ圏離脱の可能性に対する憶測も飛び交うなど、先行きに対する不確実性が高まっている。欧州政府債務問題が再燃し、さらに深刻化した場合は、ヨーロッパ経済全体に対する不確実性を高め、企業や消費者における先行き見通しの悪化等を通じて、景気に対する大きな下押しリスクとなる。

(i-b)金融システム不安の再拡大

 ヨーロッパにおける欧州政府債務問題が深刻化した場合、財政不安のある国々の国債利回りの上昇(国債価格の急落)やソブリンCDSプレミアムの上昇は、リスク回避による国債利回りやソブリンCDSプレミアムの更なる上昇につながり、金融市場の混乱を深刻化させる可能性がある。

 また、これらの国々に対する債権の多い金融機関の経営に対する懸念が高まっている。ヨーロッパの金融機関では、不良債権を処理し、自己資本比率の引上げによる資本の増強が求められているが、金融機関が貸出を抑制した場合は、信用収縮を通じて景気に対する下押しリスクとなる。

 これらのリスクが現実化した場合、金融機関からの預金流出も加速し、金融機関の経営をさらに悪化させたり、金融市場の混乱を一層深刻化させる可能性がある。

(i-c)財政赤字拡大による長期金利上昇

 財政の持続可能性に対する懸念から、被支援国のギリシャ、アイルランド、ポルトガルのみならず、イタリアや、スペイン30でも国債利回りが上昇している。財政赤字が拡大し国債利回りの上昇が続き、金融資本市場全体にその影響が波及すると、企業や家計の資金調達コストが増加し、消費や投資が抑制され、景気に対する下押しリスクとなる。

(ii)過度な財政再建による景気の下押し

 景気動向に十分留意し、財政再建と経済成長を両立できるように、適切なタイミング及びペースで財政再建を進めなければ、政府支出の削減や課税強化等といった財政再建の取組は、景気に対する下押しリスクとなる。

(iii)アメリカ、アジア経済の減速による輸出の減少

 ユーロ圏の主要輸出先であるアメリカ経済や、近年シェアを高めているロシア、中・東欧、アジア経済が、減速した場合、景気のけん引役であるユーロ圏外輸出が減少する上、生産や消費に対するマイナスの波及効果が考えられることから、景気に対する下押しリスクとなる。

(iv)雇用情勢の想定以上の深刻化

 ヨーロッパ全体の失業率は、依然として10%台という高水準で推移している。失業率がこれまで以上に上昇した場合は、所得環境やマインドの悪化を通じて、個人消費を更に下押しするリスクがある。

コラム2-1:「AAA」格付け国(フィンランド、オランダ、ルクセンブルクの3か国で以下「AAA諸国」)の現状

 AAA諸国はいずれも内需が小さく外需依存度が高い国々であり、恒常的な経常収支黒字が良好な財政を支えている(図1)。

図1 各国の経常収支(GDP比)と実質経済成長率
図1 各国の経常収支(GDP比)と実質経済成長率

 各々の経常収支の詳細をみると、フィンランドとオランダは経常収支の中でも貿易収支の割合が比較的高い(図2、図3)。フィンランド経済は輸出依存度が50%前後と非常に高く、加えてEU向け輸出が半数強を占めるなど、経済動向はEU諸国の経済状況に左右されやすい体質となっている(図4)。一方、ルクセンブルクをみると、経常収支の中でもサービス収支の割合が比較的高く、中でも大きな割合を占める金融業については、ユーロ圏諸国とのつながりが深く、業態は異なるものの同様にユーロ圏各国の経済状況に左右されやすい体質といえる(図5、図6)。

図2 フィンランドの経常収支
図2 フィンランドの経常収支
図3 オランダの経常収支
図3 オランダの経常収支
図4 貿易相手国
図4 貿易相手国
図5 ルクセンブルクの経常収支
図5 ルクセンブルクの経常収支
図6 サービス収支の内訳
図6 サービス収支の内訳

 このように、AAA諸国の財政状況はユーロ圏各国の経済状況と極めて密接に結びついており、加えてドイツやフランスといった比較的大きな内需を持つ国々と比べユーロ圏各国の経済状況に左右されやすい構造にあるといえる。

 これらを踏まえると、AAA諸国が今後良好な財政を維持するためには、ユーロ圏各国の安定的な成長が必要不可欠であり、欧州政府債務危機への積極的な貢献は自らの国益にも適うものであると考えられる。また、中長期的には、オランダとフィンランドについては貿易相手国の多角化を、ルクセンブルクについては金融業中心の収支依存の構造を緩和するなどリスクの分散が図られれば、市場からより安定した評価を得られることとなろう。

コラム2-2:スイス経済と金融政策

 欧州政府債務危機の影響に伴うリスク・オフの動きからスイスフラン高になり、また欧州諸国の消費が冷え込んだこともあって、スイスの輸出は大きな影響を受けた(図1、図2)。加えて、2011年初以来消費者物価上昇率は低下の傾向を見せ、秋以降その傾向が顕著となっている。

図1 スイスフランの為替相場
図1 スイスフランの為替相場
図2 スイスの輸出動向
図2 スイスの輸出動向

 スイス中銀は、政策金利について、08年12月以降は政策金利目標の下限をゼロに設定したが、スイスフラン高の傾向に歯止めがかからず、輸出等に対する影響が懸念されたこと等から、11年9月スイス国立銀行(SNB)は1ユーロ=1.20スイスフランの上限を設け、無制限の為替介入を行った(図3)。また、SNBは「同レートでも高水準であり、経済見通しやデフレリスクの動向によっては、更なる措置を採る」旨を重ねて表明することで、いわゆる“口先介入”を行い、スイスフランの安定化に努めてきた。

図3 スイスの物価と政策金利
図3 スイスの物価と政策金利

 しかしながら、スペイン財政に対する市場の不安が再燃したこともあり、4月初旬には再びリスク・オフの姿勢が強まり、安全資産としてスイスフランが増価し、1ユーロ=1.20スイスフランを超える局面となった。SNBは引き続き介入等の手段で同水準の維持を企図する旨を表明(注)しているが、介入によってSNBのバランスシート拡大を続けた結果、その副作用により市中に流出した資金が不動産に流入し、バブルの兆候すら懸念される事態も生じている(図4)。

図4 SNBのバランスシート
図4 SNBのバランスシート

 IMFも、12年3月に公表したレポートの中で、デフレリスクが後退すれば変動相場制に戻すべきであると発言するなど、出口戦略を求める声も強まっている中、SNBが今後も介入という手法でスイスフランの維持を図るのか、あるいは新しい手段で市場との対話を行い通貨の安定を図っていくのか、今後の政策が注目される。

(注)例えば、12年4月10日にジョルダン暫定総裁が「どんなことがあってもこの上限は維持するつもりだ。今後も無制限のユーロ買いを行う準備がある。」と発言。

コラム2-3:英国経済と財政金融政策

 英国経済は11年半ばより足踏みを続けている。10年10~12月期以降、実質経済成長率はプラスとマイナスを繰り返し、09年4~6月期のボトムから12年1~3月期までの四半期平均成長率は0.2%と、2000~07年の四半期平均成長率(0.7%)の半分以下にとどまっている(図1)。

図1 実質経済成長率
図1 実質経済成長率

 英国経済が足踏みを続ける一因は、家計と企業のバランスシート調整を背景に内需が低迷している点である(図2)。住宅バブルが発生した英国では家計が住宅ローンを中心に、可処分所得のおよそ2倍まで債務残高を抱えることになった。そのため、債務を抱えた家計は、消費を抑制して所得を債務返済に充てていると考えられる。企業についてもバランスシート調整圧力が高いため、収益を優先的に負債圧縮に回し、結果的に投資が力強さを欠いていると考えられる。

図2 バランスシート調整の進捗状況
図2 バランスシート調整の進捗状況

 財政再建のための緊縮策も、家計にとって重石となっているとみられる。12年度予算案では、高所得家計に対する児童手当の減額・停止や不動産印紙税の引上げ等、歳入・歳出の両面における緊縮策が挙げられている。こうした中、イングランド銀行(BOE)が行った調査によると、財政緊縮によって約半数の家計が既に影響を受け、今後については約7割が悪影響を受けると予測している(表3)。12年入り後には失業率が8%を超え、96年以来の水準まで高まる中、失業を懸念する家計もいる。手当等の減少は、特に低所得者にとっての不安材料となると考えられる。予備的貯蓄を増やすと述べる家計が2割程度あり、財政緊縮策の実施が今後も消費回復の足かせとなることが懸念される。

図3 BOEの家計向けアンケート調査
図3 BOEの家計向けアンケート調査

 以上を踏まえると、英国経済の現状は決して楽観出来るものではない。しかし、そうした中でも財政再建に対する市場からの信認は厚く、英国債はドイツ国債と並んで、ヨーロッパにおける安全資産となっている。英国債の利回りは10年年初には4%台であったが、12年5月には2%を割る低水準まで低下している(注)。国債利回りの低下は企業の資金調達コストを低下させることを通じ、投資にポジティブに働くと考えられる。企業債務の調整も進展しており、一部に明るい兆しもみられるようになった。BOEも12年半ば以降は、世界経済の回復等を背景に景気回復テンポが加速すると予測している。

 こうした中で注目されるのは、金融政策の行方である。資産買取残高の増額(11年10月と12年2月)の理由としてインフレ率が中期的な目標(前年比2%)を下回る公算が大きいことが指摘されたことを踏まえると、景気回復が続き、インフレ率が目標を上回る可能性が高まれば、今度は出口戦略への関心が強まると考えられる。

 BOEのキング総裁は、出口戦略の一つの手段として国債売却を示唆しているが、出口戦略の実施によって国債利回りが上昇する可能性がある。インフレ率の上昇が景気回復に伴う国内要因であれば、景気への悪影響は限定的であろう。しかし、インフレ率上昇が商品価格等の上昇によるコスト・プッシュ型であれば、インフレ率と国債利回りの上昇によって、景気を悪化させるリスクがある。その結果、財政目標を達成出来なければ、英国債が現在の安全資産としての地位を失う可能性も残る。インフレ率の動向についてはその要因を詳細に分析し、時宜を踏まえた出口戦略を検討することがBOEには求められている。

(注)英国債利回りの低下には、BOEによる国債買取も大きく寄与したとみられる。Joyce et al(2010)は、BOEの国債買取が英国債利回りを100bp低下させたと分析している。また、Bridges and Thomas(2012)は150bp低下させたと述べている。なお、12年3月末時点ではBOEが買い取った英国債の残高は約3,000億ポンド(時価)であり、同時点の英国債発行残高(固定利付債)は約8,000億ポンド(簿価)となっている。


30 国債利回りが6%台で推移しているスペインについては、経営が悪化した金融機関に対する資本注入が著しく増加した場合のスペイン政府の財政悪化が市場で懸念されている。
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