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2.欧州政府債務危機の現状と取組

 ヨーロッパ各国は、財政の持続可能性を向上させるために、財政赤字の削減や財政規律の強化に取り組んでいる。以下では、ヨーロッパ各国による財政再建の現状と取組を概観した後に、特にEU・IMF等から支援を受けているギリシャ、アイルランド、ポルトガルの財政の持続可能性について検証する。また、欧州政府債務危機において、中央銀行が果たす役割についてみていく。

(1)各国による財政再建の現状と取組

(i)ばらつく財政再建状況

 ユーロ圏全体の財政状況をみると、財政収支GDP比では、世界金融危機の発生後、2009年に大幅に悪化した後、実質経済成長率の上昇とともに、財政収支の赤字幅は縮小している。しかし、依然として財政赤字状態であること等から、債務残高GDP比は増加し続けており、11年末は87.2%と過去最高値を更新している(第2-1-23図)。

第2-1-23図 ユーロ圏における財政状況:債務残高GDPは増加
第2-1-23図 ユーロ圏における財政状況:債務残高GDPは増加

 債務残高GDP比の推移をみると、2008年から大きく増加している。この背景には、第一に、景気後退に伴う税収の減少や、景気対策等に伴う支出の増加等により、プライマリーバランスが大きく悪化したことが挙げられる。第二に、利払いは、おおむね3~4%程度の押上げ要因となっており、債務残高における最大の増加要因となっている。そのため、債務残高を減少するためには、利払い負担の改善が重要である。一方で、経済成長要因は、09年を除き債務残高の減少に寄与している(第2-1-24図)。

第2-1-24図 債務残高の要因分解:利払い要因が債務残高の増加に寄与
第2-1-24図 債務残高の要因分解:利払い要因が債務残高の増加に寄与

 なお、政府債務に対する支払い能力を考えるために、政府が保有する資産を債務残高から除いた純債務残高をみると、ユーロ参加国では、10年でGDP比34.4%の政府資産を保有している。ユーロ発足以来、一般政府の保有資産はGDP比でおおむね30%の水準を維持していることから、純債務残高GDP比ベースでみると50%台にとどまる。ただし、政府資産は通貨や預金といった流動性が高い資産だけで構成されているわけではなく、さらに、07年以降、純債務残高GDP比ベースでも悪化が続いている(第2-1-25図)。

第2-1-25図 純債務残高:純債務残高も悪化
第2-1-25図 純債務残高:純債務残高も悪化

 ユーロ圏全体では、08年以降、債務残高が増加しているが、さらに国ごとにみると財政状況は、ばらつきがみられる(第2-1-26図)。

第2-1-26図 財政状況のばらつき:債務残高のばらつきは拡大
第2-1-26図 財政状況のばらつき:債務残高のばらつきは拡大

 11年の財政赤字GDP比についてみると、キプロスとスロベニアを除いた15か国では、10年と比べて財政赤字GDPは改善している。国別にみると、ドイツやフィンランド等では、安定成長協定の基準である3%を下回っており財政状況は良好となっている。一方で、アイルランドやギリシャでは、安定成長協定を大幅に上回る状況となっている。

 また、債務残高GDP比を国別にみると、フィンランドやルクセンブルクといった5か国では、安定成長協定の基準である60%を下回っている。一方で、スペインを除く南欧諸国等では100%を超えており、財政状況は大幅に悪化している。

 このように債務残高が増加している要因を考えるために、ユーロ参加国における財政再建の進捗状況をみると、ほとんどの国で政府が提出した財政収支GDP比の数値目標を達成できていない状態であり、実質経済成長率も見通しを達成することができていない(第2-1-27図)。そのため、一部の国では、財政収支GDP比や実質経済成長率といった数値目標ないし見通しを引き下げることとなった。こうした目標の引下げは、各国政府における財政の持続可能性に対する市場の懸念につながり、国債利回りやソブリンCDSプレミアムの上昇等の要因になったと考えられる。

第2-1-27図 財政再建目標の達成状況(07~11年平均):ほとんどの国で達成できず
第2-1-27図 財政再建目標の達成状況(07~11年平均):ほとんどの国で達成できず

(ii)財政規律の強化

 欧州政府債務危機を契機に、EMU(経済通貨同盟)の経済ガバナンスは重大な欠陥があることが改めて浮き彫りにされた。EUでは財政政策が各国の主権にゆだねられているが、単一通貨ユーロの信認にとっては財政規律の遵守が重要である。そこで、「安定成長協定」等の財政規律が設けられていたのであるが、実際にはそれを遵守させるメカニズムが不十分であり、結果として多くのユーロ参加国で財政状況が著しく悪化することとなった。

 そのため、EU各国政府は、財政再建を進める一方で、EU全体としての経済ガバナンスを向上させるために、財政規律強化のための政策決定を行っている(第2-1-28表)。例えば、これまでの財政ルールであった「安定成長協定」を改正し、財政規律を遵守できない場合に自動的な制裁の発動を可能とするとともに、いわゆる財政協定条約(Treaty on Stability, Coordination and Governance in the economic and monetary Union)の制定に合意した。

第2-1-28表 EUにおける財政規律強化の取組(概要)
第2-1-28表 EUにおける財政規律強化の取組(概要)

 次に、これまでのユーロ参加国による財政数値目標の達成状況をみてみる。

 改正前の「安定成長協定」では、財政規律の遵守を評価する基準として財政収支赤字3%以下や債務残高比率60%以下といった財政数値目標に設定されていたが、世界金融危機発生後から、数値目標を達成出来ない国数が大きく増加することとなった(第2-1-29図)。財政収支ベースでみると、09年前は10か国以上が財政数値目標を達成したが、それ以降では、財政数値目標を達成出来ている国数は3か国にまで大きく減少した。国別にみると、ユーロの発足以降、ルクセンブルクやフィンランドでは、財政赤字GDP比、債務残高GDP比ともに、毎年目標の達成ができている一方で、ギリシャでは財政目標を一度も達成できたことがないなど、財政目標の達成度に、ばらつきがみられる。

第2-1-29図 財政数値目標の達成状況
第2-1-29図 財政数値目標の達成状況

 経済ガバナンスが強化される12年以降の見通しについてみると、財政収支は数値目標を達成できるとしている国数が増加している一方で、債務残高の数値目標を達成できるとしている国数は横ばいとなっている。

 財政の持続可能性に対する市場の懸念を解消するためには、上記のような数値目標に沿った財政再建の実現が必要不可欠である。そのため、財政規律違反に対する制裁の発動といった政策手段を用いて財政規律を遵守させつつ、同時に経済成長を促進させるという難しい政策運営を、どのように実現するかがポイントになると考えられる。

(iii)ヨーロッパ主要国の財政再建に向けた取組への期待

 ここでは、ユーロ圏主要国の11年の財政状況や財政再建に向けた取組についてみていく。

 ドイツでは、11年の前半に航空課税、核燃料税の導入による歳入強化や診療報酬の制限等による公的医療保険の赤字削減、徴兵制の廃止に伴う国防費の抑制が行われた。加えて、11年前半の好景気による税収増や失業者数の減少によって社会保障給付が抑えられたこともあり、11年の財政赤字GDP比は「安定成長協定」の基準となる3%を下回る1.0%となった(第2-1-30図)。また、ドイツが主として財政状況の測定指標に用いる構造的財政赤字も当初10年夏頃に策定した目標である1.89%を大きく下回り0.7%となっている(第2-1-31図)。

第2-1-30図 ドイツの財政状況:財政赤字GDP比は1.0%
第2-1-30図 ドイツの財政状況:財政赤字GDP比は1.0%
第2-1-31図 ドイツ連邦政府の中期財政計画(2013~16年):財政収支は2016年に均衡
第2-1-31図 ドイツ連邦政府の中期財政計画(2013~16年):財政収支は2016年に均衡

 12年3月末に公表された13年予算案の基礎資料である「中期財政計画8(2013~16年)」によると、今後、歳出規模を12年と比べ若干下回る額に抑えながら、16年までに前年比1.6%程度の実質経済成長率が継続することによる歳入増を見込んで、16年に財政収支を均衡させることとしている(再掲第2-1-31図)。また、構造的財政赤字は14年に連邦共和国基本法9に規定された0.35%10を下回り、同じく16年に収支均衡の達成を見込んでいる。景気の回復による税の自然増収に依存した財政計画であるとの見方もあるが、10年と11年に3%を上回る実質経済成長を続けたドイツでは十分達成可能な目標とみられる。

 フランスについても、11年の財政赤字は累次の追加緊縮策の効果もあって当初目標を上回る水準を達成するなど、その進捗もおおむね順調である(第2-1-32図)。

第2-1-32図 フランスの財政状況
第2-1-32図 フランスの財政状況

 5月に行われたフランス大統領選の結果、財政再建に加えて成長も重視する11 オランド大統領が就任したが、財政再建に対する手法こそ違うものの12、13年までに財政赤字を3%以内に収めるという目標は堅持する見込みである。

 また、オランド大統領は就任にあたって、12年1月に英国とチェコを除くEU25か国で合意された財政協定条約について、財政緊縮策に偏りすぎているとして成長も重視した内容とするよう求めており、市場の中には欧州各国の足並みの乱れや財政再建の進捗に対する市場の懸念する向きもある。しかしながら、就任直後に行われた独仏首脳会談では、ドイツが財政規律を堅持しつつ、財政と成長の両立に向けて独仏間で引続き協議していく方向で一致しており、ただちに両国の関係が市場に大きな与えるようなメッセージとはなっていない。

 イタリアとスペインでは、昨年の11年11月と12月にそれぞれ発足した新政権が財政再建策を矢継ぎ早に実施している。

 2000年以降、債務残高GDP比が100%を上回る高水準で推移してきたイタリアでは、前政権が11年7月と9月に打ち出したVATの引上げ等を含む総額約280~600億ユーロ規模13の財政再建策に加え、11年11月に発足したモンティ政権が翌12月に総額約200億ユーロ規模14の財政再建策を実施している。こうした取組が功を奏し、11年の財政赤字GDP比は3.9%と当初目標をほぼ達成し、基礎的財政収支GDP比も1.0%の黒字となった(第2-1-33(1)図)。ただし、イタリア政府が12年4月に発表した「経済財政ドキュメント2012」15は、11年12月以降の景気下振れを理由に、「13年に財政収支をほぼ均衡させる」という当初の財政目標を事実上後ろ倒しする内容となっており、依然として同国財政の先行きに対する不透明感が残っていることを示している。

第2-1-33図 イタリアとスペインの財政状況:厳しい財政再建が続く両国
第2-1-33図 イタリアとスペインの財政状況:厳しい財政再建が続く両国

 なお、昨年の11年11月から12年初にかけて、一時、いわゆる「危険水域」とされる7%16を上回っていた同国の10年物国債利回りは、これまでの政府の取組やECBによる流動性供給もあり、5月半ば現在、5%後半で推移している(第2-1-34図)。

第2-1-34図 イタリアとスペインの10年債利回り:6%を越えるスペイン国債利回り
第2-1-34図 イタリアとスペインの10年債利回り:6%を越えるスペイン国債利回り

 一方、07年までの3年間に財政収支黒字が続いていたスペインでは、住宅バブル崩壊の後遺症による国内経済の低迷から、税収が伸び悩むとともに失業者数の増加に伴う公的給付の増加等が中央・地方政府の財政に重くのしかかり、11年の財政赤字は当初の目標から大きく下振れ17した(再掲第2-1-33(2)図)。11年12月に発足したラホイ政権は13年に財政赤字GDP比3%以下とする目標を堅持するため、11年12月末に約150億ユーロ規模の財政再建策を打ち出した。また、12年4月に発表した12年予算案18の中に273億ユーロの財政赤字削減を盛り込むとともに、悪化の続く地方財政再建のため教育・医療分野19における約100億ユーロ規模の歳出削減策を打ち出している。しかし、11年の財政赤字下振れに伴い、スペイン政府は12年の財政赤字GDP比目標値を当初の4.4%から同5.3%へ下方修正し、債務残高GDP比の見込値は11年末の68.5%から12年末は79.8%になると発表した。この結果、スペインの財政に対する市場の不安が高まり、さらに不良債権比率の上昇等を背景とした金融機関の健全性に対する懸念も相まって、11年8月からイタリアを下回っていたスペインの10年物国債利回りは、12年3月にイタリアを上回り、5月半ば現在、6%台で推移している(再掲第2-1-34図)。

 イタリアとスペインは、財政再建だけでなく、規制改革や労働市場改革、金融セクター改革を通じ、経済成長の阻害要因を取り除き、潜在成長率を押し上げるための構造改革にも着手している(第2-1-35表)。ただし、こうした施策は、項目によって短期的には経済の更なる下押し要因になる可能性もあることに留意が必要である。

第2-1-35表 フランス、イタリア、スペインの主な財政再建策等
第2-1-35表 フランス、イタリア、スペインの主な財政再建策等

 両国の財政再建の帰趨を見極めるには、構造改革の成果が経済成長にどの程度結びついていくかがポイントになる。

(2)被支援国(ギリシャ、アイルランド、ポルトガル)の財政の持続可能性

 12年3月に、ギリシャ国債を保有する民間債権者との債務交換がおおむね完了したことやギリシャ向け第二次支援が決定したことにより、「ギリシャの無秩序なデフォルト」は当面回避され、市場の信用不安がイタリア、スペイン、ポルトガル等へすぐさま波及する懸念も後退した。加えて、ECBによる大量の流動性供給やEFSF・ESMの規模拡大といった欧州政府債務危機に対する安全網の整備が進んでいることもあり、12年序盤の金融市場は11年末と比べて落ち着きを取り戻しつつあった。

 しかし、財政再建に対して国民の強い反発が続くギリシャでは、12年5月の議会選挙の結果、第二次ギリシャ支援の融資条件となる財政再建を引き続き実行すべき新政権の樹立には至らず、6月に再選挙を行うこととなった。こうした政局不安を背景に、同国の政治・財政動向に対する市場の懸念が再び高まっており、依然として厳しい状況が継続している。

 また、市場の注目は、同じく財政支援下にあるアイルランドやポルトガルにも向けられている。両国は、EU、IMF、ECB(いわゆるトロイカ)のレビューの下、現在のところおおむね計画通りに財政再建プログラムを進め、ともに13年中に市場での国債発行の再開を目指している。しかし、国債市場復帰の前提となる資金調達環境の整備や経済情勢の改善等、対応すべき課題は山積みとなっている。

 以下では、被支援3か国の財政再建状況や経済情勢を概観し、財政の持続可能性について検討していく。

(i)被支援3か国の財政状況と財政再建への取組

 欧州政府債務問題の発端となったギリシャをみると、構造的な要因に加えて景気の低迷による税収減も影響し、財政再建のための努力(第2-1-36表)にも関わらず、財政再建が思うように進捗しなかった。加えて、財政緊縮に対する国民の反発に起因した政治情勢の混乱によって、財政再建計画が度々遅れたことから、EUやIMFによるギリシャ支援も予定どおり進捗せず、ギリシャは12年初には無秩序なデフォルトに陥る可能性が高まった。こうした中で、ユーロ圏各国やギリシャ自身の努力もあって、12年3月に民間債権者の自発的な債務削減を含む第二次ギリシャ支援が決定されたことにより、当面、無秩序なデフォルトの危機は免れることができた。しかしながら、12年5月に行われた総選挙において、これまで財政再建を実施してきた連立与党が過半数割れし、第二次ギリシャ支援の融資条件となる財政再建に反対する政党が大きく議席を伸ばしたこと、加えて、その後の連立協議の失敗により政治空白が生じたことなど、支援の前提となっていた財政再建策を予定どおり実施出来るかどうかは、予断を許さない。

第2-1-36表 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの財政再建策等
第2-1-36表 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの財政再建策等

 一方、アイルランド、ポルトガルではトロイカの監視のもと、財政再建計画を比較的順調に消化している。アイルランドでは、財政再建計画の具体化が進んでおり、11年11月に発表された中期財政声明の中で、2012年~15年までの4年間で124億ユーロの財政調整を行う旨が発表されるとともに、12年予算案の策定にあたっては、上記目標を達成するために4年間の歳出限度額が設定された(再掲第2-1-35表)。ポルトガルでは、10年3月以来累次の財政再建策を実施しており、昨年11年6月に政権交代が行われて以降もその動きは継続している(再掲第2-1-36表)。両国ともに、現時点ではおおむね目標を達成しており、EUやIMFからの融資を受けるための昨年12月11月に行われたトロイカによる審査もクリアしている。

 このように、財政再建と構造改革の進捗状況についてEU・IMF等から一定の評価を得ている両国であるが、こと市場の信認20という点について言えば、ポルトガルはアイルランドほどの信認を得ることは出来ていない。

 この要因の一つに、両国の経済構造の差異に起因する財政再建目標達成の手法の違いにあると考えられる。アイルランドは公務員数の削減など、歳出削減を行いつつも比較的高い輸出競争力と相俟って経済成長に伴う歳入増も含んだ形で財政再建を進めている。一方、ポルトガルの財政収支の改善は、銀行の年金基金を一般政府の年金基金会計に付け替えるなどの会計上の操作による影響も含まれており、アイルランドと異なり実体として改善している訳ではない21

(ii)財政再建への取組が被支援3か国の経済成長を下押し

 これまでギリシャ、ポルトガル、アイルランドについては、それらの財政状況や財政再建策への取組、3か国を支援するメカニズムに関する欧州各国政府や当局者の言動等が市場で注目されることが多かった。しかし、当該3か国の財政調整の進捗状況を見定めるには、景気動向を確認しておくことも重要である。

 ギリシャの実質経済成長率をみると、かつてユーロ発足の恩恵により、内需主導で2000年から07年にかけて年平均4.2%の経済成長を遂げた面影はなく22、10年4~6月期から8四半期連続の前年比マイナスとなり、深刻な景気後退が続いている(第2-1-37図(1))。相次ぐ財政再建の影響等から個人消費や固定投資といった内需が一貫して成長を押し下げている。

 ポルトガルもギリシャと同じく個人消費や固定投資が押上げに寄与することなく、実質経済成長率は10年10~12月期から6四半期連続の前期比マイナス成長となり、景気後退に陥っている(第2-1-37図(2))。

 輸出が減速したことで11年7~9月期から2四半期連続のマイナス成長となっているアイルランドだが、他の2か国に比べて異なるのは、09年以降、労働コストの調整等によって単位労働コスト(ULC)が大きく低下(第2-1-38図)し、競争力を回復させたことで、11年前半には輸出主導で前期比プラス成長を経験していることである(第2-1-37図(3))。

第2-1-37図 ギリシャ、アイルランド、ポルトガルの実質経済成長率:厳しい経済情勢が続く3か国
第2-1-37図 ギリシャ、アイルランド、ポルトガルの実質経済成長率:厳しい経済情勢が続く3か国
第2-1-38図 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの単位労働コスト:09年以降、総じて低下傾向
第2-1-38図 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの単位労働コスト:09年以降、総じて低下傾向

 ギリシャに次ぐ被支援国として金融市場の注目が集まるポルトガルとアイルランドは、ともに財政再建や構造改革に取組んでいる。しかし、ポルトガルの10年債利回りが5月半ば現在12%近傍で高止まりしている一方で、アイルランドの9年債利回りは11年夏頃を境に反転し、現在7%近傍まで低下している(第2-1-39図)。

第2-1-39図 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの10年債利回り:ギリシャの利回りが再び高まる
第2-1-39図 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの10年債利回り:ギリシャの利回りが再び高まる

 このように両国に対する金融市場の評価が明暗を分けている背景には3つの理由があると考えられる。1つ目は前項で述べた通り、両国の財政再建目標達成の手法の違いである。2つ目は、先述の通りポルトガルが11年をマイナス成長で過ごしたことと、アイルランドが同年前半にプラス成長を遂げたことの違いにあると思われる。3つ目は、金融部門を取り巻く環境の違いである。ポルトガル国債が相次ぐ格下げにより投機的水準となり、国内の金融部門が厳しい資金調達状況にあるのとは対照的に、アイルランドの金融部門は11年4月に実施した独自のストレステストを経て、資本増強を進展させていることなどが市場に好感されているものと思われる(第2-1-40図)。

第2-1-40図 アイルランドの銀行の自己資本比率:10年終盤から自己資本を大きく強化
第2-1-40図 アイルランドの銀行の自己資本比率:10年終盤から自己資本を大きく強化

 金融市場から一定の信用を取り戻し、3か国の中では一歩抜け出した感のあるアイルランドも、個人消費が実質経済成長率の押上げにほとんど寄与しない点はギリシャやポルトガルと共通している。これらの国では財政再建策やユーロ圏の内需低迷による経済見通しの悪化等が、消費マインドを冷え込ませているものとみられる(第2-1-41図)が、特にアイルランドでは住宅バブルの崩壊で家計の債務残高が高水準にあり、家計のバランスシート調整が消費を手控えさせている面もあると思われる(第2-1-42図)。

第2-1-41図 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの消費マインド:ユーロ圏平均を大きく下回る被支援3か国の消費マインド
第2-1-41図 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの消費マインド:ユーロ圏平均を大きく下回る被支援3か国の消費マインド
第2-1-42図 アイルランドの住宅価格と家計債務残高:家計のバランスシート調整が続く
第2-1-42図 アイルランドの住宅価格と家計債務残高:家計のバランスシート調整が続く

 3か国の失業率をみると、ギリシャやポルトガルでは景気が後退していることで上昇が続いており、ポルトガルでは11年後半から上昇の勢いが強まっている。また、11年に実質経済成長率がプラス成長を経験したアイルランドも14%後半で高止まった状態にあり、3か国の厳しい雇用情勢も内需拡大の足かせになっていると思われる(第2-1-43図)。

第2-1-43図 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの失業率:総じて増加
第2-1-43図 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの失業率:総じて増加

 次に国内需要の低迷が続く被支援3か国の輸出をみると、輸出依存度が約2割と相対的に低いギリシャでは、労働コスト削減による競争力改善やユーロ安を背景にユーロ圏外向け輸出が10年後半から11年半ばまで大きく増加23した(第2-1-44図(1))。しかし、ユーロ圏内外向けともに11年10~12月期から落ち込みがみられ、総じて横ばい圏の動きが続いている。

 同じく競争力の改善がみられるポルトガルでは、増加が続いているユーロ圏外向け24にけん引される形で輸出全体も緩やかに増加している(第2-1-44図(2))。旧植民地があるアフリカ向けが堅調である上、11年後半からはアメリカ向けが大きく増加している。ただし、輸出全体の約65%を占めるユーロ圏内向けは11年春頃から低調に推移しており、その大半を占めるドイツやフランス、スペインが占めるが、なかんずくスペインが最大の輸出相手国であり、同国の経済情勢も厳しい中、その影響も懸念されるところである。

 輸出依存度が100%を越える外需主導型のアイルランドは、圏外向けが11年終盤から伸び悩んでいるものの、むしろ圏内向けが11年7~9月期の一時的な落ち込みから持ち直しの動きをみせており、輸出全体は底堅い動きをみせている(第2-1-44図(3))。住宅バブルの後遺症等で内需の低迷が続く中、今後、輸出全体の約2割を占めるアメリカの景気回復を背景とした輸出拡大が期待される。

第2-1-44図 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの輸出:労働コスト削減により3か国の輸出は総じて底堅い動き
第2-1-44図 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの輸出:労働コスト削減により3か国の輸出は総じて底堅い動き

 また、特に慢性的な赤字傾向が定着しているギリシャとポルトガルについて、それぞれ経常収支をみると、昨年後半以降、経常収支の改善に向けた動きもみられる(第2-1-45図)。

第2-1-45図 ギリシャ、ポルトガルの経常収支:このところ前年と比べ改善
第2-1-45図 ギリシャ、ポルトガルの経常収支:このところ前年と比べ改善

 ただし、内訳をみると必ずしも楽観できる状況にはない。まず、貿易収支では一定の改善を見せているように見えるものの、内需の低迷による輸入の落ち込みが主因となっており、欧州政府債務危機の遠因となった競争力の脆弱性が改善している訳ではない。加えて、近隣諸国の財政再建による更なる景気低迷リスクもあり圏内向け輸出も一層落ち込む可能性があり、貿易収支に関して言えば、持続的な動きとは言い難い状況にある(第2-1-46図)。

第2-1-46図 ギリシャ、ポルトガルの貿易収支の動向:輸入の減少を主因として前年差で改善
第2-1-46図 ギリシャ、ポルトガルの貿易収支の動向:輸入の減少を主因として前年差で改善

 次に、サービス収支についてみると、ギリシャについては主力の観光業を中心に改善傾向を示しており、ポルトガルでも観光業による黒字増加要因は続いている(第2-1-47図、第2-1-48図)。ただし、観光業は世界景気の影響を受けやすく、貿易収支と同様に圏内の景気低迷リスクに留意する必要があり、既に欧州政府債務危機の影響もあり、縮小の動きも見られる。

第2-1-47図 ギリシャのサービス収支:主力の観光業を中心に多くの分野で増加
第2-1-47図 ギリシャのサービス収支:主力の観光業を中心に多くの分野で増加
第2-1-48図 ポルトガルのサービス収支:主として観光サービスが増加
第2-1-48図 ポルトガルのサービス収支:主として観光サービスが増加

 いずれにせよ、中長期的な南欧諸国等の対外不均衡の是正のためには、南欧諸国等が後述する構造改革を通じてそれぞれの特性を生かしつつ、ユーロ圏内外に対して競争し得る分野を広げていくことが重要であり、EU・IMF等の監視のもとで行われている構造改革プログラムの着実な実施が求められている。

 従前より財政再建や構造改革に着手している被支援3か国にとって、経済成長の下振れは財政調整プログラムに掲げる目標の達成に向けた直接のリスクとなる。今後も財政再建の進捗と合わせて3か国の景気動向を注視していく必要がある。

(iii)財政再建と競争力強化の両立に向けて

 被支援国は、財政再建とともに、競争力を強化するための改革を実行しようとしている。危機に陥った国の競争力回復策としてイメージしやすいのは、2001年にデフォルトしたアルゼンチンのように名目為替レートの減価を通じて輸出財のコストを低下させるという方法である。しかし、ユーロ圏に参加する被支援国は自らの判断で為替を操作することが不可能である。ユーロ圏を脱退して為替を減価させることで競争力を回復させるべきだとの見方もあるが、その場合、被支援国が抱えたユーロ建て債務を各国通貨建てに換算することで債務残高は増大し、債務返済が困難になると考えられる。加えて、被支援国の銀行はECBからの資金供給に依存しているため、ユーロ圏を脱退すればその資金供給を受けることができず、銀行部門に対する懸念は一段と強まることになろう(第2-1-49図)。

第2-1-49図 ECBの資金供給残高:危機の深刻化に伴い供給額は増加基調
第2-1-49図 ECBの資金供給残高:危機の深刻化に伴い供給額は増加基調

 従って、名目為替レートの減価ではなく、ユーロ導入以来、実質為替レートの上昇をもたらしてきた単位労働コストや国内物価を引き下げて競争力を高める方向を模索する必要がある。ギリシャやポルトガルでは物価連動型の賃金決定メカニズムであるなどの理由から労働生産性の伸び以上に賃金が上昇し、これが競争力の低下を招いてきたとされる。

 前述のように単位労働コストはすでに低下傾向にあるものの、今後さらに労働市場の改革を通じ、労働需要に応じた賃金や雇用調整を柔軟化させることができれば、競争力の改善だけではなく、雇用増加も期待できる。賃金など労働コストの低下は、圏内外からの投資を呼び込むインセンティブを高め、さらに労働需要を高める可能性もある。

 一方、労働生産性を高める努力も必要である。そのためには、人的資本の能力向上や資本装備率の上昇、技術導入が必要となるが、それが実現すれば単位労働コストが引き下げられ、やはり競争力向上につながることが期待される。加えて、生産性が上昇する分、競争力を保ちながら賃金の低下圧力の緩和や上昇余地の拡大につながり、景気にプラスの影響を及ぼすことも考えられる。実際、ギリシャやポルトガルでも14年以降は労働生産性を高めて単位労働コストを引き下げることが支援の前提とされている(第2-1-50図)。

第2-1-50図 単位労働コストの見通し:3か国とも14年以降は生産性上昇によって単位労働コストは低下見通し
第2-1-50図 単位労働コストの見通し:3か国とも14年以降は生産性上昇によって単位労働コストは低下見通し

 2000年代前半のアイルランドは、アメリカからの資本を積極的に導入することで雇用の増加とともに資本装備率を上昇させて生産性を高めることに成功している。極めて低い法人税率や英語が公用語であるということ、労働者の高いスキルの存在など有利な条件がその成功をもたらしたといえる。しかし、経済の開放による生産性向上の達成という手法は、その他の被支援国の建て直しに向けた一つの方向性を示している。

 EU・IMF支援の前提となる調整プログラムにおいても、公的債務の削減だけではなく競争力の向上が重視されており、その手段として賃金抑制とともに失業率の低下も目指した労働市場の改革や、割高なサービス市場の改革、政府資産売却による投資促進や経済開放が提言されている。被支援国が今後とも財政再建とともに、こうした競争力改善に向けた取り組みを着実に進めることが肝要である。

(iv)被支援国が直面するリスク

 被支援国は、支援を受ける際にトロイカによるレビューを受けている。これまでのレビュー結果をみる限り、実質経済成長率の見通しは時間の経過とともにおおむね下方修正される傾向がある(第2-1-51図)。被支援国は外需主導で景気回復パスに復することが見通しの前提とされているが、ギリシャやポルトガルでは南欧諸国等向けの輸出割合が大きい。南欧諸国等の内需は当面力強さを欠くとみられるが、そうした中でギリシャやポルトガルの輸出が順調に増加を続けるのかリスクが残る。

第2-1-51図 被支援国の実質経済成長率見通し:概ね下方修正される傾向
第2-1-51図 被支援国の実質経済成長率見通し:概ね下方修正される傾向

 アメリカ向けのシェアが高く、ギリシャやポルトガルと比して相対的に欧州向け輸出への依存度が低いアイルランドは、世界経済の動向に敏感である。同国では住宅バブルの後遺症で内需が低迷しており、景気のけん引役は外需である。アイルランド財務省は世界経済成長率が1%低下すれば1年後のアイルランドのGDPが0.9%、2年後には1.5%減少すると分析しており、やはり輸出の先行きが不安材料である。

 債務残高についても、ギリシャやポルトガルでは悪化方向に修正される傾向がみられた。内需低迷により実質GDPやGDPデフレーター上昇率が想定を下回った場合、税収の減少によりプライマリーバランスが悪化するとともに、名目GDPが減少することから、債務残高GDP比は一段と悪化するリスクがある(第2-1-52図)。

第2-1-52図 被支援国の債務残高見通し:おおむね悪化する傾向
第2-1-52図 被支援国の債務残高見通し:おおむね悪化する傾向

 実際、レビュー等では実質GDPの下振れが債務残高の増加につながるとの分析が示されている(第2-1-53図)。ギリシャに関しては、20年に債務残高GDP比が117%に低下する見通しだが、実質経済成長率が前提より1%下振れれば、同年の債務残高GDP比は129%までしか低下しないと予測されている。

第2-1-53図 景気見通しの下振れが債務残高に及ぼす影響:1%のGDP下振れにより財政再建目標の達成が大幅に遅れるリスク
第2-1-53図 景気見通しの下振れが債務残高に及ぼす影響:1%のGDP下振れにより財政再建目標の達成が大幅に遅れるリスク

 アイルランドでは、15年に債務残高GDP比が114%となる見通しだが、実質経済成長率が1%下振れることで、同年の債務残高GDP比は123%となると分析されている25。また、ポルトガルでは、20年代前半に債務残高GDP比が100%まで低下することが目標とされているが、実質経済成長率が1%下振れれば、30年になっても債務残高GDP比は100%を上回ったままとなる。

 市場規模の小さい被支援国の国債市場は投資家のマインドにより大きく左右され易く、債務残高の増加を嫌気して投資家の購買意欲が低下すれば、金利が大幅に上昇するリスクがある。

 国債の海外保有比率低下による影響もリスクであるとみられる。危機前までは被支援国の国債の多くを海外勢が保有していたが、危機深刻化につれ、その割合は低下した(第2-1-54図)。国内銀行に体力が無い中、国債市場に復帰した後に無事に国債を消化できるのかも懸念材料である。

第2-1-54図 被支援国の国債保有比率:危機後に国外保有比率は低下
第2-1-54図 被支援国の国債保有比率:危機後に国外保有比率は低下

 被支援国は08年の世界金融危機や今般の欧州政府債務危機の中で苦しい道のりをたどってきた。ECBの3年物資金供給オペの効果で金融市場が安定化し、一時は欧州政府債務危機が最悪期を脱したとの見方もあった。しかし、債務危機の解決には単に財政状況を改善させるだけではなく、銀行のバランスシートの改善や競争力の向上といった構造的な問題への取組を進めることが必須である。そして、こうした構造問題への取組には、資金供給オペで生まれた3年間という期間では不十分である可能性がある。構造改革の進展が遅れるなどの事態に陥れば、これらの国に対する見方は急速に悪化し、危機がこれまで以上に深刻化するリスクがある。被支援国は、国民の世論と市場からの信認の間で今後も厳しい状況に置かれることになると考えられる。

(3)中央銀行が果たす役割の評価

 欧州政府債務危機の解決に向けて、ECBも貢献すべきとの見方もあったが、ECBはあくまで各国政府の取組によって危機が解決されるべきとの考えを繰り返してきた。しかし、危機の長期化に伴って金融システムに対する不安が拡大し、一部の国では預金流出が続いた。相対的に安定した国に預金がシフトした可能性もあったが、国内銀行の経営不安が意識されている国では特に預金の流出度合いが大きかった(第2-1-55図)。

第2-1-55図 ユーロ圏各国の市中銀行の預金残高:一部の国では減少が続く
第2-1-55図 ユーロ圏各国の市中銀行の預金残高:一部の国では減少が続く

 前述の通りユーロ圏の銀行は、預金よりもインターバンク市場等での資金調達の度合いが相対的に大きい(前掲第1-2-1(5)図)。そのため、預金流出と共にインターバンク市場での緊張が高まるにつれ、ECBからの資金供給への依存を一層高める銀行も増えてきた。そうした中、ECBは金融政策の波及メカニズムを回復させることを目的に非伝統的オペを次々と導入してきた。特に、11年12月と12年2月に実施された3年物の資金供給オペの実施後にはLIBORが低下したため、同オペの効果に対する注目が集まった(第2-1-56図)。

第2-1-56図 ECBの資金供給とLIBOR:11年半ばまでは資金供給増がLIBOR低下に繋がらず
第2-1-56図 ECBの資金供給とLIBOR:11年半ばまでは資金供給増がLIBOR低下に繋がらず

 3年物資金供給オペの後にはLIBORが低下しただけではなく、ECBの調査の結果でも銀行の資金調達環境の改善が見込まれ、オペは一定の効果をもたらしたと考えられる。満期が2年未満の資金供給オペは何度も実施してきたが、LIBORは上昇を続けてきた。今回の3年物資金供給オペが効果を発揮したことは、銀行債の償還スケジュールと関係があったとみられる26。ユーロ圏銀行の銀行債の償還は特に12年~15年の4年間に集中している(第2-1-57図)。1年未満のオペであれば償還資金の一部しかカバーできないが、3年物であれば大半をカバーすることができる27。そのため、償還が行われないというリスクが低下し、LIBORの低下につながったとみられる。

第2-1-57図 銀行債の償還予定額:12~15年中の償還が多い
第2-1-57図 銀行債の償還予定額:12~15年中の償還が多い

 しかし、こうしたオペは持続可能ではない28。ユーロ圏銀行に求められるのは、オペによって稼がれた時間内に自己資本比率の引上げ等を通じて損失吸収力を高め、市場からの信認を取り戻すことである。各国の銀行監督当局は、その着実な実施を監視しなければならない。また、オペによって流動性リスクを払拭することは重要だが、ECBは銀行がオペに過度に依存しないよう、オペを今後どのように講じていくかについては効果や実施タイミングの適切さを十分に検証しなければならない。

 加えて、このオペで調達された資金の一部が南欧諸国等の国債購入に充てられたとみられ、ソブリン市場の安定化に寄与するという副次的な効果もあった模様である29。しかし、もはやリスク資産となった南欧諸国等の国債を購入することは、バランスシートの悪化ひいては将来のカウンターパーティーリスクの上昇につながるリスクがある。ユーロ圏銀行の資金調達環境が悪化した背景には、ユーロ圏銀行が南欧諸国等の国債を多く保有しているという事実があった。それにも関わらず、ユーロ圏銀行がこれらの国の国債を今後も購入するとみるべきであろうか。むしろ、銀行が再びこれらの国債を売却する可能性も残っている。

 オペによって市場が安定化する中、国債市場の安定化のために導入された国債買取プログラム(Securities Market Programme)は事実上停止されている(第2-1-58図)。カバードボンド買取プログラムも同様である。非伝統的金融政策からの出口戦略について言及する理事も現れてきた。

第2-1-58図 ECBが買い取った国債残高と南欧諸国の国債利回り:買取額が増加しても利回りは必ずしも低下せず
第2-1-58図 ECBが買い取った国債残高と南欧諸国の国債利回り:買取額が増加しても利回りは必ずしも低下せず

 確かに、3年物資金供給オペによって、銀行債が償還されないという最悪の事態は回避できた。LIBORも低下しており、一定の効果がもたらされたことは間違いないと言える。しかし、欧州政府債務危機は解決されておらず、その根本の問題が改善するには長い時間が必要となると考えられる。再び金融市場で混乱が生じるリスクは払拭されておらず、出口戦略の内容やタイミングについて、ECBには引き続き熟慮が求められていると言えよう。


6 「欧州セメスター」とは、EU加盟国の経済政策及び予算に対する事前評価制度であり、毎年前半6か月に実施。
7 「ユーロプラス協定」とは、競争力と収れんに関する経済政策の協調強化を目標とした協定。参加国の首脳レベルで合意した共通目標を、参加国がそれぞれの政策の組み合わせにより実施。
8 1967年に成立した経済安定成長協定促進法に基づいて導入された5か年の中期財政計画。連邦・州政府ともに、毎年作成することが義務付けられており、予算案提出時に議会に提出される。財政収支見通しを示し、財政再建への取組を明確にした上で、それを実施するための具体的な各種施策を政策パッケージとして策定し、実施するというのがドイツにおける財政再建手法の具体的なスタイルとなっている。
9 ドイツにおける憲法のこと。
10 平時の経済状況の場合は、財政収支を均衡させることを09年8月の基本法改正で規定した。ただし、構造的財政赤字を名目GDPの0.35%まで許容するとともに、景気変動が予算に与える影響についても考慮するよう併せて規定。また、自然災害や緊急非常事態による特例規定もある。16年から適用。
11 オランド大統領は、中小企業融資を目的とした公共投資銀行の設立や中小零細企業のための優遇税率の適用(大企業35%、中小企業30%、零細企業15%)、15万人の雇用創出(教育分野での雇用を5年間で6万人創出等)等の成長戦略を打ち出している。
12 財政再建に向けた具体的な政策として、富裕層への課税強化(年間15万ユーロ以上の所得を持つ者に対し、所得税を45パーセント強化)や金融取引税の導入、税金の抜穴対策の強化等を挙げている。
13 11年7月と9月の財政再建策の合計額。財政再建見込額は、2012年は282億ユーロ、13年は542億ユーロ、14年は598億ユーロ(「Economic and Financial Document 2012(DEF)」参照)。いずれもネットの金額規模。
14 財政再建見込額は、2012年は202億ユーロ、13年は213億ユーロ、14年は214億ユーロ。ネットの金額規模。
15 「Economic and Financial Document 2012(DEF)」。欧州各国が毎年欧州委員会等へ提出する「安定プログラム」等の内容やイタリアの財政状況に関する同国政府の分析内容等で構成されている。12年4月18日にイタリア政府が決定。
16 被支援国であるギリシャやポルトガル等は国債利回りが7%を超えた頃から利回り上昇に弾みがつき、EU等からの支援を受け入れることとなった。こうした経緯から7%を財政支援が必要となる1つのベンチマークと考える市場関係者もいる。
17 12年2月、スペイン政府は2011年の財政赤字が当初目標のGDP比6.0%から下振れし、同8.5%になったと発表。5月、スペイン財務省は自治州の修正申告を受け、11年の財政赤字は8.9%へ拡大したと発表した。
18 スペインは2012年1月から補正予算を執行している状況にある。
19 教育・医療分野の予算権限は17自治州にある。
20 例えば、12年1月に行われたS&Pによるユーロ圏諸国の国債格付け見直しの際にも、ポルトガルを含む9か国が格下げとなる中、アイルランドは据え置きとなっている。また、国債利回りについても、アイルランドが昨年11年7月頃をピークに低下傾向にあるのに対し、ポルトガルは10%を超える高水準で高止まっている。
21 ポルトガル財務省によれば、仮に年金基金の繰り入れがなかった場合、目標値(財政赤字GDP比▲5.9%)を達成できなかった(同▲7.5%)としている。
22 内閣府(2011b)。
23 10年後半から11年半ばにかけてユーロ圏外向け輸出で増加している品目は「鉱物性燃料、潤滑油」、「工業製品」等。
24 11年からユーロ圏外向け輸出の増加に寄与しているのは「鉱物性燃料」、「輸送機器(旅客用、鉄道)」、「原子炉、ボイラー」等。
25 アイルランド財務省による。
26 ECB(2012)
27 IMF(2012)は、3年物LTROで供給された資金が12年に償還される銀行債の約60%カバーしたと述べている。
28 ECB(2011b)
29 IMF(2012)は3年物LTROで供給された資金の一部で銀行が所在地の国債を購入するのに用いられたと指摘している。11年11月から12年2月にかけてユーロ圏銀行の国債保有高は1,150億ユーロ増加した。これは、3年物LTROで供給された資金(ユーロシステムのバランスシート拡大に寄与したネットの供給額)の約20%に相当する。
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