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第2節 欧州政府債務危機の世界経済への影響

1.金融システムを通じた影響

 2011年後半の欧州政府債務危機の深刻化により、危機の震源地である南欧諸国等に対する債権(貸出や国債等)が大きいユーロ圏銀行に対する懸念が強まった。ユーロ圏銀行は、資金調達環境が悪化する中、国内向け与信だけではなく、国外向け与信を圧縮し、その動きは地理的に近い中東欧向け与信はもちろん、アジアや中南米向けにまで及んだ。以下では、11年後半にみられたユーロ圏銀行の対外債権圧縮が中東欧やアジア等にどのような影響を及ぼしたのかを概観する。

(1)厳しい環境下におかれたヨーロッパの金融機関

 2011年の夏以降、第二次ギリシャ支援を巡る混乱やイタリアやスペインへの懸念の波及等、欧州政府債務危機は深刻化した。イタリアやスペインの国債(10年物)利回りは11年の夏には5%台であったが上昇を続け、11月には6~7%台に達した。また、同月にはギリシャでEU等からの支援受け入れの是非に関する国民投票の実施が突如表明(直後に撤回)され、市場が混乱した。

 こうした動きに呼応する形で、11年半ばから年末にかけて、インターバンク市場金利は上昇を続けた(第1-2-1図(1))。ユーロLIBOR(London Interbank Offered Rate)は、10年5月のいわゆるギリシャ財政危機以降、上昇傾向にあった。南欧諸国等の国債価格の下落等により、これらの国々向けの与信が大きいユーロ圏銀行の損失が拡大し、貸し倒れリスクが高まると考えられたからであった。その後ユーロLIBORがECBの3年物LTROもあり低下に転じる中、欧州政府債務危機の深刻化を背景にMMFをはじめとする投資信託、アメリカや日本の銀行がユーロ圏銀行向け与信を圧縮したことから、ドルLIBORが11年末に上昇を続けたことにみられるようにドル資金の調達環境悪化が一層意識されることとなった(第1-2-1図(2)~(4))。

 ユーロ圏銀行はアメリカや日本の銀行と比べ、預金よりもインターバンク市場での資金調達や銀行債発行による資金調達への依存度が高い(第1-2-1図(5))。インターバンク市場と債券市場における資金調達が大幅な「厳格化超」となる(第1-2-1図(6))など、ユーロ圏銀行の資金調達環境は急激に厳しくなった。特に11年4~6月期から同年7~9月期にかけては厳格化の度合いが大幅に拡大しており、資金調達環境の悪化が急速に進んだことがうかがえる。一部の国の銀行で預金残高が減少したことも資金調達環境の悪化に拍車をかけた。

第1-2-1図 ユーロ圏銀行の資金調達環境:悪化
第1-2-1図 ユーロ圏銀行の資金調達環境:悪化

(2)ヨーロッパ金融機関によるデレバレッジ

 このように資金調達環境が急激に悪化したことで、ユーロ圏銀行の非金融民間部門向けの貸出スタンスも厳格化した。11年7~9月期と10~12月期におけるユーロ圏銀行の貸出条件をみると、08年の世界金融危機時と比べればその度合いは低い1ものの、大幅な「厳格化」超となっている(第1-2-2図)。こうした中、ユーロ圏銀行のユーロ域内向け貸出は、全体でみれば減少に転じた(第1-2-3図)。

第1-2-2図 ユーロ圏銀行の貸出スタンス:貸出条件は厳格化
第1-2-2図 ユーロ圏銀行の貸出スタンス:貸出条件は厳格化
第1-2-3図 ユーロ圏銀行の域内向け貸出:11年後半に減少
第1-2-3図 ユーロ圏銀行の域内向け貸出:11年後半に減少

 ユーロ圏銀行は、域内向けだけではなく、域外向けの与信も圧縮した。中東欧、アジア及び中南米向けの与信の動きをみると、中東欧向け与信は11年7~9月期に前期比▲10.5%、10~12月期に同▲6.1%と半年で2割近くも減少した。アジア向け与信も7~9月期が前期比▲3.1%、10~12月期が同▲4.0%と2四半期連続で落ち込んだ。中南米向け与信は7~9月期に前期比▲7.6%と減少した後、10~12月期は同0.9%と減少に歯止めがかかったが、11年初めの水準を7%程度下回る低い水準にある。いずれの地域に関しても、与信減少の主因は欧銀(英銀除く)となっている。

第1-2-4図 中東欧、アジア、中南米に対する与信の変化:ユーロ圏銀行が与信を減少
第1-2-4図 中東欧、アジア、中南米に対する与信の変化:ユーロ圏銀行が与信を減少

 また、これらの国々に向けた投資の動きをみると、銀行借入が含まれる「その他投資」が中心になって、後半に資本流入の減少ないし資本流出が起こったことがみてとれる(第1-2-5図)

第1-2-5図 中東欧、アジア、中南米向け投資の動向:中東欧やアジアではその他投資(貸付・借入等)が減少
第1-2-5図 中東欧、アジア、中南米向け投資の動向:中東欧やアジアではその他投資(貸付・借入等)が減少

 これらの国々の対外与信に占めるユーロ圏銀行の存在感は大きい(第1-2-6図)。中東欧全体でみると対外与信の90%以上がユーロ圏銀行からであり、エストニアやラトビアではほぼ100%となっている。中南米でも5割程度、アジアでは2割弱をユーロ圏銀行が占めている。

第1-2-6図 中東欧、アジア、中南米におけるユーロ圏銀行の存在感:特に中東欧で大きい
第1-2-6図 中東欧、アジア、中南米におけるユーロ圏銀行の存在感:特に中東欧で大きい

 ただし、そもそも対外与信への依存度が低ければ、対外与信に占めるユーロ圏銀行の存在感が高くても、ユーロ圏銀行の資産圧縮が国内の信用供給へ与える影響は限定的なものにとどまるとも考えられる。ユーロ圏銀行からの与信の国内信用残高に対する割合をみると、中東欧では100%を上回る高水準であるが、中南米やアジアは割合が小さい。特にアジアでは、国内信用残高に対するユーロ圏銀行からの借入の割合はシンガポールや香港を除けば数%程度にとどまっている。

(3)中東欧・アジア・中南米への影響

 こうしたユーロ圏銀行の対外与信の圧縮により、中東欧やアジア、中南米の銀行や企業の資金調達環境はどのような影響を受けたのだろうか。

 これらの国々の銀行の資金調達環境をみると、11年10~12月期には、中東欧や中南米で悪化の度合いが前期より一段と強まり、アジアでも悪化が続いた(第1-2-7図)。一方、借入需要をみると、中東欧では減少超となっているほか、アジアや中南米でも増加幅が縮小している。銀行の資金調達環境の悪化を背景に銀行の貸出態度が厳格化されたと考えられるが、同時に借入需要も低下していたため、企業の設備投資等の実体経済に対しどれほどの制約となったかは必ずしも明確でない。

第1-2-7図 中東欧、アジア、中南米の金融環境:悪化
第1-2-7図 中東欧、アジア、中南米の金融環境:悪化

 特に、国外からの借入に対する依存度が低いアジアや中南米では、ユーロ圏銀行の与信圧縮の影響は中東欧と比して相対的に軽微であったとみられる。また、アジアや中南米では不良債権比率が低く(第1-2-8図)、債権の貸倒れリスクが低いため、ユーロ圏銀行がこれらの地域向けの与信を圧縮しても、それ以外の国の銀行が代替しやすかったとみられる。IMF(2012a)によれば、08年の世界金融危機後において欧米銀行の対外与信の圧縮は新興国の銀行貸出に対して統計的に有意な影響を及ぼしたものの、アジアではその度合いが小さかったとされる。世界金融危機時と比べて欧州政府債務危機による対外与信圧縮の程度が小さいことを踏まえれば、やはりアジアはユーロ圏銀行の与信圧縮の影響を比較的受けにくいと考えることができよう。また、BIS(2011)もユーロ圏の銀行の与信がアジア域内の信用に占める割合が低いため、アジアにおけるユーロ圏銀行の重要性は中東欧と比して相対的に低いと指摘している。

第1-2-8図 中東欧、アジア、中南米の銀行の不良債権比率:中東欧で不良債権が多い
第1-2-8図 中東欧、アジア、中南米の銀行の不良債権比率:中東欧で不良債権が多い

 新興国経済の世界経済における存在感が高まる中、11年後半から12年初頭にかけては、欧州政府債務危機に起因するユーロ圏銀行の与信圧縮が中東欧やアジア、中南米の経済に悪影響を及ぼすことが懸念され、こうしたユーロ圏銀行の与信圧縮が世界経済にとって1つのリスクであったとされてきた2

 しかし、これまでみてきたとおり、ユーロ圏銀行の与信残高の圧縮はこれらの国々の経済に影響を及ぼした可能性はあるものの、地域によりその影響は一様ではなく、特にアジアや中南米ではその度合いは限定的であったと考えられる。また、欧州銀行監督機構(EBA)が求める自己資本増強のためにユーロ圏銀行が貸出債権を売却するとの懸念もあったが、12年2月にEBAが公表した資料によれば、資本増強予定額の約4分の3が自己資本比率の分子増(優先株の普通株への転換や内部留保の活用)によるものであり資産圧縮は資本増強予定額の3%を占めるに過ぎないことから、その影響は限定的なものにとどまる可能性が高い。

 ユーロ圏参加国による危機解決に向けた動きや欧州中央銀行(ECB)による長期資金供給オペの効果もあって、金融市場の混乱は沈静化しつつある3。12年1~3月期の銀行の資金調達環境はいずれの地域でも改善しており(前掲第1-2-7図)、資金調達環境の悪化に歯止めがかかった様子がうかがえる。現時点でユーロ圏銀行の資産圧縮が新興国に及ぼす影響を過度に悲観視する必要はないとみられる。


1 08年の世界金融危機時と比して相対的に資金調達環境の悪化度合いが低い理由の一つとして、現下の欧州政府債務危機では損失とその理由が明確であったことが考えられる。世界金融危機では、住宅ローン等を裏付け資産とした証券化商品だけではなく、証券化商品を裏付け資産とした証券化商品など損失を正確に特定することが困難な資産が危機の根幹にあった。そのため、どのくらいの損失が誰から発生するかさえ分からず、資産の投げ売りのようなことが起きた。一方、現下の危機では問題となっているのが南欧諸国等の国債で、どのくらい発行されているか、どのくらいの損失が生じ得るかを特定することは可能であった。
2 IMF(2011)によれば、欧州政府債務危機による実体経済への影響として、ユーロ圏における銀行貸出条件その他の金融環境が08年の世界金融危機時の半分程度のショックを受ける場合には、12年の各国・地域のGDPが0.1~0.2%ポイント下振れすると推計されていた。
3 詳細は第2章第1節を参照。
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