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第1章 歴史的転換期にある世界経済:「全球一体化」と新興国のプレゼンス拡大

第2節 世界の資本市場

1.世界の投資の動向と先進国企業の動き

(1)直接投資・証券投資の動向

(i)先進国・新興国別にみた投資の動き
  世界の直接投資・証券投資の動向をみると、全体として金額が1990年代と比べて大幅に増加している中で、この10年程度で新興国のプレゼンスが大きくなっている。以下、具体的にみていきたい(第1-2-1図)。
  まず、直接投資の動向をフローベースでみてみると、対外直接投資は、世界全体では、1990年代と比べて2000年代後半には10倍程度まで増加している。具体的には、90年の2,398億ドルから07年の2兆4,543億ドルをピークに、世界金融危機発生後に急落し、09年は1兆2,232億ドルとなっている。
  新興国が行う対外直接投資の割合は、90年代後半に世界全体の対外直接投資の5%程度で推移し、2000年代初頭には3%まで落ち込んでいたものの、近年は10%台半ばにまで高まっている。また、新興国に対する対内直接投資が世界全体に占める割合は、近年は40%前後まで高まっている。
  次に、証券投資の動向をフローベースでみてみると、対外証券投資については、世界全体で90年の1,804億ドルから増加し、06年には2兆7,009億ドルとピークを示したが、09年は1兆6,241億ドルとなっている。対内証券投資については、直接投資と異なり、世界全体に占める割合は先進国が依然として大きい。
  主要国・地域の対内純投資(1)についてみると、世界金融危機発生後、全体としては減少している中、純流入の大半はアメリカが占め、また、純流出については中国が占める割合が拡大し、全体として再拡大の兆しがある(第1-2-2図)。
  アメリカへの資金の純流入は、90年代から拡大を続け、2006年にはピークの8,092億ドルを記録したが、その後、減少傾向になり、世界金融危機発生後の09年には2,161億ドルとなっているものの資金の純流入が続いている。
  中国からの資金の純流出は、2000年代に入ってから急速に増え、08年には4,636億ドルとなった。09年には2,578億ドルに減少したものの、増加傾向を示しながら継続的な純流出となっている。また、05年には、中国からの純流出額が1,921億ドルとなり日本からの純流出額1,450億ドルを超えた。産油国を中心とする中東・北アフリカでは、2000年代に入ってから純流出額が増え続け、08年には原油価格高騰もあって2,340億ドルに増加した。
  このように、世界の資本の動きにおいては、新興国、特に中国のプレゼンスが高まっている一方、アメリカが中国等の新興国及び産油国からの資金の受け手となっている。

(ii)中国等の新興国の投資の特徴
  中国やインドをはじめとする新興国では、2000年代に入り、対内投資、対外投資ともに拡大している。こうした投資の拡大の理由としては、主に、高い経済成長や豊富な資源を背景として他国からの投資が活発に行われていることや、実力をつけた自国企業がブランド、技術、市場、資源の獲得を目的として対外投資活動を活発化させていることなどが挙げられる。
  中国(香港を除く)の対内投資残高は、04年の4,256億ドルから09年には1兆1,874億ドルに達している。その内訳をみると直接投資が8割以上を占めており、09年の対内投資でみると、直接投資が9,974億ドル(84%)、証券投資が1,900億ドル(16%)となっている(第1-2-3図)。
  対外投資残高は、04年の1,447億ドルから09年には4,724億ドルに達している。その内訳をみると、対内投資残高とは対照的に、証券投資が直接投資よりも多く、09年の対外投資残高でみると、直接投資が2,296億ドル(48.6%)、証券投資が2,428億ドル(51.4%)となっている。
  2009年時点の主な直接投資先(フローベース)は、香港、英領ケイマン諸島、オーストラリア、ルクセンブルク等となっている(第1-2-4表)。香港やケイマン諸島等への投資が高い背景は、主に2点ある。まず、一部の中国企業が中国本土における外資系企業としてのステータスや税制優遇を得るべく香港・ケイマン諸島等に外資系企業を設立し、その後、中国本土に再投資を行っていることである。また、中国企業が税務コスト等の削減を図っていることも挙げられる。次に、オーストラリア等については、資源確保のため国有企業を中心に投資を加速させていることが挙げられる。なお、中国本土からの直接投資先のうち過半のシェアを占める香港は、中国本土への直接投資においても半分弱のシェアを有している。この背景には、中国本土からの受取配当が非課税であるなど香港の税制が対中投資に有利であることが挙げられる。
  次に、インドにおいては、対内投資残高は、2000年の515億ドルから増加し、09年には2,811億ドルに達するなど、近年の内需の急成長を反映した動きとなっている(第1-2-5図)。その内訳をみると、中国ほどではないが直接投資が相対的に多くの割合を占めており、09年の対内投資残高でみると、直接投資が1,640億ドル(58.3%)、証券投資が1,171億ドル(41.7%)となっている。
  対外投資残高は、2000年の31億ドルから09年には784億ドルに増加した。その内訳をみると、中国とは異なり、直接投資がほとんどであり、09年の対外投資残高でみると、直接投資が772億ドル(98.5%)、証券投資が12億ドル(1.5%)となっている。
  ブラジルにおいては、80年代から90年代の混乱期を経て経済が安定し、豊富な資源に加え近年は急成長がみられることから対内投資残高が急増、01年の2,737億ドルから09年にはほぼ1兆ドルに達している(第1-2-6図)。その内訳をみると、直接投資と証券投資がほぼ半々であり、09年の対内投資残高でみると、直接投資が4,008億ドル(41.6%)、証券投資が5,618億ドル(58.4%)となっている。
  対外投資残高は、01年の561億ドルから09年には1,720億ドルに達している。その内訳をみると、ほとんどが直接投資であり、09年の対外投資残高でみると、直接投資が1,588億ドル(92.3%)、証券投資が133億ドル(7.7%)となっている。
  最後に、ロシアにおいては、98年のロシア金融危機により経済が落ち込んだものの、原油価格の上昇やルーブルの減価もあって持ち直し、これにつれて対内投資残高は2000年の643億ドルから09年には5,989億ドルと10倍に急増している(第1-2-7図)。その内訳をみると、直接投資が証券投資よりやや多く、09年の対内投資残高でみると、直接投資が3,825億ドル(63.9%)、証券投資が2,164億ドル(36.1%)となっている。
  対外投資残高は、2000年の214億ドルから09年には3,568億ドルに達している。その内訳をみると、インド、ブラジルと同様に直接投資がほとんどであり、09年の対外投資でみると、直接投資が3,187億ドル(89.3%)、証券投資が381億ドル(10.7%)となっている。
  以上から、3点の特徴がみてとれる。第一に、対内投資、対外投資ともに、新興国の中でも中国の投資額が相対的に大きい。次に、対内投資については、中国では直接投資が大半を占めている一方、インド、ブラジル、ロシアでは直接投資と証券投資がほぼ同程度か直接投資が若干多い程度である。第三に、対外投資については、中国では証券投資が過半である一方、インド、ブラジル、ロシアではほとんどが直接投資である。新興国の中でも中国は、貯蓄率が高いことから対外投資額が相対的に大きい。さらに、膨大な外貨準備の運用先としての米国債の大量保有や、株式市場における海外投資家の購入制限等の資本流入規制を背景に、中国の対内・対外投資は他国とは違う特徴を持っていることが分かる。

(2)世界規模で売上げを高める先進国企業

  上記のとおり、世界の資本の流れにおいて新興国のプレゼンスが高まっている一方で、主要先進国の企業は国境を越え全世界で企業活動を行い、これら先進国企業の活動の場としての新興国のプレゼンスも高まっている。

(i)アメリカ
  アメリカ企業、特に大企業においては、活動の場を国外に広げ、国外で多くの売上げや利益を上げている。
  まず、アメリカ企業が国外で上げている利益の長期的推移をみてみる。アメリカ企業が国外であげる利益の利益全体に対する割合は、50年代から徐々に上昇し90年代までは2割前後で推移していたが、2000年代に入ると急速に上昇した。08年後半から09年前半にかけて5割弱にまで達し、現在でも3割程度となっている(第1-2-8図)。
  次に、アメリカの主要企業の海外売上高の動向をみると、5年前と比べて現在は海外売上比率が上昇している。具体的には、05年に30.1%であった海外売上比率は10年には32.6%と2.5%ポイントの上昇となっている(第1-2-9図)。
  業種別にみると、総じて海外売上比率は上昇傾向にある。従来から海外売上比率の高い半導体などのIT分野が更に割合を高めている。IT分野の中では、半導体が05年の80.5%から10年には85.2%に、ハードウェア・ソフトウェアが05年の48%程度から10年には55%前後に、それぞれ海外売上比率が上昇している。加えて、これまで海外売上比率が低かった耐久消費財等でも、05年の24.0%から10年には28.1%に海外売上比率が上昇している。
  規模別にみると、大企業では売上げの約4割を海外に依存している。これら大企業が具体的にどこの国で売上げを上げているのか、自動車産業、半導体産業、小売産業を例にみてみたい。
  まず、自動車産業では、05年時点では、売上げの50%以上がアメリカ国内のものであったが、10年の時点では30%弱に低下した。ヨーロッパ向けについては横ばいで推移しており、アジア等その他の国々が20%弱から40%強まで比率を高めている(第1-2-10図)。例えば中国における自動車販売台数をみると、アメリカ自動車メーカーの販売台数は中国市場の拡大につれて増えている(第1-2-11図)。アメリカ自動車メーカーは、世界金融危機発生後落ち込んでいる国内売上げを新興国での売上げを伸ばすことにより取り戻しているといえる。
  半導体産業についても、新興国向け売上げの伸びが顕著である。05年時点では先進国(アメリカ、ヨーロッパ、日本)向け売上げが全体の50%近くを占めていたが、10年時点では40%に満たない。他方、中国向けの売上げは05年の14%から10年には22%まで上昇、また、日本及び中国以外のアジア諸国向けの売上げも大幅に伸びている。新興国における売上げの伸びにより企業業績が支えられていることが確認できる(第1-2-12図)。
  一方、主に食品等を販売する小売産業では、自動車産業、半導体産業と比較すると、この5年間の海外売上比率の変化幅は小幅なものにとどまっている(第1-2-13図)。ただし、例えば、世界最大のディスカウント・ストアであるウォルマート・ストアーズは海外売上比率を05年の19%から10年には26%まで高めているなど、企業各社のグローバルなマーケット戦略の違いによるところも大きい。

(ii)ヨーロッパ
  次に、ヨーロッパ主要企業(2)の海外売上高の動向をみる。アメリカと同様に、5年前と比べて現在は海外売上比率(EU域外諸国での売上の比率)が上昇している。具体的には、05年に40.3%であった海外売上比率は、10年には47.6%と7.3%ポイントの上昇となっている(第1-2-14図)。
  業種別にみると、アメリカでは総じて海外売上比率は上昇傾向にあったが、ヨーロッパにおいては、食品等、資本財の分野では大幅に上昇し、一方、素材・金融では低下している(3)。金融については、世界金融危機の影響で、リスク圧縮の動きが進んだことが影響していると考えられる。
  自動車産業では、05年時点ではEU域内やアメリカで80%以上の売上げを占めていたが、10年になると、EU域内やアメリカでの売上比率は70%程度まで低下し、アジアの比率が高まっている(第1-2-15図)。

(iii)日本
  最後に、日本の主要企業(4)の海外売上高をみていく。日本企業においては、アメリカやヨーロッパと異なり、海外売上比率は全体では05年の37.2%から若干低下し、10年には36.5%となった。業種別にみると、エネルギー、医薬品、IT等が上昇する一方で、耐久消費財では低下している(第1-2-16図)。
  続いて、自動車産業、半導体産業、小売産業について具体的にみてみる。
  まず、自動車産業では、日本国内での売上比率は30%から35%に若干上昇し、一方、欧米、特にアメリカ向けの売上げが38%から31%程度まで低下し、アジアでの売上げが11%から16%まで高まっている(第1-2-17図)。
  また、半導体産業においても、自動車産業と同様のことがいえ、アメリカ向けの売上げが16%から11%に低下し、アジア向けが22%から27%にまで高まっている(第1-2-18図)。
  一方で、日本の小売産業については、05年と比較すると、全体の売上げが大幅に伸びている中で、シェアには大きな変化は見られない(第1-2-19図)。
  このように、先進国の企業は世界規模で活動の場を広げており、特にアジアの比重が高まっている。近年、ニューヨークの株式市場の日々の値動きが新興国の景況感の変化に連動することがあるが、こうしたことの背景には、先進国企業の活動の場として新興国のプレゼンスが高まっていることもあるものと考えられる。


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