目次][][][年次リスト

第1章 歴史的転換期にある世界経済:「全球一体化」と新興国のプレゼンス拡大

第1節 世界の財市場と一次産品価格

4.交易条件の変化と国際的所得移転

  世界貿易に占める一次産品貿易の割合は、近年の世界的な資源需要の高まりとともに、一次産品価格の上昇の流れを受けて、年々拡大している(第1-1-24図)。一次産品に係る貿易構造は各国で様々であるが、資源価格の上昇は、通常、資源輸入国から資源輸出国への所得移転の拡大を意味する。
  以下では、一次産品価格の上昇がもたらす経済的影響について、交易条件の観点から考察する。

(1)交易条件の変化

  一般に、一次産品価格の上昇は、資源輸出国の交易条件の改善、資源輸入国の交易条件の悪化をもたらす。交易条件とは、輸出価格指数を輸入価格指数で除した比率であり、輸入価格に比して輸出価格が上昇(下落)する場合には、交易条件は改善(悪化)し、自国にとって貿易を行うことが有利(不利)となる。
  2000年代における各国の交易条件の推移をみると、日本と韓国については、一次産品価格の動きに合わせて輸入価格が大きく変動しており、08年の原油価格が高騰した局面では交易条件は大きく悪化した(第1-1-25図)。両国については、輸出価格の上昇が抑えられる傾向があり、輸入価格とのかい離が広がることで交易条件が悪化している。他方、ドイツ、アメリカ等の欧米諸国は、日本、韓国と同様に資源輸入国であるものの、交易条件は安定的に推移している。08年の原油価格高騰局面においても、輸入価格の上昇に合わせて輸出価格が上昇しており、交易条件の悪化が抑制されている。また、資源輸出国である石油輸出国の動向をみると、交易条件は輸出価格の動きにほぼ同調して推移している。
  資源輸入国は、資源価格の上昇に対し、輸出製品に価格転嫁することでインパクトを緩和することが可能である。各国の状況をみると、欧米諸国では、輸入価格の上昇に合わせて輸出価格も上昇しており、輸出製品に対する価格転嫁が行われている可能性がある。これに対して、日本及び韓国では、輸入価格が上昇する局面でも輸出価格の上昇は限定的であり、輸出製品に対する価格転嫁が抑えられていることがうかがえる。これは各国の輸出構造の違い(輸出製品、輸出相手国等)にも依存しており、よりグローバルな価格競争にさらされる財が主要な輸出品となる場合には、価格転嫁が行われにくく交易条件は悪化しやすい。逆に、価格以外の要素で差別化を図り、付加価値をつける財が多い場合には、価格転嫁は進めやすく交易条件の悪化は抑えやすい。

(2)交易利得・損失の推移

  交易条件は、商品価格の変動がもたらす影響を価格面からとらえた指標であるが、所得面からとらえる指標として交易利得・交易損失がある。商品価格が上昇すれば、これらの商品を輸入する者には、これまでと同じ量を輸入するためにより多くの代金が必要となり損失が発生する一方、商品を輸出する者には利益が生じる。こうした海外取引の価格変動に伴う所得移転をとらえる概念が、交易利得・交易損失である。
  2000年代における各国の交易利得、交易損失の変化をみると、2000年代後半以降、原油価格や食糧価格等が上昇傾向を強めるようになると、資源輸入国である日本、韓国では交易損失が急速に拡大している(第1-1-26図)。一方、ドイツについては、同じ資源輸入国であるものの、交易条件の悪化が抑制されていることから、交易損失が発生していない。

(3)交易条件に影響を及ぼす要因

  以下では、交易条件に影響を及ぼす要因として、為替レート、輸入構造、輸出構造の3点を取り上げ、日本とドイツの比較を用いて検証する。日本とドイツは産業構造が類似し、製造業がGDPに占める比率や輸出財の内容等も似通っているが、交易条件や交易利得・損失に係る推移をみると、対照的な動きを示している。これらの要因が両国の差をどのようにもたらしているのか、以下分析する。

(i)為替レートとの関係
  交易条件の変動をもたらす要因として、為替レートの変動がある。一般的に、自国通貨の増価は、輸入価格の相対的な低下、輸出価格の上昇を意味し、交易条件を改善させる、若しくは、その悪化を緩和する。他方、自国通貨の下落は、輸入価格の相対的な上昇、輸出価格の低下を意味し、交易条件を悪化させる、若しくは、その改善を鈍化させる。
  国際商品市場ではドル建ての取引が行われることが多く、日本では輸出取引の約5割、輸入取引の約7割をドル建てで行っている(10年下半期の実績)。ドル建て価格は、通常、取引の契約時点で確定するため、その後に為替レートの変動があったとしても価格が調整されづらく、為替レートの変動が交易条件に影響を与えやすい構造にあるといえる。例えば、円高が進んでも契約した輸出価格に反映できない場合、円での手取り金額が減ることを受け入れざるを得ない。これに対し、ドイツでは、財の輸出入の3分の2をEU域内で占めており、自国通貨(ユーロ)建ての決済の割合が高い。このため、為替レートの変動が交易条件に及ぼす影響は、日本に比べて小さいと考えられる。

(ii)輸入構造の違い
  交易条件の変動に影響を及ぼす第二の要因として、輸入構造の違いが挙げられる。日本とドイツにおける財貿易の状況をみると、ドイツは輸入全体に占める一次産品輸入(農作物、食料、鉱産物、燃料)の割合が低く、特に燃料輸入の割合が日本より低い(第1-1-27図)。このため、商品価格の高騰による影響が日本よりも小さいと考えられる。

(iii)輸出構造の違い
  輸入構造と同様に、輸出構造も交易条件の変動に影響を及ぼす。ドイツの輸出先はEU域内向けが3分の2を占めており、所得水準が同程度で技術水準や要素賦存比率の似通った先進国間の産業内貿易が太宗を占めている(第1-1-28図)。産業内貿易は、国々が互いに同一の財あるいはほぼ同一の用途を持つ密接な代替財を輸出し合う現象である。異なった産業の間での貿易においては、貿易によるメリットの源泉は、技術水準や要素賦存の相違であり、消費者は、貿易を通じて自国では生産できない財を買ったり、より安い商品を手に入れることができるようになったりする。これに対し、同じ産業(例えば完成車)において貿易を行うメリットは、消費者の商品の選択肢の幅が広がることにある(19)。こうした産業内貿易では、各企業は製品差別化を推し進め、自己の供給する財についていわば独占者の立場に立つことができれば、ある程度の価格支配力を享受することができ、収益を上げることができる。
  ヨーロッパでは、1960年代にドイツも参加してEC関税同盟が成立し、加盟国間での関税が撤廃され、92年には統一市場が完成、EU域内での財貿易は自由化されている。こうした財市場の統合の過程で、製品差別化による産業内貿易が進展したと考えられる。規模に関して収穫逓増の産業においては、貿易がなければ企業の数や製品の種類は限定されるが、各国が同じ産業の異なった財を生産し、輸出し合うことによって、家計はより多くの選択肢を得られ、消費生活の多様化という貿易利益を享受できるようになった。例えば、ドイツ国内の自動車販売状況をみると、ドイツメーカーの割合は64%に過ぎず、フランス、イタリア等外国メーカーも大きなシェアを占めている(第1-1-29図)。同時に、企業は、製品差別化によりある程度の価格支配力を持つため、原材料価格の上昇も製品価格に転嫁できるものと推測される。
  これに対し、日本については、アジア地域への輸出が約半分を占めており、技術水準や要素賦存の差(労働コストの差等)を活かした産業間貿易が主である。輸出品の4割は産業機械等や部品であり、特に後者はアジアで組み立てられて先進国へと輸出されるため、価格競争力が重要な要素となっている。また、欧米向けを中心に完成品輸出が行われているものの、ドイツでみられるような産業内貿易とは様相を異にしている。例えば、日本の自動車販売では、日本メーカーの割合が95.4%となっており、外国メーカーのシェアが極めて小さい。日本の輸出品の中には、技術力を背景にした品質の高さによる非価格競争力で、世界で圧倒的なシェアを持つものもある。しかしながら、非価格競争力が十分に発揮されていない分野では韓国メーカー等との価格競争もあり、原材料価格の上昇を転嫁することは容易ではない。
  以上の事例から分かるように、製品差別化により非価格競争力を伸ばし、一次産品価格が高騰しても輸出価格に転嫁ができるような力を蓄えなければ、国内で生み出される付加価値とそれによって得られる所得がかい離し、経済全体としては消耗戦になるおそれがある。


目次][][][年次リスト