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第1章 歴史的転換期にある世界経済:「全球一体化」と新興国のプレゼンス拡大

第1節 世界の財市場と一次産品価格

3.コモディティの金融商品化とその影響

  次に、一次産品価格の上昇の第2の背景として、商品市場の構造変化についてみていく。商品市場では、新たな投資家層の市場参加が拡大し、商品をポートフォリオに組み入れるようになっている。このため、市場のリスク志向が商品価格に影響を与えるなど、コモディティの金融商品化が進んでいる。

(1)商品市場取引の拡大とその背景

(i)取引高の拡大と新たな投資家層の存在感の高まり
  まず、世界の主要商品取引所の出来高をみると、2000年代半ば以降急増している(第1-1-17図)。出来高の増加とともに価格が上昇し、08年夏までの上昇相場を形成した。その後、世界金融危機発生後の景気後退による需要の減少等もあり、出来高は減少、商品価格も大幅に下落したが、世界経済の回復基調に合わせて09年夏頃から価格が再び上昇に転じている局面では、出来高も再び増加している。
  次に、市場参加者別の取引シェアをみると、2000年代半ば以降、生産者・取引業者をはじめとする「当業者」、ファンド等の投資家を中心とする「非当業者」において、両者共に建玉数(未決済の契約総数)が増加しており、いずれの市場参加者も取引を拡大させていることがうかがえる(第1-1-18図(13)。なかには、原油のように、市場の取引に占める非当業者の割合が、2000年代半ば以降急拡大し、直近は8割程度となっている商品銘柄もあり、生産者・取引業者ではなく、投機筋による取引の増加が、商品価格を押し上げたとの見方もある。
  「当業者」を更に細かくみると、「生産者・取引業者等」と「スワップディーラー(スワップ取引を中心に取引を行う参加者。主に金融機関。)」に分類される。原油では、取引における生産者・取引業者等の割合は06年の30%程度から11年には20%程度にまで大きく低下し、スワップディーラーや非当業者であるマネーマネージャー(登録投資業者。ファンド等の大口投資家が中心。)等の割合が高まっている。すなわち、2000年以降は、生産者・取引業者等以外の者による取引が急拡大し、市場で大きな存在感を示すようになったといえる。

(ii)新たな投資家層による取引が拡大した背景
  2000年代、商品取引市場において、スワップディーラーやマネーマネージャーといった生産者・取引業者等以外の者による取引が拡大してきた背景には、金融商品の開発が進んだことが挙げられる。
  例えば、商品ファンドやETFといったインデックス投資の仕組みが整ってきたことにより、年金基金や政府系ファンド(ソブリン・ウエルス・ファンド:SWF)といった巨額の資金が商品市場に流入してくるようになった。これらの資金は、2000年代以降、リスク分散を通じたより効率的な運用のニーズから、金や原油等の商品を投資対象先の一部と位置づけ、ファンド等を通じて組み入れを拡大させてきた。こうした商品を対象とするインデックス投資の投資残高は、08年6月には2,000億ドルを超える水準まで増加した。小麦やトウモロコシの取引をみると、インデックストレーダー(14)は建玉に対して20%程度の割合を占めており、商品市場全体でもある程度の存在感を示していると考えられる(第1-1-19図(15)
  また、2000年代半ば以降、原油や金等を対象とした商品インデックスにかかるETFの開発も進み、投資家の裾野は個人投資家を始め、更に広がりを見せた。その結果、01年にはほとんど存在すらしていなかった商品インデックスETF(コモディティETF)の残高は、05年には70億ドル、10年末には1,800億ドルを超える規模にまでなっている(第1-1-20図)。

(2)新興国取引所の台頭

  一方、新興国における農作物や鉱物資源に対する需要の急拡大は、当該国の商品市場での取引高の拡大にもつながっている。
  中国国内には、上海、大連等数か所に商品取引所があるが、2000年代半ば以降取引高が急増しており、世界の商品取引におけるこれらの取引所の存在感が増している(第1-1-21図)。上海先物取引所(SHFC)、大連商品取引所(DCE)、鄭州商品取引所(CZCE)等がその代表とされ、90年代前半に設立された比較的新しい取引所が多いが、農作物や鉱物の取引において、今やシカゴ商品取引所(CBOT)等、数百年の歴史を持つ世界の主要取引所をしのぐ取引高となっている(16)。特に、上海商品取引所は、10年には、商品先物の出来高で年間6億枚を超え、世界一となった。これらの中国の商品取引所は、外資規制を設けているため、主に国内の市場参加者のみによる取引である。同国の旺盛な実需が、商品取引市場の取引高拡大につながっていると考えられる。

(3)コモディティの金融商品化が商品価格に与える影響

  ここまでみてきたように、商品取引における新たな投資家層の存在感の高まりや新興国取引所の台頭といった2000年代の商品取引市場の構造変化は、市場の価格形成にどのような影響を与えているだろうか。
  一般に、一次産品は、工業製品に比べて天候要因、地政学的要因等の影響を受けやすく、また生産調整が行われにくい。このため、生産予測をもとに投機的取引が行われやすい。実際、2000年代後半のバイオ燃料等の開発に係る市場の投機的な動き、08年後半の世界金融危機、その後の世界的な金融緩和による流動性の高まり等の動きと軌を一にして、一次産品の価格は大きく変動している。
  この時期にみられるようになった傾向が2点ある。1つは、商品価格と他の資産の価格変動の相関が高まっていることが挙げられる。例えば、2000年代の半ばから08年のピークに向けて商品価格が上昇した局面では、世界的な景気拡大を背景に金融資本市場のリスク志向が高まり、株式市場では株価が上昇、為替市場では新興国通貨への資金流入等がみられた。一方、金融危機発生後、金融資本市場全体にリスク回避の動きが広がると、株価や新興国通貨が大きく売られる局面に合わせるように商品価格も大幅に下落する動きがみられた。実際に、株式との相関係数をみると、2000年前後辺りまではほぼ無相関であったが、2000年代半ば以降は高まっている(第1-1-22図)。これは前述のように、コモディティが金融商品化し、投資家の商品取引市場への参入が容易になったことと関係していると考えられる。かつては、コモディティは株式をはじめとする伝統的資産の価格の動きとはほぼ無相関であるということで、オルタナティブ(代替)資産と位置づけられていたが、現在は、幅広い投資家の資産ポートフォリオに組み入れられてきているため、市場のリスク志向の影響を受けて価格が変動する傾向にある。すなわち、投資家のリスク志向が高まれば(risk-on)、価格が上昇し、リスク回避志向が強まれば(risk-off)、価格が低下する傾向がみられる。
  2つ目の傾向として、主要商品銘柄について、市場参加者別取引ポジションの推移と価格の関係をみると、「非当業者」の中でも、マネーマネージャーのネット・ポジション(17)と商品価格の変化に一定の相関がみてとれる(第1-1-23図)。近年の価格の上昇局面では、マネーマネージャーはネットの買い(ロング)のポジションとなっており(18)、これらの投資家の動向が商品価格の形成に影響しているとみられる。彼らは、価格ヘッジが主な取引ニーズである当業者(生産者・取引業者等)と違い、投機目的で取引を行う投資家であるため、市場の変化に応じて素早く売買を繰り返すような取引を行う傾向が強いとされる。投機家は反対売買によって利益を確定する動きを行うため、市場における投機家の存在は、理論的には、長期的に価格を安定させるものである。また、色々な見方を持つ投機家が多数存在すれば、理論的には価格安定に寄与すると考えられる。しかしながら、現状をみると、新興国の需要増加等の経済のファンダメンタル要因がより増幅された形で商品価格に反映される傾向が強まり、実需における需給バランスからかい離した水準で市場価格が決定され、また、価格変動が不安定化しやすくなってきていると考えられる。


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