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第1章 歴史的転換期にある世界経済:「全球一体化」と新興国のプレゼンス拡大

第1節 世界の財市場と一次産品価格

2.新興国の経済成長による一次産品の需要拡大

  一次産品価格は、地政学的要因や天候要因といった一時的な供給側の要因に加え、需要側の要因としては、従来は、主要な需要先である先進国の影響を受ける傾向にあった。しかし、近年の価格上昇の背景には、これまでとは異なる2つの特徴がある。1点目は、新興国の経済成長を背景とする世界的な実需の増加である。2点目は、コモディティの金融商品化といった商品市場の構造変化である。これらにより一次産品の価格上昇圧力が高まっている。
  ここでは1点目の新興国の需要増について概観し、次の3.において2点目の商品市場の構造変化についてみていく。

(1)新興国の需要増の背景

  原油や食料といった一次産品の価格上昇の背景の一つとして、新興国における需要の増加が挙げられる。これは主に、人口増に伴う需要増、経済発展による生活水準の向上、工業化等の産業構造の変化の3つの要因が考えられる。
  まず人口動向についてみると、新興国・途上国の人口規模は10年時点で世界全体の54%と大きな割合を占めている。今後は、伸びは鈍化するものの、引き続き人口増加が見込まれている(7)
  また、一人当たりGDPも急速に増加している(第1-1-5図)。経済発展により生活水準が向上していることから、例えば、自動車や家電といったエネルギー消費型商品が普及し(第1-1-6図)、エネルギー需要が増えている。また、食生活の改善により食肉等の需要が増加し、畜産物の生産に必要な穀物の需要が増加している(8)
  さらには、産業構造の変化も挙げられる。新興国は、外国企業による直接投資を梃子に工業化を進め、先進国向け貿易財の生産とその輸出により高成長を遂げてきており、こうした産業に必要な一次産品の需要が増えている。

(2)各産品の需要の動向

  次に、小麦等の穀物や銅、石油を例に、新興国の具体的な需要の動向をみていきたい。多くの産品で、ここ10年の消費量や輸入量の増加のほとんどが新興国・途上国によるものであることが分かる。

(i)穀物:小麦
  世界全体における小麦の消費量は、99/00年度(9)と比べて09/10年度は、全体として5.8億トンから6.5億トンと、この10年間で0.7億トン増加している(第1-1-7図)。これは、日本の09/10年度の消費量約600万トンの10倍以上の量に当たる。
  この消費の増加の内訳をみると、先進国の消費は4.7%の増加にとどまっているのに対して、新興国・途上国は15.6%の増加となっており、全体の増加量の9割近くを新興国・途上国が占めている。特に、インド、ロシア、エジプト等における消費の増加量が多い。
  次に、輸入量についてみると、99/00年度から09/10年度にかけて、全体として1.1億トンから1.3億トンへ0.2億トン増加している(第1-1-8図)。この輸入の増加の内訳をみると、全体の増加量のほとんど全てを新興国・途上国が占めている。新興国・途上国の中では、特に、エジプト、ナイジェリア、アフガニスタン等の輸入の増加量が多い。中東・アフリカの国々では生産が人口増加に伴う消費の伸びに追いついていないことが考えられる。また、サウジアラビアでは、水資源の枯渇を背景に08年に小麦の自給政策を止め、輸入に転換した結果、輸入量が急増したものと考えられる。

(ii)穀物:トウモロコシ
  トウモロコシの消費量をみると、99/00年度から09/10年度にかけて、全体として6.0億トンから8.8億トンと、この10年間で2.8億トン増加している(第1-1-9図)。これは、日本の09年度の消費量約1,600万トンの18倍程度の量に当たる。
  この消費の増加の内訳をみると、先進国の消費は32.5%増加しており、新興国・途上国の消費は36.6%増加している。新興国・途上国の中では、特に、中国、ブラジル、メキシコ等の消費の増加量が多い。
  次に、輸入量については、99/00年度から09/10年度にかけて、全体として0.7億トンから0.9億トンへ0.2億トン増加している(第1-1-10図)。この輸入の増加の内訳をみると、小麦と同様、全体の増加量のほとんど全てを新興国・途上国が占めている。新興国・途上国の中では、特に、メキシコ、イラン、コロンビア等の輸入の増加量が多い。小麦と同様、これらの国々では生産が人口増加に伴う消費の伸びに追いついていないほか、イラン等の中東では干ばつ被害も影響している。
  これらの穀物の生産量は、この40~50年の間、技術進歩等による単収(単位面積当たりの収穫)の向上により増加してきたが、その伸びをみると長期的には鈍化してきている。例えば、小麦では80年代は年率1.6%増であったが、2000年代には1.15%増になっている。遺伝子組換え作物の広がりによる一定の単収の伸びも予想されるが、一方、地球温暖化による気候変化の影響もあり得る。これらのことから、中長期的にみると需要量の増加に生産量が追いつかないリスクもある。

(iii)鉱産物:銅
  次に、鉱産物の例として銅を取り上げる。主な生産地は、10年時点で生産量の多い順に、チリ(年間552万トン)、ペルー(同126万トン)、中国(同115万トン)、アメリカ(同112万トン)、インドネシア(同84万トン)であり、世界全体の生産の約3分の1をチリが占めている。
  全世界の輸入量は、2000年度から09年度にかけて、全体として1,496万トンから1,740万トンへ250万トン程度増加している(第1-1-11図)。この輸入の増加の内訳をみると、先進国の輸入量が減少している中で、新興国・途上国の輸入量が大幅に増加している。新興国・途上国の中では、中国は、生産も多い一方で輸入量の増加も突出して多く、09年時点の輸入量は847万トンとなっている。これは、中国の工業化に伴い、電力ケーブル、家電等の軽工業、自動車等の機械製造等における銅の需要が増えていることによる。
  銅の生産量はこれまで増加してきており、10年時点で1,600万トンである(第1-1-12図)。埋蔵量(確認可採埋蔵量:現在の技術的、経済的条件の下で取り出すことのできる量)も増加してきており、10年時点で6.3億トンとなっている。次に述べる石油と同様、埋蔵量は今後の技術動向等により変わり得るが、長期的には限りある資源であり、需給がひっ迫する可能性は十分に考えられる。

(iv)石油
  最後に、石油についてみる。消費量(10)をみると、2000年から09年にかけて、全体として35.6億トンから38.8億トンへ3.2億トン増加している(第1-1-13図)。これは、日本の09年の消費量約2.6億トンの1.2倍程度の量に当たる。
  この消費の増加の内訳をみると、先進国が6.6%の減少に対し、新興国・途上国は36.9%の大幅増加となっている。新興国・途上国の中では、特に、中国、中東、その他アジア太平洋(インドネシア等)、インド等における消費の増加量が多い。
  生産量は、消費量にあわせて増加しており、90年から09年にかけて20.5%増加している(第1-1-14図)。また、埋蔵量も技術革新等により09年時点では1.4兆バレルと89年時点と比べて32.5%増加している(第1-1-15図)。
  現在の確認可採埋蔵量から確認可採年数を算出すると46年となっているが(11)、今後の需要ペース、採油技術の向上、新たな油田の発見の可能性等を考えると変動する可能性もある。たとえば、いわゆる在来型石油は、生産全体の97%(09年)のシェアを占めているが、その生産は頭打ちするとみられる。一方、シェアの3%にすぎないオイルサンド(油砂)やオイルシェール(油母頁岩)等(いわゆる非在来型石油)は、採油技術の向上や原油価格上昇による採算性向上等により生産増が見込まれている(12)
  しかしながら、いわゆる在来型石油の基となる原油は、長期的には限りある資源であり、これに大きく依存するエネルギー供給体制は、上記のような新興国の需要増を考えると、価格上昇のリスク等、世界経済において不安定要素となり得る(第1-1-16図)。


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