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第2章 アジアの世紀へ:長期自律的発展の条件

第1節 2000年代のアジアの成長パターンと問題点

3.アジア域内内需の拡大の余地

 アジアは中国とインドを中心として大規模な人口を抱えており、第2節でみるように今後も人口増加が続くと見込まれている。加えて、近年の急速な経済成長による所得水準の向上もあり、一定の消費力を持つ、いわゆる中間層が形成されつつある。OECDの推計によると、09年において世界人口の28%を占めるアジア・太平洋地域(北米・南米を除く)の中間層の割合は、30年には66%と、約20年間で2倍以上に急増し、世界全体の中間層の増加分のうち約85%がアジアに起因すると見込まれている(7)第2-1-9図)。このように、アジア地域は巨大な潜在的消費需要を有している。
 例えば、08年秋の世界金融危機発生後の景気減速または後退に際し、アジア各国では自動車や家電の買換え支援策、減税等の景気刺激策が実施されている。特に中国の大規模な景気刺激策は、旺盛な個人消費やインフラ投資等の内需を喚起するのみならず、輸入の増加を通じて域内、ひいては世界の景気回復をけん引する原動力にもなっており、アジアには内需拡大による経済成長の余地があることを示唆している。
 しかしながら、こうした直接的な消費刺激策による需要喚起効果は一時的なものであり、個人消費の拡大を持続的な成長につなげていくためには、所得の持続的な増加とともに、所得格差の解消や社会保障制度の整備等、消費の抑制要因となっている構造的な課題について、中長期的な観点から解消していく必要がある。
 アジア地域における家計の可処分所得をみると、各国・地域により所得の分布には大きな相違がみられ、中でも中国やインド、インドネシア等、アジアの人口の約4分の3以上を占める国々において、低所得者層の割合が圧倒的に高いことが分かる(第2-1-10図)。所得水準が上昇するにつれ、消費に占める基礎的消費(食費や住居関連費、医療費等の生活必需品に係る消費)以外の選択的消費(娯楽費、自動車購入費、衣料費等)の割合が増加する傾向にあることから、こうした多数の低所得者層を抱える国々において所得水準が押し上げられれば、広範な最終消費財の域内市場の拡大につながる可能性が高いと考えられる(第2-1-11図)。
 他方、アジア各国では、それぞれの国内において様々な所得格差が存在している。例えば、中国では、都市部と農村部の間や省間において、経済活動の地域的な偏在や発展段階の差による格差が存在するだけでなく、都市内部においても格差の拡大が問題となっている(第2-1-12図)。また、タイやフィリピン、インドネシア等においても、大都市への産業の一極集中や、各地に形成された産業集積の存在により、それがない地域との格差が、急速な経済成長とともに更に広がる傾向にある。こうした格差拡大は、第4節で詳述するようにそれ自体が大きな問題であるが、さらに、消費需要拡大の観点からみた場合には、人口の圧倒的多数を占める低・中間所得者層の所得の伸び悩みが購買力の伸びを阻害するという問題もある。中国をみると、所得水準の低い農村においては耐久財の普及率は依然として低水準にとどまることから、所得格差を是正するための適切な所得再分配政策が実施されれば、潜在的な需要が喚起され、個人消費の裾野を拡大することが可能となると考えられる(第2-1-13図)。
 さらに、アジアにおいては社会保障制度や金融システムが十分に整備されていない国も少なくない。このため、住宅取得や子弟の学資等、将来必要な資金の積立てのほかに、病気や失業に伴う出費や所得減少、想定以上の長生きに対する備えといった将来の不確実性から家計が予備的貯蓄を行うことも、消費の抑制要因となっている。特に、中国の都市部では家計貯蓄率が年々上昇しており、09年末時点で30%弱と非常に高い水準にある(第2-1-14図)。背景として、90年代の国有企業(8)改革の加速により、住宅や医療、年金、子弟教育等、それまで幅広い分野をカバーしていた国有企業の福利厚生支出が削減されたことなどから、家計が自らこうした資金ニーズのために貯蓄を行う必要性が高まったことが指摘されている(9)(第1章第2節コラム1-6参照)。一概にはいえないが、その他のアジア諸国においても、年金や医療等の社会保障制度は対象者が限定されていたり、依然として制度の整備が不十分であったりすることから、所得水準が上昇しても将来の不確実性を回避するための貯蓄に回り、消費が十分に伸びていない可能性も考えられる。こうした中、フィリピンでは、2000年代に入って消費の伸びが貯蓄の伸びを上回ったことから貯蓄率が低下傾向にあり、背景として労働者に対する社会保障制度のカバレッジが拡充されたことが指摘されている(10)。このように、制度面における整備を進め、家計の将来に対する不安を払拭することも、消費拡大の観点からみて重要な課題であるといえる。


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