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第1章 世界経済の回復とギリシャ財政危機

第4節 ヨーロッパ経済

3.ギリシャ財政危機の根本的な原因と教訓

 今回のギリシャ財政危機の根本には、ギリシャ政府自身の財政運営や統計の信頼性という経済財政政策運営の根本にかかわる問題があったが、これらに加え、(1)EUによる財政規律が十分でなかったこと、(2)市場による規律付けも期待どおり機能しなかったこと、(3)そもそもギリシャはユーロの最適通貨圏ではなかったのではないかという問題点がある。以下では、こうしたギリシャ財政危機の根本的な原因を分析し、得られる教訓を検討する。

(i)ギリシャの財政運営の問題点
 ギリシャの財政運営については、今般の危機以前から問題が指摘されていた。例えば、OECDの対ギリシャ経済審査では、ギリシャの財政の持続可能性を高めるために、複数年にわたる財政計画と法的拘束力を持った財政ルールを確立し、歳出に歯止めをかけるとともに、徴税の効率性を高める必要性が指摘されていた(21)
 こうした指摘の背景の一つには、歳出面で公務員人件費が高いことが挙げられる。ギリシャでは、90年代後半以降、政府支出のGDP比がおおむね横ばいであるにもかかわらず、公務員人件費のGDP比は上昇している。ユーロ圏の平均では、公務員人件費のGDP比は減少しており、ギリシャとの差は拡大している(第1-4-40図)。また、予算編成プロセスにおいて各省の予算にシーリングがかけられることもなく、トップダウンでの予算編成ができないといった問題点も指摘されている。
 歳入面においては、脱税や制度設計上の問題で、本来得られるべき税収が得られていないことが指摘されている(22)。07年において、310億ユーロ(GDP比15%)相当が徴収できなかったと推計されている(23)。この原因としては、贈収賄が多く、ガバナンスが欠如していること、法秩序の不徹底等を背景に巨大なインフォーマルセクターが存在すること(24)、税法が頻繁に改正されコンプライアンスのコストがかさむこと、時効制度の存在等によって脱税へのインセンティブが高いことなどが指摘されている。
 ギリシャは、01年のユーロ参加以来、長期金利が大幅に低下し、設備投資、住宅投資が活発化、経済成長率も3〜5%程度と、90年代平均の1.9%を上回る成長を達成した。この機を活かして、財政再建に着実に取り組み、景気後退や危機に備えるべきであったが、現実には財政赤字は拡大し、01年から05年まで安定成長協定で定めるGDP比3%を超えて推移していた。

(ii)EUによる財政規律
 EU加盟国は、安定成長協定に基づき、例外的な状況を除き、一般政府財政赤字GDP比を3%以下に、債務残高GDP比を60%以下に常に維持することが求められている。これに違反し、所定の過剰財政赤字是正手続きに基づき勧告が行われても遵守されない場合には、一定額の供託金支払い(罰金)が制裁として科せられる仕組みになっている(第1-4-41表)。しかしながら、こうした制裁措置はユーロが発足した99年以来適用されたことはなく、ギリシャについても01年から05年まで財政赤字GDP比が3%を超えていながら、制裁措置の対象とはならなかった(第1-4-42図)。
 統一的な財政政策を持たないユーロ圏では、安定成長協定による財政規律は、ユーロの信認を維持する上で核となるものであり、この規律が有効に機能するためには罰則も含め厳格な適用が必要であった。
 また、ユーロ発足当初は、財政収支GDP比を景気後退時にも3%以内に収めるためには、平時においては財政をより健全化させるべきという観点から、「包括経済政策指針」(Broad Economic Policy Guideline)が定められていた。国によって、税制や失業手当に係る制度等の違いからビルト・イン・スタビライザーの大きさが異なっているが、各国はこれを考慮しながら、財政収支を「財政均衡に近いかまたは黒字」("close to balance or in surplus")にすることを目標に財政赤字を削減することとなっていた。しかしながら、こうした指針は一部の参加国に対しては有効に機能しなかった。

(iii)市場による規律
 市場による規律付けも、有効に機能しなかった。01年にギリシャがユーロに参加してからギリシャ国債とドイツ国債の利回りの差は大幅に縮小し、その後、08年まで、ギリシャの財政状況が悪化していても、ギリシャ国債とドイツ国債の利回りの差はわずかであった(第1-4-43図)。これは、ユーロ圏内の金融機関が為替リスクなしにドイツ国債よりも高い利回りで資金運用ができたため、ギリシャ国債への需要が高かったことが反映していると考えられる。また、08年9月以降は、世界金融危機に際してECBが適格担保として受け入れる債券の範囲を拡大したことも、バランス・シートの悪化と資産運用難に悩んでいたヨーロッパの金融機関のギリシャ国債に対する需要を拡大する結果となった。さらに、ギリシャ国債の格付けについても、08年までは各社とも高いままであった(第1-4-44図)。
 理論的には、市場による規律付けが財政政策運営に果たす役割は大きいと考えられる。しかしながら、今回のギリシャ危機では、市場による警告は、実際には、時としてタイミングが遅く、かつ制御不能な大きさでやってくることが明らかになった(25)

(iv)統計の信頼性
 ギリシャは、98年のユーロ参加審査の際も、財政赤字GDP比は2.5%と申告していたが、後に4.3%に改訂しており、実際にはユーロ参加のためのマーストリヒト収斂基準を満たしていなかったことが明らかになっている(26)。04年には、ギリシャの統計については欧州委員会でも問題視され、ユーロスタットは、ギリシャ政府に対し改善を指導してきた。
 さらに、09年の政権交代後に改訂された財政収支GDP比の数値が大幅に下方修正されたことを受けて、欧州委員会は、10年1月、ギリシャの統計に関する評価報告書(27)を発表した。この中で、欧州委員会は、ギリシャの統計作成について、(1)統計データの集計・作成方法や技術的手順に問題があること、(2)統計の収集・作成業務に携わる職員のガバナンスが不十分であり、責任や権限の所在も曖昧で、政治的圧力や選挙のサイクルによって統計データが恣意的に操作されやすい構造にあることを指摘した。こうした指摘を受けて、ギリシャ政府は、統計作成部局に独立性を付与するとともに、統計の作成方法について改善を図るとの方針を示している。
 今回のギリシャ財政危機で明らかになったように、統計は信頼性をいったん失うと、市場から常に疑いの目を持ってみられがちであり、市場の不安定化にもつながりやすい。統計は経済財政政策運営の基本であり、統計の高い信頼性を維持するため、統計作成の体制を充実させることが中長期的な経済・財政の安定にもつながると考えられる。

(v)単一通貨の下での輸出競争力の維持
 ユーロ圏参加国における経常収支の推移をみると、ドイツ、オランダは経常黒字である一方、スペイン、イタリア、ギリシャ等のいわゆるユーロ周縁国(ペリフェリー)では経常赤字が続いており、経常収支が構造的に不均衡(インバランス)となっている。特に、04年頃からは急激に不均衡が拡大している。この背景には、(1)ユーロ参加によりユーロ周縁国の長期金利が急速に低下し、需要が急激に拡大したことに加え、(2)為替調整が行われない中でこれらの国々にとって実質為替レートが増価し、輸出の価格競争力が低下したことがある。
 すなわち、これらのユーロ周縁国の国債については、ユーロ参加により為替リスクがなくなったことに加え、財政についても一定の市場の信認を得たことから、国債利回りがドイツ国債の利回りの水準に向かって収斂する形でかつてない水準まで急速に低下した。これを背景に住宅投資、設備投資が増大する一方、資産価格が上昇し、特にスペインでは大規模な住宅バブルとなった。ユーロ周縁国経済は、急激な需要の拡大により投資超過となり、経常収支不均衡が拡大した(第1-4-45図)。
 また、実質実効為替レートをみると、スペイン、ギリシャ、イタリア等にとっては、通貨ユーロの水準がドイツと比べて割高となっている。ユーロ周縁国の物価上昇率はドイツやオランダに比べて高いが、為替調整がないため、実質為替レートが増価する結果となっている。特に、ユーロ発足後数年を経て、新通貨ユーロが市場で一定の信認を得るようになってきた04年頃から、これらの国々の実質実効為替レートは急速に増価しており、物価の下落や賃金の調整が行われない中、価格面で輸出競争力を失っていった(第1-4-46図)。
 理論的には、通貨統合においては、各国は、自国の事情に対応した機動的な金融政策を実施できない上、為替調整を通じて価格競争力を回復できないことから、国内物価や賃金の下落を通じて競争力の回復を行うことになる。ユーロ周縁国では、通貨統合により物価水準がドイツやフランス等の高物価国の水準へと収斂していったため、物価上昇率がユーロ圏平均よりも高かった。さらに、名目賃金も毎年上昇していたため、結局、物価や賃金の下落による調整は行われていなかった。ユーロ周縁国の物価や賃金が下落しない限り、ユーロ圏内の経常収支の不均衡は恒常的なものとなる可能性がある。

(vi)最適通貨圏をどう考えるか
 更に翻って、ギリシャのユーロ参加は、経済的観点からみてギリシャにとって最良の選択肢であったのであろうか。
 関税等の貿易障壁が除去された段階で、共通通貨を導入すれば、為替変動リスクを除去し、域内の貿易コストを更に引き下げることができるというメリットがある。EUでは、92年に、財・サービス貿易の域内自由化により、基本的には域内統一市場が実現しており、共通通貨の導入は、域内統合の最終的なゴールとして位置付けられていた。ユーロ発足前の欧州委員会の試算では、通貨統合による貿易コスト引下げ効果は、当時のEUのGDPの0.5%程度になるとされ(28)、更に大きな便益を見込む試算もあった。他方、共通通貨の導入は、自国の経済情勢に即した金融政策と為替調整の放棄を意味する。共通通貨への参加が経済的にみて望ましいかどうかは、こうしたデメリットを上回るメリットがあるかどうかによる。
 こうした議論の鍵の一つを握るのが「最適通貨圏」(Optimal Currency Area)の理論である。最適通貨圏とは、財・サービスの貿易や生産要素の移動性によって経済的結びつきが強く、共通通貨を導入することが経済的利益に適うと考えられる地域である(29)。どういった条件が整えば最適通貨圏といえるのか、経済学では60年代から議論されてきた。以下、いくつかの条件について述べる。
 第一に、生産要素の移動が自由なこと、特に、国境を越えた労働力移動がみられ、賃金の伸縮性が高いことという条件がある。何らかのショックにより、ある国の景気だけが後退し雇用が減少した場合、労働力の移動が自由であれば、労働力は景気後退国からより好況の雇用機会のある国に移動するので、雇用量や賃金の不均衡は、労働移動と賃金調整を通じて是正されるというものである(マンデルの基準(30))。したがって、労働力の流動性が高ければ、ある特定の国だけにショック(非対称的ショック)が起きた場合に、その国の独自の金融政策がなくても調整が進むということになる。なお、ユーロ圏については、発足当時、労働力の流動性は低いと評価されていた(31)
 最適通貨圏の第二の条件は、貿易面における開放度が高く、域内取引が活発であることである。域内取引が活発であれば、自国において非対称的な需要ショックが生じても、域内の他の国々との輸出入を通じて需要ショックが吸収される(マッキノンの基準(32))。ユーロ参加国についてみると、相対的に対外開放的である。しかし、ギリシャ、イタリア等の開放度は、ユーロ参加国の中では平均以下となっている(第1-4-47図)。
 最適通貨圏の第三の条件は、域内各国の経済動向が類似しており、ショックによる影響が対称的であることである。何らかのショックが起きた場合でも、域内の各国経済が同じように落ち込んだり、過熱したりする限りにおいては、共通の金融政策で対応できるので、問題は少ない(ただし、金融政策の各国におけるトランスミッション・メカニズムも類似している必要がある)。この観点からEU域内各国におけるショックの影響の対称性について90年代に多くの実証研究がなされたが、おおむね当時「コア諸国」と呼ばれた国々(ドイツ、フランス、ベネルクス三国等)については対称性がある一方、ユーロ周縁国を含むEUレベルではそうした結論は得られなかった(33)
 ギリシャは、既にユーロに参加しており、今やこうした議論は遅きに失したものではあるが、共通通貨に参加し自国の金融政策、為替調整の手段を失う以上、経済の開放度や労働市場の調整機能を高めるなどの構造改革の努力がなされるべきであった。こうした観点から、10年5月に決定された1,100億ユーロのギリシャ支援プログラムにおいては、高度専門人材の流動性を事実上阻害している資格制度の見直しや、最低賃金引上げの凍結等、労働市場の柔軟化に向けた施策もコンディショナリティとして盛り込まれている。

(vii)通貨統合における財政政策の在り方
 ユーロ圏は、当初11か国で99年に発足し、ギリシャは、他の諸国に少し遅れて01年からユーロに参加した。その後、スロバキア、スロベニア、マルタ、キプロスが参加し、現在は、16か国が参加する通貨統合に成長した。
 欧州通貨統合では、財政政策については中央集権化せず、各国の責任で行うこととなっている(34)。経済政策上は、何らかのショックにより一国だけ景気が落ち込んだり、非対称的な影響を受けた場合には、その国がビルト・イン・スタビライザーを中心に財政政策を効かせることで対処するという趣旨である。また、一国の財政赤字が過大になれば、他の国々も長期金利の上昇という形で影響を受ける可能性があるので、安定成長協定により財政規律を課し、協定上は、違反国に対する制裁措置も用意している。
 しかしながら、参加国数が増えれば、ピア・プレッシャーが薄まり、個々の国々に対する財政の規律付けが弱まりがちになる。今回のギリシャ財政危機により、欧州通貨統合から一部の国を脱退させるような規定を設けるべきだったのではないかといった議論も散見される。しかしながら、そのような規定は、財政赤字の削減が難しければ脱退すればよいというモラル・ハザードにも転じ得るし、また、域内の金融機関が財政悪化国の国債を多く保有していれば、当該国を脱退させても金融機関の破たんを許容しない限り、結局、脱退した国を債務削減の形で救済せざるを得なくなる。
 EU条約では、ユーロ参加国への支援条項はない(35)。また、ECB、EU加盟国政府、各国中央銀行が、他のユーロ参加国の負債引受け等を行うことは、救済禁止条項(No bail out clauses)により禁止されている(36)。しかしながら、EU条約第122条第2項では、「自然災害や例外的な出来事による困難な状況」にEU加盟国が陥った場合、あるいは陥りそうな場合、EUとしての財政支援が可能であるとしている。今回のギリシャ財政危機に対応するため合意した支援も、EU条約122条2項に基づいたものであった。
 こうした支援措置は、参加国のモラル・ハザードを惹起するリスクがあり、また、市場による国債価格の評価をゆがめるリスクもある。11年から新たにエストニアが参加することも決まり、参加国が更に増加する中で、どのように各国の財政規律を維持するのか、安定成長協定の制裁措置も含めた厳格適用に加え、更なる検討が必要と考えられる。

(viii)おわりに
 ユーロは、20世紀の二度の世界大戦により戦禍にまみえたヨーロッパにとって一つの壮大な夢であり、最終的には、20世紀の終わりに強力な政治的リーダーシップのもとで実現した新しい通貨である。ユーロ発足前の90年代半ばにおいては、マーストリヒト収斂基準の充足状況から、多くの識者は、8か国程度、すなわち、ドイツ、フランス、ベネルクス三国、オーストリア、アイルランド、フィンランドがユーロに参加するのではないかとみていた。しかしながら、98年春に行われた判断の結果、イタリア、スペイン、ポルトガルも発足当初の99年から参加することとなり、その後、01年からはギリシャも参加することになった。参加国数は、当初の予想の倍の16か国を数えるに至った。今回のギリシャ財政危機の発生までは、新通貨ユーロのプロジェクトは成功だったと広く考えられていた。
 しかしながら、今回のギリシャ財政危機において顕在化した問題点は、実はユーロ発足当初から認識されていた。安定成長協定の設計においても、そうした問題点を意識して各国の財政規律を遵守させるための仕組みを組み込んでいた。しかしながら、実際には、こうした仕組みは有効に機能せず、ギリシャの財政危機に至った。
 また、ギリシャの財政運営については、ユーロへの参加が決定した2000年当時から懸念されていた。01年のユーロ参加後、ギリシャは、長期金利の低下等、ユーロ参加によるメリットを享受する一方、競争力を高めるために必要な構造改革が十分でなく、財政規律も守られていなかった。
 さらに、価格や賃金の伸縮性の確保を始めとする構造改革が通貨統合の成功の鍵であることは、欧州委員会や参加各国の間でも認識されていた。例えば、00年には、構造改革を含め10年までのEU全体の成長戦略として「リスボン戦略」が策定された。しかしながら、「リスボン戦略」の実施体制は十分でなく、結果として当初目指した目標は達成できなかった。
 今回の危機を契機に、欧州通貨統合に係る様々な問題点を克服することが期待される。10年5月12日に、欧州委員会は、安定成長協定遵守の強化及び財政政策調整の深化、マクロ経済不均衡・競争力に関する監視、各国予算や国別改革計画の政策調整、ユーロ圏参加国の危機管理を目的とした強靭な政策枠組みといったEU域内の経済政策調整の強化について提案を行っている。また、「リスボン戦略」の後継となる、10年からの10年間の成長戦略として「欧州2020戦略」(EU2020)について、10年6月のEU首脳会合での決定を目指して最終的な調整が行われている。同戦略では、就業率の引上げやR&D投資の促進等の構造面での政策を通じて、成長力の強化を図ることとしている。特に、「リスボン戦略」の反省を踏まえ、「EU2020戦略」では、各加盟国に応じた目標設定・監視とフォローアップの強化等を行うこととしている(第1-4-48表)。
 ユーロ圏においては、ギリシャ財政危機が他の諸国の財政問題や金融システム不安へと広がってくるコンテイジョンをいかに防ぐかという短期的な危機対応に加え、財政政策調整の在り方の見直しや実効性確保、構造改革の推進等中長期的な課題にも併せて取り組み、発足10年余を経たユーロが再び信認を取り戻すことが国際金融システム全体の安定のためにも望まれる。


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