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第2章 新興国経済:金融危機の影響と今後の展望


第3節 世界的な景気後退と中国

2.中国の消費の現状と消費拡大に向けた課題

   以上で述べてきたように、中国経済は、主に輸出の減少を通じて、世界金融危機の影響を大きく受けている。主要な輸出先である欧米先進諸国の景気の先行きも不透明であり、輸出主導の景気回復の期待は薄いことから、大規模な国内市場がもたらす内需に目が向けられている。中国の名目GDPは、07年にドイツを抜いて世界第3位となり、世界経済におけるプレゼンスを高めている。一人当たりGDPも、00年の7,858元(949ドル)から08年には22,698元(3,266ドル)となっており、現時点ではまだ低い段階にあるが、急速なペースで増加している。今後も経済成長に伴い、購買力が増大し、市場として拡大していく余地が相当大きいと考えられる。
   中国政府も、景気対策の一環として、様々な消費拡大策を打ち出しており、今年3月の全国人民代表大会で報告された政府活動報告においても、「経済成長の維持」に次いで、09年度の主要任務の2番目に、「内需、特に消費需要を積極的に拡大し、経済成長をけん引する内需の役割を強化する」という項目を掲げている。また、中国では、78年の改革・開放路線の開始以来、「先富論」等を理念として高い経済成長を達成してきた一方で、様々な矛盾や問題が際立ってきたことから、現在の胡錦濤主席・温家宝総理指導部は、従来の成長重視から安定とバランスを重視し、調和のとれた持続可能な社会の実現(「和諧社会」)を目指しており、第11次5か年計画(06〜10年)の主要理念ともしている。今回の危機の影響を大きく受けた背景には、高成長を遂げる中で、輸出、投資への依存を高めてきた経済構造が一因にあると考えられ、今後安定的な成長を遂げるために、輸出・投資主導型から消費主導型への成長パターンの転換の必要性が一段と認識されているところである。
   以下では、中国の消費の最近の動向について概観するとともに、消費拡大に向けた課題についてみていく。

(1)消費の現状

   名目GDPに占める需要項目別の内訳をみると、2000年には、家計消費が46.4%、固定資本形成が34.3%であったが、08年には、家計消費が35.3%、固定資本形成が41.1%と、シェアが大きく逆転し、また、純輸出も、2000年の2.4%から08年には7.9%とシェアを高めている(第2-3-23図)。家計消費の割合は、他のアジアの国と比較しても、またシンガポールのような輸出指向型の国と比較しても低いものとなっている(第2-3-24図)。この間、輸出(通関ベース)と全社会固定資産投資をみると、前年比で、おおむね20%を超える高い伸びを続けてきたのに対し、消費は、社会商品小売総額でみると、前年比で10%強程度と相対的に低い伸びにとどまっており、01年のWTO加盟前後からの輸出、投資の急速な拡大がここ数年の中国経済の高成長をけん引してきたことが家計消費のGDPに占めるシェアの低下の背景にある。
   社会商品小売総額の内訳(08年)をみると、都市部が68%、農村部が32%のシェアとなっている。人口の分布を08年時点でみると、都市人口は約6億人(約45.7%)に対し、農村人口は約7.2億人(約54.3%)となっており、農村人口が都市人口を上回っている。つまり、人口のより少ない都市部において消費の約3分の2が担われているという構造となっている(第2-3-25図)。こうした背景には、都市部と農村部における格差の問題があると考えられる。
   また、所得動向についてみると、都市部の一人当たり可処分所得(実質)は、08年で前年比8.4%増となっている。農村部においても、一人当たり純収入(実質)(5) は、2000年には前年比2.1%増と低い伸びであったが、徐々に伸びが高まり、08年には同8.0%増となっている(第2-3-26図)。しかし、消費性向についてみてみると、所得の伸びほどには消費支出の伸びは高まっておらず、特に比較的高い所得を得ている都市部では、一貫して低下傾向にある(第2-3-27図)。消費拡大のためには消費性向の引上げが重要と考えられ、以下では、それに向けて重要なポイントとなると考えられる格差の問題と過剰貯蓄の問題について検討する。

(2)消費拡大のための課題

(i)格差の問題
   中国では、高成長を遂げる中で、都市部と農村部の格差、沿海部と内陸部との地域間の格差等、様々な格差が生じている。今後、消費を本格的に拡大させていくためには、全体的な経済規模を拡大していくだけでなく、格差を解消し、購買力を持つ所得層の裾野の拡大を図っていくことが重要であると考えられる。

(ア)都市部と農村部の格差

●所得動向とその背景
   都市部と農村部の所得水準を比較してみると、08年時点で、都市部の一人当たりの可処分所得が15,781元(2,271ドル)であるのに対し、農村部の一人当たりの純収入は4,761元(685ドル)となっており、両者の間の所得格差は3.3倍となっている。また、所得格差の推移をみると、例えば、2000年から08年の間に、2.8倍から3.3倍となっており、格差は拡大傾向にある(第2-3-28図)。現指導部は、「三農問題(農業、農村、農民)」への対応を重要課題と位置付けて、農業税の段階的廃止(06年に全面廃止)を始めとした農民の所得拡大等の取組を行ってきた。こうした取組の効果もあって、農村部の一人当たり純収入は、実質で2000年の前年比2.1%増から08年には8.0%増と急速に伸びを高め、その結果、2000年の2,253元から08年には4,761元と約2倍となった。しかしながら、都市部では、1999年以降平均賃金が実質で10%を上回る高い伸びが続いていることなどから(08年11.0%増)、都市部の一人当たり可処分所得はそれ以上のスピードで増加しており、上記のような格差の拡大につながっている。ただし、第11次5か年計画(2006年〜10年)における、2010年の農民一人当たり純収入の所期目標は4,150元とされていることを考えると中間地点で既に目標を達成しており、大きく改善している。
   所得格差の背景にある要因の一つとして、農業の労働生産性が依然として低い状況にあることが挙げられる。名目GDPに占める第一次産業の比率は低下し、2000年の15.1%から08年には11.3%となっているが、第一次産業に占める就業者の割合は低下しているものの、08年時点でなお39.6%を占めている。政府は、上述した農業税の廃止等や、第11次5か年計画では、重要な任務の一つとして「社会主義新農村」を建設するとして、農業の効率化による農民の収入の増加や、農村のインフラ強化などを課題として掲げており、こうした取組により、農民所得が引き続き増加していくことが期待される。さらに、こうした取組と並行して、農村部における余剰労働力を農業以外の産業部門にシフトさせていくことが必要と考えられる。現在でも、内陸部から沿海部への農民の出稼ぎという形で余剰労働力の移動が事実上行われているが、今後、例えば、既に一部の地域で着手されている戸籍制度の改革(6)を更に拡大し、国内の労働力の円滑な移動を可能とすることや、サービス業等雇用吸収力のある産業部門の育成を進めていくことなどが考えられる。

●消費支出の動向
   既に述べたように、社会商品小売総額の内訳をみると、消費の約7割が人口の少ない都市部で行われている構造となっている。家計調査に基づいて、都市部と農村部の一人当たりの消費支出額を比較してみると、04年以降、農村部の消費の伸びがおおむね都市部を上回っている(第2-3-29図)。この結果、03年の3.4倍をピークに消費額の格差はやや縮小傾向にあり、08年時点では3.1倍となっている。農村部の所得の伸びは相対的に低いが、都市部ほどの消費性向の低下はみられない。
   所得の拡大とともに、消費支出の構造にも変化がみられる。都市部の消費動向をみると、95年に50.1%を占めていた「食品」の割合は、07年には、36.3%へと低下している(第2-3-30図)。さらに、「食品」の中身をみると、「食品」全体に占める「外食」の割合が95年の9.1%から07年には21%に高まっている。一方、農村部の消費動向をみると、95年に58.6%を占めていた「食品」の割合は、07年には、43.1%となっており、都市部の95年と2000年の中間程度の段階となっている。都市部、農村部ともに、所得水準が高まるにつれて、必需品中心の消費から徐々にし好品へのシフトが進みつつあることがうかがわれる。
   また、07年時点における、耐久消費財の普及状況をみると、都市部における普及率は、洗濯機、冷蔵庫で100%に近く、カラーテレビ、携帯電話では100%を超える水準となっており、家電類の普及は相当に進んでいる(第2-3-31図)。買換えの需要等は考えられるものの、今後更に大きく需要が高まる余地は比較的少ないものと思われる。ただし、都市部でも、自動車は、100世帯当たり6台とまだ保有率は低い。
   他方、農村部では、カラーテレビ、携帯電話の普及はかなり進んでいるが、洗濯機は5割弱、冷蔵庫は3割弱であり、95年時点の都市部の保有率と比較しても、約半分以下の水準となっており、潜在的な需要は大きいと考えられる。また、一般的には、消費は所得の増加に従って、必需品からし好品へ、財からサービスへとウエイトがシフトしていくものと考えられることから、都市部においては、今後サービス産業の発展等、需要の多様化への対応が進められることも必要と考えられる。

●最近の消費刺激策
   政府は、08年秋以降、農村・農民を対象とした取組を強めており、08年11月発表の内需拡大策には、09年の穀物の最低買上げ価格の引上げや、4兆元の投資の一部として「農村インフラ建設の推進」の項目が盛り込まれた。また、上記以外にも、「家電下郷(農村における家電普及)」の実施地域や品目の拡大、「汽車下郷(農村における自動車普及)」等の農村を対象とした消費拡大策も実施されている。このうち、「家電下郷」は、農民が特定の種類の家電を購入した際に購入金額の13%を補助する政策であり、07年12月から一部の地域で試験的に導入されていたが、その後、対象家電や対象地域が拡大され、09年2月からは対象地域が全国に拡大されている。09年に入ってからの社会商品小売総額の伸びをみると、都市部より農村部が高く、これまでと逆転した状況がみられ、消費刺激策等の政策効果が現れている可能性がある。「家電下郷」政策は13年1月まで実施される予定となっていることから、農村部の消費を今後も一定程度押し上げる効果があると考えられる。農村部において電力等のインフラが十分整備されていないなどの制約要因もあると考えられるが、4兆元の投資の1項目である農村インフラの建設には、送配電網の整備等も含まれており、これらとの相乗効果も期待される。

(イ)沿海部と内陸部との地域間格差

   都市部と農村部の格差とともに、沿海部と内陸部との地域間の格差も大きい。中国では、78年の改革・開放路線の開始以来、沿海部を中心に対外開放が進められ、経済発展を遂げてきた(第2-3-32図)。しかし、沿海部地域の急速な発展の一方で、内陸部の経済発展は遅れ、西部大開発の推進等を始めとした地域間格差の是正を目指した取組も行われているが、地域間の格差は依然として大きい。
   珠江デルタ周辺地域、長江デルタ地域、環渤海地域といった沿海部を含む東部地域は、人口に占めるシェアでは35.9%にとどまるが、名目GDPにおけるシェアでは55.3%に達している(07年)。また、地域ごとの一人当たりGDPをみると、東部地域は、東北、中部、西部地域に比べて全体的に高い水準となっている(第2-3-33図)。一人当たりGDPを08年についてみると、中国全体の平均は3,266ドルであるが、最も高い上海市(東部地域)は10,521ドル、最も低い貴州省(西部地域)は1,270ドルとなっており、約8倍の格差が存在している。なお、アジア諸国と比較してみると、上海市は、マレーシア(8,141ドル)を上回る水準に達しているのに対し、貴州省は、インド(1,016ドル)、ベトナム(1,040ドル)と同程度の水準であり、いわば中国一国の中に上位中所得国と低所得国が存在しているような状況にある。
   中国全体の都市人口の全人口に占める比率の推移をみると、2000年の36.2%から07年には44.9%と急速に上昇しているが、地域ごとにみるとばらつきがある。各省における、07年時点の都市人口比率をみると、東部や東北地域では、上海で88.7%にまで達しているほか、ほとんどの都市で5割前後あるいはそれ以上となっているのに対し、中部地域や西部地域においては、ほとんどの都市で4割以下、最も低い貴州省では28.2%となっている。これをみると、都市化が進んでいる地域は、一人当たりGDPが高い地域でもあることが分かる。
   また、4兆元の投資の中では、鉄道、道路等のインフラ整備が大きな割合を占めている。これにより、既に投資の加速がみられることから、短期的にはGDPに占める固定資産投資のシェアが更に高まり、投資と消費がアンバランスな経済構造が強まる可能性もあるが、内陸部のインフラの整備が加速すれば、内陸部における産業の振興が進展し、地域間格差の是正につながることが期待される。固定資産投資額(都市部)の最近の動きを地域別にみると、東部地域では、08年10〜12月期前年同期比16.8%増から09年1〜3月期には同17.7%増、東北地域では同30.1%増から58.8%増、中部地域では同29.4%増から同33.7%増、西部地域では同20.9%増から同46.1%増となっており、特に西部地域の伸びが著しいことがみてとれる。

(ii)過剰貯蓄の問題
   家計の貯蓄率は上昇を続けている。都市部の家計貯蓄率(家計調査ベース)の推移をみると、2000年の20.4%から08年には28.8%と過去最高の水準に高まった(第2-3-34図)。また、これを反映して、家計部門の預金残高は、高い伸びを示している(第2-3-35図)。月次の推移をみると、07年10月を底に、急速に伸びが高まっており、09年3月末には前年比29.6%増と高い伸びとなっている。ただし、この伸びの中には、株価の下落や景気の減速を背景に、家計が預金への選好を強めたことの影響も含まれていると推測される。
   貯蓄率が非常に高い要因の一つとして従来から指摘されているのは、社会保障制度の未整備の問題である。中国では、社会保障制度として、養老保険(年金)、医療保険、失業保険、労災保険、生育保険(出産・産休に係る保険)が設けられている(第2-3-36表)。しかし、現行の社会保障制度には、カバーする範囲の狭さや地域間のポータビリティに欠けるといった問題が存在する。特に、都市部を中心に整備が進められてきたため、農村部においてカバーされていない範囲が非常に大きいことや保障レベルが低いことは大きな課題である。
   社会保障制度への加入状況をみてみると、都市基本養老保険は、加入者数が増加しつつあり、08年における在職中の加入者数は1億6,587万人となったが、加入率 (7)としては54.9%と今なお低いレベルにある(第2-3-37図)。一方、農村社会養老保険は、任意加入の試行段階的なものであり、08年の加入者数は5,595万人、農村部の就業人口の11.8%と非常に低い。また、都市従業員基本医療保険は、2000年時点の在職中の加入者数2,863万人、加入率12.4%から、08年には1億4,988万人、49.6%へと、急速に加入率は高まっている(第2-3-38図)。農村部の医療保険についても、加入率は08年時点で91.5%まで達している。都市部の失業保険については、08年時点の加入者数は1億2,400万人、加入率は41%となっている。
   さらに、中国では、79年に「一人っ子政策」が導入されて以降、少子高齢化が急速に進展しており、社会保障制度が整備途上にある現段階において、65歳以上の人口が占める割合が既に9.4%(07年)と「高齢化社会(65歳以上人口7%以上)」を迎えている。さらには、国連の推計(8) によれば、65歳以上の人口が占める割合は、20年には11.7%、30年には15.9%となり「高齢社会(同14%以上)」の段階に突入する見込みであり、社会保障制度の整備は急務である。
   なお、政府系シンクタンクである中国社会科学院が実施した調査(08年5〜9月実施)によると、最も際立っている社会問題として挙げられたのは、一位の「物価上昇」(63.5%)に次いで、「看病難、看病貴(医療費が高く、診察を受けられない)」が第二位(42.1%)となっており、高額な医療費が大きな社会問題として認識されていることが分かる。実際、消費支出に占める医療・保険サービスのシェア(都市部)は95年の3.1%から07年には7.0%へと急速に高まっている。こうした状況の下では、家計は所得が増加しても、将来への不安や不測の事態に備えて貯蓄をする傾向が強まるとみられる。
   景気が減速する中、政府は、消費拡大の観点から民生改善の姿勢をより一層強めており、その一環として社会保障システムの改善の動きもみられる。特に、医療については、09年4月に、「医療衛生体制改革の深化に関する意見」及び「医薬衛生体制改革重点プラン(09年〜11年)」が発表され、医療制度改革の方針が示された。この計画では、(1)基本医療保障制度の整備の加速化、(2)基本医薬品制度の初歩的な確立、(3)末端医療衛生サービス・システムの整備、(4)基本公衆衛生サービスの漸進的な均等化、(5)公立病院改革の推進、という5つの重点分野を定めるとともに、11年をめどに、国民の9割以上を基本的な医療保険に加入させることを目指しており、総額8,500億元が投入されることとなっている。また、養老保険についても、各地域単位で管理されている年金基金を一元化し、年金記録の移動を可能にするなどの制度改革に向けた検討が行われている。こうした制度の整備には相当の時間を要するものとみられるものの、消費を取り巻く環境を改善させていくことにより、消費拡大につながっていくことが期待される。


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