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第1章 先進国経済:金融危機による景気後退の深刻化

第2節 アメリカの景気後退の深刻化と金融危機の長期化

3.雇用情勢の悪化と政策対応

(1)第二次世界大戦後最悪となった雇用情勢

●歴史的な減少が続く雇用者数
   今回の景気後退では、非農業部門の雇用者数は08年通年で308万人減少し、第二次世界大戦後(以下、「戦後」という。)最悪だった1945年の275万人の減少を63年ぶりに更新した。雇用者数は、08年11月以来6か月連続して50万人以上減少しており、この6か月で約394万人の雇用が失われている。景気後退入り以来、既に月平均で38.3万人、合計574万人の雇用者が減少していることになり、戦後最長の16か月間にわたる景気後退となった80年代の景気後退期の282万人を大幅に上回っている。また、月平均の減少幅も80年代より10万人以上大きく、雇用情勢は戦後最悪の状況に陥っている(第1-2-20図第1-2-21図)。

●雇用者数の減少が著しい分野
   雇用者の減少を産業分野別にみると、08年に入り、製造業や建設業といった生産部門の減少幅の拡大に加え、堅調に増加してきたサービス部門の雇用者数も減少に転じた(第1-2-22図)。08年8月以前は、サービス部門における減少は、前月差10万人以下と比較的緩やかであったが、金融危機が発生した9月以降は、20〜40万人の大幅な減少になっている。今回の景気後退で雇用が増加しているのは、「政府部門(5) 」、「公益事業」、「教育・医療」という公的または公的規制下の分野にとどまっており、これらを除くほとんどの分野で雇用者数は減少している。なお、「医療」については、景気後退入り後も増加し続け、07年12月から月平均で3万人程度増加している。
   さらに、雇用者数の減少について詳細にみると、製造業、専門サービス業、建設業、小売業、金融業等で寄与度が高くなっている(第1-2-23表)。製造業では、07年12月〜09年4月で163万人の雇用者が減少し、雇用者数は1,215万人となり、46年2月の1,192万人以来、約60年ぶりの低水準となっている。特に、製造業のうち、新車販売台数の急激な減少に伴い経営環境が悪化している自動車・同関連部品製造部門では、同期間で28万人の雇用者が減少し、景気後退入り以来の減少率が30%となるなど、落ち込みが際立っている。また、自動車関連の小売業である自動車ディーラー・同部品販売では、同期間で合計21万人の雇用者が減少し、自動車・同関連部品製造と併せた自動車関連部門全体の雇用者の減少は、合計49万人になり、雇用者全体の減少の約9%を占めている(第1-2-24図)。
   続いて、専門サービス業では、07年12月以降で合計133万人の雇用者が減少しているが、そのうち人材派遣業が82万人の減少と、専門サービス業全体の減少数の約3分の2を占めている。人材派遣業の動向は、常用雇用も含めた雇用全体の先行指標といわれているが、08年11月以降毎月6〜9万人の雇用者の減少が続き、足元までの6か月間で46万人が減少しており、今後の雇用情勢の厳しさを示唆している(第1-2-25図)。
   また、建設業では、06年初以降住宅着工件数が3年以上にわたって減少し、住宅市場の調整が長期化していることや、これまで堅調であった商業不動産向けなどの非住居向け建設支出も減少に転じたことを受けて、07年12月以降で合計118万人の雇用者が減少している。特に非住宅向け建設支出の雇用者数が減少に転じた08年11月以降、6か月連続で毎月10万人前後の雇用者が減少しており、他の分野と同様に金融危機発生以降、雇用調整が深刻化している(第1-2-26図)。
   小売業では、08年1月以来、雇用者が一貫して減少しており、合計75万人減少している。小売売上高の動向をみると、08年8月以降、前年同月比でマイナスに転じ、更に11月から毎月▲8%以上となっている。同年11月以降、小売業の雇用者も売上高の減少幅拡大と合わせるように、減少数が拡大している(第1-2-27図)。
   金融業では、07年12月以降で合計43万人減少している。金融危機が発生した08年9月以降だけでも合計30万人減少しており、減少ペースが加速している。また、金融業における雇用者数の減少ペースの加速は、地方銀行の破たん数の増加とも動きが整合的となっている(第1-2-28図)。

●急速に上昇する失業率
   失業率は、07年においてはおおむね4%台後半で推移していたが、08年以降、急速に悪化した。09年4月には8.9%まで上昇し、S&L危機時の景気後退期(90年7月〜91年3月)後のピークであった7.8%を超え、第二次石油危機後の景気後退期(81年7月〜82年11月)後の83年9月に記録した9.2%以来の水準まで悪化している。今回の景気後退期における失業率の上昇速度を戦後の景気後退期と比較してみると、第一次石油危機後の景気後退期(73年11月〜75年3月)と第二次石油危機後の景気後退期と同程度となっている。今のところ、雇用情勢には改善の兆しがみえないことから、上昇速度は40〜50年代の景気後退期(48年11月〜49年10月、53年7月〜54年5月、57年8月〜58年4月)を除くと最悪になる可能性がある(第1-2-29図)。

●過去最悪の失業保険継続受給者数と増加し続ける新規申請者数
   失業率が急速に上昇する中、失業者数については、09年4月に1,372万人まで増加し、過去最悪であった1982年12月の1,205万人を超え、その後も更に増加を続けている。失業者の増加に伴って、失業保険の新規申請者数も増加し続けており、09年3月には67.4万人と過去最悪である1982年10月の69.5万人と同水準まで悪化した。雇用情勢の悪化が続く中で、失業保険の新規申請者数は更に増加し、過去最悪を更新する可能性も懸念される。また、失業保険の継続申請者数は、09年5月には635万人に達し、1967年の統計開始以来の最高申請者数を更新し続けている(第1-2-30図)。

●過去最悪の長期間失業者数
   景気後退の急速な深刻化とともに、失業期間の長期化が問題となっている。失業期間が27週間以上となる長期間失業者数は、景気後退入りした07年12月の131万人から09年4月には368万人(180%増)と過去最悪を更新しており、失業者全体の26.8%を占めるまでに増加している。過去の景気後退期と比較すると、長期間失業者数は、戦後最悪であった1983年を上回る水準になり、失業者に占める割合も戦後最悪を更新した。

(2) 政策対応

●実失業保険の充実
   失業保険は、多くの州において、給付期間が26週間、一週当たり平均手当額が300ドル程度とされてきたが、経済情勢の悪化を受けて08年6月に補正予算法(Supplemental Appropriations Act of 2008)が成立し、暫定的措置として13週間の延長給付が行われるようになった。その後、09年9月の金融危機発生以降、長期間失業者数が増加するのに伴い、議会の公聴会において州知事や労働組合関係者等といった幅広い層から受給期間終了者への支援の必要性が強調されたため、08年11月には失業補償延長法(Unemployment Compensation Extension Act of 2008)が成立し、失業保険の給付期間は46週に延長され、失業率の高い州では59週まで延長された。さらに、09年2月のアメリカ再生・再投資法において、給付期間延長の適用が09年12月31日までとなり、給付金額についても一週当たり25ドル増額されることとなった(第1-2-31表)。

●雇用対策とその効果
   実体経済や雇用情勢の急速な悪化を受けて、オバマ大統領は雇用回復を政策課題の最重要なものの一つとして認識し、大統領就任前から自らの経済チームを中心にアメリカ再生・再投資計画の検討を行ってきた。その後、同計画を基にしたアメリカ再生・再投資法が大統領就任から1か月足らずの09年2月17日に成立した。同法は、環境・エネルギー対策、科学技術振興、医療対策、教育対策、インフラ整備等による雇用創出や需要刺激を目的としている。同法における雇用創出効果については、ローマー大統領経済諮問委員会(CEA)委員長らによる試算(09年1月9日)によれば、経済対策を行った場合は、行わなかった場合と比べて、10年10〜12月期時点で実質経済成長率を3.7%上昇させ、雇用者数が367.5万人増加するとされている。また、議会予算局(CBO)の試算(09年3月2日)では、雇用者数が09年10〜12月期に80〜230万人、10年10〜12月期に120〜360万人増加することが見込まれている。(第1-2-32表

● 雇用情勢の今後の見通し
   現在のアメリカにおける雇用情勢と実体経済の関係をみると、雇用情勢の悪化→消費の減少→生産活動の低下→企業収益の低下→雇用環境の更なる悪化という悪循環に陥っている。景気回復の明確な兆しがみえていないため、雇用情勢の底入れ時期を見通すことは難しい状況である。アメリカ経済に対する民間見通しの平均では、今のところ、09年7〜9月期から実質経済成長率がプラスに転じることが見込まれているが、失業率については、民間機関の見通しでは、09年には9%台まで上昇し、10年1〜3月期及び4〜6月期には10%近くまで悪化、その後も9%後半に高止まりし、その後低下していくとされている(第1-2-33表)。失業率は通常、景気の動きに遅行した動きとなる。ITバブル崩壊後やS&L危機時の場合にも、景気が回復してからなお0.5〜1%程度上昇した。このため、今回も景気回復期になっても、失業率が更に上昇し、過去最悪の10.8%(82年11月)、あるいはそれ以上となる可能性もあり、引き続き注視していく必要がある。


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