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第2章 減速しつつも回復を続ける世界経済

第1節 景気が弱含み後退局面入りも懸念されるアメリカ

2.景気後退局面入りの懸念

住宅市場の調整と金融資本市場の混乱による実体経済への影響

   このように、アメリカ景気は弱含んでおり、当面、住宅市場の調整や金融資本市場の混乱による個人消費や企業活動等ほかの部門への波及や、経済全体への影響が続き、景気後退局面に入ることも懸念される。今後のアメリカ経済を見通す上では以下の点が重要と考えられる。
  (i)住宅市場の調整の継続 
  07年夏以降の国際的な金融資本市場の混乱については、第1章でみたように、サブプライム住宅ローン関連の金融商品の価格下落に起因する。住宅市場については、住宅投資の大幅な減少が続いているにもかかわらず、住宅需要の減退やローン債務の不履行による住宅差押えの増加等から住宅在庫が依然高い水準にあり、また、後述のように金融機関の貸出基準が厳格化していることから、住宅需要のさらなる減少も考えられる(前掲第2-1-2図同第2-1-4図)。このため、住宅市場の調整は当面の間続く可能性があり、住宅関連産業の雇用や生産面での影響は継続する可能性が高い。また、市場では住宅価格がさらに相当に低下することが予測されている(4) (前掲第2-1-3図)
  (ii)住宅資産価値の低下に伴う個人消費への影響
  また、住宅価格の低迷に伴い、資産効果のはく落が家計の消費に与える影響が懸念される。住宅市場が好調であった時期においては、家計は上昇した住宅価格と住宅ローン残高の差額を現金化すること(いわゆるMEW(5) )で資金調達を行い、その一部を消費に充てたとみられている。しかしながら、ホーム・エクイティ・ローン残高をみると、07年以降はその増加幅が顕著に縮小しており、住宅ローンからのキャッシュアウト・リファイナンスの額をみても、07年後半以降は減少している(第2-1-16図第2-1-17図)。住宅価格の下落が今後も続くこととなれば、さらにMEWが縮小するおそれがある。 
  さらに、住宅資産を含む家計の資産状況をみると、純資産額の可処分所得比率は、02年以来上昇傾向が続いていたものの、07年後半以降は減少に転じている(第2-1-18図)。そのうち純住宅資産額(住宅資産額−住宅ローン債務残高)の可処分所得比率については、住宅価格低下の影響等から既に06年以降低下している。住宅価格の低下が今後も続いたり、金融資本市場の混乱から株価が低迷したりすれば家計純資産額の可処分所得比がさらに低下するおそれもある。そうした場合、家計の元利返済負担及び金融負担の可処分所得比率が過去最高水準にある状況において、債務負担感の増加から家計の消費がさらに抑制される可能性もある(第2-1-19図)
  (iii)金融機関における貸出基準の厳格化
  サブプイム住宅ローン問題による金融機関の損失拡大、資金繰りの悪化から、金融機関の個人や企業に対する貸出基準が厳格化しており、今後、個人消費や企業の設備投資への影響が懸念される。貸出基準の厳格化については、既に、07年前半から住宅ローンにおいてみられており、住宅ローン証券化商品の値崩れが起きた同年半ば以降は、住宅ローンの証券化による資金調達が困難となったことから、厳格化がさらに進んでいる。これが住宅需要を抑制し、住宅価格の下押し圧力となって、住宅市場における調整を長期化・深刻化させるおそれがあると考えられる。さらに07年後半以降は、金融機関の損失拡大や景気の減速を背景に、消費者ローンや企業向けローンについても貸出基準の厳格化の動きが広がっている(第2-1-20図)。
  ただし、実際に商業銀行における貸付の動向をみると、全体でみれば今のところ堅調に増加しており、貸出基準の厳格化の影響は顕在化していない(第2-1-21図)。この一つの背景としては、金融資本市場の混乱により、社債やCP(コマーシャル・ペーパー)等による資金調達が困難になったことから、企業が金融機関からの借入にシフトしていることが考えられる。さらに、個人への貸付に関して、消費者信用残高の動きをみても、これまでのところ増加傾向が続いており、明確な減少はみられていない(第2-1-22図)。
  しかし、金融機関における貸出基準の厳格化の影響は今後顕在化する可能性があり、銀行貸付の伸びが鈍化するなどして消費や設備投資が抑制される可能性について、注視が必要である。
  また、第1章でみたように、3月以降金融資本市場はやや落ち着きを取り戻しており、金融機関の側にも自己資本を増強する動きがみられるものの、今後相当程度の住宅価格の下落が予測されることなどから金融機関に大幅な追加損失が発生する可能性もある。金融資本市場の緊張が継続し、深刻化すれば、貸付の抑制を通じた実体経済への影響も拡大するおそれがある。

景気後退懸念

  ここで、先行きについて、民間エコノミストによる実質成長率の平均的な予測をみると、08年前半は低い成長に止まることが見込まれている(第2-1-23図)。さらに、市場や民間機関では既に景気後退局面に入っている又は年内に後退局面入りするとの見方も増えており、アメリカ経済が景気後退入りする懸念がある(6) 。
  それでは、アメリカ経済は、現時点において景気後退局面入りしているのであろうか。NBERがGDP統計以外に重視・参照している四つの指標を指数化したものについて、その動きをみると、実質個人所得については足元おおむね横ばいの動きとなっており、非農業雇用者数及び鉱工業生産については07年末から08年初めを境に低下している。これらの指標は「既にピークをつけた」又は今後「ピークをつけようとしている」といった動きをみせている。また、実質総売上は07年10月をピークに11月から08年3月にかけて大きく低下し、その後はやや持ち直しているものの低い水準にあり、基調としては弱さがみられる(第2-1-24図)。したがって、本年初め又は昨年末を山として後退局面に入っている可能性はある。
  だたし、景気が後退局面に入ったかどうかという転換点の判断については、一定の期間が経過し、データの蓄積を待って技術的に判断されるため、その最中にある場合には困難を伴う (7)。特に最近の十数年におけるGDP成長率をみると、おおむね良好かつ安定的な動きとなっており、また、過去と比較して経済の変動幅が小さくなっていることから、景気後退を認定する作業は一層微妙なものとなってきている(第2-1-25図)。

コラム:アメリカにおける景気後退の判断

  アメリカの景気循環に関する判定については、非営利の研究機関である全米経済研究所(National Bureau of Economic Research:NBER)が設置した景気日付委員会(Business Cycle Dating Committee)で行っている。アメリカでは、景気後退は、実質GDP成長率が2四半期以上にわたってマイナスになることといわれる場合もあるが、これはあくまでも「目安」である(注)。NBERでは、景気後退は経済全般にわたる経済活動の大幅な低下が数か月以上続いている状態と定義し、通常は実質GDP、実質所得、雇用、鉱工業生産、卸・小売売上高に基づいて判断している。このため、NBERは、景気循環の山谷を判断するため、経済活動全体をみるうえで最良の指標である四半期ごとのGDP統計に加えて、(1)(移転所得を除く)実質個人所得、(2)非農業雇用者数の二つの指標を特に重視するとともに、(3)鉱工業生産、(4)製造業の実質出荷高及び卸小売業の実質売上高(実質総売上)も参照している。さらには、こうした指標のみならず幅広い分野の指標も活用し、経済活動の方向だけではなく水準にも考慮して判断する必要があるとしている。
  NBERでは、直近の景気循環の谷を01年11月と判定しており、以降、景気拡大局面にあるとされているが、景気循環の山は判定されていない。しかし、このことは必ずしも現在のアメリカ経済が景気後退期に入っていないことを保証するものではない。NBERは、景気後退を予測することはなく、通常は景気後退が始まってから6〜18か月後に景気後退の開始時期を明らかにするからである。
  (注)例えば、ITバブル崩壊の影響を受けて景気後退期となった01年においては、GDP成長率が2四半期連続でマイナス成長となることはなく、年ベースのGDP成長率もマイナスとはならなかった。

表 アメリカの景気循環


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