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第2章 先進各国の生産性等の動向:アメリカの「第二の波」と英国、フィンランド、アイルランド等の経験

第1節 各国の生産性等の動向

1.1990年代後半以降拡大したアメリカと他の先進国の生産性格差

●時間当たり労働生産性では、日本はアメリカの7割程度の水準
   まず、先進各国の生産性の水準を、OECDの生産性データベース(2)を用いて、同データベースで包括的にデータが把握できる最近年である2005年において横断的に比較してみよう。生産性等の指標としては、様々な指標が考えられるが、本章では、労働時間当たりまたは一人当たりのGDPを指標として、アメリカを100とした各国の水準を見ていくこととする(第2-1-1図)
   各国のGDP統計は本来各国通貨建てで推計されているものであり、横断的な比較に際してはどのような換算比率(為替レート)を用いるかが重要な問題となる。世界経済における各国の地位等をみるときには、市場レートで換算することも適当と考えられるが、市場レートは変動が激しく、また、各国の物価水準の相違を必ずしも適切に反映していない。そのため、ここでは、各国の自国通貨建て名目GDPを、物価水準を調整して比較できるよう購買力平価(PPP)によりドル換算して比較する(3)
   第2-1-1図の(1)人口一人当たりGDPは、付加価値の生産に費やされた労働投入を考慮せずGDPを人口で除して求めた指標であり、国民一人当たりの豊かさ又は経済活動水準の指標という面が強い。この指標でみると、日本は、アメリカの7割強の水準にとどまり、ほぼOECD平均並みである。英国、フランス、ドイツ、イタリアなど西ヨーロッパの多くの国や、カナダ、オーストラリア等は、アメリカの7割弱から8割強の水準にあり、日本と大きな差はない。一方、アイルランドはかなりアメリカに近い水準にある。また、金融産業や鉄鋼業の大企業の立地するルクセンブルクや、石油資源に恵まれたノルウェーでは、アメリカの水準を超えているが、これらの国についてはこうした特有の産業構造に留意すべきと考えられる。
   人口一人当たりGDPは、人口に対する就業者の比率、就業者一人当たりの労働時間、労働時間当たりのGDPの3要因の積となっているので、一人当たりGDPをこれらの要因に分解してみてみよう(4)
   総人口に対する就業者の比率(5)をみると、日本のほか、英国、カナダ、オーストラリア、オランダなどはアメリカとほぼ同程度の水準にあり、フィンランド、アイルランドでもアメリカの9割程度の水準にある。一方大陸ヨーロッパ諸国は労働参加率が低く失業率が高いことなどを反映して、フランス、イタリア、スペイン等低い国が多い。就業者一人当たりの労働時間についても、日本はアメリカとほぼ同水準にあり、英国、カナダ、オーストラリア、フィンランド、アイルランド等もアメリカと大差ない水準にある。他方、大陸ヨーロッパ諸国は、ドイツ、フランス、オランダ等労働時間の短い国が多い。
   労働時間当たり生産性は、労働時間の把握の困難や推計誤差等の問題はあるが、単位労働投入当たりの生産性という意味では、もっとも端的に労働生産性を示す指標と考えられる。この指標では、日本はアメリカの7割程度にとどまっている。また、ドイツ、英国、カナダ、オーストラリア等でも、アメリカの1割から2割低い水準にあるが、日本よりはやや高い。フランス、オランダ、ベルギー、アイルランドでも、すでにアメリカとほぼ同水準ないし若干アメリカを上回る水準にある。
   また、ルクセンブルク及びノルウェーについてはアメリカより高い水準にあるが、既に述べたような産業構造に留意する必要がある。こうしたことや、技術水準や世界経済におけるアメリカの地位等も勘案して、以下では、アメリカを世界の生産性の先 進国(「生産性リーダー」)と考えて、アメリカとの比較で各国の生産性の水準や伸び率を、時間当たり生産性を中心にみていくこととする

●再び拡大した生産性格差
   経済成長に関する理論では、生産性の水準は、「技術等」が生産性の高い国から低い国に伝播することなどにより、生産性の低い国では生産性の高い国より生産性が高い上昇率で上昇し(「キャッチアップ」)、各国の生産性の水準は生産性の高い国の水準に「収れん」していくとされている(「収れん理論」)(6)。なお、ここでいう「技術等」は、 モノの生産プロセスにおける技術にとどまらず、生産手法や管理・経営方式を含めた広義のものである。例えば、ITの発達により可能となった電子商取引が各国で導入されることや、ITを活用して物流や在庫管理が精緻なものとなっていくこと、あるいは、ITにより金融取引が迅速に行われるようになることなども含まれる。
   第2-1-2図により、世界の生産性リーダーであるアメリカとの対比で各国の生産性水準の推移をみてみよう。時間当たりの労働生産性(第2-1-2図(1))では、西ヨーロッパ(図の西ヨーロッパ11か国)及び日本は、90年代半ばまではアメリカとの生産性水準の格差を縮小する傾向にあったことがわかる。しかし、90年代半ば以降は、西ヨーロッパとアメリカとの生産性の格差は再び拡大傾向にあり、日本とアメリカとの格差もほぼ横ばいないし若干拡大傾向で推移している。このように、各国とアメリカとの格差の縮小傾向がみられなくなったのは、アメリカの労働生産性上昇率が95年までの10年間の年平均1.2%から05年までの10年間平均では2.3%に加速する一方、その他の国ではそうした生産性の加速が必ずしも観測されなかったことによる。ただし、ヨーロッパのうち、アイルランドはアメリカとの格差を縮小し続け、2000年代初頭にはアメリカをやや上回る水準となっているほか、英国やフィンランドにおいても、90年代後半以降のアメリカとの生産性格差の拡大は小さなものにとどまっている。
   一人当たりGDPで比較すると西ヨーロッパとアメリカとの格差はより明瞭になる(第2-1-2図(2))。西ヨーロッパでは、アメリカの水準に最も近づいた年でもアメリカの水準の8割以下であり、時間当たり生産性ではアメリカより上位に位置していたフランスも、最もアメリカに近づいた80年代前半においてもアメリカの8割強の水準にとどまっていた。一方、英国、アイルランド、フィンランドでは、近年に至るまでアメリカへのキャッチアップが継続しており、特にアイルランドでは2000年頃までは急速なキャッチアップ過程にあった。


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