目次][][][年次リスト

第1章 多くの人が活躍できる労働市場の構築に向けて

第3節 まとめ

●経済社会の変化と先進諸国の問題意識

   雇用問題に関する先進諸国の共通した問題意識は、単に失業を減らすだけではなく、意欲ある働き手の労働参加や就業への障害を解消することなどを通じて、より多くの労働参加を得て就業増やすという点である。背景の一つには、高齢化社会の進展により労働力世代人口の伸びが鈍化、あるいは減少していくと予想されるという大きな情勢変化がある。ヨーロッパにおいては、かつて若年者の就業拡大のために高齢者には早期退職を促した時代もあったが、現在では高齢者も含めた幅広い労働参加を目指している。
   また、OECDやEUの雇用戦略におけるもう一つの共通した問題意識は、グローバル化や急速な技術進歩に対する対応力の向上であった。従来比較的市場が硬直的であったヨーロッパにおいても、「柔軟性」が重要視されてきている(コラム参照)。
   これらの問題意識は我が国の現状にも当てはまる。雇用政策の効果は、それぞれの国の経済・社会の様々な要因を反映するものであり、一概に結論付けることは難しいが、本章でみてきた様々な事例から、次のようなことが示唆される。

●総合的かつ整合的な政策が重要

   まず、市場メカニズムを活用した構造面からの競争力の強化と安定的な経済成長を促す経済運営により、就業機会を拡大していくことが重要である。英語圏諸国や北ヨーロッパ諸国等の就業率の高い国においては、総じて市場規制が緩い、税のくさびが小さいなどの傾向がみられ、また、就業率が上昇した国においては、総じて物価の安定と比較的高い経済成長がみられた。
   労働供給側である働き手に対しては、就業意欲を阻害する可能性のある失業給付等の公的給付中心の支援から、技能向上や求職サポート等の就業能力向上のための支援をより重視する国が増えている。英国の若年雇用対策においては、公的給付と求職サポートの密接な連携を図り、きめ細やかなカウンセリング等を通じて、働き手の意欲阻害要因の解消と技能向上を同時に図っている。また、就業意欲をさらに後押しするものとして、就労型給付を導入する国も増えており、具体の制度面での議論はあるものの、一定の成果を挙げている。
   また、意欲のある働き手を労働市場に引き付けるためには、働き手のライフスタイル、ライフステージに合わせた多様な働き方の選択肢を提供することや、働き方、性別、年齢等による不均等な扱いを防ぐ公平、公正のための横断的なルール作りといった環境整備が重要である。フランスの例では育児
期の働き方に関する多様な選択肢の提供やパート労働者の均等待遇の制度化等があいまって、女性の労働参加率は比較的高い。また、EUの年齢差別禁止の例では、就業後の待遇も含めたより包括的なルール作りが特徴となっている。
  これらの政策は、労働力世代人口の減少、グローバル化や技術進歩という経済社会の変化とも整合的である。市場メカニズムを活用した柔軟でダイナミックな市場が、競争力の向上、ひいては就業機会の拡大につながり、また、働き手に対する技能向上支援、求職サポートが様々な変化への対応を支えていくことが期待される。さらに、変化への対応や多様性が求められる中で、より多くの人が長きにわたり活躍できるためには、意欲を阻害する要因の解消、多様な働き方を実現する選択肢の提供と横断的なルール作りといった視点がより重要となる。
   そして、フィンランドにおける高齢者の雇用政策からは、働き手に対するアプローチ、労働市場における環境整備といった幅広い視点から総合的に取り組むことが重要であることが示唆される。雇用をめぐる政策は多岐にわたるものであるが、正に、政策の効果を高めるためには、より多くの人が活躍できる労働市場の構築という一つの目標に向けて、様々な政策に総合的に取り組むとともに、各政策が整合的に行われることが極めて重要である。

コラム:デンマークの「フレキシキュリティ」

  ヨーロッパでは、労働市場のフレキシビリティ(柔軟性)と、雇用、所得等のセキュリティ(保障)とを組み合わせた「フレキシキュリティ」という考え方が重視されてきている。ヨーロッパにおいては、一般的に福祉に重きが置かれてきた感があるが、世界経済の急速なグローバル化や新技術の急速な発展といった変化への対応力が求められる中で、セキュリティにフレキシビリティをどう折り合わせるかが課題となっている。

(1)ゴールデン・トライアングル
   一つの成功例として注目されているのが、デンマークの「ゴールデン・トライアングル」といわれるモデルである。これは、(1)労働保護法制が比較的緩い(58) 、(2)失業給付等の社会福祉が手厚い、(3)積極的労働市場政策の充実という三つの柱からなる。労働保護法制が緩いことで柔軟性を高める一方、失業給付や公的雇用サービスによる技能向上や求職活動支援により労働者の生活の「保障」を維持している。これにより、1年の間におおむね4人に1人が失業を経験するという非常に流動的な労働市場であるものの、早期の雇用への復帰により、高い就業率と低い失業率を達成している(失業率は1993年の10.2%から2006年には3.9%となった)。

(2)インセンティブや市場メカニズムの活用
   失業給付等の公的給付の手厚さという面では、英語圏諸国にみられるアプローチとは異なるものとなっているが、就労インセンティブへの働きかけや市場メカニズムの機能を重視するなど、英語圏諸国と同様の視点も共有している。そうした意味では、かつての高福祉の「ソーシャル・ヨーロッパ」的なイメージとはやや異なる。
   手厚い給付は、働き手の就業意欲を阻害する要因になりかねないが(59) 、受給要件の厳格化、就労促進政策とのリンクといった改革が進められてきた。失業給付についていえば、94年以降の改革により、最長給付期間が9年から4年へと短縮され、一定期間以上の失業給付受給者(基本的に1年(若年者は6か月))は、教育・訓練の受講、公的セクターでの一定期間の就業等を内容とする政府のアクティベーション・プログラムへの参加が給付の要件となるなど、就業への動機付けと就業促進的な支援策とのリンクを図っている。また、付図1-3にあるように生産物市場規制や労働保護法制は、依然として高い失業に悩む大陸ヨーロッパや南ヨーロッパ諸国と比べて緩やかなものとなっており、市場メカニズムを活用した経済・労働市場の活性化が図られている。

(参考)European Commission(2006)、財務省財務総合政策研究所(2006)



目次][][][年次リスト