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第2章 世界経済の見通し

第1節 2006年の経済見通

3.ヨーロッパ4か国 (ヨーロッパ4、ドイツ、フランス、イタリア、英国)

 ヨーロッパでは、景気は05年後半に一時的に減速したものの、06年は再び緩やかに回復し、ややペースを強める見通しである。緩やかな景気回復が続く中で、EU加盟国、とりわけユーロ参加国(以下ユーロ圏)では悪化した財政再建に積極的に取り組む動きがあり、経済に与える影響を含め、その動向が注目される(コラム参照)。

●ユーロ圏は外需依存の緩やかな回復が続く
 ユーロ圏では、外需の好調持続と内需の回復に支えられて05年央頃から景気は急速に持ち直すかにみえたが、原油価格の高騰等の影響もあり年末にかけて減速し、05年通年の成長率は04年の2.0%から1.3%に低下した。しかし、世界経済の持ち直しや、ユーロ安となったことを受けて、輸出は増加傾向が続いており、企業は輸出拡大期待を強めて景況感が目立って改善している。このため、06年の景気は輸出主導で回復のペースを速め、成長率は1.9%程度に回復すると予測される。物価については、エネルギー価格には上昇がみられるが、エネルギーを除く物価上昇率はこれまでのところ安定している。しかし、06年以降、二次的波及のリスクが強まっている。
 ドイツでは、外需に主導されて企業部門を中心に緩やかな景気回復が続いているが、消費は一進一退で推移しており、所得環境の改善が今後のドイツの本格的な回復の鍵になるとみられている。成長率は05年の0.9%と低い伸びから06年には1.7%程度に加速する見込みである。
 フランスでは、消費が05年央に弱い動きとなったものの、年後半から持ち直しており、消費と投資に主導されて緩やかな景気回復が続いている。成長率は05年の1.4%から06年には2.0%程度に高まると予測されている。

●英国は回復が続くも減速
 英国では、住宅価格の上昇が沈静化し、住宅価格上昇による資産効果が弱まったこと等から、これまで景気を支えてきた消費の伸びが鈍化した結果、05年の成長率は1.8%と92年以来の低い伸びにとどまった。物価は05年半ば以降、エネルギー価格を中心に上昇したが、年末にかけて落ち着いている。
06年は、住宅価格が安定して推移していることから、消費の伸びが緩やかに回復するものとみられており、成長率は2.2%程度になると見込まれる。

コラム:EUにおける財政健全化の取組と「安定・成長協定」の見直し

●基準を超える財政赤字の継続
 90年代に単一通貨ユーロ導入に参加するため財政健全化に努めたドイツ、フランスでは、2001年のITバブル崩壊による景気減速等の影響を受けて財政は悪化した。両国の財政赤字は、02年以降、「安定・成長協定」(以下、「協定」)の参照基準である対GDP比3%を上回る状態が続いている(第1表)。また、ユーロ未参加の英国でも、90年代に独自の財政ルール(注)により財政健全化に成功した。しかし、01年の景気減速の影響と社会政策への財政支出拡大から02年以降財政は悪化し、03年以降は財政赤字が「協定」の参照基準を上回る状態が続いている。

●過剰財政赤字に対するEUの対応
 ドイツ、フランス両国が02年以降「協定」の基準を上回る財政赤字を続けていることに対して、EUでは「協定」に基づき財政赤字是正の手続きがとられている。いわゆる「過剰財政赤字手続き」(以下「手続き」。詳細は04年春世界経済の潮流第2章第3節参照)により、EU経済財務相理事会(以下、理事会)は03年1月にドイツを、同年6月にはフランスを過剰財政赤字が存在する国と認定し、いずれも04年までに当該赤字を是正するよう勧告した。しかし、両国の景気回復がはかばかしくなく財政赤字削減の実効的措置が示されなかったため、EU委員会(以下、委員会)は規則に従い理事会に対して両国に赤字削減措置を求める警告を行うよう勧告した。ただ、理事会は03年11月にこの勧告を否決し、赤字是正期限を05年まで1年延長する決定を行うとともに、「手続き」を一時停止した。これに対して、委員会はヨーロッパ司法裁判所に提訴するという事態にまで発展した。

● 「協定」の見直し
 99年のユーロ導入と共に実施されてきた「協定」は、実際の運用を通して、その解釈や運用の在り方次第では経済政策の合理性を損ないかねないとの懸念が生ずるようになった。当初内容の規定・運用では、好景気で財政収支が改善する時期には財政規律を有効に機能させることができず、また、長期景気低迷等により財政赤字が拡大する時期には杓子定規なルール適用を促し、却って景気への悪影響や構造改革の遅延等の副作用を生むとの主張がなされるようになった。 こうしたことから、03年央には「協定」の適用の柔軟化を求める意見が幾つかの加盟国から出されたのを契機に、「協定」の見直しについて賛否両論の議論がEUを舞台に活発に戦わされるようになった。04年9月には委員会が「協定」見直し案を提示し、その後理事会で検討が行われた結果、05年3月には「協定」の見直しが最終合意されることとなった。
 合意された「協定」の見直し内容は理事会規則に具体化(05年7月施行)されたが、その注目点は、(1)「財政赤字のGDP比3%以下、政府債務残高同60%以下」という大原則は堅持する、(2)中期目標の定義の部分で、中期財政目標を各国の公的債務残高や潜在成長率に応じて設定するなどして各国の事情に配慮する、(3)過剰財政赤字認定及び赤字是正手続きの部分で、財政赤字がGDP比3%を超えても許容される「例外かつ一時的」状況の定義を実質成長率がマイナスないし潜在成長率を下回る成長が長引く場合として基準を緩和する、(4)委員会が「手続き」の第1段階で作成する報告書において赤字超過が一時的かつ3%に近い場合にのみ考慮する「その他関連要素」をより具体化して研究開発費、国際的団結やEU統合に資する支出等を含むことを明示する、等であった。また、「手続き」の期限がより実態を踏まえる形で延長されることとなった。
 「協定」見直しには、財政規律緩和の側面(一定条件下での基準超過の容認、赤字是正期限の延期等)と強化の側面(中期財政目標の中で委員会の政策助言、各国議会の関与等)、さらには今後の運用に委ねられる(関連要素の考慮等)不確かな側面があり、全体の評価は今後の運用を見極めつつ判断する必要がある。

●「協定」見直し後の状況
 ドイツ、フランス両国の過剰財政赤字の是正期限は延長されて05年とされていたが、ドイツでは低成長の継続等により05年も基準を上回る赤字が続いた。フランスでは政府の見込みによれば辛うじて赤字を基準内に抑制した模様である(第1表)
 06年2月にドイツは、メルケル新政権の「大連立協定」に基づき、増税や歳出抑制等の財政健全化に努めることで07年には財政赤字を協定基準内に抑制するとした安定プログラムを委員会に提出した。また、フランスでは06年1月に、06年以降も引き続き財政赤字を協定基準内に抑制するとの安定プログラムを委員会に提出し、いずれも財政健全化にコミットした(第1表及び第2表)。委員会は、「手続き」に則り赤字是正の遅れるドイツへの警告発出を理事会に勧告したが、07年まで赤字是正を延期することを容認した。フランスに対しては05年に目標を達成したとみられるため、新たな「手続き」はとっていない。
 ユーロに未参加の英国は、統一通貨ユーロに参加するまでの期間は「過剰財政赤字」による制裁措置が「協定」関連規則により免除されるものの、「協定」の財政規律は遵守する必要がある。このため、EU基準を上回る財政赤字に対して「手続き」が開始されている。理事会は06年1月に、06年度末までに赤字を3%以下に抑制するよう勧告している。
 以上のように、「協定」による財政規律が加盟国の財政政策運営を縛るようになっているが、「協定」見直しによってEU加盟国が過度の財政緊縮策を強いられる事態は避けられるとみられる。ただ、緩やかな景気回復下での財政健全化努力が今後の実体経済にどのような影響をもたらすか注視する必要がある。


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