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第I部 海外経済の動向・政策分析

第2章 官から民へ

第3節 市場化テスト

 本節では、海外における市場化テストを取り扱う。市場化テストとは、公共サービスの提供について、官民対等な立場で競争入札を行い、価格・質の面で優れた提案を行った主体が落札し、そのサービスの提供を行う制度である。アメリカ、英国、オーストラリア等の国(8)で導入され、公共施設の管理運営、省庁の事務支援、失業者就労支援サービス等の多様な分野において適用されている(第2-3-1表)。本節では市場化テスト導入の背景及び制度の枠組みに関し、アメリカ連邦政府における取組を紹介する。その上で、具体的事例として、インディアナポリス市及びオーストラリアにおける取組について述べる。

1.市場化テスト導入の取組(アメリカ連邦政府の場合)

 アメリカにおいては、市場化テストの原型自体は1960年代に存在していた。ただし、種々の制度的不備により適用事例が少なく、また対象分野も限定的であった。こうした状況のなか、ブッシュ現政権は行政改革の一環として、市場化テストの制度改革に取り組み(9)、手続の不備を補うとともに、初期においては数値目標を導入するなどの積極的取組を行い、連邦レベルにおける市場化テストの適用事例は増加し、現在もその流れは続いている。

(1)導入の背景
 アメリカにおける市場化テストの歴史は古く、その制度的骨格を定めたA−76(10)はすでに66年に創設されていた。ただし、手続き上の不備等により適用対象が国防総省関連等の狭い分野に限定されていた。こうした状況の下、ブッシュ大統領は就任後に(a)成果重視、(b)住民重視、(c)市場原理、の三原則からなる行政改革方針(11)を示し、優先的に取り組むべき事項の一つとして市場化テストを挙げた。こうした取組の背景にある問題意識には、以下の3点があるとされている。
(a)「民間でも実施できる業務」に半数の公務員が就いている
(b)官が落札した場合でも、競争の導入により改善がみられるはずである
(c)現行制度には手続上の不備がある
 こうした問題意識の下、(1)市場化テストの対象となりうる業務(=商業的業務)を分類する際の規定の改定、(2)数値目標の設定、(3)入札手続の改定、を行い、以下に述べるような制度へと改革を行った。

(2)制度的枠組み
 

 以下では現在のアメリカ連邦政府の業務に対する市場化テストの制度的枠組みについて、一連の流れ(第2-3-2図)に沿って説明する。

(i)対象事業の決定
 各省庁は連邦政府業務棚卸法(Federal Activities Inventory Reform Act : FAIR Act)により、職員が行う全ての活動について、「政府が行うべき業務」と「民でも行いうる業務」に分類(12)することが定められている。ブッシュ政権によるA−76の改定では、「民でも行いうる業務」のみならず、「政府が行うべき業務」についても大統領府のチェックを経た上での公表が義務付けられ、さらに民側からみて不服のある場合は、それを訴えることができる制度を創設することにより、分類時点での透明性を確保している。
(ii)事前計画の作成
 各省庁は、競争対象となる「民でも行いうる業務」について、正規職員常雇用換算数やベースラインとなるコストを計算した上で、競争入札を管理する競争担当官を決定する。
(iii)競争の実施
 競争の方法は、業務の規模により2種類に分けられる。正規職員常雇用換算で66人以上の場合は官民による入札が行われ(標準競争)、65人以下の業務については、上記標準競争のほか、入札によらず、公募により事業者の選定を行う(簡略競争)こともできる。入札方法についても、従来は民側で一度競争を行った上で、官との競争入札が行われていたが、競争条件を平準化するため、官民一斉の入札に改められた。
落札先の選定にあたっては、公共サービスの向上こそが最終的な目的であるとの考えの下、「品質」を選定基準に加えることが可能となっている。
(iv)再競争の実施
 サービス向上努力を持続させるため、(a)第三者によるモニタリング、(b)再競争の実施、が定められ、継続的な競争圧力が加わるようになっている。具体的には、第三者による監視・調査と、契約が守られていない場合の罰則、落札後3〜5年後の再競争が定められている。

(3)市場化テスト導入の成果と課題

 制度改定後の2003、2004年度の2年間において、計879の事業に対し市場化テストが行われており、対象となった事業の職員数は3万人を上回っている(第2-3-3表)。2004年度は、件数としては減少しているものの、職員数でみた一件当たりの事業規模は大型化し、競争入札を伴う標準競争の割合も高まっている。また、両年度の純コスト削減額は25億ドルに達し、2004年度に関しては、実施件数が減少したものの、純削減額、一人当たり年間削減額ともに前年度より向上している。
 このように一定程度の成果を上げているものの、一方では課題として多くの点が指摘されている。アメリカ会計検査院(GAO)は、現在の制度の課題として、(a)対象事業のリスト作りが効率的に行われているとは言えない、(b)サービス向上・コスト削減よりも、何件の事業について市場化テストを行ったかに目標が偏っている、(c)市場化テストの実施管理、フォローアップを担当する人員の不足、(d)市場化テストを実施する際の費用の問題、を指摘している。
 また、市場化テストを行った際に、官側の落札率が100%となっている省庁も存在する。これについては、官側が落札した場合においてもコスト縮減効果は働くことから、最終的にはサービスの向上が目的であるとの方針の下、大きな問題ではなく、また、過疎地での業務等、実態として商業ベースには乗りにくい業務についても市場化テストの対象にしているためであるとする見方がある。一方では競争条件の平準化等において改善すべき点があるとの指摘もあり、現状で評価が定まっているわけではない。
 2003年に現在の制度の枠組みが決まってから、それほど日が経っていないこともあり、また、現時点までにおいても、創設当初の方針から変更されている部分もあることから、アメリカの連邦政府レベルにおける市場化テストは、今後も試行錯誤を経ながら発展していくと見込まれる。


2.市場化テスト導入の具体的事例

(1)インディアナポリス市(アメリカ)

 アメリカにおける市場化テストは、連邦レベルにおいてより、地方公共団体において主に取組が進められてきた。この中でも、92年から99年に在職したゴールドスミス市長の下で進められたインディアナポリスの事例(13)が代表的である。ゴールドスミス市長は、どのような事業が競争に適しているかを判断するために、イエローページテストと呼ばれる手法を用いた。これは、行政が行っている事業と同種の事業を行う民間事業者が複数あれば、競争を行わせるという徹底したもので、空港、下水道、道路整備等の各種事業に競争を導入した。
 このうち、下水道事業については、外国企業も含めた公開競争入札の結果、市の2つの公共下水道処理場運営について、ホワイトリバー環境パートナーシップ(White River Environmental Partnership、以下、WREP)というフランスの企業を始めとした共同事業体が落札した。WREPは、契約時に当初の契約期間5年間で6,500万ドルのコスト削減を約束し、実際にはこの約束を上回る約7,000万ドルのコスト削減(市による運営時との比較で約40%の削減)を行った。
 雇用については、契約時に322人いた職員のうち196名を採用し、WREPに採用されなかった者については、多くは市の他の部署に再雇用され、残った者には再就職斡旋プログラムが準備されていた。また、WREPに採用された職員については、それまでの平均上昇率を上回る昇給が行われ、労使関係にも改善がみられた。こうした成果により、97年の第2回入札(契約期間を10年間延長)の際には、市の職員はWREPとパートナーを組んで入札に参加することを選択したとされている(14)
 空港運営事業では、インディアナポリス国際空港において、市場化前まではインディアナポリス空港公社(Indianapolis Airport Authority)が運営を行ってきたが、95年から公社が所有したまま、入札により選定された主体に運営を委託する方式に変更した。この結果、事業を落札したのは英国の航空管理会社BAA−USAだった。BAA−USAは、運営コストの削減と空港管理会社以外の事業(商業施設、駐車場等)からの増収によって、10年間で1億ドルの収支改善を図る案を提案した。そして、運営委託契約の中で、3,200万ドルの収支改善についてはBAA側が最低保障することとし、これが達成されなければ、委託料は支払われないこととなった。BAAは、子会社BAA Indianapolis LLCを設立し、95年から運営にあたった。そして、従前の運営体制であった94年度と、通期でBAAが運営を行った96年度を比較すると、乗客一人あたりの空港運営コストは、6.70ドルから3.87ドルに低下し、商業施設の賃貸料や駐車場収入等は、乗客一人当たり2.14ドルから3.32ドルに増加した。また、利用実績については、委託前の94年度の乗客数約650万人、空港貨物取扱量約41万トンより、2004年度においては、乗客数は約802万人、空港貨物取扱量については、約106万トンと、それぞれ着実な増加を示している。一方で、BAAは、空港会社に対して離発着料を7割引き下げた。
 また、雇用については、95年10月に運営を引き継いだ時点で、すべての空港従業員を再雇用し、従来に引けを取らない給与、福利厚生の水準を維持した。

(2)オーストラリア

 オーストラリアにおける市場化テスト(15)は、96年に成立したハワード政権において本格的に取り組まれるようになった。対象となった業務も幅広く、旅券発行、雇用関連サービス、空港運営他、幅広い分野に及んでいる。以下ではOECD諸国で初の試み(16)となった、雇用関連サービス分野における取組事例を紹介する。

●ジョブネットワークの概要と成果
 市場化テスト導入前の雇用関連サービスは、公共職業紹介所(CES)が行っていたが、効率性やサービス水準等が十分ではないとの批判があった。このため、CESの業務を、一般競争入札を通じて民間事業者に行わせることが決定され、98年に現在の仕組みが成立した。なおその際に、CESについては、失業保険等の給付を行うエージェンシーである「センターリンクと、職業紹介・職業訓練を行う、政府出資の民間会社であるエンプロイメントナショナル社(以下EN社)へと移行した。
 政府は、EN社を含む民間事業者、NPO等より成るジョブネットワークを組織し、職業紹介・職業訓練といった雇用関連サービスの提供主体を、競争入札により決定することとなっている(第2-3-4図)
 こうした制度に移行した結果、集中支援サービス(17)を受ける労働者一人当たりのコストは、12,800オーストラリアドルから3,900オーストラリアドルへと約1/3となり、通常の職業紹介サービスを受ける労働者一人当たりのコストは、約1/2へと低下した(18)。これにより、雇用サービスに関する政府支出は約15%低下したが、就職支援サービスは十分な効果を上げている(第2-3-5表)とされている。

●ジョブネットワークの今後の課題
 このように、オーストラリアにおける職業紹介サービスの市場化は、全体としては評価されている。ただし、部分的には依然として課題も残っているとされており、(1)集中支援サービスにおける求職者の滞留、(2)入札プロセスの簡略化、(3)一部のプログラムに対する助成金について効率性が欠如している、等の指摘(19)もなされている。


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