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第1章のポイント

1.90代後半以降、アメリカの労働生産性上昇率が加速し日欧を逆転

● 90年代後半以降に加速したアメリカの労働生産性上昇率は日欧を逆転した。北欧諸国でもみられる労働生産性上昇率の加速の背景には、これらの国では、(1)IT産業の経済に占める割合が高いことや、IT投資が活発的に行われたこと、(2)労働市場が柔軟であること、市場における規制が比較的緩やかであること、などがある。
● アメリカが欧州を逆転した要因について、産業別にみると、アメリカでは卸・小売業などIT利用サービス業での労働生産性上昇率が著しかったことが挙げられる。

2.アメリカの労働生産性上昇の鍵はIT投資とその効果を発揮させる競争的な市場環境

● 労働生産性上昇は、資本装備率の上昇と全要素生産性(TFP)の上昇に分解することができる。実証分析によると、90年代後半以降のアメリカの労働生産性上昇は、TFPの上昇とIT資本ストックの増加による部分が大きい。
● アメリカでIT投資により労働生産性上昇率が90年代後半以降高まったが、その背景として、労働市場や企業組織の柔軟性、競争的な市場等が挙げられる。

3.IT投資効果の活用余地のある日本

● 日本では、80年代と比較して90年代に労働生産性上昇率が低下したが、その主な要因として非製造業においてTFPの上昇率が低下したことが挙げられる。その背景には、規制の存在、労働市場の硬直性、市場の新陳代謝機能が低下したことなどが挙げられている。
● 日米のIT投資について共通の定義により比較すると、日本のIT投資はアメリカと比較して見劣りしない。しかし、IT投資はそれと補完的に作用する企業組織や柔軟な労働市場等の背景があってこそその効果を発揮するものであり、日本はそのような条件整備面で改善の余地がある。経済構造改革を進めることによりITの成果を十分活用し労働生産性上昇率を加速させることが期待される。

4.アメリカの今次景気回復局面における労働生産性の上昇と雇用の低迷

● 現在のアメリカの景気回復局面における労働生産性上昇率は、過去の景気回復局面と比較して高い。雇用面からみると、過去と比較して雇用者の増加が非常に緩やかであるという現象となっている。
● 力強い景気回復に比べて雇用の回復が遅れているのは企業が新規雇用に対して慎重な態度をとっているため。これには医療費の雇用者負担等、諸手当の上昇による雇用コストの増加が影響していると考えられる。しかし、アメリカ経済が今後も4%程度の成長を持続すれば、時間的差異はあるにせよ、成長に見合う雇用の増加が発生すると見込まれる。
● 海外へのアウトソーシングを雇用の回復の遅れの原因の一つとする指摘があるが、IT部門の雇用の海外への流出が雇用全体に与える影響は大きなものではないと考えられる。海外へのアウトソーシングにより、財やサービスの効率的な提供を受けることができるというメリットも含めた総合的な評価が必要。

第1章 アメリカの教訓 −IT活用による労働生産性の加速

 アメリカ経済は90年代を通じて長期的な景気拡大を続けると同時に労働生産性の上昇も実現した。特に90年代後半以降、アメリカの労働生産性が高まる一方、日欧の労働生産性の上昇率は緩やかに低下した。この結果90年代末にアメリカと日欧の労働生産性上昇率の逆転現象が発生しアメリカ優位の状況が続いている。
 90年代のアメリカの長期的な景気拡大と労働生産性の上昇を説明する考え方としてIT投資とその活用を重視するニューエコノミー論が登場した。これに対してIT投資の効果を過大評価すべきではないという批判もあり、論争となった。2001年のバブル崩壊後もITの評価に関する議論は続いている。
 アメリカも含めた諸外国での実績をみると、労働生産性の上昇に対してはIT投資が大きな役割を果たしていることが認められる。しかしそのIT効果を支える重要な背景として注目する必要があるのは柔軟な労働市場や経営システム、さらには経済的規制等のITをとりまく経済環境・制度である。IT投資は規制が緩やかで柔軟な労働市場が存在するようなアメリカなどで労働生産性を大きく押し上げることに成功している。労働生産性上昇率に関してアメリカに逆転された日欧としては、このような観点から経済構造改革に取り組むことによりIT投資の利益を十分活用することが可能となると期待される。


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