第II部 世界経済の展望――2003年前半は弱い動き |
第2章 回復力が弱まるアメリカ経済
本節では、イラク戦争が本年の経済成長にどの程度影響するか考察する。
米英同盟軍は3月20日午前11時30分頃(日本時間)イラクへの武力行使に踏み切った。開戦後は、原油価格・為替相場といった市場動向や、消費者信頼感などの指標は、比較的落ち着いた動きとなった(第II-2-4図)。
●開戦当初、市場は短期終結を期待した動き
株価・為替などの市場は、国連での動きから開戦が確実との認識が広まった3月14日前後からは戦争を織り込んだ動向となっていた。市場の反応は、開戦により戦争は短期に終結するとの読みから先行き不透明感が薄れる方向を好感した。3月中旬には、原油価格は下落、ドルは増価、株価は上昇とそれまでの動きから反転した。このように開戦をきっかけに相場が好転する動きは、91年1月の湾岸戦争の際にもみられたことである。
ただし、開戦直後には短期終結を見込む楽観的な雰囲気が続いたものの、開戦から日数が経つにつれ、戦争の長期化懸念は市場や消費に悪影響を与える一方、早期終結気運は株価を上昇させるなど不安定な動きとなった。
4月9日には首都バグダッドを制圧し、米英同盟軍がほぼイラク全土を制圧したことなどから、今後の市場の動向は徐々に原油需給やアメリカの景気などを反映する比重が大きくなっている。
●消費は弱い動き
消費動向は開戦前後には大きな悪影響はみられなかったものの、その後の動きは弱いものとなっている。週次の小売統計などから確認される動きとしては、開戦日を含む週(3月22日に終わった1週間)の売り上げは落ち込んではいないものの、翌週及び翌々週(3月29日、4月5日に終わった週)に売り上げは2週間連続で大きな減少となった。
ただし、消費者マインドには明るい動きがみられる。例えばミシガン大学調査の消費者信頼感指数は、開戦後の動きを一部反映する3月確報は速報から上方修正となり、4月にはさらに上昇した。こうした動きを反映して、イラク戦争が及ぼしていた心理面の悪影響は徐々に薄れていくものとみられる。今後、消費の勢いが回復していくかどうかは、イラク戦争の影響を離れて、雇用の回復状況などに依存してくるものとみられる。
戦争が始まる前には、戦争が原油価格の高騰やそれに伴う大きな経済的混乱などを引き起こすのではないかと懸念されていた。しかし、現実には開戦後に原油価格は下落し、その他の市場でも大きな混乱はみられなかった。このため、2003年のアメリカ経済成長率への影響は比較的小さいものとみられる。
●原油価格上昇の影響
イラク戦争が経済に及ぼす影響として、戦争の開始前に最も懸念されていたのは、原油価格が大幅に上昇した場合の影響である。原油価格の大幅な上昇は、物価水準上昇を通じて消費者の実質所得の減少と、企業の生産コストの上昇をもたらす。この他に指摘されていた影響としては、戦争費用や占領・復興コストなどの財政負担、心理的な不透明感の増大などを通じた影響などがある。
それぞれの影響の大きさは、戦争の進展状況に大きく依存する。例えば米戦略国際研究センターが2002年11月にまとめた予測では、短期終結シナリオ(戦闘期間4〜6週間)においては、原油価格はわずかな上昇にとどまり、成長率への影響もほとんどないと見込んでいた一方、長期化シナリオ(戦闘期間3〜6ヶ月)においては、原油価格は最高80ドルにまで上昇し、成長率も大きく押し下げられマイナス成長に陥ると見込んでいた(第II-2-5表)。
実際の開戦後の動きとしては、中東原油の供給に不足が発生せず、原油価格は落ち着いて推移したこと、また戦争の経過はドルの為替相場など市場に大きな混乱を及ぼさなかったことから、ケース分けの中では概ね短期終結シナリオに沿った進展となった。
●2003年経済成長への影響は軽微か
上記の通り、戦争開始による大きな混乱はみられなかった。原油価格、株価、消費者や企業のマインドに大きな悪影響がなかったことから、2003年の成長率への影響はそれほど大きくないものと考えられる。開戦後に公表された民間機関の見通しにおいても、概ね深刻な悪影響を及ぼすものとはならないとみられている。
しかし、消費者マインドは持ち直しの兆しはあるものの水準が非常に低く、雇用環境も依然厳しいことから、消費がすぐに回復していくかどうか不透明さが残る。年前半にはこうした戦争開始前の景気回復力の弱まりが残る可能性がある。
このため、4月10日時点の平均的な予測では、年前半はほぼ2%程度と低い成長率にとどまるものとみられている。その後成長は加速し、2003年後半は3%台半ばの成長率を達成することが見込まれている(第II-2-6図)。
イラク情勢の緊張が高まるなかで指摘された潜在的リスクの一つに、原油価格の高騰や、中東からの原油供給の不安定化が、アジア諸国に大きな悪影響を及ぼす可能性ということがあった。
中国や韓国など一部アジア諸国では、我が国や欧米諸国に比べエネルギー利用効率が低い、原油備蓄が少ないなどの特徴がみられ、原油価格が大幅上昇した場合には悪影響が大きい可能性があった。また、アジア諸国の原油輸入は中東原油に依存する割合が高く、供給が不安定になった場合にはその影響が大きかった可能性がある(第II-2-7図)。
実際には原油価格の大幅上昇は起こらず、また原油供給不安はほとんど顕在化しなかったため、懸念されたような悪影響は起こらなかったが、アジア地域の特徴としてこうしたリスクがあったということには留意が必要であろう。