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第I部 第1章 アジアのデフレとその要因

第1章 アジアのデフレとその要因

第2節 急増する中国製品の影響

 
 アジアでは、日本、中国、香港、台湾、シンガポールでデフレ傾向が続いている。同時に、中国は高成長を続け、世界の工場として加工組立業の製品を世界市場に輸出している。本節では、アジアにおけるデフレの特徴を調べ、中国製品がデフレ効果を有しているのかどうか分析する。

●デフレ国で共通している経済事象
 90年代後半以降これら5か国では物価が継続的に下落しており、その過程でいくつかの共通事象がみられる(第I-1-5表)。それらは、(i)マネタリーベースの縮小、(ii)地価の下落、(iii)中国からの輸入急増、(iv)需給面の持続的な供給超過、(v)労働市場での構造変化などである。
 このような事象は、デフレの原因が特定の要因に帰せられるものではなく、いくつかの要因が複合して生じていることを示唆している。(i)、(iv)、(v)は財とサービスに共通する要因である一方、(ii)はサービスに、(iii)は財に影響を及ぼす経路が考えられる。
 次に、(iii)中国からの輸入急増の実態を詳しく調べてみたい。

●中国主力製品の輸出動向
 中国は改革開放政策の下で積極的に外資を導入し、輸出志向の加工組立型産業が高成長の主役となった。中国の主力輸出製品と位置付けられる電気機器、繊維製品、家具・玩具等の3種について輸出動向をみると、95年頃から勢いが一層増している(第I-1-6表)。いずれの国・地域でもとくに電気機器の増加が顕著である。
 中国製品の各市場におけるシェア(中国からの輸入/GDP)は90年代に急速に高まっている(第I-1-7図)。韓国、台湾では2002年に3%程度に上昇している。また、香港では50%超に達している。他方、日本では1%台半ばであり、アメリカ、ドイツでは1%程度である。なお、香港は再輸出割合が大きく(総輸出の約9割)、そのうち6割が中国を原産地としたものであることを考慮に入れると、それぞれの国・地域にはここで述べた以上の中国製品が入ってきているとみられる。
 なお、このような輸出急増下にあっても、中国人民元は事実上ドルにペッグ(固定)した動きとなっており、対ドルレートは安定し増価していない(後述)。

●消費者物価上昇率に影響を与える要因分析
 このような中国製品の急増は、安い中国製品がデフレを輸出しているという見方を暗示する事実である。以下では、中国製品がもたらすデフレ効果の大きさを数量的に明らかにし、このような見方の妥当性を考えてみたい。
 中国以外の7か国について、デフレ要因の効果について相対的な比較をするため、共通の枠組みで消費者物価上昇率の動向を説明する式を最小二乗法により推計した。枠組みの選定にあたっては、デフレ国では上述のような共通事象があることを念頭においた。推計期間は、概ね91年から2002年までの12年間程度である(データは四半期ベース、季調済前期比)。
 期待を織り込んだフィリップス曲線の考え方を基礎として、説明変数(定数項の他)は(i)需給要因を示すGDPギャップ、(ii)貨幣要因を示すマネタリーベース、(iii)予想インフレ率、(iv)為替レート変化率、(v)以上の変数では説明できない要因を考慮するためのトレンド項、(vi)消費税引上げなどに対応するダミー変数の6つを用いた(第I-1-8表)。推計結果は必ずしもすべてにわたって統計的有意性の高いものではないが、国ごとの相対的な大きさを比較する観点からは満足できるものが得られた。
 推計結果の意味するところを要約すると、次のようになる。(四半期データの前期比を用いて推計しているため、年ベースの大きさをみるには4倍する必要がある。)
 第一に、どの国においても、消費者物価上昇率は需給要因と貨幣要因によって基本的に説明される。需給要因の効果が大きいのは、香港、ドイツなどである。他方、貨幣要因の効果が大きいのは、アメリカ、日本である。
 第二に、トレンド項については、ドイツで有意性が弱いものの、それ以外の国では有意に推計され、90年代を通じて何らかの物価引下げ圧力が働いていることを示している。とくに、台湾、香港、シンガポール、韓国ではその圧力が相対的に大きい。

●中国製品の影響
 トレンド項に含まれる要素としては、規制緩和や競争政策の強化など国内構造改革の効果や地価下落の影響等が挙げられるが、さらに輸入面の影響も考えられる。輸入価格の変化のうち為替レートの変化による要因は除かれているため(香港、シンガポールは例外)、トレンド項が含む要素としては外国製品価格の変化や、中国製品の急増など輸入元構成の変化などが挙げられる。したがって、中国からの安価な製品が急増する効果は、トレンド項のマイナス値を大きくするように働く可能性が考えられる。なお、中国製品の急増は国内の需給にも影響を与える経路が考えられるが、ここでは単純化のためその経路は無視した。
 次に、このトレンド要因が中国製品の影響とどの程度関係があるかを検討するために、各国ごとの中国製品市場シェア(90年代の増加幅)との相関関係を調べてみた(第I-1-9図)。
 その結果、(i)両者の間には弱いながらも相関関係があり、シェア増加が大きいほど、強い物価引下げ圧力が働いていること、(ii)香港は前述のとおり例外的に圧力が強いが、台湾、韓国、シンガポールにおいてもやや強い効果がみられること、(iii)他方、これらの4か国に比べると日本、アメリカ、ドイツでもその効果は認められるものの、程度は小さいことが分かった。
 このことから、中国製品の市場シェア増加が物価引下げ圧力を強めている要因の一つである可能性が示唆される。日本については、90年代に働いている物価引下げ圧力はアメリカやドイツと同程度であり、他のアジアに比べるとその効果は小さい。
 したがって、物価に影響を与えているかどうかという観点からは、中国製品の急増が90年代における物価引下げ圧力を構成する一つの要因である可能性を示唆している。しかし、それがデフレの大きさに比較して重大な効果を有しているかという観点からは、推計結果は物価引下げ圧力の大きさは小さいことを示している。他の条件が一定であると仮定すると、10年前に比べた引下げ圧力の大きさは、最も大きい香港で年1.4%程度、台湾で1.0%程度であり、日本では0.4%程度に過ぎない。また、需給要因や貨幣要因、為替レート変化などの効果に比べてトレンド項の大きさは小さい。
 したがって、中国デフレ輸出論の考え方については、そうした経済効果が働いている可能性は否定できないものの、日本のデフレに対する影響度は小さいと判断できよう。

●中国のデフレ
 中国のデフレについては、「世界経済の潮流 2002年秋号」で分析したように、過大な供給力がデフレの原因である。中期的な動きとしては、積極的な外資導入を背景に供給曲線が右にシフトする動きによって高成長とデフレが共存していると考えられる。99年のデフレを省別に要因分解すると、過剰労働力、国有企業を中心とする過剰生産がデフレをほぼ説明する結果が得られている。豊富な労働力のために賃上げは抑制基調にあり、コスト面からの物価上昇圧力は働きにくい状況にある。また、緩やかな賃金上昇を反映して所得増加は緩やかである。そのため、供給力の増加に比べ消費増加は遅れ気味である。さらに、国有企業改革が継続されているが、硬直的な生産や過剰な雇用体制が温存される傾向にある。
 このような要因は中期的にも働き続けるとみられるため、中国が供給過剰を解消しデフレを脱却するのは時間がかかると考えられる。

●人民元に関する議論
 アメリカや日本などでは対中貿易赤字拡大を背景に、中国に対して人民元の切り上げを求める声が上がっている。その背景には、中国では高成長にもかかわらず国内物価上昇のメカニズムが働かない一方、人民元が事実上ドルにペッグされているために、強い価格競争力で中国製品の市場シェアが急拡大し、相手国の雇用、投資、物価等に影響を与えるのではないかと懸念する見方がある。そのため、通貨切り上げが中国製品の海外での価格を引上げる上で直接的効果をもつと考えられるのである。
 中国の通貨人民元は、94年に二重相場制が廃止され、管理フロート制が導入された。金融当局の厳しい管理の下、95年以降は1ドル=8.3元の水準で安定して推移しており、事実上の固定相場となっている。他方、世界銀行が試算している購買力平価の一つの目安は1ドル=1.8元となっており、両者には開きがある。
 中国人民銀行(中央銀行)は、WTO加盟の前後から、人民元の変動幅を今後徐々に拡大していくとの方針を明らかにしているものの、為替水準については現在のところ変更する予定はないとしている。2003年1月の報告書によると、中国の輸出総額は世界輸出総額の5%を占めるに過ぎず、これが世界全体の物価水準に対する影響力はあまり大きくないと判断している。また、収支でみると均衡しており、アジアを含め世界との貿易は相互に便益があるとの考えから、今後も人民元は基本的安定を維持させるとしている。


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