第2章 主要地域の経済動向と構造変化(第1節)

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第1節 世界の経済動向と課題

1.世界と主要地域の経済の現状と見通し

2016年の世界経済を振り返ると、年前半には、15年来の中国経済の減速に加え、アメリカやユーロ圏の企業部門の一部にも弱めの動きが広がり、先行き不透明感が高まった。国際金融市場では、中国経済に対する懸念、原油価格の下落、英国におけるEU離脱を問う国民投票、地政学的リスクの影響等を背景に、景気の下方リスクが意識され、投資家がリスクオフ姿勢を強める局面が繰り返しみられた。世界の主要国は、2月のG20財務大臣・中央銀行総裁会合、5月のG7伊勢志摩サミット、9月のG20首脳会合等において、世界経済の現状についての認識を共有し、政策面での協調を確認してきた。また、産油国による原油価格安定に向けた話合いも続けられた。16年後半には、中国経済に持ち直しの動きがみられるようになり、先進国にみられた弱めの動きも和らぐ中、世界経済は全体として緩やかな回復を続けた。IMFは16年の世界全体の経済成長率について、世界金融危機後最低となった15年(3.2%)をやや下回る3.1%程度になると見込んでいる(第2-1-1図)。

第2-1-1図 世界の実質経済成長率
第2-1-1図 世界の実質経済成長率

(1)アメリカ1

アメリカでは、世界金融危機後の09年6月以来、7年半に及ぶ景気回復が続いている。雇用・所得環境の改善等を背景に個人消費の増加が続いており、世界金融危機により大きく落ち込んだ住宅市場も改善が続いている。14年後半以降のドル高や原油安の進展を背景に、企業部門の一部に弱めの動きがみられていたが、16年後半にはそのような動きもほぼ解消した。物価の安定と雇用の最大化の達成状況に照らし、FRBは16年12月に1年ぶりに政策金利の引上げを行った。

先行きについても、個人消費の増加に支えられ、引き続き回復が続くと見込まれる。11月に行われたアメリカ大統領選挙では、8年間にわたるオバマ大統領の政策からの転換を訴える共和党のトランプ候補が接戦を経て勝利したことから、今後の政策の動向及び影響には留意が必要である。

アメリカの成長と繁栄は、旺盛な起業家精神や企業の新陳代謝にも支えられてきた。そのような強みを生かしながら、成長力の強化を図るとともに、成長の恩恵を国民全体で幅広く共有するための政策の実現が期待される。

(2)ユーロ圏

ユーロ圏では、欧州政府債務危機後の13年以来景気回復が続いている。ユーロ安や原油安が景気回復の追い風となったほか、自動車の買換え需要や、ECBの金融緩和が景気を支えてきた。しかしながら、回復は力強さを欠き、賃金や物価の上昇圧力も弱い。こうした中で比較的好調に推移しているドイツ経済については、2000年代前半の労働市場改革の効果が競争力の回復に寄与したと考えられるユーロ圏の景気は引き続き緩やかな回復が続くことが期待されるが、中東・アフリカでの政情不安に起因するテロやウクライナ情勢等の地政学的リスクの影響、政策に関する不確実性の影響等に留意が必要である。英国のEU離脱に向けた道筋が不透明な状況が続く中、17年にはユーロ圏各国で重要な選挙が予定されており、それらの結果や影響に留意が必要である。

(3)英国

英国では東欧各国等からの移民の流入が景気回復に寄与してきた2が、移民の急増に対する国民の不安の高まりは国民投票におけるEU離脱の選択という結果になって表れた。17年にはEU離脱に向けた動きが本格化する見込みであるが、先行き不透明感の高まりによる影響から、英国の景気回復は緩やかになることが見込まれる。その影響の拡大を含め、留意が必要である。

(4)中国

中国の成長減速は近年の世界経済の下押し要因となってきたが、足元の中国経済は、乗用車減税やインフラ投資等の各種政策効果もあり持ち直しの動きがみられる。先行きについても、各種政策効果もあり、当面は持ち直しの動きが続くものと見込まれる。ただし、政策効果に支えられ大幅な増加を続ける国有企業の投資に対し、民間企業の投資の伸びが弱いなど、民需主導の自律的回復の実現に向けた道筋は不透明となっている。また、鉄鋼、石炭等の分野の過剰生産能力の解消は中国経済のみならず、世界経済にとっても重要な課題である。加えて、不動産価格の動向や、過剰債務問題を含む金融市場の動向にも注意が必要である。

民需主導の自律的・安定的な成長の実現のためには、過剰設備や過剰債務の削減を進めると同時に、サービス業やハイテク産業等の成長を促すための競争環境の整備が重要である。中国では、構造不況業種と成長産業が地域的に大きく偏って立地していることから、地域の実情にあった政策を実施することが求められる。加えて、農村と都市で分かれており、地域間の労働移動の障害となっている戸籍制度の更なる改革も重要である。

世界経済の先行きについては、緩やかな回復が続くことが期待される。ただし、アメリカの金融政策正常化の影響、中国を始めアジア新興国等の経済の先行き、政策に関する不確実性の影響、金融資本市場の変動の影響等について留意する必要がある。

IMF(2016)によれば、世界経済の17年の成長率は16年(3.1%程度)を上回る3.4%程度になる見込みである(第2-1-2表)。IMFは、アメリカ、カナダ、ロシア、ブラジル、サウジアラビア等の成長率が16年を上回るのに対し、ユーロ圏、英国、中国等の成長率は16年を下回ると見込んでいる。また、先進国全体の17年の成長率は1.8%(16年は1.6%)、新興国全体の17年の成長率は4.6%(16年は4.2%)といずれも16年を上回る予測となっている3

第2-1-2表 IMF世界経済見通し(2016年10月公表)
第2-1-2表 IMF世界経済見通し(2016年10月公表)

2.低成長とグローバル化がもたらす課題と経済政策

世界金融危機後、各国で大規模な財政出動や金融緩和が実施されてきたにもかかわらず、世界の景気回復は緩やかなペースにとどまっている。こうした中、多くの先進国では、中・低所得層を中心とした所得の伸び悩みと格差の拡大(第2-1-3図)、製造業からサービス業への移行といった雇用の構造変化等を背景に、輸入品や移民の増加を含むグローバル化の進展に対する国民の不安や不満の高まりがみられる。このような不安や不満が自由貿易や構造改革といった既存の政策枠組みへの対抗軸として打ち出され、選挙等に反映されるケースが各国でみられるようになっている。

新興国や途上国の視点からみれば、グローバル化の進展は生産や輸出、雇用創出の機会をもたらすものでもある。特に中国を始めとするアジア経済の成長は著しく、人々の生活水準も向上している。先進国においても、グローバル化を通じてより安価な財の購入が可能になるとともに、サービス業を中心とする新たな雇用が創出されるというメリットがある。このような世界経済のダイナミックな変化や技術革新が各国の所得格差を拡大するとの議論もあるが4、生活水準の持続的な向上と成長の果実の適切な分配のためには、構造改革や貿易・投資の自由化を通じて生産性や潜在成長力を高めていくことが不可欠の課題である。成長力向上に向けた取組を一層強化するとともに、成長と分配の好循環の実現に資する政策を実施することが求められている。

以下では、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの3地域のここ1年程度の経済動向や政策を振り返った上で、17年の見通しについて検討する。加えて、各地域に特徴的な構造問題についての分析を行う。

第2-1-3図 先進主要国の所得格差(ジニ係数)の推移
第2-1-3図 先進主要国の所得格差(ジニ係数)の推移

1 各国の動向の詳細については第2節以下を参照。
2 内閣府(2016)
3 IMFは、主要なリスクとして、(1)英国のEU離脱問題やアメリカ大統領選挙にみられる内向き政策志向の高まり等の政策・制度面のリスク、(2)弱い需要と低インフレ、低生産性と投資低迷による負の循環、(3)中国の構造調整とその副作用、(4)新興国の金融環境の悪化、(5)紛争・公衆衛生・天候要因等を指摘した上で、全体として下方リスクが大きいとしている。
4 Lakner and Milanovic (2015)は、グローバル化の進展が著しかった1988年から2008年の間の世界の所得分布の変化を分析し、中国を始めとする新興国では所得が大幅に上昇したこと、先進国では中・低所得層の所得が伸び悩む一方、所得トップの層の所得は大幅に増加したことなどを示した。Helpman (2015)は、グローバル化と技術進歩の格差拡大への影響に関する既存の研究によれば、後者の寄与が圧倒的に大きいとの結論が得られていると指摘している。グローバル化と格差の関係については「世界経済の潮流2016I」も参照。

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