第1章 先進国における低金利・低インフレ(第2節)

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第2節 マクロ経済政策に関する昨今の議論のサーベイ

100年に一度と言われた世界金融危機以降、各国中央銀行は史上最低の水準まで政策金利の引下げを行うとともに、様々な非伝統的政策を講じてきた。同時に、学界では世界金融危機を契機に景気後退が産出に及ぼす影響やインフレ率と実体経済の関係に関する議論が起こり、景気後退の履歴効果39やインフレ率と実体経済活動との安定した関係の変貌が指摘される40とともに、望ましい金融政策やその他の経済政策に関する議論が活発に行われている。

以下では、非伝統的金融政策が登場した背景を踏まえ、これらの政策手段を整理・評価した上で、今後の方向性について検討を行う。また、財政政策が景気安定に果たす役割の観点から、財政政策の在り方に関する近年の議論を整理した上で、今後の方向性について検討を行う。

1.金融政策

(非伝統的金融政策の登場)

BIS (2016)は、伝統的金融政策を「プラス圏内での短期政策金利の操作」であるとし、非伝統的金融政策を、(1)中央銀行のバランスシートを用いる「量的緩和」、(2)人々の期待に働きかける「フォワードガイダンス」、(3)政策金利をゼロ未満に引き下げる「マイナス金利」の3つに類型化して定義している。この定義に従って各国中央銀行の主要政策ツールを概観すると、非伝統的金融政策のほとんどが世界金融危機以降に登場したものであることがわかる(第1-2-1表)。また、2016年9月に日銀が導入した長短金利操作(イールドカーブコントロール)は、近年は前例がない政策であり、非伝統的金融政策の一環として認識されていると考えられる41

第1-2-1表 各国中央銀行が採用した非伝統的金融政策ツールの例
第1-2-1表 各国中央銀行が採用した非伝統的金融政策ツールの例

上記のうち(1)の政策は、中央銀行がバランスシートの大きさや構成を変更することで、金融環境に影響を及ぼすことを意図したものであり、大規模な資産購入プログラムや通常とは異なる条件での流動性供給等が含まれる(以下「バランスシート政策42」)。(1)と(2)を組み合わせ、先々のバランスシートサイズや構成に関する予想に影響を及ぼすことを意図したフォワードガイダンス政策も用いられる。長期国債等の大規模購入は、短期金利がゼロ金利制約に直面している場合でも、長期金利の低下やポートフォリオ・リバランス効果等を通じ、伝統的な金融政策を補完できると指摘されている43

バランスシート政策には多様な形態があるが、Borio and Disyatat (2010)は民間部門のバランスシートにどのような影響を及ぼすか、及び政策がターゲットとするのがマーケットのどの部分44なのかの2つの基準での分類を行い、政策のオペレーションがどのように行われるか、もしくはどのようにマーケットや企業等とコミュニケーションが取られるかも、政策の効果を左右する重要な論点であると指摘した。

(2)のフォワードガイダンスについては、中央銀行がマーケットや家計・企業に対して、将来の金融政策スタンスについての情報発信を行うコミュニケーション戦略の一環として導入したものである。FRBは、フォワードガイダンスについて、「中央銀行が将来の金融政策の方向性についてアナウンスすると、家計・企業が消費・投資の決定を行う際、その情報を利用することができるようになることから、中央銀行はフォワードガイダンスを通じて金融・経済に影響を及ぼすことができる」としており、人々の期待に働きかけるという点で非伝統的な金融政策の一つであるとしている。

ガイダンスには二つの側面がある。一つはタイミングに関するガイダンスで、一定の時期や時点を示唆するもの(カレンダーベースまたは経済状況に関する条件付)、もう一つは具体的な数値を含むか否か(定量的または定性的)である45。金利が実質的に下限に近い状況下では、前例がないことから過去の経験則に基づいた見通しが立てられず政策の先行きについて不確実性が高まるため、政策手段としてのフォワードガイダンスへの関心が高まる、との指摘もある46

こうした各種の政策手段は、マクロ経済環境や金融環境に応じて使い分けられてきた。世界金融危機において、欧米の各国中央銀行は政策金利の引下げを行い、史上最低の水準にまで低下させるとともに、非伝統的政策の実施に踏み切った。危機が続く間は、中央銀行は金融システム安定化を目指してバランスシート政策の中でも信用緩和を強調していたが、危機から脱出するに伴い、バランスシート政策は量的緩和的性格を強めていった。このような量的緩和政策は、その効果を高めるため、フォワードガイダンス政策とも組み合わせて実施されるようになった。マイナス金利政策はより最近の政策で、バランスシート政策の効果を補強することを目的に導入された(第1-2-2図)。

第1-2-2図 FRB、ECBのバランスシート(資産側)
第1-2-2図 FRB、ECBのバランスシート(資産側)

以下、バランスシート政策から順に具体例を見ていこう。世界金融危機発生直後に多くの中央銀行で用いられたのが、民間金融機関の抱えるリスク資産等を購入し、市場機能を喪失した金融市場に資金を供給する信用緩和政策である。

FRBは、09年1月から、金融機関の抱える信用リスクを取り除くため、MBS(住宅ローン担保証券)等の大規模買入れを実施した。また、ECBは、09年7月からカバードボンド47の大規模買入れを実施し、BOE(イングランド銀行)は09年2月から、CP・社債等の買入れを行うことで民間企業の資金繰りを支援するAPF(Asset Purchase Facility:資産買取ファシリティ)による大規模買入れを実施した。

11年頃にかけて世界金融危機後の信用不安が収縮すると、このような信用緩和的な大規模量的緩和は終息し、バランスシート政策は次第に量的緩和政策という性格を帯びていった。一方、このころから、市中銀行による民間部門への貸出し増加を意図した新たな貸出オペが各国で実施されていった。

日本銀行は、貸出残高を増やした金融機関に対し、希望に応じてその増加額の2倍相当額まで、低利かつ長期で資金供給を行う「貸出増加支援資金供給」を12年12月から導入した。また、ECBは、TLTRO(Targeted Longer-term Refinancing Operation:目的型長期リファイナンスオペレーション)と呼ばれる類似の貸出オペを14年9月から実施した48

主要先進国において、フォワードガイダンスは世界金融危機以前から実施されてきた。例えばニュージーランド準備銀行は、1997年6月に短期金利見通しを公表した4950。アメリカでは04年6月のFOMC声明において初めて導入され、金融引締めを開始していく時期が近づいていることを示した51。16年現在に至るまで、世界各国の中央銀行が非伝統的金融政策の一つとしてフォワードガイダンスを用いている。

このように各国中央銀行は、ゼロ金利制約の下、量的緩和策やフォワードガイダンスを実施してきた他、史上最低水準となっていた政策金利の更なる引下げにも踏み切るケースが続いている。12年7月、デンマーク国立銀行は、市中銀行から中央銀行への預金である当座預金の一部にマイナスの金利を適用するとし、マイナス金利政策の先駆け52となった5354。このほか、16年12月時点で、日本銀行、ECB、リクスバンク(スウェーデンの中央銀行)、ハンガリー国立銀行、スイス国立銀行を含めた計6行が政策金利の一部にマイナスを適用している。マイナス金利政策を実施する意図については、例えば、ECBは14年6月の導入時点のインフレ率がその目標を下回った状態が続いていることにかんがみ、マイナス金利を「ユーロ圏の持続可能な成長の必要条件である物価の安定」を確実にするための政策の一環であると位置付けている。

(非伝統的金融政策の評価)

以上のような非伝統的金融政策の評価については、学界・実務家の間で活発な議論が行われているところである。

非伝統的金融政策の主な波及経路とその効果については、(1)大規模な資産の買入れ等によってイールドカーブ全体を押し下げ、民間の資金需要を喚起する効果、(2)市中銀行が中央銀行に資産を売却して得た資金を貸出やリスク資産の購入にあてるポートフォリオリバランスを促す効果、(3)将来にわたり緩和を約束することで予想インフレ率を引き上げ、実質金利を低下させて総需要を喚起する効果、の3点が挙げられる55。以下では、金融政策の手段別にそれぞれの効果をみていく。

バランスシート政策の効果については、流動性やリスクが異なれば購入を行う資産がその他の資産と完全には代替的でないことを前提56とすれば、中央銀行は買入資産のポートフォリオを変化させることで、その資産価格やイールドを変化させることができる57。さらに、将来の金融政策の方向性についての人々の予想に影響を及ぼすことにより、資産に対する市場の評価(例えば特定の資産の不足度合いやリスク・流動性等に関する評価)に影響を与えるシグナリング効果もある。バランスシート政策の効果に関する実証研究の成果をサーベイすると58、第一に、購入資産の内容にかかわらず大規模な資産購入は金融資本市場に相応の影響をもたらした、との見方が大勢である。特に、長期国債の買入れはアメリカや英国でタームプレミアム(流動性プレミアムと金利リスクプレミアム)を押し下げ、資産価格を上昇させるとともに、代わりに株式プレミアムを押し上げた、との指摘がある59。第二に、バランスシート政策の影響は、中央銀行が資産を購入した時点ではなく、政策をアナウンスした時点で表れている。この結果は市場がフォワードルッキングであることを示唆していることから、一定のシグナリング効果をもっていると考えられる。第三に、バランスシート政策の影響がリスクプレミアムの変化なのか、政策金利の先行き予想の変化なのか、解釈が分かれている。第四に、マクロ経済への効果の有無についてもおおむね肯定的な評価となっており、例えばアメリカや英国で成長率とインフレ率の双方を押し上げたとの研究成果もある60。ただし、政策の拡大が続くと、その効果は収穫逓減となるとの指摘もある61

フォワードガイダンスの効果は上述のシグナリングを通じて発揮される。実証分析結果を見ると、アメリカや英国の債券利回りに対しておおむね期待された効果を発揮したものの、ガイダンスの内容が複雑であったり、条件付である場合には、よく理解されずアナウンスメントの効果が薄らぐとの指摘がある。また、マーケットの見方が中央銀行の見方と一致せず、ガイダンス自体の信頼性が低いと受け止められる場合も効果が十分発揮されない可能性がある62。他方で、11年夏以降アメリカで導入された定量的なフォワードガイダンスは、政策当局が意図した方向で利子率に対する期待をアンカーするのに非常に効果的であった、との指摘もある63

マイナス金利については、導入が比較的最近であることから政策の効果に対する評価は他の政策ほどは蓄積されていない64。銀行がマイナス金利を預金者に課した場合、いずれかの金利水準で預金者は現金保有に切り替えることになるが、その水準がどこにあるのかは、決済手段としての現金の有用性や現金保有コスト、その他制度的ないし心理的な要因に依存するとされている。他方、市中銀行の預金金利設定にはゼロ水準で下方硬直性があると言われており、ゼロを下回る預金金利を貸出金利に転嫁しにくい市中銀行にとっては、マイナス金利の適用は収益性を押し下げると考えられる65。実際、16年10月に公表されたECBの銀行に対する調査結果66では、ECBのマイナス金利政策は銀行の貸出量に一層のプラス効果をもたらす一方、収益にはマイナスの効果を及ぼし、全体として銀行にとってネットの利子収入にはマイナスの影響があったことが指摘されている。銀行の貸出額の推移をマイナス金利が導入された国の間で比較すると、フランスやドイツでは堅調な増加基調となっているのに対し、不良債権問題に直面するイタリアでは、貸出額はほぼ横ばいで推移している(第1-2-3図)。また、スイスでも増加しているが、デンマークやスウェーデンでは逆に減少傾向である(第1-2-4図)。デンマークで減少が顕著なのは、2000年代初めから世界金融危機までの間、低金利を背景に家計部門の債務が大きく増加したことの調整が続いているためと指摘されている67

他方、ECBのエコノミストらやIMFは、マイナス金利が企業や家計の借入コストを低下させ、一定程度の信用拡大につながったのみならず、銀行の資金調達コストも低下させ、結果としてECBなどのフォワードガイダンスの効果も高めた、として肯定的に評価している68。また、マイナス金利を導入した欧州諸国ではスイスを除き、導入以降住宅ローン金利が低下しており、少なくとも住宅市場の活性化に一定程度寄与していると考えられる69

第1-2-3図 マイナス金利導入以降のユーロ圏各国の銀行貸出額
第1-2-3図 マイナス金利導入以降のユーロ圏各国の銀行貸出額
第1-2-4図 マイナス金利導入以降の非ユーロ圏欧州各国の銀行貸出額
第1-2-4図 マイナス金利導入以降の非ユーロ圏欧州各国の銀行貸出額

これらの検証結果を総じてみれば、非伝統的金融政策は実体経済に一定程度プラスに寄与したと考えられる。一方、非伝統的金融政策に限らず過度な金融緩和は資産価格バブルを形成するおそれがあることから、世界金融危機直後のような非常時に限って発動すべき政策であるとの見方もある。FRBは、14年10月にQE3を終了し、償還分の再投資を除き新たな資産の買入れを打ち切った上で、15年12月に政策金利の誘導目標水準を0.25%引き上げることを決定した。その後も金融政策に起因する金融市場の変動は特段みられていないことから、FRBは当初想定していた通りの金融政策正常化プロセスを進んでいるものと考えられる。FRBは16年12月には、政策金利の誘導目標水準をさらに0.25%引き上げることを決定した。

このように、非伝統的金融政策を終了するにあたっては、中央銀行と人々との間のコミュニケーションが肝要である。コーンFRB前副議長は13年に、出口戦略の実施に先立つ中央銀行発のコミュニケーションの重要性を指摘している。それによると、コミュニケーションにより人々の政策予想に影響が及ぶだけでなく、政策変更を行う経済環境を条件として言及することで、政策当局者がよりその目的を達成しやすくなる、とされている。また、出口の先に何が待っているのか予測が困難であるため、政策に関する期待を適切なものに導くには、何らかのガイダンスを行うことが唯一の方策であると論じた。こうした考え方に基づき、FRBはQE3終了前の14年9月に「金融政策正常化の基本原則と計画 (Policy normalization principles and plans)」を公表した。それによると、政策正常化の時期とペースについて、FOMCは経済状況と見通しが金融緩和縮小を適切とすれば、FF金利誘導目標を引き上げるとし、また、FF金利誘導目標を引き上げ始めた後、保有債券については元本償還分の再投資を段階的に停止し始めるなどの方針70を公表した。さらに、15年12月にFF金利誘導目標水準を0.25%引き上げた際には、FF金利水準が十分正常化されるまでの再投資政策の維持を想定する、との声明を公表した71

なお、上述のように長期にわたり金融緩和を継続すると、資産価格バブルが醸成される可能性がある。このため、金融システムに潜むリスクをモニターし、経済の安定性を損なうリスクを管理し、いったんそうしたリスクが顕在化したらすぐに対応するためのマクロ・プルーデンス政策が導入されている72。Kohn(2006)は、中央銀行が資産価格の変動に対し、金融政策が通常行う以上に働きかけることが許されるのは、(1)資産価格上昇がバブルかどうか早期に識別でき、(2)引締めがバブルを抑える上で有益と確信でき、かつ(3)バブル崩壊が経済に大きな打撃をもたらすと確信できる場合のみとしている。またKohn (2015)は、低金利・低インフレが長引く環境下では、金融の不安定化リスクに対して利上げで対応するのではなく、まずは金融部門に対する規制と監督で対応するのが望ましい、としている。これに対し、White (2006)は、過度な金融緩和が金融面の不均衡をもたらし、それが最終的に景気後退やデフレを生じさせることも勘案すると、中央銀行が一般物価の安定のみならず、資産価格の動向、バブルの未然防止にも政策を割り当てることが望ましいとの考え方を示した。

(今後の動向)

今後、先進各国は前節で述べたような低金利、低インフレの状態から抜け出していくことになるのだろうか。前節で指摘したように、自然利子率が主として潜在成長率を押し下げる構造的な要因(例えば人口減やTFP成長率の鈍化)によって低水準にとどまるのであれば、長期的に見ても低金利状態が続く可能性がある73。これに対しHamiltonらは19世紀まで遡って分析した結果、短期の実質金利と成長率の関係は一般に考えられているより希薄で、循環要因、インフレトレンド、金融面の不均衡が生じているか、時間選好率、金融規制等様々な要因が成長率には影響するため、低金利と低成長の関係には不確実性が高いと指摘した7475。彼らの主張によれば、不確実性が高い状況下では、中央銀行は一定の政策ルールから示唆される利子率や、過去の政策金利によりウェイトを置いた金利設定を行うことも選択肢として考えられるとされている。

2.財政政策・構造政策

前項では金融政策に焦点を絞って議論してきたが、昨今の持続的な低金利・低インフレ状態では、景気下支えのためには財政政策など他の政策からのサポートも必要との議論もある。財政政策については、緩和的な金融政策がとられている時は金利上昇の可能性が低いことから、最も効果を発揮しやすい時期であるとの指摘もある76。他方、高い政府債務対GDP比に直面する多くの国々では、財政政策の柔軟性に対する制約が大きいこともしばしば指摘されている77

16年9月に開催されたG20杭州サミットの首脳宣言においては、金融政策のみでは均衡ある成長につながらないことから、財政政策、金融政策、構造改革のシナジーが重要であると強調された。財政政策については「弾力的に活用する(using fiscal policy flexibly)」とされている。各国で緩和的な金融政策が続けられる中、景気の回復ペースは緩やかなものにとどまっていることから、前述のSummers (2014)を始め、低金利、低インフレかつ実質経済成長率が潜在成長率を下回る状況下では、財政規律に留意しつつも積極的な財政運営を行うことが必要との指摘もある78。具体的な財政政策の政策オプションとしては、公共事業等の直接的な政策と、減税や補助金による間接的な政策があるが、低金利環境下においては前者の政策効果の方が高くなるとの指摘79がある。

Furman (2016)は財政政策について5つの新しい見解を提示している。具体的には、(1)金融政策を補完する景気刺激策としての有用性80、(2)裁量的財政支出の効果は一定の環境下では大きいこと、(3)利払い費の低下等による財政出動の余地の拡大81、(4)より持続的で効率的にターゲットを絞った投資の望ましさ、(5)国をまたがる協調的財政支出の効果の増大が指摘されている。このうち(2)については、従来、景気後退期には財政乗数の推計結果が高めである82ことや、金利がゼロ水準近くにある時は財政乗数が高くなりやすい83ことが指摘されてきている。Dolls et al. (2012)ではアメリカ及びヨーロッパ19か国の税制及び移転制度をベースに、マクロショックが起きた場合自動安定化機能がどの程度家計の可処分所得や家計需要に対する影響を和らげるかを試算している。平均してみるとアメリカより欧州諸国の安定化機能が大きいが、欧州諸国間でもばらつきが大きく、概して東欧や南欧の機能より北欧や大陸諸国のそれが大きい。例えばドイツでは自動安定化機能が強いため、裁量的な財政政策の出動には慎重にならざるを得なかったと説明している。また(5)については、昨今OECDやIMFなどの国際機関でその重要性が強調されており、理論面からその主張をサポートする成果も現れている84

Blinder and Zandi (2015)は金融政策、財政政策をそれぞれ単独で行った場合と比較して、両政策を同時に実施した場合の効果がはるかに大きいとの試算結果から、政策担当者は相互に補完的な政策ツールを選ぶことで金融・財政政策のポリシーミックスを採ることの意義を指摘した。

こうした議論に対して、政府債務比率が既に高い国では、財政支出の増加や減税などの財政政策が効果を発揮するには、長期的な財政スタンスに対する信認がとりわけ重要であるとの指摘がある。Gaspar et al.(2016)は、こうした信認が欠けていると、人々は現在の拡張的なスタンスが、近い将来負債管理の観点から全く反対方向に転換する可能性が高いと予想する結果、成長率やインフレ率への効果はごく限定的なレベルに留まると指摘した。

構造政策についても、低成長、低金利、低インフレの環境の下、その重要性が指摘されている。従来、構造政策は雇用や生産性に中長期に影響を及ぼすことを意図した政策であるが、仮に需要に力強さを欠く時期に構造改革を行うと、特に財政金融政策の有効性が限られている場合には、経済には一時的にマイナスのショックがあることが懸念されてきた (Eggertsson et al. 2014)。これに対しCaldera et al. (2016)は、たとえ財政金融政策の効果が限定的でも、構造政策の適切な組合せと優先付けにより、短期でも成長率の引上げが期待できる85としている。具体的には、景気が拡張局面にあり、実際の産出量が潜在産出水準に近い状態にあれば、労働コストを引き下げたり労働供給を刺激するような構造改革に伴う産出増や雇用増の効果はすぐに一時的な移行コストを上回るが、景気後退局面で構造改革を実施すると可処分所得の不確実性を高め、消費を押し下げる効果があり得る。しかしながら、労働市場改革と競争政策を組み合わせれば、競争による価格の低下が労働市場改革による家計への影響を和らげうることや、国際競争力が強化されることで外需が成長を下支えした例があるとしている。他方、供給側の改革は景気局面に関わらず直接需要を刺激する効果があるとも指摘している86

長く続く低金利・低インフレ下での政策については様々な議論が続けられているが、政策手法間の組合せや国をまたがる政策協調等、様々な議論の発展が期待される。先進国では金融危機前後でマクロ経済環境が大きな変化を遂げたことから、旧来の発想や議論の枠組みにとらわれない政策の模索が続けられることが重要と考えられる。


39 「履歴効果」とは一般に、過去の出来事が恒久的な痕跡を現在の経済活動に残すことを意味する。こうした考え方は、GDPがいずれは景気後退前の経路に必ず戻ってくる、とする従来のアメリカの経済学者の考え方とは相容れなかった(Blinder (2016))。Blanchard et al. (2015) によれば、景気後退の履歴効果とは、景気後退が経済活動の産出量や伸び率に対してそれらのトレンドとの関係で永久的な影響を及ぼしうる可能性を意味する。原油価格の高騰や金融危機などの供給ショックが景気後退期を経て産出量を押し下げる方向での因果関係のみならず、将来の低い産出量や成長率を予期して、消費や投資を控えることから景気後退が起きる、との因果関係も考えられるとされている。また、Fisher (2016a)は総需要が低水準であると研究開発投資の水準やイノベーションのペースが低下し、生産性に影響する、との経路での履歴効果の重要性を指摘した。
40 フィリップスカーブの推計において、失業率がインフレ率に及ぼす影響は70年代以降顕著に低下した、と論じられている(Blanchard et al. (2015))。
41 Reinhart (2016)、白井(2016)は共に、長期金利の上限設定策が1942~51年にFRBにより採られていたことを指摘している。
42 バランスシート政策自体は伝統的に行われてきたが、金利の期間構造や様々なリスクスプレッドをターゲットとして実施された点で非伝統的であったと評価されている(Borio and Disyatat (2010))。なお、Bernanke (2009)などの指摘により、中銀のバランスシートの負債側に着目する政策全般を指す「量的緩和」に対し、民間のリスク資産の買い取り等当該市場の状況を勘案し、結果として中銀のバランスシートの資産側に着目した「信用緩和」が使い分けされている。
43 Bernanke and Reinhart (2004)がその可能性を指摘し、以降伝統的な金融政策とバランスシート政策の補完性について議論が重ねられている(例えばBorio and Disyatat (2010))。
44 同論文では、バランスシート政策のターゲットについて、公債・公的証券、社債・民間証券、銀行準備等に類型化している。
45 Romer (2011)やWoodford (2013)では、名目GDPをターゲットとする枠組みも議論されているが、Yellen (2016)は「物価水準や名目GDPターゲットは、重要な研究テーマではあるものの、FOMCは(それらを政策手段として実際に活用することについて)積極的に検討しているわけではない」としている。
46 Woodford (2013)
47 法的根拠に基づいて金融機関が発行する担保付債券。住宅ローンや公共セクター向け貸出しを担保として発行されることが多い。
48 TLTROは、最長で約4年の長期貸出しオペであり、銀行は貸出しの純増を条件に低金利でECBから資金を借り入れることが可能となる。ECBはこの措置を、銀行による実体経済への貸出しを支援することによって、金融政策の実体経済への波及機能を向上することが目的と説明している。
49 Svensson (2015)は、ニュージーランド準備銀行について、最も長期間に渡って金利見通しを公表している中央銀行と位置付けている。
50 白井(2013)では、日本でも99年4月に日銀総裁会見で、「デフレ懸念の払拭ということが展望できるような情勢になるまでは、市場の機能に配慮しつつ、(政策金利を)事実上ゼロ%で推移させ、そのために必要な流動性を供給していく現在の政策を続けていくことになると思っている」と発言したことにより、フォワードガイダンスが導入された、と指摘されている。
51 FRB (2015)
52 リクスバンクは09年7月から10年9月まで中銀預金金利にマイナスを適用しているが、川野・西本(2013)は、微調整オペ金利の下限はプラスを維持していたことから、事実上、この期間スウェーデンでマイナス金利は導入されていなかったと評価している。
53 FRBのイエレン議長は、16年2月の下院での議会証言でFRBも10年にマイナス金利導入を検討したことがあったと明らかにしている。
54 デンマーク国立銀行がマイナス金利を導入した背景は、クローネをユーロにペッグさせていることにより、ECBの累次の利下げと利下げ観測に応じ自国通貨の増価と資本流入が続いたことに対応するためとされている(Danmarks National Bank (2012))。
55 岩田(2014)。このほか、主に信用緩和を通じた金融市場の機能回復や貸出オペを通じた銀行貸出しの増加等の効果も考えられる。
56 Friedman (1956)
57 Bernanke and Reinhart (2004)
58 以下のまとめはBorio and Zabai (2016)等による。
59 IMF (2014a), Williams (2014) , Bean et al. (2015)
60 Weale and Wieladek (2014)
61 Borio and Zabai (2016)
62 この他にも、中央銀行が以前に示したフォワードガイダンスへのコミットを重視するあまり、経済環境の変化に迅速に適応できなくなる危険性も指摘されている(Kool and Thornton (2012))。
63 Williams (2014)では、11年8月のFOMCによるフォワードガイダンス「少なくとも13年中ごろまではFFレートを例外的な低水準とする」こととした後中長期金利が大きく下落し、「劇的な効果があった」と評価している。
64 日本のマイナス金利導入の効果として、日銀の「『量的・質的金融緩和』導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証」(16年9月)では、マイナス金利と長期国債の買入れの組合せが強力に長めの期間の金利を引き下げたことや国債金利の低下が貸出し・社債・CPなどの金利にも波及していることを指摘した。また、預金金利の低下幅が小さい一方で貸出し金利が大きく低下しており、金融機関の収益が小さくなっているとも分析している。
65 Jobst and Lin (2016).
66 ECB, Bank Lending Survey (16年10月実施)。同調査ではECBの資産購入プログラムの影響については、与信基準よりも貸出し条件においてより顕著であると指摘している。同時に、同プログラムはネットの利子率マージンへの影響により銀行の利益には負の影響を与え続けている、と評価している。
67 Danmarks Nationalbank (2015), Turk (2016)
68 Jobst and Lin (2016), Heider et al. (2016)
69 ただし、スウェーデンではマイナス金利導入以降、イングベス・リクスバンク総裁が家計の借入れ超過を指摘するなど、資産価格バブルの形成等に対する警戒感を示す各国中銀関係者も存在する。
70 MBSについては、正常化の一環としての売却は当面見込んでいない、としている。
71 16年12月の利上げの際にも同旨の声明が公表されている。
72 斎藤(2014b)。マクロ・プルーデンスの概念については日本銀行HP参照。欧米の近年の政策動向については、例えば金融庁(2014)参照。
73 長期停滞論については、内閣府(2016)参照。
74 Hamilton et al. (2015)
75 さらに、近年では金融資本市場のグローバルな統合が進んでいるため、例えばアメリカの長期金利は欧州や日本のそれと相互に影響しあっていることも指摘されている。こうしたグローバル要因の影響の強まりから、シンプルなテイラールールが当てはまらないことを指摘する議論もある。例えばDudley (2015)。
76 Blinder (2016)
77 Gaspar et al.(2016)
78 例えばUbide (2016)参照。
79 例えばEggertson (2009)は、ゼロ金利下における財政政策の具体的なオプションとして、所得税率引下げ、資産税率引下げ、直接的財政支出の3つを取り上げ、直接的財政支出が最も景気浮揚に機能すると分析している。
80 この背景には、自然利子率の低下とゼロ金利制約の強まりが挙げられている。例えばDordal-i-Carreras et al. (2016)参照。
81 OECD (2016) Interim EO, September
82 Ramey (2011)は財政乗数の推計結果のサーベイを行った結果、財政支出の一時的な増加による乗数効果は、厳しい景気後退期には高めであるものの、結果には多くの不確実性が含まれている、としている。
83 Romer (2011), Nakamura and Steinsson (2011)
84 Eggertsson et al. (2016)
85 構造改革が需要を押し上げる主な経路としては、(1)資産や恒常所得の増加を通じた消費・投資の増加、(2)流動性やキャッシュフロー制約に直面する家計や企業の可処分所得やキャッシュフローの変化を通じた支出に関する意思決定への影響、(3)家計や企業の予備的貯蓄に影響する所得や利潤の先行き不確実性に関する意識の変化、(4)異時点間代替への影響を通じた家計消費への影響などが挙げられている。
86 供給側の改革の具体例として、サービス業での競争制限的規制の撤廃、労働移動や人口移動を制約する規制の見直し、積極的労働市場政策、医療・年金制度の効率化等が挙げられている。

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