第4章 第2節

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各国・地域の経済見通しとリスク

1.アメリカ

(1)経済見通しとメインシナリオ

アメリカ経済は、賃金の上昇率の加速はみられないものの、雇用者数が増加基調にあり、雇用・所得環境の改善を背景に個人消費の増加が続いていることなどから回復が続いている。今後は雇用のひっ迫感に伴って賃金の上昇率が加速してくることが期待され、個人消費の増加を通じて、景気回復が続くことが見込まれる。国際機関等の見通しによると、16年の実質経済成長率は2%台半ばから3%程度となっている(第4-2-1表)。

第4-2-1表 国際機関等の見通し
第4-2-1表 国際機関等の見通し 前年比 行政管理予算局(OMB)(15年7月) 15年 2.1% 16年 3.0% 議会予算局(CBO)(15年8月) 15年 2.3% 16年3.0% IMF(15年10月) 15年 2.6% 16年 2.8% OECD(15年11月) 15年 2.4% 16年 2.5% (備考)行政管理予算局、アメリカ議会予算局、IMF “World Economic Outlook, October 2015”、OECD“Econimic Outlook 98”, より作成。

(2)経済見通しに係るリスク要因

アメリカ経済は個人消費の増加を背景に回復が続くと見込まれるものの、今後留意すべきリスクとしては以下の点が指摘できる。

(i)金融政策正常化に向けた動き

第2章で分析したとおり、近い将来に利上げの実施が見込まれる。アメリカと日欧の金融政策のスタンスの差異等によりドル高傾向が続けば、対外市場への依存度の高い企業を中心に企業収益や生産活動へのマイナスの影響が懸念される。

(ii)原油価格下落の影響

原油価格下落は、鉱業を中心とした企業の設備投資や生産活動にマイナスの影響をもたらしている。原油価格がさらに下落すれば、鉱業部門のマイナスの影響が再び拡大する可能性がある。

2.ヨーロッパ

(1)経済見通しとメインシナリオ

ユーロ圏では、景気は緩やかに回復している。先行きについては、原油価格下落、雇用情勢の改善等を背景に消費の緩やかな増加が続くと見込まれる。輸出は、ユーロ安が押上げに寄与するものの、ロシアや中国等の新興国の景気減速が下押し圧力になるとみられるため、全体としては緩慢な伸びにとどまると見込まれる。以上から、ユーロ圏の景気は緩やかに回復することが見込まれる。国際機関等の見通しをみると、16年は1%台後半の成長が見込まれている(第4-2-2図、第4-2-3表)。英国では景気回復が続き、16年も2%台前半の成長が見込まれている。

第4-2-2図 ユーロ圏及び英国の実質経済成長率:ユーロ圏は緩やかに回復する見込み
第4-2-2図 ユーロ圏及び英国の実質経済成長率 (備考)1.ユーロスタット、英国統計局、欧州委員会より作成。 2.見通しは前期比で公表されるため、内閣府で年率換算。
第4-2-3表 ヨーロッパ主要国の国際機関等の見通し
第4-2-3表 ヨーロッパ主要国の国際機関等の見通し 前年比 OECD(15年11月) ユーロ圏 15年 1.5% 16年 1.8% ドイツ 15年 1.6% 16年 1.8% フランス 15年 1.1% 16年 1.3% 英国 15年 2.4% 16年 2.4% 欧州委員会(15年11月) ユーロ圏 15年 1.6% 16年 1.8% ドイツ 15年 1.7% 16年 1.9% フランス 15年 1.1% 16年 1.4% 英国 15年 2.5% 16年 2.4% IMF(15年10月) ユーロ圏 15年 1.5% 16年 1.6% ドイツ 15年 1.5% 16年 1.6% フランス 15年 1.2% 16年 1.5% 英国 15年 2.5% 16年 2.2% ECB(15年12月) ユーロ圏 15年 1.5%(1.4%~1.6%) 16年 1.7%(1.1%~2.3%) (備考)OECD ”Economic Outlook 98”、欧州委員会 ”European Economic Forecast-Autumn 2015”、IMF ”World Economic Outlook, October 2015”、ECB ”December 2015 Eurosystem Staff Macroeconomic Projections for the Euro Area”より作成。

(2)リスク要因

リスクについては、主に以下の3点が挙げられるが、これら以外にも、ドイツ自動車メーカーの排ガス不正問題、中東・アフリカからの難民問題などがリスクとして顕在化する可能性にも留意が必要である。例えば、ドイツでは、メルケル政権は難民の受け入れに積極的な態度を示しているものの、世論調査によると、難民の増加に不安を覚える人は15年9月の38%から10月には51%まで上昇している。難民の受け入れをめぐって、ドイツにおいて政治的緊張が高まるリスクもあるとみられる。

(i)低インフレの長期化

ユーロ圏の物価上昇率は原油価格下落の影響により14年12月から15年3月までは前年比マイナスとなった後、プラスに転じたものの、15年9月には再びマイナスに転じている。低インフレが長期化した場合には、実質金利の上昇若しくは高止まりによる投資抑制等を通じて、景気を下押しするリスクがある。

(ii)政治的リスク

15年にはいくつかの国において総選挙が実施され、反緊縮財政を標ぼうする政党や、反移民を掲げる政党が勢力を増した。15年12月にはスペインで総選挙、また、英国では17年末までにEU離脱の国民投票が行われることになっており、いずれも難民問題への取組みが主要論点の1つになると見込まれる。ナショナリズムや反緊縮財政を標ぼうする極端な政党の台頭は経済全体の不安定要因となる可能性があるため、今後もヨーロッパの政治動向には注視が必要である。

(iii)地政学的リスク

ウクライナ情勢をめぐっては15年2月に停戦合意がなされたものの、合意の完全履行には至っていない。ロシアに対する経済制裁をめぐって地政学的リスクが更に高まったり、前述したテロ事件後の動向次第で、企業や消費者のマインドの悪化や移動の自由の制限等を通じて、投資や消費が抑制されたりする場合には、景気を下押しされるリスクがある。

3.アジア

(1)経済見通しとメインシナリオ

中国では、景気は緩やかに減速している。先行きについては中国政府が構造改革の推進に向けて景気の一定程度の減速を容認しているため、成長ペースの加速は見込みにくいものの、数次にわたる利下げや住宅ローン規制緩和等の各種政策効果もあり、安定的な成長が維持されると見込まれる。国際機関の見通しでも、16年の中国の成長率は6%台と、15年よりも成長率がやや低くなることが見込まれている(第4-2-4表)。

なお、その他のアジア各国の実質経済成長率は、韓国は3%台前半、台湾は2%台半ば、ASEAN諸国は2%台~5%程度と、中国経済の減速を受けた15年よりはやや持ち直すことが見込まれている。インドは7%台後半と、15年よりも更に成長率が加速する見通しとなっている。

第4-2-4表 国際機関の見通し
第4-2-4表 国際機関の見通し 前年比 中国 14年実績 7.3% IMF(15年10月) 15年 6.8% 16年 6.3% ADB(15年12月) 15年 6.9% 16年 6.7% 世界銀行(15年10月) 15年 6.9% 16年 6.7% OECD(15年11月) 15年 6.8% 16年 6.5% 韓国 14年実績 3.3% IMF(15年10月) 15年 2.7% 16年 3.2% ADB(15年12月) 15年 2.7% 16年 3.3% 世界銀行(15年10月) 15年 - 16年 - OECD(15年11月) 15年 2.7% 16年 3.1% 台湾 14年実績 3.9% IMF(15年10月) 15年 2.2% 16年 2.6% ADB(15年12月) 15年 1.0% 16年 2.4% 世界銀行(15年10月) 15年 - 16年 - OECD(15年11月) 15年 - 16年 - インドネシア 14年実績 5.0% IMF(15年10月) 15年 4.7% 16年 5.1% ADB(15年12月) 15年 4.8% 16年 5.3% 世界銀行(15年10月) 15年 4.7% 16年 5.3% OECD(15年11月) 15年 4.7% 16年 5.2% タイ 14年実績 0.9% IMF(15年10月) 15年 2.5% 16年 3.2% ADB(15年12月) 15年 2.7% 16年 3.8% 世界銀行(15年10月) 15年 2.5% 16年 2.0% OECD(15年11月) 15年 - 16年 - マレーシア 14年実績 6.0% IMF(15年10月) 15年 4.7% 16年 4.5% ADB(15年12月) 15年 4.7% 16年 4.9% 世界銀行(15年10月) 15年 4.7% 16年 4.7% OECD(15年11月) 15年 - 16年 - シンガポール 14年実績 2.9% IMF(15年10月) 15年 2.2% 16年 2.9% ADB(15年12月) 15年 2.0% 16年 2.3% 世界銀行(15年10月) 15年 - 16年 - OECD(15年11月) 15年 - 16年 - インド 14年実績 7.3% IMF(15年10月) 15年 7.3% 16年 7.5% ADB(15年12月) 15年 7.4% 16年 7.8% 世界銀行(15年10月) 15年 - 16年 - OECD(15年11月) 15年 7.2% 16年 7.3% (備考)各国統計、IMF ”World Economic Outlook”(15年10月)、ADB ”Asian Development Outlook 2015  Supplement” (15年12月)、世界銀行 ”East Asia and Pacific Economic Update”(15年10月)、OECD ”Economic Outlook 98”(15年11月)より作成。

(2)リスク要因

リスク要因としては、中国の景気の下振れに伴い、中国への輸出依存度が高まっていた国を中心に、景気減速が深刻化することが挙げられる。

(i)中国の景気下振れリスク

中国では、不動産開発投資が依然として低迷しており、不動産市場の調整も続くと見込まれる。不動産市場の調整が長期化し大幅なものとなる場合には、地方政府の財政状況の悪化によるインフラ投資の遅れや、銀行の財務体質の悪化による貸出の抑制を通じて景気の下押し要因になると考えられる。特に、オフバランスの取引となっている、理財商品や信託商品といったシャドーバンキングの運用が悪化した場合、社会通念とされる元本保証(「剛性兌付」)を通じ銀行の財務体質の悪化が深刻化することで、金融機関の経営不安に結び付くおそれがある。

(ii)アメリカの金融政策正常化の影響

アメリカの金融政策正常化の影響にも引き続き注視が必要である。最終需要地である欧米の景気を通じた輸出への影響が懸念されるほか、アジア各国からの資金の対外流出が拡大することになれば、株価下落や金利上昇等による内需への影響1も下方リスクとして考えられる。

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