第1章 第1節

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世界経済の展望

1.世界経済の現状:緩やかに回復する一方、地域ごとにばらつき

世界の景気は、G20参加国合計の実質経済成長率をみると、2013年から14年にかけて緩やかに回復している。14年1~3月期はアメリカが大雪・寒波の影響等によりマイナス成長となったことから、成長ペースがやや鈍化したものの、4~6月期以降、前期比年率3%をやや下回って推移している(第1-1-1図)。14年夏場にかけては、4~6月期に大幅なマイナス成長となった日本を除き、先進国の回復基調が明確になる一方、中国やその他新興国の成長がやや鈍化するという構図となっていた。14年夏場以降は、先進国でも、ユーロ圏において先行きが不透明になりつつある。また、原油価格の下落傾向が鮮明となっており、原油輸入国の個人消費を下支えしている一方で、一部の産油国には影響が出始めている。

本節では、今回の景気回復局面の特徴を分析するとともに、先進国、新興国の現状及び世界経済の見通しについて概観する。

第1-1-1図 G20の実質経済成長率:緩やかに回復
第1-1-1図 G20の実質経済成長率、緩やかに回復していることを表したグラフ。IMF、OECD、欧州委員会、各国統計、Oxford Economics, Consensus Economic、Fathom Financial Consulting Limitedより作成。

(1)現在の景気回復局面の特徴

世界経済は08年のリーマンショックに端を発する景気の落ち込みを経て、10年頃から回復軌道に乗ったとみられる。とりわけ、アジア経済は、世界金融危機による落ち込みが比較的軽微だったことから、欧米諸国に先駆けて景気回復局面に入った。中国では、大規模な景気刺激策によって内需が堅調に推移し、これに伴って、中国以外の新興国では中国向けの輸出が増加した。新興国の景気回復に伴い、先進国から新興国向けの輸出も急増し、先進国の景気回復を支える一因となった。

しかし、11年には欧州政府債務危機の再燃や我が国での東日本大震災の影響もあって世界経済の成長率は鈍化し、その後も回復ペースは緩やかになっている(前掲第1-1-1図)。

この背景には、(i)輸入の伸び、(ii)賃金の伸び及び(iii)物価の上昇テンポが緩慢になっているという「3つの緩慢」があると考えられる。なお、賃金の緩慢な伸びと物価の緩慢な上昇テンポは先進国に共通してみられる現象である。

(i)アメリカ及び中国の輸入の緩慢な伸び

アメリカと中国はそれぞれ世界第一、第二の輸入国であり(WTOによると、両国の輸入が世界の輸入に占める割合は13年で22.6%)、両国の輸入動向はとりわけ内需が成熟していない新興国に与える影響が大きいと考えられる。アメリカと中国の輸入をみると、両国ともに今回の回復局面の中で特にここ2年ほどは伸びが緩慢になっている(第1-1-2図)。

第1-1-2図 アメリカ及び中国の輸入:ここ2年ほど緩慢な伸び
第1-1-2図 (1)アメリカの輸入、過去の景気回復局面と比較し、ここ2年ほど伸びが緩慢となっていることを表したグラフ。アメリカ商務省より作成。 (2)中国の輸入、過去の景気回復局面と比較し、ここ2年ほど伸びが緩慢となっていることを表したグラフ。中国海関総署より作成。

アメリカでは、工業原材料の輸入がシェールガス・オイルの生産増に伴って減少傾向にあるとともに、景気の回復テンポが過去よりも遅いため、消費財や資本財の輸入の伸びが過去よりも鈍くなっていると考えられる。アメリカの輸入に占める新興国の割合は11年以降頭打ち傾向となっている(第1-1-3図)。

第1-1-3図 アメリカの輸入に占める新興国の割合:頭打ち
第1-1-3図 アメリカの輸入に占める新興国の割合、2011年以降頭打ちとなっていることを表したグラフ。アメリカ商務省より作成。

中国では、政策の力点が投資依存型の高成長の実現から将来の持続可能な成長に向けた構造調整の推進に移ってきていることから、2000年代初頭や10年代初頭のような輸入の急激な伸びは見込めなくなってきている(前掲第1-1-2(2)図)。

世界の二大輸入国の輸入が伸び悩む中、新興国の輸出は10年をピークに伸びが鈍化している(第1-1-4図)。また、新興国の実質経済成長率も同様に10年をピークとして伸びが鈍化している(第1-1-5図)。

第1-1-4図 新興国の輸出:伸びが鈍化
第1-1-4図 新興国の輸出、伸びが鈍化していることを表したグラフ。IMFより作成。
第1-1-5図 新興国の実質経済成長率:伸びが鈍化
第1-1-5図 新興国の実質経済成長率、伸びが鈍化していることを表したグラフ。IMFより作成。
(ii)先進国における賃金の緩慢な伸び

米中の輸入の伸びが緩慢になっていることが、新興国の成長率低下につながり、世界経済の回復を緩やかなものにとどめている一因といえるが、こうした世界経済の回復テンポの緩やかさが賃金の伸び悩みをもたらしている。

賃金の動向をみるために、まず雇用情勢を確認すると、先進国のうち経済が好調なアメリカ、英国及びドイツにおいて、失業率は顕著に低下している。アメリカの失業率は最悪期には10.0%(09年10月)であったが、14年11月現在で5.8%と世界金融危機前の08年6月以来の水準まで改善してきている。

一方で時間当たりの実質賃金の上昇率をみると、アメリカでは前年比1%程度でおおむね横ばいとなっており、賃金上昇が加速する気配は今のところみられない。ドイツでは11~12年にかけて同2%弱伸びていたものの、13年は伸びが鈍化、14年に入ってやや持ち直し傾向にあるが、低水準で推移している。英国では、振れが大きいが12年以降の平均をみると同▲1%程度で推移している(第1-1-6図)。

第1-1-6図 時間当たり実質賃金:低水準で推移
第1-1-6図 アメリカ・英国・ドイツの時間当たり実質賃金、低水準で推移していることを表したグラフ。OECD、各国統計より作成。

このうち、アメリカ及び英国について業種別にやや詳しくみる。アメリカでは14年に入って、飲食業や派遣の賃金が民間平均を上回って伸びている(第1-1-7図)。これらの業種は雇用者数のシェアも上昇しているものの、元々の賃金水準が極めて低いため、民間平均全体を押し上げる効果は大きくないと考えられる。英国ではサービス業の雇用者数が全体の8割強を占めており、サービス業の賃金動向が民間平均に大きく影響している。サービス業の動きをみると、雇用が拡大している一方で、相対的にスキルの程度が低く、賃金水準の低位の雇用が中心となっていることもあり、13年半ば以降、賃金の伸びは低下基調で、民間部門全体の賃金の伸びを押し下げている(第1-1-8図)。

第1-1-7図 アメリカ業種別賃金上昇率:派遣、飲食業は高い伸び
第1-1-7図 アメリカ業種別賃金上昇率、派遣、飲食業は高い伸びを表したグラフ。(1)は伸び率、(2)は水準。アメリカ労働省より作成。
第1-1-8図 英国業種別賃金上昇率:サービス業の伸びは民間平均を下回って推移
第1-1-8図 英国業種別賃金上昇率、サービス業の伸びは民間平均を下回って推移していることを表したグラフ。(1)は伸び率、(2)は水準。英国統計局より作成。

また、労働者の就労構造が変化していることも賃金上昇率の伸びが鈍い一因と考えられる。パートタイム労働者数比率は、アメリカ、英国において、世界金融危機後に上昇した後、高い水準で推移しており、ドイツでは緩やかな上昇傾向にある(第1-1-9図)。パートタイム労働者比率が高止まりしているのは、景気循環要因と構造要因の双方が指摘できる。アトランタ連銀の調査(14年8月)1別ウィンドウで開きますによると、景気循環要因としては、企業がフルタイムを増加させるほど景気や売上げが回復していると考えていないことが指摘されている。企業がパートタイム労働の増減によって労働コストを柔軟に調整する余地を残していることがうかがわれる。構造要因としては、フルタイム雇用とパートタイム雇用の労働コストの差が拡大していることが指摘されている2別ウィンドウで開きます。更に、同調査では、約3割(31%)の企業が今後2年間でパートタイム労働者比率を高めると回答したのに対し、同比率を低下させると回答したのは6%に過ぎなかった。

第1-1-9図 アメリカ、ドイツ、英国のパートタイム労働者比率:金融危機前に比べて高い水準
第1-1-9図 アメリカ・ドイツ・英国のパートタイム労働者比率、金融危機前に比べて高い水準にあることを表したグラフ。アメリカ労働省、英国統計局、ユーロスタットより作成。

四半期データの入手可能なアメリカをみると、パートタイム労働者の賃金の上昇率はフルタイム労働者と比較して低くなっており、パートタイム労働者数比率が高止まりする中で、賃金上昇率が鈍くなる要因となっていると考えられる(第1-1-10図)。このうち本来フルタイム就業を希望しているにもかかわらずパートタイムを余儀なくされている非自発的パートタイム労働者が占める比率をみると、アメリカでは低下しているものの低下ペースは緩やかであり、英国では横ばいとなっている。(第1-1-11図)。

第1-1-10図 アメリカのフルタイム/パートタイム労働者の賃金上昇率:パートタイムの賃金上昇率はフルタイムを下回って推移
第1-1-10図 アメリカのフルタイム・パートタイム労働者の賃金上昇率、パートタイムの賃金上昇率はフルタイムを下回って推移していることを表したグラフ。アメリカ労働省より作成。
第1-1-11図 アメリカと英国の非自発的パートタイム労働者比率:アメリカは緩やかに低下、英国は横ばい
第1-1-11図 アメリカと英国の非自発的パートタイム労働者比率、アメリカは緩やかに低下、英国は横ばいとなっていることを表したグラフ。アメリカ労働省、英国統計局より作成。

また、アメリカの専門家へのアンケート調査(14年2月)では、中位賃金の伸び悩みは、IT化や自動化、グローバリゼーションによるという指摘もみられた3別ウィンドウで開きます

今後、更に景気回復が進み、とりわけ非自発的パートタイム労働者のフルタイム労働者への転換が進めば、雇用の質の改善を通じて、実質賃金の上昇につながると期待される。なお、アメリカでは連邦最低賃金を時給7.25ドルから10.10ドルに引き上げる法案が議論されており、ドイツでは15年1月1日から時給8.5ユーロの連邦最低賃金が導入される。最低賃金の引上げや導入は低所得者層の所得引上げには一定の効果があるとされる一方、労働コストの増加から企業が雇用者数を削減するインセンティブにもなるため、雇用全体に与える効果については議論が分かれている4別ウィンドウで開きます

(iii)物価の緩慢な上昇テンポ

最後に物価上昇率をみると、賃金の上昇圧力が弱いため、物価上昇圧力も低く、先進国では物価上昇率がいずれも中央銀行の目標とする2%を下回って推移している(第1-1-12図)。加えて、14年後半には原油価格が大幅に低下しており、エネルギー価格に関連した品目が物価の低下圧力となっている。さらに、景気の先行きが不透明になりつつあるユーロ圏では、今後1年間でデフレに陥る可能性が30%との指摘もある5別ウィンドウで開きます。物価上昇率の低下傾向が継続すれば、期待インフレ率の低下を通じて、実質金利の上昇をもたらし、企業の設備投資を抑制する要因になることが懸念される。

第1-1-12図 物価上昇率:物価目標の2%より低位で推移
第1-1-12図 アメリカ・ドイツ・ユーロ圏・英国の物価上昇率、物価目標の2%より低位で推移していることを表したグラフ。アメリカ商務省、ユーロスタット、英国統計局より作成。

以上みてきたように、世界経済が緩やかな回復にとどまっている背景には、3つの「緩慢」がある。特に先進国の賃金が伸び悩んでいるため、先進国の消費の伸びが加速せず、これが更なる輸入の伸び悩みの一因となっている。また、賃金の伸び悩みは先進国の物価上昇を低く抑えるという影響ももたらしている。このような状況から抜け出し、世界経済が一段と回復するためには、とりわけアメリカの賃金動向が鍵となる。賃金の伸び悩みには上記でみたように構造要因にも起因するところがあるものの、景気循環要因による部分が少なからずあることから、景気回復が続いていけば、アメリカの労働市場のひっ迫感に伴い、今後の賃金動向が期待される(第1-1-13図)。

第1-1-13図 3つの緩慢のメカニズム
第1-1-13図 3つの緩慢のメカニズム、世界経済の緩やかな回復の背景を表す図。

(2)先進国経済の動向

先進国経済は、全体としては緩やかな回復基調にあるものの、各国・各地域間で回復にばらつきがみられる(第1-1-14図)。

第1-1-14図 先進国の実質経済成長率:緩やかに回復しているものの、ばらつき
第1-1-14図 先進国の実質経済成長率、アメリカ・ドイツ・ユーロ圏は緩やかに回復しているものの、ばらつきがあることを表したグラフ。IMF、各国統計、ユーロスタットより作成。

アメリカは、寒波・大雪の影響等で、14年1~3月期には実質経済成長率が前期比でマイナスになったものの、4~6月期には大幅に持ち直し、7~9月期にも前期比年率3.9%の成長となった。

一方で、ユーロ圏は、13年4~6月期から実質経済成長率がプラスに転じたが、14年4~6月期には、ドイツの実質経済成長率が大きく低下したことから、ゼロ近傍の成長となった。ドイツでは1~3月期に暖冬の影響で建設工事が進んだ反動が4~6月期に出たとみられている。ウクライナ情勢の緊迫化に伴って、ロシアへの経済制裁の影響が夏ごろから顕在化し始めたとみられるものの、個人消費に持ち直しの動きがみられることから7~9月期もわずかにプラス成長となった。

項目別の動きをみても、輸出、生産、失業率については、先進国間で異なる動きがみられる。

輸出は、13年にはユーロ圏では底堅く、ドイツでは持ち直しの動きがみられていたが、14年夏ごろにはユーロ圏、ドイツともにやや弱い動きとなり、秋口に入って再び持ち直しの動きがみられている。一方で、アメリカは、緩やかに増加してきたものの、14年秋口からおおむね横ばいとなっている(第1-1-15図)。

生産は、13年にはユーロ圏では底堅い動き、ドイツは持ち直しの動きがみられていたが、14年7~9月期には特にドイツが大きく低下している。一方、アメリカは増加している(第1-1-16図)。

失業率は、アメリカとドイツは低下している。ユーロ圏全体では、13年秋以降低下がみられたが、14年夏場以降は横ばいとなっている(第1-1-17図)。

第1-1-15図 輸出:アメリカはおおむね横ばい、ユーロ圏は持ち直しの動き
第1-1-15図 輸出、アメリカはおおむね横ばい、ユーロ圏は持ち直しの動きがみられることを表すグラフ。各国統計局、ユーロスタットより作成。
第1-1-16図 生産:アメリカは増加、ユーロ圏はおおむね横ばい
第1-1-16図 生産、アメリカは増加、ユーロ圏はおおむね横ばいとなっていることを表すグラフ。各国統計局、ユーロスタットより作成。
第1-1-17図 失業率:アメリカ、ドイツは低下、ユーロ圏は高水準で横ばい
第1-1-17図 失業率、アメリカ、ドイツは低下、ユーロ圏は高水準で横ばいとなっていることを表すグラフ。各国統計局、ユーロスタットより作成。

一方で、個人消費の伸びはテンポに差がみられるものの、プラス基調となっている。ユーロ圏では10年の欧州政府債務危機の後、消費が減少していたものの、13年には落ち込みに歯止めがかかり、14年に入って持ち直しの動きがみられる(第1-1-18図)。

第1-1-18図 消費:アメリカは増加基調、ユーロ圏は持ち直しの動き
第1-1-18図 消費、アメリカは増加基調、ユーロ圏は持ち直しの動きがみられることを表すグラフ。各国統計局、ユーロスタットより作成。

(3)新興国経済の動向

新興国経済の動向をみると、中国は7%台の成長率を維持しているものの、景気の拡大テンポは緩やかになっている。インドでは、景気は持ち直しの動きがみられる。ブラジルでは、14年7~9月期以降、総じてマイナス圏の成長となっている。また、ロシアでは12年後半以降弱い成長が続いており、ウクライナ危機や原油価格下落の影響もあって、14年の成長率の見通しはゼロ近傍となっている。新興国全体としては緩やかな回復局面にあると考えられるものの、ブラジルやロシアが低調な推移となっているほか、中国やASEANでは回復のテンポが鈍化してきている(前掲第1-1-5図、第1-1-19図)。

14年10月にはアメリカのFed(連邦準備制度)が資産購入プログラムの終了を決定しており、15年にかけて金融政策の正常化に向けて、アメリカの金利が上昇する局面に入っていくと考えられる。過去には、13年5月のバーナンキFRB議長(当時)の発言を契機として新興国通貨の下落が起こっており、今後もアメリカの金融政策の動向が新興国に与える影響について留意する必要がある。

第1-1-19図 新興国の実質経済成長率:一部に弱さ
第1-1-19図 新興国の実質経済成長率、一部に弱さがみられることを表すグラフ。IMF、各国統計より作成。

物価上昇率は、中国を除く多くの新興国で引き続き高水準で推移している(第1-1-20図)。高い物価上昇率は、実質所得を目減りさせることを通じて消費の抑制要因になっていると考えられる。

第1-1-20図 主な新興国の消費者物価: 引き続き高水準
第1-1-20図 主な新興国の消費者物価、 引き続き高水準となっていることを表すグラフ。OECDより作成。

こうしたことから、各国の中央銀行は、政策金利を引き上げることで通貨の下落を防ぎインフレを抑制しようとしている(第1-1-21図)。この副次的影響として、金融緩和政策により金利が低水準に抑えられている先進国から、金利の高い新興国への資金流入が起こっていると考えられる(第1-1-22図)。今後、アメリカで金融政策の正常化に向けて利上げが行われることが予想されており、新興国に流入していた資金の流出が起こる可能性がある。

第1-1-21図 主な新興国の金利:多くの国で引締め傾向
第1-1-21図 主な新興国の金利、多くの国で引締め傾向にあることを表すグラフ。IMF、ブルームバーグより作成。
第1-1-22図 主な新興国への資本流入:流入が続く
第1-1-22図 主な新興国への資本流入、流入が続いていることを表しているグラフ。CEIC、南アフリカ中央銀行より作成。

14年12月現在、新興国通貨はドルに対して下落傾向にある。通貨の下落は輸入物価の上昇を通じて、物価の上昇圧力になることから、新興国は更に物価上昇を抑制する努力を続ける必要があると考えられる(第1-1-23図)。

第1-1-23図 主な新興国の通貨:下落傾向
第1-1-23図 主な新興国の通貨、ドルに対して下落傾向にあることを表しているグラフ。ブルームバーグより作成。

2.世界経済の見通しとリスク

(1)世界経済

 以下では、15年までの経済見通しとそのリスク要因について概説する。

(ⅰ)経済見通しとメインシナリオ

世界経済は、アメリカ経済の回復が続くことなどにより、緩やかな回復が続くと期待される。

14年夏以降の原油価格の下落は、原油輸入国においては、輸入物価の低下を通じて企業収益や賃金の押上げ要因になるとともに、消費者マインドや個人消費の下支え要因6別ウィンドウで開きますになると考えられる。後述の産油国へのマイナスの影響はあるものの、世界経済全体にはプラスの影響になると考えられる。

また、前述の「3つの緩慢」について、「賃金」と「輸入」の緩慢な伸びは、やや解消されることが期待される。とりわけアメリカでは、雇用情勢の改善が続く中、労働市場のひっ迫感に伴って今後の賃金動向が期待される。これがアメリカの内需の回復ペースを若干強め、アメリカの輸入(=アメリカ以外の国の輸出)を増加させると見込まれる。一方、物価の上昇テンポは緩慢なままにとどまると考えられる。賃金の上昇が一定の物価上昇圧力になるものの、原油価格の下落傾向が物価上昇の下押し圧力になると見込まれる。

国際機関や民間機関の見通しでは、世界経済の実質経済成長率は、15年には市場レートベースでおおむね3%の成長になるとみられている(第1-1-24図、第1-1-25表、第1-1-26表)。

第1-1-24図 IMFによる15年の各国・地域の実質経済成長率見通し
第1-1-24図 IMFによる2015年の各国・地域の実質経済成長率見通し、各国の名目GDPシェアを横軸に、実質経済成長率を縦軸にとり、図の面積によって世界経済へのインパクトを表したグラフ。IMFより作成。
第1-1-25表 国際機関による見通し
第1-1-25表 国際機関による見通し、IMF、OECD、欧州委員会による2015年の世界経済と各国・地域の実質経済成長率の見通しを示した表。
第1-1-26表 民間機関による見通し
第1-1-26表 民間機関による見通し、民間機関による世界経済と各国・地域の実質経済成長率の見通しを示した表。
(ii)経済見通しに係るリスク要因

今後のリスク要因を国・地域ごとに概説すると、アメリカにおいては、今後金融政策の正常化に向けた動きの中で想定以上に金融市場に影響を与える場合には、成長が鈍化するリスクがある。

ヨーロッパにおいては、経済の不透明感が高まっている。具体的には、低インフレの長期化に伴う、実質金利の高止まりが経済を下押しするリスク、ウクライナ情勢の悪化等がマインドの悪化等を通じて景気の下押し圧力となることやギリシャ等の政治情勢(EUの進める財政健全化路線への懐疑論の台頭等)がある。

中国においては、高成長よりも構造調整の推進に重点をおき、成長の質を重視した政策運営を行っており、そうした状況下での経済発展を政府は「新常態」と呼んでいる。仮に「新常態」への移行が円滑に進まなかった場合には、ハード・ランディングのリスクも懸念される。例えば、中国の不動産市場における調整が長期化し、大幅な調整が生じる場合には、金融システムの混乱を通じ、投資等の実体経済が急激に冷え込む可能性もある。その際、特に資源や資本財を多く輸出する国や中国を中心とする国際分業体制(グローバル・サプライチェーン)を構築している国に影響する可能性がある。さらに、先進国経済の減速が中国の輸出に与える影響にも留意が必要である。

その他の新興国においては、アメリカの金融政策の正常化に向けた動きに伴い国際金融市場が大きく変動し、新興国経済から資金流出が起き、実体経済に影響をもたらす可能性がある。また、通貨下落を防ぐための金融引締めによる景気減速懸念がある。

原油価格は世界需要の減退懸念に加えて供給が潤沢であることから、14年夏以降、下落傾向が鮮明となっている(第1-1-27図)。エネルギー価格の低下は、世界全体としてはプラスの影響になると考えられるものの、輸出や財政において原油依存度が高い国(イランやイラク、ロシア等)には成長力の低下、このような状況を見越した投資家マインドの悪化による国際金融市場の不安定化の可能性があると考えられる。ロシア中央銀行の経済見通し(14年12月公表)によると、原油価格が60ドル/バレル程度にとどまる場合、ロシアの15年の実質経済成長率は▲4.5~▲4.7%程度になると見込まれている。

第1-1-27図 原油価格:14年7月以降下落
第1-1-27図 原油価格、14年7月以降下落したことを表したグラフ。ブルームバーグより作成。

(2)アメリカ経済

(i)経済見通しとメインシナリオ

アメリカ経済は、賃金の上昇率は鈍いながらも雇用者数の増加が続いていることから所得環境が改善し、個人消費が増加基調にあるなど、回復を続けている。14年1~3月期の実質経済成長率は大雪・寒波の影響等もあったことから、前期比年率▲2.1%と11年1~3月期以来のマイナス成長となったものの、4~6月期は同4.6%、7~9月期は同3.9%と回復している。今後も雇用情勢の改善が続くとみられ、賃金が緩やかに上昇する中で所得環境の改善が進み、消費の増加を通じて、景気回復が続くと見込まれる。

国際機関等の見通しをみると、15年は3%を上回る成長となることが見込まれている(前掲第1-1-24表、第1-1-25表)。

(ii)経済見通しに係るリスク要因

アメリカ経済は雇用情勢の改善を背景に回復が続くと考えられるものの、今後留意すべきリスクとしては、以下のような点が指摘できる。

(ア)下振れリスク
  • 金融政策正常化に向けた動き

    Fedは14年10月に資産購入プログラムの終了を決定した。同プログラム終了後も「相当な期間」は現在の政策金利(0~0.25%)を維持することとされた。また、同年12月には金融政策の正常化の開始に向けて「辛抱強くなれる」として、フォーワードガイダンスの文言を微修正した。イエレン議長は今後2回のFOMCでは正常化のプロセスに着手する可能性は低いと発言した。今後金融政策正常化に向けた動きが、想定以上に金融市場に影響を与える場合は、住宅市場や企業の設備投資に影響が出てくる可能性がある。

    また、欧州中央銀行(ECB)や日本銀行が金融緩和姿勢を続ける中、金利差の拡大からドル高が進み、輸出に影響が出てくる可能性がある。一方、ドル高は輸入物価の低下を通じて、物価動向に影響することも考えられる。

  • 世界経済の減速

    14年11月現在、対ロシア経済制裁の影響もあってユーロ圏の景気に不透明感が出ている。今後ユーロ圏の減速が鮮明になれば、新興国経済の減速とあいまって外需面からアメリカ経済を下押しする要因となる。

(イ)上振れリスク

メインシナリオの想定以上に回復テンポが加速することも考えられる。

雇用環境の改善や企業業績の好調が持続するとともに、金融政策正常化に向けた影響が軽微にとどまり、株価がさらに上昇する場合、資産効果を通じて個人消費が拡大する可能性がある。

(3)ヨーロッパ経済

(i)経済見通しとメインシナリオ

ユーロ圏では、景気は持ち直しの動きが続いているが、地政学的リスク等の影響により不透明感が高まっている。先行きについてみると、財政緊縮ペースの落ち着きや低インフレなどを背景に消費は緩やかに増加するものの、景気回復テンポの鈍化している新興国向けを中心に輸出が引き続き伸び悩むとみられることから、回復ペースは緩やかなものになることが見込まれる。国際機関等の見通しをみると、15年は1%台前半の成長が見込まれている(第1-2-28図、第1-2-29表)。

なお、英国では景気回復が続き、15年は2%台後半の成長が見込まれている。

第1-1-28図 ユーロ圏及び英国の実質経済成長率:ユーロ圏の回復ペースは非常に緩やか
第1-1-28図 ユーロ圏及び英国の実質経済成長率、ユーロ圏の回復ペースは非常に緩やかになっていることを表したグラフ。ユーロスタット、英国統計局、欧州委員会より作成。
第1-1-29表 国際機関等の見通し
第1-1-29表 国際機関等の見通し、OECD、欧州委員会、IMF、ECBによるヨーロッパ各国・地域の2014、15、16年の実質経済成長率の見通しを示した表。
(ii)経済見通しに係るリスク要因

経済見通しに係るリスクについては、以下の3点が挙げられるが、特に欧州政府債務問題が再燃した場合には、世界経済にも重大な影響を及ぼす可能性があることに留意が必要である。

  • 欧州政府債務問題の再燃

    南欧諸国等の国債利回りやソブリンCDSは、各国の財政再建に向けた取組やECBを中心としたユーロ圏レベルでの様々な対策により大幅に低下していたが、10月半ば以降、ギリシャの支援プログラム早期脱却の動き等を受けてギリシャ国債利回りが急上昇するなど、先行きに対する懸念は依然として存在している。欧州政府債務問題が再燃した場合には、ヨーロッパ経済全体に対する不確実性が再び高まり、金融市場の混乱や企業・消費者の先行き見通しの悪化等を通じて、景気に対する大きな下押しリスクとなる。また、10月に公表されたECBの域内主要銀行に対する包括的審査により資本不足を指摘された銀行の対応等にも留意する必要がある。

  • 地政学的リスクの高まり

    ウクライナ情勢等の悪化により地政学的リスクが一段と高まり、企業や消費者のマインドが更に悪化した場合には、投資や消費が抑制されることにより、景気に対する下押し圧力となる。

  • 低インフレの長期化

    ユーロ圏の物価上昇率は低水準で推移しており、物価上昇率が低下し、低インフレが長期化した場合には、実質金利の上昇、高止まりによる投資抑制等を通じて、景気を下押しするリスクがある。

(3)アジア経済

(i)経済見通しとメインシナリオ

中国の実質経済成長率は12年以降7%台で推移しており、景気の拡大テンポは緩やかになっている(後掲第2-2-1図)。先行きについては、中国政府が将来の持続可能な成長に向けた構造改革に重点を置いており、景気が一定程度減速することを容認しているため、成長ペースの加速は見込みにくく、景気は緩やかな拡大傾向が続くと見込まれる。国際機関の見通しをみても、15年の成長率は7%台前半と更に低下することが見込まれている(第1-1-30表)。

なお、その他のアジア各国の実質経済成長率は、韓国、台湾は3%台後半、ASEAN諸国は3~4%台、インドは5~6%台と、おおむね成長ペースの加速が見込まれている。

第1-1-30表 アジア各国の実質経済成長率の見通し
第1-1-30表 アジア各国の実質経済成長率の見通し、IMF、ADB、世界銀行、OECDによるアジア各国の2014、15年の実質経済成長率の見通しを示した表。
(ii)経済見通しに係るリスク要因

アジア経済の先行きについては、貿易のけん引力となっている欧米諸国や中国の景気が予想より弱くなるリスク等が挙げられる。特に中国については、不動産価格がこれまでの上昇局面から反転し下落し始めるなど、不動産市場に弱い動きがみられている。今後、不動産市場の調整が長期化し、大幅な調整が生じる場合には、金融システムの混乱を通じ、投資等の実体経済が急激に冷え込み、アジア地域の貿易に大きく影響する可能性もある7別ウィンドウで開きます

また、アメリカの金融政策の変更の影響にも引き続き注視が必要である。最終需要地である欧米の景気を通じた輸出への影響のほか、株価下落等の資産効果を通じた個人消費の鈍化や信用収縮に伴う資金調達コストの増加による投資の抑制といった内需への影響も下方リスクとして考えられる。

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