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第2章 財政再建と経済成長、金融システム

第4節 先進各国の財政状況と財政再建の取組

4.ドイツ

(1)財政の状況

●財政収支と債務残高の状況
  90年代以降のドイツの財政収支(33)をみると、90年の東西ドイツ統一に伴い95~96年に多額の財政支出が生じ、大幅に悪化した。その後、97年にはマーストリヒト条約に定める財政赤字GDP比3%以内の基準を達成(2.6%)し、2000年には黒字に転じた。しかし、その後は再び赤字となり、02~05年には、景気後退や大規模な減税を背景として、安定成長協定の基準を上回る財政赤字を計上した。
  2000年代後半には、メルケル政権が積極的な財政再建を推進し、好景気の影響もあって、07年には黒字に転じた。しかし、08年の世界金融危機後の大規模な財政支出や税収減により、09年の財政赤字は3.0%となっている(34)第2-4-19図)。
  債務残高については、97年以前はマーストリヒト条約で定めるGDP比60%基準を下回っていたが、98年と99年、そして02年以降は上回っている。メルケル政権は、付加価値税率や所得税の最高税率引上げ等を実施し、07年には64.9%まで低下したが、08年の世界金融危機の後に再び増加に転じ、09年には73.4%となっている(第2-4-20図)。

●財政の構造
  09年の歳出・歳入構造をみると、歳出は、約5割が社会保障費、約2割が一般財政費となっており、歳入は約7割が租税収入となっている(第2-4-21図)。

(2)財政再建の取組

(i)財政、予算に関する基本的なルール
  ドイツにおける予算制度の主な枠組みには、以下のものがある。

●ゴールデン・ルール(連邦基本法(35)第115条)
  ドイツ財政運営における最も基本的なルールであり、国債発行は、発行額を規定した連邦基本法による裏付けを必要とし、その額は予算において見積もられている投資支出総額を超えてはならないというものである。ただし、経済状況によっては例外が認められる。

●中期財政計画
  1967年に成立した経済安定成長協定促進法に基づいて導入された5か年の中期財政計画である。連邦・州政府ともに、毎年作成することが義務付けられており、ローリング方式により1年ごとに改定され、予算案提出時に議会に提出される。この中期財政計画において財政収支見通しを示し、財政再建への取組を明確にした上で、それを実施するための具体的な各種施策を政策パッケージとして策定し、実施するというのがドイツにおける財政再建手法の具体的なスタイルとなっている。

●財政計画委員会(FPR)
  連邦基本法第109条において、州と連邦は財政予算運営においては独立し、相互依存関係にはならないことが原則として定められている。州、連邦間における財政問題の調整を行うために、財務大臣を始め、連邦政府、州政府、市町村の代表者で構成される財政計画委員会が設置されている。

●その他
  その他の制度として、概算要求に先立ち、連邦財務省から各省庁に対して、政府全体の予算額上限等を提示する「予算編成通達」や、中期財政計画の実効性を確保するために、新規施策には同額の歳出削減を条件とする「モラトリアム原則」(94年予算編成より導入)等がある。

(ii)政権別にみた財政再建の取組
  以下では、1990年代以降の財政再建の取組を、政権別にみていく。

●コール政権(82年発足、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU))
  東西ドイツ統一後、旧東ドイツ地域支援のため、インフラ環境の整備や失業手当等のための財政負担が生じ、財政赤字は95年にはGDP比9.7%まで拡大した。
  こうした状況の中、ドイツが財政再建を達成するための原動力となったのは、93年に発効されたマーストリヒト条約において経済収れん条件が示されたことである。同基準を達成するために、中期財政計画においては財政赤字削減が目標として掲げられ、毎年の予算削減により、財政赤字削減を実施するための施策が政策パッケージとして策定された。そのうち、通貨統合のための参加基準を達成するための取組として特に効果を発揮したのは、「投資と雇用のためのアクション・プログラム」(96年1月策定)と「成長と雇用促進のためのプログラム」(同年4月策定)である。これらの政策パッケージには、中小企業のための連帯付加税の削減、事業税の改革等の税制改革、社会保障支出の削減、労働市場における柔軟性の改善等が含まれていることに加え、97年中に中央と地方全体で500億マルクの歳出削減等が盛り込まれた。
  こうした財政再建の取組の結果、財政赤字は97年にはGDP比2.6%となり、マーストリヒト条約の経済収れん条件を達成した。

●シュレーダー政権(98年発足、社会民主党(SPD))
  シュレーダー政権は、発足当時は前政権で行われた財政再建路線を引き継ぐ旨を表明しており、政権初期の99年には、2006年までの財政収支均衡を目標とし、これを実施するための「将来プログラム2000」が策定された。この政策パッケージには、社会保障費の削減や補助金の廃止等の歳出削減策が盛り込まれており、財政再建が行われた。
  しかし、2000年に策定された「税制改革2000」では、法人税率や所得税率の大幅な引下げが行われるなど、政権全体を通じて、むしろ税制改革を通じた雇用の促進や企業競争力を高めるような減税政策を実施した。
  こうした減税政策に加え、同時多発テロやITバブル崩壊による世界経済の減速による税収減、02年8月にエルベ川流域で発生した大洪水に対処するための支出増等を背景に財政収支は悪化し、03年にはECOFINから過剰財政赤字是正勧告が行われた。

●メルケル政権(05年発足、CDU/CSUとSPDの連立政権)
(ア)歳入強化を中心とする財政再建
  05年11月、二大政党であるCDU/CSUとSPDが連立協定を発表し、メルケルCDU党首を首班とする大連立政権が発足した。05年に財政赤字がGDP比3%を上回り、06年にECOFINがドイツに対し警告を発するという状況下で、メルケル政権は財政再建策の強化を打ち出した。歳入強化策として、07年の1月から付加価値税率を16%から19%に引き上げるとともに、所得税の最高税率を42%から45%に引き上げた。なお、付加価値税率の引上げによる税収増のうち、約3分の2は財政赤字削減に、約3分の1は社会保険料の引下げに充てるとされた。また、年金支給開始年齢を2012年から29年の間に65歳から67歳に引き上げることを打ち出している。
  同時に、潜在成長率を引き上げるための取組として「ハイテク戦略」(06~09年)を策定し、民間R&D投資を促進するための包括的なイニシアチブとして、(1)医療、環境、交通、安全の4つの優先的分野に重点を置いた市場の創出・拡大、(2)中小企業に重点を置いた産業と研究の連携強化、(3)イノベーション促進に向けた規制改革という3つの目標を設定した。財政赤字は、財政再建の強化や好景気の影響もあり、06年にはGDP比3%を下回るまで改善した。しかし、08年の世界金融危機による景気後退のため税収は減少し、加えて、08年11月と09年1月に打ち出された総額1,000億ユーロの景気刺激策等の影響により財政収支は悪化し、09年12月にECOFINは、13年までを期限とする過剰財政赤字是正勧告を行った。

(イ)歳出削減を中心とする財政再建
  これを受けて、10年2月に発表された安定プログラムでは、「2013年まで、少なくとも毎年GDP比0.5%の構造的財政赤字を削減し、財政赤字をGDP比で3%以下とする。」との財政再建への方向性が打ち出されている。
  また、10年7月には「2014年までに、財政赤字GDP比を1.5%程度に引き下げる。」との目標が打ち出され、具体的な方策としては、11年から14年までの4年間で816億ユーロ(GDP比で3.4%程度)の財政赤字削減という財政再建策が示された。この再建策には、歳出削減策として、長期失業者への手当等の社会保障費の削減や公務員の1万人以上の削減等が盛り込まれ、歳入強化策として、原子力産業に対する課税や金融危機対応のコストに関する銀行からの負担金徴収等が盛り込まれている。この再建策は、歳入強化よりも、社会保障費や補助金等の削減による歳出削減に重点を置くものである点が特徴的である。
  また、09年8月に連邦政府及び州政府の財政ルールを定めた連邦基本法(109条、115条等)が改正された。従来と異なり、連邦政府だけでなく州政府についての財政ルールも規定され、連邦政府については、構造的財政収支を平時にはGDP比で▲0.35%以内に抑制し、州政府については、20年以降構造的財政赤字を許容しないことが定められた。
  10年7月には、前述のハイテク戦略(06~09年)に続き、20年までを対象とする「ハイテク戦略」が策定された。同戦略は5つの分野に重点を置き、各分野において優先テーマを設定している(第2-4-22表)。

(3)評価

  90年代以降のドイツにおいては、主としてコール政権とメルケル政権において財政再建が積極的に行われた。
  コール政権における財政再建では、マーストリヒト条約で定められた経済収れん条件を満たし、通貨統合へ参加することを目標とし、これを達成するために中期財政計画と政策パッケージを有効に機能させ、結果として、99年の通貨統合に参加することができたという点では、財政再建は一定の成功を収めたということがいえる。
  メルケル政権によって05年に打ち出された財政再建策は、増税を中心に歳入増を図り、財政黒字を達成したが、景気回復による税収増といった追い風があったという点には留意が必要である。歳出削減を中心とする今後の財政再建策の行方が注目される。


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