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第1章 世界経済の回復の潮目の変化

第4節 ヨーロッパ経済

3.マクロ経済のインバランス

(1)世界金融危機に際して、欧州が危機に陥った根本的な要因

  ヨーロッパが危機に陥ったのは、アメリカで生じたリーマン・ブラザーズ破たんを契機とする金融危機の飛び火という要因に加え、ヨーロッパの金融機関における証券化商品等の不十分なリスク管理、住宅バブルの崩壊といったヨーロッパ各国自身が抱えていた要因があった(10)。しかし、より根本的には、1999年ユーロ発足以来蓄積されていた問題、すなわち、通貨ユーロの信認を支えてきた財政規律の緩み、マクロ経済のインバランスの問題が噴出したことがある。

(ア)財政規律の緩み
  ギリシャ財政危機の要因としては、ギリシャの財政統計における不正に加え、安定成長協定で定められた過剰財政赤字是正手続が効果的に機能しておらず、結果として財政規律が緩んだことが挙げられる。すなわち、多くのEU加盟国がGDP比3%を超える財政赤字を抱えていたが、警告や制裁措置に至る過程は長く、結果としてギリシャも含め、制裁措置を発動された国はなかった(第2章参照)。

(イ)マクロ経済のインバランス
  スペインやアイルランドにおいて、危機以前の財政状況は良好であったにもかかわらず危機に陥った根本的な要因としては、マクロ経済のインバランスが挙げられる。これらの国では、ユーロ参加により実質長期金利が大幅に低下し、住宅投資・設備投資需要が拡大した(第1-4-40図)。
  他方、ドイツやフランスの金融機関は、ユーロ創設により為替リスクなしでスペイン等の南欧諸国等への投資が可能になり、大量の資金が南欧諸国等やアイルランドに流入することとなった。例えば、ドイツの金融機関のアイルランド向け、スペイン向け与信残高をみると、2000年代に急速に増加し、それぞれ10年6月末時点にはアイルランドのGDP比76.1%に、スペインのGDP比12.0%に達していた(第1-4-41図)。
  また、欧州の金融市場は、ホールセールでは統合されている一方で、リテールは各国の地域金融機関が担っており、欧州の金融市場全体でみると統合されていない。このため、ドイツやフランスの金融機関は、スペインのカハ(貯蓄金融機関)等に貸出をする一方、カハが行うリスクの高い貸出について、必ずしもそのリスクを十分把握していなかった。その結果、スペイン等では、住宅市場に過剰な資金流入が生じ、住宅バブルに至ることとなった(第1-4-42図)。スペインやアイルランドでは、ユーロ発足後の財政状況は比較的良好であったにもかかわらず、住宅バブル崩壊による深刻な景気後退に対応するための景気刺激策や景気後退による税収の減少によって、財政赤字は08年から急速に拡大した(第1-4-43図)。

(2)欧州危機の再発防止

  EUの財政政策には、財政規律として安定成長協定があり、違反国には制裁措置も用意されているが、これらは十分に機能してこなかった。また、各国のマクロ経済のインバランスの背景にある構造的な問題を改善するための仕組みも特に設けられていないため、一部の国々にバブルが生じ、バブル崩壊の結果、深刻な景気後退、財政状況の悪化がもたらされた。
  このため、EUでは、危機の再発を防止するため、財政規律を含めた経済ガバナンスの強化に取り組んでいる。10年10月28日、29日のEU首脳会議では、ファンロンパイEU首脳会議議長による経済ガバナンスの強化に関するタスクフォース(11)の最終報告を承認するとともに、ユーロ圏の金融安定のための恒久的な危機対応メカニズム創設の必要性について合意した。

(i)財政規律の強化
  10年10月のEU首脳会議では、財政規律の強化を図るため、監視措置の強化、規則遵守の強化等を決定した。
  監視措置の強化については、債務残高にこれまで以上に注目することとし、過剰財政赤字是正手続において、財政赤字のGDP比が3%以内であっても債務残高のGDP比が60%を超えている場合、その削減ペース(12)が十分でなければ、予防的措置の制裁対象とすることとした。
  規則遵守の強化については、第一に、財政規律を遵守できない場合、EU加盟国を対象にEU予算の支出についてコンディショナリティを導入するとともに、ユーロ参加国に新しい有利子預託金、無利子預託金を課すこと、第二に、制裁の決定は、否決されなければ欧州委員会の制裁の提案が自動的に決まる「逆多数決(reverse majority)」を採用し、制裁が高度な「自動性」の下で決定されることとなった。
  また、EUレベルでの財政政策調整を強化するため、各加盟国が翌年の予算案の柱を、春に欧州委員会に提出(従来は秋に提出していたものを前倒し)し、各国の議会に提出する前に欧州委員会が政策提言を行い、財政再建に向けたピア・プレッシャーを実質的に高める「欧州セメスター」が、11年1月から実施される予定である(12年以降の予算が対象)。

(ii)マクロ経済サーベイランス
  マクロ経済のインバランスを是正し、危機再発を予防するため、新しいマクロ経済サーベイランス(マクロ経済インバランスの監視メカニズム)の創設が決定された。
  新しい監視枠組みは2段階からなり、第一段階では、欧州委員会は、加盟国が提出する国別改革計画(National Reform Program)の精査、複数の経済指標(13)によるスコアボードを用いた警戒メカニズムにより、マクロ経済のインバランスを評価する。
  第二段階では、EU加盟国の政策が包括経済政策指針に沿っていない場合、もしくは経済通貨同盟(EMU)の適切な機能を脅かす場合は、欧州委員会は過剰マクロ経済インバランス状態にある加盟国に早期警告を出すとともに、ECOFINは欧州委員会の勧告に基づき過剰マクロ経済インバランス状態を認定する。当該加盟国は、是正措置を行うとともに、状況を定期的に欧州委員会に報告する。なお、ユーロ参加国に対しては、是正措置勧告を遵守しない状況が繰り返された場合、ユーロ参加国のみの投票により制裁を課す。

(iii)恒久的な危機対応メカニズム
  ギリシャ財政危機の結果、13年までの3年間の時限措置として、欧州金融安定化メカニズム(EFSM:European Financial Stability Mechanism)が設立されているが、財政危機に対応し、EU加盟国への伝染(コンテイジョン)を避けるために、恒久的な危機対応メカニズムの創設の必要性がEU首脳会議で合意された。また、救済禁止条項(リスボン条約(EU運営条約)第125条)は修正せず限定的な条約の改正によって対応することとし、少なくとも13年半ばまでに批准できるよう危機対応メカニズムの概要等について、10年12月に最終決定することとした(第1-4-44表)。
  なお、新たな危機対応メカニズムの創設に関しては、民間部門の役割、IMFの役割、運営に際しての厳格なコンディショナリティ等が論点となっている。


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