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第1章 世界経済の回復の潮目の変化

第3節 アメリカ経済

3.財政政策及び金融政策の動向

  アメリカでは、景気の減速懸念の高まりを受けて、金融政策及び財政政策の対応を修正する動きがみられる。金融政策については、出口戦略から再緩和に向けた動きが進展する一方、財政政策については、オバマ大統領による追加対策等の提案がなされるものの、更なる財政の悪化に対する国民の反発(ティー・パーティー運動)、中間選挙に向けた民主・共和両党の駆引き等を背景に議会の議論は進展せず、政策に手詰まり感がみられる。

(1)金融政策

●出口戦略から再度金融緩和へ
  政策金利については、FRBは08年12月にフェデラル・ファンド・レート(FFレート)を0~0.25%まで引き下げ、その後約2年にわたって同水準を据え置いている。さらに、09年3月に開催された連邦公開市場委員会(FOMC)の声明文において、異例に低水準のFFレートが、「更に長い期間(for an extended period)」妥当となる公算が大きいとし、政策金利引上げまでの時間軸を抽象的ながら示した。
  一方、金融システムの安定が進展したことを背景に、10年6月までに中長期国債やよりリスクの高い資産の買取りを始めとした非伝統的金融政策は終了した(第1-3-37図)。また、公定歩合についても、07年8月のいわゆるパリバ・ショック(20)以降、金利引下げと貸出期間の延長を段階的に実施したが、10年2月には利上げを再開し、10年3月までに貸出期間を従来の翌日物に戻した。10年4月までのFOMCでは、資産買取りによって膨らんだFRBのバランスシートの縮小方法や、異例に低水準にあるFFレートの利上げに関して、出口戦略に関する検討が中心的になされていた。
  しかし、10年春以降の政策効果のはく落等による景気回復ペースの鈍化や、ギリシャ財政危機を発端としたマインドの低下等を受けて、バーナンキFRB議長は、10年7月の議会証言において、経済見通しが異例なほど不確実な情勢(unusually uncertain)と言及した。FRBが金融政策の使命とする雇用の最大化、物価安定、適正な長期金利水準(21)の動向をみても、10年5月以降、民間部門雇用者数の増加幅が緩やかになり、コア物価上昇率も低下傾向が継続し、期待インフレ率が低下するなど、経済成長や雇用、物価についての下方リスクが高まった。このため、10年8月のFOMCにおいて、FRBのバランスシートの縮小を抑制するため、FRBが保有している住宅ローン担保証券(MBS)等の元本償還分を中長期国債へ再投資することを発表し、それまでの出口戦略を見据えた姿勢から、再度金融緩和へ姿勢を変更した(22)第1-3-38図)。

●10年半ば以降、更なる追加的な金融緩和策の導入を検討
  FRBは景気回復ペースの鈍化や下方リスクの増加を背景に、10年半ば以降、追加的な金融緩和策の導入が検討された。バーナンキFRB議長は10年8月の講演において、更なる金融緩和の方法として、次の選択肢を検討しているとした。

(i)選択肢1:中長期証券(国債)の追加的な買取り
  10年8月以降、MBS等の元本償還分を中長期国債へ再投資する措置を開始したのに続き、更に中長期証券(国債)を追加的に買い取ることが検討されている。中長期証券(国債)の買取りによりマネタリーベースが増加することで、マネーサプライは増加することが期待され、FFレートがゼロ近傍まで低下した状況であっても更なる金融緩和が可能となる。実体経済面への効果をみると、中長期証券(国債)の買取りにより、金利の低下が促され資金調達コストが低下すると、設備投資等が活発化することが期待され、景気の下支えにつながる。また、金融市場への効果としては、FRBのバランスシートが拡大し、金融機関の超過準備が積み上がると、金融機関は、よりリスクはあるがリターンも期待できる有利な運用先を求めてポートフォリオ(資産の組合せ)の再構成を行うこと(ポートフォリオ・リバランス効果)により、株価等の資産価格の上昇につながる。
  中長期証券(国債)の追加的な買取り政策の導入に関して、バーナンキFRB議長は10年10月の講演において、FRBはこの政策手段の経済効果について判断する経験が十分でなく、買取り額と買取りペースの決定や、国民に対するこの政策の情報伝達に課題があるとした。実際、中長期証券(国債)の追加的な買取りによる実体経済への効果は不透明な状況にある。信用乗数の状況をみると、10年9月の信用乗数は4.4倍となっており、08年9月の世界金融危機発生以降の最低水準である10年2月の4.1倍からはやや改善しているものの、依然として低水準が続いている(第1-3-39図)。経済見通しの不確実性が引き続き大きい状況下では、仮に金利が低下しても、企業や家計は積極的な借入れによる設備投資や住宅購入、消費等を抑制することも考えられ、資金需要が増加しない一方で、金融機関は優良な貸出先に限定して貸出を行うため、資金供給も弱いままの可能性がある。このため、マネタリーベースを増加させても十分な信用創造がなされず、結果として実体経済面への効果が限定的となる可能性がある。

(ii)選択肢2:FOMC声明文の修正
  前述のように、09年3月のFOMC以降、FRBは声明文において、「異例に低水準のFFレートが更に長い期間(for an extended period)妥当となる公算が大きい」と表現し、低水準のFFレートの長期化を示唆し、この表現は10年9月のFOMCでも据え置かれている(前掲第1-3-37図)。この声明文を変更して、更なる金融緩和の継続を市場に伝達し、低金利政策の時間軸効果が強まれば、低水準の金利が継続することで、設備投資等が活発化することが期待され、景気の下支えにつながる。しかし、これまでの表現の継続により、短期金融市場では、12年以降までFFレートの利上げの可能性が低いことが既に織り込まれているため、声明文の変更を行うことによる時間軸効果は限定的となる可能性が高い。また、バーナンキFRB議長は10年10月の講演で、01年の日本や09年のカナダで行ったような、期間等に対する条件付けを行ってFOMCの政策意図を伝達することは困難との認識を示している。

(iii)選択肢3:超過準備預金金利(付利)の引下げ
  FRBは08年10月以降、実勢取引金利をFFレートに近付ける目的で、超過準備預金に対して0.25%の付利を実施している。この金利を引き下げることによって、金融機関の貸出意欲が創出されることに加えて、実勢取引金利が低下すれば、資金調達コストが低下し、設備投資等が活発化することが期待され、景気の下支えにつながる可能性がある。超過準備預金残高をみると、08年9月の世界金融危機発生以降大幅に増加しており、これらが他の収益資産にまわれば、信用創造が行われる場合も想定される(第1-3-40図)。しかし、超過準備預金金利は既に低水準にあるため、付利の引下げだけでは十分な信用創造にはつながらず、実体経済への影響は相対的に小さくなる可能性が高い。

●デフレ懸念の高まり
  一方、物価に関しては、景気の減速懸念の高まり等を背景にデフレ懸念が高まっている。FRBが金融政策において参照しているPCEコア・デフレータ(23)でみると、09年末にかけていったん上昇率が高まったものの、耐久財価格の下落率が拡大したことなどを背景に、10年9月には再び同1.2%まで上昇率が低下している(第1-3-41図)。また、コア消費者物価上昇率でみても、家賃価格の上昇率が低下したことなどを背景に、10年10月には同0.6%となり、1957年の統計開始来最低の伸びとなった(24)。一方、世界金融危機の発生以降に大幅に拡大したGDPギャップが依然としてマイナスにとどまる中、賃金の上昇率が低下傾向となっていることなどもあり、10年4月以降、アメリカの10年国債とインフレ連動債との差でみた期待インフレ率も大きく低下した(第1-3-42図)。
  この点について、バーナンキFRB議長は10年8月の講演で、FOMCは物価安定から下方へのかい離を強く拒むとし、デフレ阻止への強い姿勢を示した。また、ブラード・セントルイス連銀総裁は、10年7月に発表したデフレに関する研究(25)で、現在のようにFFレートを長期間ゼロに据え置くことを保証した場合、仮に物価上昇率と期待インフレ率が低下すると、更にFFレートを長期間ゼロに据え置くこととなるため、低い物価上昇率(デフレを含む)と低金利が均衡状態となるおそれがあるとした。この観点から、アメリカは、日本のような低金利とデフレが長期間継続する状態に陥る可能性が高まっているとし、今後の金融政策については国債の買取りによる量的緩和策の拡大が望ましいとの認識を示した。

●中期的な金融政策の目標をめぐる議論
  デフレ懸念の高まりもあり、以上のような追加的な金融緩和策に加えて、FRBの金融政策の目標をめぐる議論も活発化している。77年の連邦準備法改正以降、FRBではデュアル・マンデート(雇用の最大化、物価安定)に従い、金融政策の決定を行ってきた。しかし、FFレートが既に異例な低水準にある中で、雇用面での回復の遅れや物価面でのコア物価上昇率の低下傾向とデフレ懸念等、不確実性が高まっていることから、新たな目標を設定し、その目標に沿った形で金融緩和を実施することで、FRBの金融政策に対する信頼を確保することが提案されている。この点について、10年9月のFOMC議事録によると、FOMC参加者は、短期的な期待インフレ率に働きかけるための多くのあり得る戦略について検討したが、その中には、(i)FOMCがデュアル・マンデートに一致すると考えるインフレ率についての詳細な情報を提供すること、(ii)インフレ率よりも物価水準を目標とすること、(iii)名目GDPの水準を目標とすることが含まれていたとされた。

●追加金融緩和の実施と評価
  以上の議論に基づき、FRBは10年11月のFOMCにおいて、デュアル・マンデート、すなわち経済の回復をより強くし、物価上昇率を時とともに確実にマンデートと一致する水準にすることを支えるため、11年6月までに追加的に6,000億ドル(1か月当たり750億ドル)の中長期国債を買い取ることを決定した(26)。また、10年8月から開始しているMBS等の元本償還分の中長期国債買取りと合わせた買取り規模は、総額8,500~9,000億ドル(1か月当たり1,100億ドル)となった。これにより、FRBのバランスシートは、11年6月には3兆ドル前後(世界金融危機発生以前の約3倍)まで拡大する見込みとなった。なお、声明文では、同買取りプログラムのペースや規模は定期的に見直し、デュアル・マンデートを最も促進するために必要であれば、買取りプログラムを調整するとされた。
  10年8月以降の追加金融緩和策の効果をみると、信用創造効果については、長期金利は低下傾向となっているものの、実体経済への波及効果は6か月~1年程度のラグで現れるとの見方もあるため、今後の動向を注視する必要がある。一方、10年8月のFOMCにおける金融緩和への姿勢の変更と、同月のバーナンキFRB議長の講演で、FOMCの物価安定から下方へのかい離を強く拒む姿勢が明らかとなったことなどから、10年9月以降期待インフレ率は持ち直している(前掲第1-3-41図)。他方、株式市場は10年8月のバーナンキFRB議長の講演以後、追加金融緩和策への期待等を背景に大幅に上昇した。また、10年11月のFOMCで追加金融緩和策が決定された後には、アメリカの株式市場は08年9月のリーマン・ブラザーズ破たん前の水準を回復した(第1-3-43図)。

●出口のタイミング
  以上のように金融政策は再度緩和に転換してきているが、今後の緩和策から引締め策へ転換するタイミングについてFRBのデュアル・マンデートの観点からみていく。

(i)雇用面
  雇用面からみると、雇用動向でみたように、雇用者数の増加幅が緩やかな増加にとどまることもあり、失業率は11年中は9%前後の高水準で推移する見込みである。また、雇用環境の悪化等を背景に労働市場から退出していた者が労働市場に再流入した場合には、失業率の改善は更に緩やかなものにとどまるおそれがある。このため、仮に構造的失業率が上昇していたとしても、金融引締め策への転換は12年以降と考えられる。

(ii)物価面
  物価面をみると、各機関の見通しでは、アメリカの物価上昇率は12年にかけておおむね1%台で推移するとみられており、10年10月のバーナンキFRB議長の講演で示された、FOMC参加者が一般的にマンデートに一致していると判断する2%弱(about 2 percent or a bit below)に達しないとされている(第1-3-44表)。また、09年にGDPギャップが大幅に拡大した影響から、物価上昇率は更に低下する可能性もある(27)。このため、金融引締めへのタイミングは12年以降と考えられる。加えて、金融危機後の景気回復局面では金融セクターに脆弱性が残ること(28)を考慮すると、金融政策の信頼性確保のために、非伝統的金融政策の出口戦略についても検討を続ける必要はあるものの、拙速な出口戦略の実行により、期待インフレ率の大幅な低下等を誘発しないように、実体経済や物価上昇率の下方リスクの減少を確認した上で出口戦略を実施する慎重なスタンスを採用することが望ましい。

(2)財政政策

  10年度の連邦政府財政赤字は、1兆2,941億ドル(GDP比8.9%)と、過去最大となった09年度の赤字額(1兆4,157億ドル、GDP比10.0%)を下回ったものの、引き続き1兆ドルを超える大幅な赤字となった。オバマ政権は、財政再建に向けて15年までに「基礎的財政収支の均衡」を達成することを公約し、現在、超党派委員会を設置してその具体策を検討しているものの、10年春以降に景気の回復テンポが鈍化するなど経済の潮目の変化を受けて、10年9月にはインフラ投資や企業向け減税を柱とする新たな財政刺激策を提案している。
  アメリカ行政管理局(OMB)が10年7月に公表した財政見通しによれば、11年度以降、財政赤字は徐々に縮小していく見込みであるが、州・地方財政の悪化や、住宅市場の低迷を背景に政府支援機関(GSE)であるファニーメイ、フレディマックの経営の悪化も続いており、連邦財政を取り巻く環境は引き続き厳しい状況にある。

●追加財政刺激策、ブッシュ減税の延長を巡る動き
  ホワイトハウスの公表資料によれば、総額7,870億ドルで開始された財政刺激策は、10年9月末時点で累計5,510億ドルが支出されており、当初予算の約70%が既に消化されている。2,360億ドルがまだ残っているが、主な内訳は、減税措置の460億ドル、フードスタンプやメディケイド等の社会保障関連支出の420億ドル、インフラ整備等のプロジェクト投資の1,440億ドルとなっている。また、減税措置のうち260億ドルは、Making Work Payにかかる分であるが、同措置は10年末で期限を迎える予定となっている。
  アメリカ議会予算局(CBO)が8月に公表したレポートによれば、財政刺激策の実施により、10年4~6月期時点で、最大で330万人の雇用が創出され、実質GDPを4.5%押し上げたと試算している。財政刺激策はアメリカ経済を一定程度下支えする役割を果たしてきたが、今後、支出は徐々に縮小することから、政策効果のはく落が懸念される。
  景気減速懸念の高まりを受けて、オバマ大統領は、10年9月にインフラ投資や企業減税等を柱とする追加財政刺激策を発表した(第1-3-45表)。しかしながら、中間選挙をにらんだ民主・共和両党の駆引き等を背景に議会の議論は進展しなかった。追加対策のうち、インフラ投資については、財政負担の拡大に反対する立場から議会共和党の抵抗が根強く、実現しない可能性がある。一方、設備投資や研究開発投資に係る減税については、実現の可能性はあるものの、既に低金利であることや企業の余剰資金も潤沢であることから、経済効果は限定的とみられている。
  また、前述のとおり、財政刺激策の効果はく落の問題に加えて、01年から継続しているブッシュ減税の延長問題も大きな争点となっており、10年末に期限を迎えてそのまま失効する場合、あるいは延長するにしても調整に時間がかかる場合には、経済全体に及ぼす影響が懸念される。

●連邦財政のリスク要因
(i)州財政の悪化
  州政府の財政状況をみると、州経済の悪化に伴う税収の落ち込みを背景に大幅な歳入不足に見舞われており、多くの州で厳しい財政運営を強いられている。民間シンクタンクである予算・政策優先度研究所(CBPP:Center on Budget and Policy Priorities)によれば、10年7月に始まった11年度予算(一般基金(29))について、ほとんどの州で財源不足の状態に陥っているとしている(第1-3-46図)。
  財源不足の最大の要因は税収の減少である。州政府では、個人所得税、一般売上税が歳入の柱となっているが(それぞれ歳入全体の3分の1程度)、08年度をピークに大きく減少しており、景気後退局面以前の水準に回復していない(第1-3-47図)。これらの税収は景気動向に大きく左右されやすく、また、前年の所得等をベースに課税していることから、税収の回復に一定のラグが生じるという問題もある。景気は緩やかに回復しているものの、こうした点から税収の減少は当面続くと見込まれている。
  こうした状況にかんがみ、連邦政府はアメリカ再生・再投資法による財政刺激策を通じて、州政府への財政支援(State Fiscal Stabilization Fund)を行っているものの、こうした支援を含めても、依然として大幅な歳入不足が発生すると見込まれている。
  各州では均衡財政ルール(30)が課されていることが多いため、歳入不足に陥った場合には、財政安定化基金(Budget Stabilization FundあるいはRainy Day Fund)による補てん(31)や歳出削減、増税等を通じてこれに対処することとなる。財政安定化基金等による補てんは既に各地で行われており、一部で基金が枯渇しているところも出ている。50州全体をみると、財政安定化基金歳出比(各州における歳出の合計額に対する財政安定化基金の合計額の割合)は全体的には大幅な低下はみられない。しかしながら、テキサス州、アラスカ州の基金が大半(全体の6割以上)を占めていることを考慮すると、両州を除いた各州の調整余力は大きく低下している(第1-3-48図)。
  また、歳出削減についても広範に実施されている。ヘルスケア、弱者支援、義務教育、高等教育、雇用(32)、交通等が主な対象となっているが、特に、教育やヘルスケア関連の削減が大きくなっている。NASBO(National Association of State Budget Officers)の調査によれば、前回の景気後退局面では、州政府による歳出削減の規模は最大でも140億ドル程度(02年)であったが、今回の局面では09年で310億ドル、10年で220億ドルと規模が拡大しており、医療や教育への影響のほか、実体経済への影響が懸念される。
  州財政を圧迫しているもう一つの要因は、メディケイドに対するニーズの増大である。メディケイドは低所得層を対象とする公的医療保険制度であるが、州の財政支出の約2割を占めており、教育関連(約3割)に次ぐ規模を持っている。こうした中、先般の景気後退を受けて、メディケイド受給者数は近年大幅に拡大している(第1-3-49図)。NASBOによれば、雇用の回復が遅れていることなどから、受給者の拡大圧力はしばらく続く見込みであり、州財政に及ぼす影響が懸念される。
  また、メディケイドは州政府が所管する事業であるものの、その財源は連邦政府と分担する仕組みとなっている。連邦政府補助金のうちメディケイドは最大の支出項目であり、こうした足元の動きが連邦財政に及ぼす影響は大きい(第1-3-50図)。実際に、州財政の悪化に伴い連邦政府の負担は急速に拡大しており、10年8月には州政府に対するメディケイド補助として160億ドルの追加財政支援を決定している。
  CBOの試算(33)によれば、連邦財政の義務的経費(Mandatory Spending)におけるメディケイド支出は、10年度、11年度にかけて増加率は低下していくものの、高い水準を維持する見通しである。さらに、12年度から20年度の間の平均伸び率は7.8%となり、メディケア(5.8%)や社会保障支出(5.7%)よりも高い伸びが見込まれるなど、連邦財政の大きな圧迫要因となることが予想されている(第1-3-51図)。

(ii)GSE問題
  10年8月17日に住宅金融改革に関する政府主催の官民合同コンファレンスが開催され、経営再建中の政府支援機関(GSE)である連邦住宅抵当公庫(ファニーメイ)及び連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)の改革に向けた議論が本格化している。06年後半以降の住宅バブルの崩壊を契機に両社の経営は悪化し、10年4~6月期決算では、ファニーメイは12億ドル、フレディマックは47億ドルの最終赤字を計上した。さらに、7~9月期決算でも、ファニーメイは13億ドル、フレディマックは25億ドルの赤字を計上している。こうした状況を受けて、両社は財務省に対して追加支援を要請しており、政府が10年末までに両社に注入する公的資金は、累計で1,528億ドルに達する見込みである(第1-3-52図)。連邦住宅金融庁(FHFA:Federal Housing Finance Agency)によれば、今後も両社への公的資金注入が発生する見込みであり、13年末時点の資本注入見込額は、ファニーメイで1,500~2,570億ドル、フレディマックで710~1,060億ドル、合計で2,210~3,630億ドルに達する見通しである。
  GSEの経営悪化の背景には、住宅市場の低迷がある。住宅差押え件数は高水準にとどまり、住宅ローン延滞率も上昇傾向にあることから、不良債権の増加圧力がしばらく働くと見込まれる。一方、住宅価格は歴史的な低水準にあり、またこうしたレベルが当面続くと予想されることから、担保資産の劣化を通じて今後も一定程度の損失が発生する可能性が高い。住宅ローン供給に関しては、住宅市場の不透明感の高まりを背景に民間金融機関による貸出が縮小している中で、現在、MBSの新規発行のほぼすべてがGSEによって賄われており、GSEが果たす役割は大きい(第1-3-53図)。GSEの経営悪化は、住宅金融市場全体のローン供給機能を低下させ、住宅市場の更なる停滞を招くおそれがある。
  また、国際金融システム及び連邦財政に及ぼす影響についても留意する必要がある。GSEが保証・発行する債券(エージェンシー債)の保有状況をみると、国内金融機関とともに海外の保有比率が高く、中国、日本を始めとするアジア地域の保有が多い(第1-3-54図)。このため、理論的には、GSEの経営問題の影響は国内だけでなく各国にも波及するおそれがあるが、08年9月にはGSE債務に対する政府保証が与えられ、09年12月には公的資金注入の上限が撤廃されたことから、現在はこうしたリスクが直ちに顕在化する可能性は低い。しかし、連邦政府の財政状況は近年悪化しており(10年4~6月期時点における連邦政府債務残高(民間保有分)はGDP比約60%)、GSE債務等を加えた連邦政府債務残高はGDP比112.9%に達する(34)第1-3-55図)。GSEの動向も含めてアメリカ財政の持続可能性に対する懸念が高まる場合には、国際金融市場の混乱に至るおそれがある。
  政府は、11年1月までに住宅金融改革に関する包括的な提案を議会に提出するとしているが、GSEの存廃やそのあり方をめぐる民主・共和両党の論争は激しさを増しており、改革の先行きは不透明である。今後の議論の行方が注目される。

●超党派委員会の動き
  オバマ大統領は、財政再建に向けて、ブッシュ政権から引き継いだ約1兆3,000億ドルの財政赤字を任期(13年1月)までに半減することや、中期的な目標として、15年までに「基礎的財政収支の均衡」を達成することを掲げている。これに向けて、10年2月に超党派による「財政責任と財政改革に関する国家委員会」を創設し、4月に第1回会合を開催した。以後、3つのワーキンググループ(裁量的歳出WG、義務的歳出WG、税制改革WG)を立ち上げ、12月1日の報告書の公表に向けて月に一度のペースで審議を続けており、11月10日には共同議長による勧告案が発表された(第1-3-56表)。ただし、報告書の公表に当たってはメンバー18人のうち少なくとも14人のコンセンサスが必要であり、また、中間選挙の結果を受けてどのような形で提案がまとめられるか、その動向が注目されている。


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