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第1章 世界経済の回復の潮目の変化

第3節 アメリカ経済

1.潮目の変化

  全米経済研究所(NBER:The National Bureau of Economic Research)は、07年12月以降の今次景気後退局面について、09年6月に終了したと発表した。以後、アメリカ経済は回復局面に移行したが、回復のテンポは緩やかで、「雇用なき回復(ジョブレス・リカバリー)」の様相をみせている。10年春以降は、生産の回復を支えていた在庫積上げの動きが終了したことに加え、政策効果のはく落やギリシャ財政危機によるマインドの変化などもあいまって、回復ペースは更に鈍化し、今夏には、アメリカ経済の景気後退懸念が急速に高まることとなった。こうしたアメリカ経済の潮目の変化について、以下整理する。

(1)10年春までの動向:在庫積上げによる押上げと財政刺激策による回復

  09年6月に景気の谷をつけたアメリカ経済は、7~9月期以降5四半期連続でプラス成長を記録した(第1-3-1図)。特に、在庫投資や純輸出が大幅なプラス寄与となったことから、10~12月期の実質経済成長率は前期比年率5.0%と06年1~3月期以来の高い伸びを記録したことに続き、10年1~3月期も同3.7%と、在庫積上げの動きや堅調な個人消費等がGDPを押し上げた。
  需要項目別にみると、GDPの約7割を占める個人消費が、自動車買換え支援策(1)終了後も耐久財・非耐久財を中心に伸びを高めるとともに、景気後退期に大幅なGDP押下げ要因となった民間設備投資についても、機械設備及びソフトウェア投資を中心に持ち直し、10年1~3月期には8四半期ぶりに増加に転じた。また、在庫投資は、景気後退に伴う在庫調整が一段落して積上げの動きに転じたことから、同四半期における成長のかなりの部分を占める大幅な寄与となった(第1-3-2図)。他方、純輸出については、09年10~12月期は輸出が輸入の伸びを大幅に上回ってGDPを押し上げたが、輸入の増加ペース拡大により、以後再びマイナス寄与に転じた。
  この他、09年末~10年春頃にかけては、個別の経済指標においても力強い回復を示唆する動きがみられた。生産面においては、過去の景気回復局面を上回るスピードで鉱工業生産指数が上昇し、製造業の企業マインドは04年半ば以来の高水準を記録した。また、生産を中心とする企業部門の急回復を受けて、雇用面でも製造業やサービス業を始めとして民間部門雇用者数に大幅な改善がみられ、株価上昇もあって、家計のマインドは改善した。
  こうした景気回復の加速は、在庫積上げや輸出拡大に支えられた企業部門の回復及びアメリカ経済再生・再投資法(ARRA)(2)に基づく財政刺激策の寄与するところが大きい。ARRAによる財政刺激策は、10年1~3月期から4~6月期にかけて支出のピークを迎えており、アメリカ議会予算局(CBO: Congressional Budget Office)によると、10年1~3月期及び4~6月期の実質GDPを1.7~4.5%程度押し上げる効果があったとされる(第1-3-3表第1-3-4図)。

(2)10年春以降の潮目の変化

●ギリシャ財政危機以降のマインドの変化
  家計や企業のマインドは、08年末から09年初めにかけて歴史的低水準まで落ち込んだ後、雇用や住宅市場等の悪化ペースが緩やかになるなど景気に下げ止まりの兆しがみえてきたことから、09年前半に急速に改善した。特に、企業部門においては在庫調整が終了し、積上げ局面入りしたことから、新規受注指数が顕著に上昇し、製造業景況感指数(総合)を押し上げた。他方、家計部門のマインドは、09年4~5月にかけて将来指数を中心に上昇したが、その後は雇用環境の改善ペースが遅く、失業率の高止まりが続いたことなどから、08年の金融危機発生直前の水準まで回復するにとどまった(第1-3-5図)。
  10年に入っても、活発な生産活動を背景に企業部門のマインドは引き続き改善し、家計部門においても景気や雇用市場の見通しに対する懸念が和らいだことから、マインドに改善がみられたが、ギリシャ財政危機がピークに達した5月以降は再び弱い動きとなっている。マインド冷え込みの背景には、危機を受けて株価等が大幅に下落したことに加え、南欧への危機の連鎖や財政赤字に対する懸念が高まるとともに、実際の回復は予想していたよりも脆弱であるとの認識が広がり、先行き不透明感が増したことがあると考えられる。 
  家計部門のマインドの詳細をみると、足元の経済状況に対するマインドを示す現在指数は、景況感及び雇用ともに09年初から歴史的低水準で横ばいとなっており、特に、雇用機会が豊富にあるとの見方は非常に少ない。他方、6か月後の見通しに対するマインドを示す将来指数については、10年初の堅調な回復を反映して一時的に景況感及び雇用指数が上昇し、同時期に個人消費にも高い伸びがみられたものの、6月以降、マインドは再び低下傾向に転じた。なお、収入指数にはほとんど変化がみられないことから、景況感や雇用の改善は賃金増を伴わない形にとどまっていることが示唆される。足元の低迷に加え、将来についても改善が見込めないと家計がみていることから、当面の間、個人消費回復のペースは緩やかなものになると考えられる。
  一方、企業部門のマインドの詳細をみると、ISM製造業景況指数(総合)が、09年8月以降、15か月連続で景気判断の分岐点となる50を上回って推移しており、企業の景況感の改善が続いていることを示している(第1-3-6図)。しかしながら、ギリシャ財政危機がピークに達した10年5月以降、景況指数は低下傾向となっている。この背景には、既に述べたとおり、在庫積上げの動きが一服しつつあることや新興国の成長テンポの鈍化などが挙げられる。この他、ニューヨーク連銀の景況指数は10年4月、フィラデルフィア連銀の景況指数は10年5月以降低下傾向となっており、とりわけフィラデルフィア連銀の景況指数については、10年8月には、景気判断の分岐点となる0を下回って、09年7月以来のマイナスとなった。10月は各指標とも上昇したものの、依然として企業のマインドは不安定な状況にあるとみられる。

●政策効果のはく落
  住宅市場は、10年5月以降急激に落ち込み、足元では弱い動きとなっている(第1-3-7図)。住宅着工件数をみると、10年1月に08年11月以来となる年率60万件に達した後、4月には67.9万件まで回復したが、翌月5月には58.8万件と大きく落ち込んだ。その後、10月には、51.9万件と09年4月以来の低水準となった。また、住宅販売件数でみても、新築住宅販売件数は、10年4月に08年9月以来となる年率41.4万件まで増加したが、5月以降減少し、7月には1963年の統計開始以来の最低水準となる28.2万件となった。中古住宅販売件数も、10年4月に年率579万件にまで増加した後、次第に減少速度を速め、7月には384万件となり、99年の現行調査開始以来最低の水準となった。
  このように住宅市場の潮目が変化した背景には、10年4月末で終了した住宅減税の影響が挙げられる。住宅減税は10年4月末までに購入手続を行った者を対象としたため、10年1~4月にかけて駆込み需要が発生したものとみられる。一方、5月以降に住宅市場は、駆込み需要の反動もあり弱い動きとなっており、自律的な回復に至っていない状況にある。
  住宅ローン金利は歴史的な低水準にあり、住宅価格も06年4月のピークから30%程度下落した水準にあるなど、住宅取得環境は依然として良好であるものの(第1-3-8図)、住宅市場の回復は進んでいない。需要面では、失業率が高止まりしている中、雇用や所得の先行きに対する不安から住宅購入を控える動きがみられる。また、住宅ローン延滞率の上昇が続き、差押え件数も高止まりしていることから、今後も住宅価格に下押し圧力がかかるとみて購入を控える動きにつながっていることも考えられる(第1-3-9図)。さらに、住宅ローンに関する金融機関の貸出態度をみると、多少緩和の動きがうかがえるものの、大半の金融機関では態度に大きな変化はみられない(第1-3-10図)。
  また、差押え件数の高止まりは、住宅市場の供給面に対しても大きな影響を及ぼしている。住宅販売が低迷している中、差押え物件が中古住宅市場に大量に流入し、在庫の増加を助長しており、住宅価格の回復を遅らせる要因となっている。また、ローンの返済が可能な状況であるにもかかわらず、意図的に返済を止め、自宅を失う代わりにローン返済義務の放棄を狙う「戦略的デフォルト」の発生も引き続きみられ、10年3月時点でデフォルト全体の35%以上を占めるという研究結果もある(3)。現在、住宅ローン貸出の4分の1は担保価値が貸付額を下回る状況にあるといわれており、今後も差押え件数の高止まりは続くとみられている。
  住宅市場の回復が遅れる中、10年10月には金融機関に新たな問題が発生している。すなわち、大手金融機関の一部で、住宅ローンの延滞に伴う担保住宅の差押え手続きを巡って不正処理が行われたとされる問題である。金融機関によっては、問題の拡大を受けて差押え手続を停止する動きも出ており、金融機関の不良資産処理の動きが停滞することにより、住宅市場の回復の遅れにつながるといった影響も懸念されている。

(3)景気後退懸念の高まり

  09年末から10年初めにかけてみられた堅調な回復が一時的なものにとどまったことから、実際の回復基調は依然として弱く、回復スピードは鈍化しているとの認識が広がった。こうした状況を反映し、10年夏頃にかけて多くの機関が経済見通しを下方修正するなど、再度マイナス成長に落ち込む可能性も指摘された。秋以降、こうした懸念は和らいだものの、当面の回復は緩やかなものになるとの見方が主流となっている(第1-3-11図)。


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