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第2章 緊急避難的な経済政策からの出口戦略

第3節 金融政策の出口戦略

2.金融資本市場の現状と非伝統的金融政策の効果

   以上のようなFRB及びECB、BOEの非伝統的政策はどのような効果があったであろうか。以下、中央銀行の買取対象となった資産の市場動向を検討し、買取りの効果を検証する。

●アメリカの動向
   アメリカにおいてFRBが非伝統的金融政策として買取りを実施した資産は、CP、国債、MBS等である。この中で、CP市場はリーマン・ブラザーズの破たん直後には発行残高がピーク時の65%まで大幅に減少したが、08年10月にFRBが買取りを開始した後持ち直した。09年に入ってからは発行残高の減少が続いた(5) ものの、8月以降は再び増加傾向にある(第2-3-3図)。また、CPの割引率におけるスプレッドは、リーマン・ブラザーズ破たん直後に大幅に上昇したが、09年に入り低下しおおむね金融危機発生以前の水準に戻った(第2-3-4図)。直近のCP市場が安定してきていることを背景に、FRBによるCPの買取残高は、09年1月時点では3,500億ドル(CP発行残高の21%)であったのに対し、11月11日時点では143億ドル(同1%)にまで減少している。
   国債市場においては、財政赤字の増大等に伴い中長期国債の新規発行額が、09年3月25日から同年10月末では月平均で1,873億ドルに増加している(08年の月平均は858億ドル)。一方、市場での国債需要と供給のバランスに当たる応札倍率は安定しており、長期金利の水準も2〜4%のレンジで推移している。この間にFRBは既に発行された中長期国債を2,969億ドル(月平均409億ドル)買い取っており、新規発行額の4分の1に当たる額、すなわち、月平均発行額の増加分の約半分に当たる額を市場から買い取っている。このため、国債買取りによって間接的に新規発行の増加分の約半分が吸収され、市場の国債需給が良好な状況を保ち、長期金利の上昇を抑制してきたともいえる(第2-3-5図)
   MBS市場においては、GSEによる新規発行が08年後半を底に増加に転じている。FRBのMBS買取額は増加傾向が継続しており、11月11日時点では7,748億ドル(GSEのMBS新規発行分の47%)に達し、結果として、住宅ローン金利の安定に寄与した。しかし、その他の機関によるMBSの新規発行は直近においてもほとんど実施されていない(第2-3-6図)。他方、ABS市場においては、新規発行が06年の1.2兆ドルをピークに減少し、08年半ば以降はほとんど発行がない。ABS買取りを促進する制度であるTALFが開始された09年3月以降、11月11日時点でのTALFによる貸出額は約431億ドル(ABS新規発行額の29%)となっている。また、この中で、先行きが懸念されるCMBSに対する貸出額は、CMBSがTALFの対象となった09年6月以降、約65億ドル(CMBS新規発行額の36%)となっている。新規発行額に占める割合が高いことから、TALFの効果を認める見方がある一方で、新規発行が本格的に回復していないことから、効果は限定的な範囲にとどまっているとする見方もある(第2-3-7図)

●ヨーロッパの動向
   ヨーロッパのカバード・ボンド市場については、ECBが09年5月に買取りを発表(実施は7月)してから、カバード・ボンド市場の安定性を表すスプレッドはピーク時(09年春)の半分程度にまで低下している。また、ECBによる買取額(7月6日〜10月30日)は約210億ユーロとなっている(10年6月まで継続して実施)(第2-3-8図)。ユーロ圏におけるカバード・ボンドの発行残高は約1兆6,000億ユーロ(08年)(6) であり、ECBによる買取り(600億ユーロ)は約4%のインパクトを持ったことになる。なお、発行残高の約50%がドイツ、約21%がスペイン、約17%がフランスにおけるものとなっている。
   英国債市場をみると、中長期国債の新規発行額は、09年に入り月平均で160億ポンドに倍増している(08年の月平均は83億ポンド)。BOEによる国債の買取額は1,728億ポンド(09年10月29日時点)となっており、中長期国債の新規発行額を上回るペースで買取りを行っている。国債市場の需給バランスを示す応札倍率も2倍程度で安定的に推移しており、長期金利の水準は09年に入って3〜4%のレンジで安定している。こうした国債市場の安定には、BOEによる大規模な買取りが寄与していると考えられる(7) (第2-3-9図)

●非伝統的金融政策の評価
   以上みたように、アメリカにおいて採用された各種資産の買取り等の非伝統的金融政策のうち、CPの買取りについては、08年末にかけての発行額の回復やスプレッドの大幅低下等CP市場に対するプラスの効果があり、これを通じて企業や金融機関の資金調達を支えたと評価できる。また、国債の買取りについても、中長期国債の新規発行が増加する状況下において応札倍率が高水準を維持するなど、国債市場の需給に対して一定の下支えの効果を与えたものと考えられる。一方で、MBSの買取りは、住宅ローン金利の低下を通じて住宅市場の下支えの効果はあったものの、MBS市場の回復には至っていない。さらに、ABS市場への対策についても、新規発行は現状においてもほとんど行われておらず、市場が回復しているとはいえない。このようなことから、CP等の直接金融に対しては非伝統的金融政策の効果がみられる一方で、証券化商品等の市場型間接金融に対する効果は、リスク管理や格付けに対する信認の問題を背景に、証券化商品自体に対する信頼性が回復していないことなどもあり、限定的な範囲にとどまっている。
   ヨーロッパでも非伝統的金融政策によるカバード・ボンドの発行額の増加や市場のスプレッド低下、英国債市場についても市場の安定化等が認められる。
   なお、BOEは2%のインフレ目標を維持しながら国債買取りを行っているため、国債買取とインフレ目標との関係が論点となっている。この点についてBOEは、国債買取はインフレ目標を達成することを目的としており、政府の財政赤字をファイナンスすることが目的ではなく、政府から直接買い入れるのではなく民間セクターから買い入れているとしている(8) 。また、BOEは量的緩和のメカニズムを次のように説明している。まず、資産の買取りによってマネタリーベースを増加させるとともに資産価格を下支えする。マネタリーベースの増加は銀行貸出を増加させ、資産価格の上昇は経済全体の富の増加や借入制約の低下につながる。この結果、所得が増加し、消費が増加することで中期的にインフレ目標の2%を達成するというものである(第2-3-10図)。量的緩和策を評価する上では、(i)通貨供給量(広義流動性)、(ii)企業の資金調達環境、(iii)足元のインフレ率及びインフレ期待、(iv)名目消費支出、に注目していくとしている。FRBの非伝統的金融政策との比較では、FRBが特定の資産市場の信用緩和を目指しているのに対して、BOEは量的緩和によってマクロ的な経済全体の安定を目指していることが大きな違いである。
   各種資産の買取りにより、FRBのバランスシートは08年12月には危機前の2倍以上、ECBは約1.5倍、BOEは約3倍近くにまで膨らみ、買い取った資産のリスクも抱えている(第2-3-11図)。直近ではバランスシートの拡大は抑制されているが、拡大したバランスシートをどのように縮小させるか、またその際、FRBにおいてはCP等の短期証券中心からMBS等の長期証券中心に変化した資産構成をどのように調整するか、リスクをどう管理するかなど、出口戦略の舵取りはより重要になっている。


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