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第1章 世界経済の回復の持続性

第3節 アメリカ経済

4.雇用の悪化とジョブレス・リカバリーの可能性

(1)これまでの労働市場の調整過程(労働需要面)

   雇用環境をみると、非農業部門雇用者数は、前月差▲74.1万人となった09年1月以降、減少幅が縮小傾向にある。09年8月以降の非農業部門雇用者数は、前月差▲20万人前後となり、08年9月のリーマン・ブラザーズの破たん以前の減少幅に縮小した(第1-3-36図)。しかし、雇用者数の減少幅は、依然として90年以降の景気後退期の最悪期と同水準となっていることに加え、07年12月の景気後退入り以降では、過去最長の22か月連続で非農業部門雇用者数は減少を続けており、累計で730万人の雇用が失われている(第1-3-37図第1-3-38図)。一時の急激な雇用調整は一巡しつつあるものの、雇用環境は第二次世界大戦後最悪の厳しい状況にある。
   雇用者数の変化を産業分野別にみると、07年12月の景気後退入り以降では、財の製造部門(16)を中心に減少していたが、08年秋以降はサービス部門に雇用調整が広がった。しかし、09年2月以降は財の製造部門及びサービス部門双方で、雇用者数の減少幅は改善傾向にある(第1-3-39図)。雇用者数の減少幅が縮小した09年7〜10月の雇用者数について更に詳しくみると、財の製造部門では07年12月から09年6月までの1四半期当たりの雇用者数の変化率は▲2.4%であったのに対し、09年7〜10月では同▲1.9%と雇用者数の減少幅が縮小している(第1-3-40表)。特に、各国政府が積極的に買換え支援策を打ち出した自動車等の輸送用機器製造業では、生産及び設備稼働率の持ち直しの動きと合わせて雇用者数にも持ち直しの兆しがみられる(第1-3-41図)。輸送用機器製造業の雇用者数は、大手自動車メーカーの経営難とも重なり、09年1月には同産業の5%にあたる雇用者が解雇されたが、09年7月には買換え支援策に自動車メーカーの再編や経営再開も重なり2.9万人増と98年8月以来の増加幅となった。また、建設業の雇用者数は、09年半ば以降の住宅市場の持ち直しの動きにより、住宅関連で減少幅がやや縮小傾向にある。一方で、大幅な調整が続いている商業用不動産を含む非住宅関連の建設業は、減少幅が拡大している。
   一方、サービス部門においても、雇用者数の減少幅は緩やかな縮小傾向にある(第1-3-42表)。財の製造部門と同様、自動車・同部品の小売業の雇用者数は、減少幅が縮小傾向にあり、09年8月には前月差で07年11月以来の増加に転じた。さらに、専門サービス業でも、09年9月以降管理・一般サービス業を中心に雇用者数が増加している。特に、常用雇用も含めた雇用全体の先行指標といわれている人材派遣業においては、09年10月には前月差3.4万人増と07年10月以来の増加幅となった(第1-3-43図)。一方で、07年12月から09年6月までの期間に雇用の受け皿の役割を担っていた政府部門は、直近では雇用者数が減少に転じている。特に、州・地方政府は、連邦政府の景気刺激策による財政支援もあり雇用を維持していたものの、新たな財政年度を迎え、引き続き厳しい財政状況を背景に雇用調整が行われているものとみられる。
   09年1月以降、雇用者数の減少幅が縮小傾向にあるのに対し、失業率は引き続き上昇傾向にある。09年10月の失業率は10.2%となり、83年4月の10.2%以来の高水準まで上昇している(第1-3-44図)。また、世代別に失業率をみると、全世代において失業率は上昇傾向にある。特に、若年層の失業率の水準は深刻な状態にある。景気後退入り以前から高い水準にあったが、09年10月において16〜24歳の失業率は19.1%にまで上昇している(第1-3-45図)。さらに、失業期間については長期化する傾向が継続しており、09年10月において27週以上失業状態にある失業者数は、過去最高の559万人(労働力人口の3.6%)にまで増加し、特に52週以上の長期にわたって失業状態にある失業者は296万人(同1.9%)となっている。

(2)これまでの労働市場の調整過程(労働供給面)

   雇用環境を労働供給面からみると、景気後退入り以降では、16歳以上の人口は増加している一方で、16歳以上で就業者(17) にも失業者(18) にも当てはまらない非労働力人口が増加している。その結果、09年10月の労働参加率は65.1%となり、86年4月の65.1%以来の低水準となっている(第1-3-46図)。非労働力人口の内訳を詳しくみると、「就職意欲はあるものの、求職活動を行っていない者」が増加傾向にある。その中でも、特に、現下の厳しい雇用環境に対して失望したことを理由として求職活動を断念している者は、景気後退入り以降で2.2倍に膨らんでいる。求職活動を断念している者は、労働供給市場から退出しているとみなされるため失業者には区分されず、失業率の概念にも含まれない。しかし、雇用環境が改善した場合には、このような人々は、求職活動を再開する可能性が高く、失業した状態で労働供給市場に再参入することが多い。したがって、このような人々は潜在的な失業者と位置付けることができる。潜在的な失業者を考慮した失業率は、09年10月には10.7%(19)となっており、一般の人々が感じる雇用環境は、統計上の失業率で示される状況よりも厳しいことがうかがえる(第1-3-47図第1-3-48図)。

(3)今後の見通し(ジョブレス・リカバリーの可能性)

   景気の回復局面において雇用面で特に重要となるのは、ジョブレス・リカバリーの問題である。ジョブレス・リカバリーとは、景気が回復局面に移行しても雇用の低迷が長期間継続する状態のことを指し、アメリカでは、91年及び01年の景気後退から回復へ転じる際に発生した(第1-3-49図)。特に、01年の景気後退から回復へ転じる際には、景気回復局面に入っても雇用者数が減少し続けたことから「ジョブロス・リカバリー」とも称される。
   景気後退から回復へ転じる際の特徴を労働分配率でみると、70年から82年までの景気後退からの転換時には、付加価値の伸び率が雇用者報酬の伸び率を上回ったため、労働分配率は低下している(第1-3-50図)。このため、雇用する側にとっては利益水準を向上させながらも新たな雇用を創造しやすい環境が整っていたと考えられる。一方で、91年及び01年では、景気回復局面に移行後も労働分配率は横ばいまたは上昇し続けている。このため、雇用する側は利益水準確保のために新たな雇用に対して慎重な姿勢をとる必要があったものと考えられる。
   また、景気後退から回復への転換時の特徴を産業分野別にみると、70年以降の景気後退から回復への転換時では、財の製造部門の雇用は総じて回復が鈍い。特に、91年及び01年のジョブレス・リカバリーの局面では、財の製造部門では深刻な雇用調整が継続する傾向がみられる(第1-3-51表)。一方、サービス部門の雇用は、70年には財の製造部門を大きく上回る雇用創造が行われた。また、74年、80年、82年でも財の製造部門の減少幅を大きく上回る雇用創造が行われ、全体の雇用者数の増加につながった。しかし、ジョブレス・リカバリーの局面では、サービス部門の雇用創造は限定的な範囲にとどまっている。91年には、財の製造部門の減少をサービス部門でカバーする構図が崩れ、01年には、ITバブル崩壊の状況下で、サービス部門でも雇用調整が続くこととなった。特に、景気変動の影響を相対的に受けにくいとされる教育・医療部門及び政府部門を除くと、ジョブレス・リカバリーの局面では、雇用創造はサービス部門においてもほとんど行われなかった。これは、景気回復と同時に、経済のグローバル化が進展する中で、ITサービス業の拠点がアメリカ国内から国外へシフトするなど、労働市場に構造的な変化が発生していることが要因として考えられる。
   今回の09年1月以降の雇用者数の減少幅が縮小している局面を労働分配率でみると、労働分配率は景気の下げ止まりと急速な雇用調整により、09年に入ってからは上昇が止まっている(前掲第1-3-50図)。しかし、景気後退以前の水準と比べてまだ高水準にあるため、景気の持ち直し傾向が一定程度継続し、労働分配率が更に低下するまでは雇用者の本格的な雇用創造意欲は回復しない可能性がある。
   さらに、産業部門別にみると、財の製造部門に加えてサービス部門においても、減少幅は縮小したものの雇用調整が継続している(前掲第1-3-51表)。この状況は、ジョブレス・リカバリーが発生した91年及び01年の局面と類似している。アメリカでは全雇用者数に占めるサービス部門従事者の割合が高い(20)こともあり、今後もサービス部門における雇用創造が十分に行われないようであれば、景気回復局面に入っても雇用環境が低調なまま推移するジョブレス・リカバリーに陥る可能性がある。
   一方サービス部門では、人材派遣業等の専門サービス業において、ジョブレス・リカバリーが発生した91年及び01年の景気回復局面と比較して、雇用調整がより大幅に行われている(前掲第1-3-51表)。人材派遣業は、雇用全体に占める割合は1.3%と小さいものの、他の産業部門と比較して雇用弾性値が大きく、賃金も相対的に低いことから、景気の持ち直しに合わせて雇用者数が増加に転じる傾向があり、全体の雇用者数の改善にもプラスに働く可能性がある(第1-3-52図第1-3-53図)。
   雇用を取り巻く周辺環境をみると、企業の生産活動は持ち直しの動きがみられる。また、企業の雇用に対する姿勢は、製造業・非製造業両部門で悪化ペースが緩やかになっており、インターネット上の求人広告件数についても、08年後半から09年初にかけて急減したものの、その後の広告件数はおおむね横ばいで推移している(第1-3-54図第1-3-55図)。さらに、アメリカ再生・再投資法(ARRA)による公共投資の本格化に伴う建設業等での雇用創出効果により、雇用の悪化ペースは緩やかになる可能性がある。しかし、民間調査機関による失業率の見通しは、10年前半の10%台半ばをピークとするものの、その後の回復は鈍いと見込んでいるものが多く、ジョブレス・リカバリーの可能性も念頭に置いて今後の情勢を引き続き注視していく必要がある(第1-3-56表)。


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