目次][][][年次リスト

第1章 世界経済の回復の持続性

第2節 アジア経済

5.アジアの輸出の持続性

   韓国、台湾、シンガポール等東アジア各国・地域の最近の景気の持ち直しには、中国向けを中心とした輸出の改善も寄与している。しかし、この輸出の改善は持続するのであろうか。以下では、東アジア各国・地域の輸出の現状を把握し、さらに、東アジアの特徴的な輸出の構造を分析する。その上で、今後のアジアの輸出の改善の持続性を検証していく。

(1)東アジア各国・地域(18)の景気回復に対する中国向け輸出の寄与

●中国の輸入動向
   中国の輸入は改善しており、前年とほぼ同水準まで回復している。中国の輸入額を主要相手国・地域別にみると、東アジア各国・地域からの輸入が持ち直しているほか、それ以外の国・地域からも持ち直し、09年9月には、前年同月とほぼ同水準になっている(第1-2-50図)。全体の動きを品目別でみると、素材関連は、6月から前年を上回る水準で推移している(第1-2-51図)。これには、非鉄、セメント、鉄鋼等の増加が寄与しており、4兆元の対策のインフラ投資により需要が増大していると考えられる。また、東アジア各国・地域からの品目別の輸入をみると、主要品目は、すべて持ち直しており、ほぼ前年の水準まで回復していることが分かる(第1-2-52図)。なお、電気機械・機器や化学製品は、東アジア各国・地域からの輸入が多い。内閣府の推計では、中国の電気機械・機器、化学製品輸入のうち、東アジア各国・地域からの輸入が占める割合は、08年には共に4割超となっている。このような中国の輸入の改善は、東アジア各国・地域の景気持ち直しにも一部寄与していると考えられる。

●東アジア各国・地域の輸出動向
(i)全体
   それでは、東アジア各国・地域側の統計をみてみよう。総じて、東アジア各国・地域の輸出は持ち直し、回復に向かっている。輸出金額を季節調整済みの前期比でみると、09年4月にタイとマレーシア、5月に台湾とシンガポールがプラスに転じ、その後も、足元ではばらつきがあるものの、ほぼプラスで推移している(第1-2-53図)。また、韓国は9月に、前年同期比でマイナス幅が一けたに縮小し、持ち直しの基調を示している。

(ii)相手先別
   東アジア各国・地域の輸出を主要相手先別にみると、アメリカ、EU向けは低迷し、中国(香港含む)向けを中心に回復している。アメリカ、EU向け輸出は、08年末に急激に減少し、09年秋時点においても、前年の8割程度の水準が続いており、欧米諸国の深刻な景気後退による需要減少を反映したものとなっている(第1-2-54図)。これに対し、中国(香港含む)向け(19)輸出は、09年初以降マイナス幅が縮小する傾向にあり、9月にはシンガポール以外が前年同期比でプラスに転じ、08年9月の世界金融危機発生前の水準に戻っている。
   なお、中国、東アジア各国・地域の輸出相手先別のシェアを07年と09年1〜9月で比較してみると、アメリカ、EU向けのシェアが低下し、中国(香港含む)向けのシェアは、横ばいないし拡大している(第1-2-55図)。また、インド、オーストラリア、ASEAN、中東等の新興国・地域を含むその他地域向けのシェアが拡大しており、輸出先の多様化が進んでいるとみられる。
   また、中国については、香港を経由して先進国に輸出しているケースもあるため、中国の香港向けのシェアの低下に、一部アメリカ、EU向けの輸出減少の影響も含まれていると考えられる。

(iii)品目別
   東アジア各国・地域の輸出を品目別にみると、電気機械・機器や化学製品を中心に持ち直している。電気機械・機器の輸出は、09年9月には、東アジアのいずれの国・地域でもおおむね前年の9割程度の水準にまで持ち直している(第1-2-56図)。また、化学製品も、09年9月にはおおむね前年の9割の水準まで持ち直している。なかでも、シンガポールの化学製品の輸出が他と比較してマイナス幅が小さいのは、生産のウェイトが高いバイオメディカルが好調であるためと考えられる。一方、電気機械・機器を除く機械類、輸送用機器類や素材関連は、東アジアのいずれの国・地域でも、ばらつきはあるものの、総じて前年比で大幅なマイナスが続いている。
   以上のように、東アジア各国・地域の輸出は、世界金融危機を受け、アメリカ・EU向けを中心に大幅に減少しているが、中国(香港含む)向け輸出は回復している。品目別では、家電等の電気機械・機器やプラスチック製品等の化学製品が回復している。これらの品目は、中国の自動車販売促進や家電下郷等の家電販売促進に関連した品目であり、中国の内需拡大策が東アジア各国・地域経済に恩恵をもたらした結果と考えられる。

(2)貿易と最終需要地の変化

●過去20年間の東アジア(20)の貿易の拡大と輸出先の変化
   近年、中国、韓国、台湾、ASEANといった東アジア地域は、輸出主導で高い経済成長を遂げ、過去約20年間に世界全体の輸出額に占める東アジアの輸出のシェアは拡大を続け、1990年の17.8%から、2000年には22.5%、更に08年には23.4%となり、世界の輸出の約4分の1を占めている(第1-2-57図)。東アジアの輸出の内訳をみると、プラザ合意のあった85年時点では日本が東アジアの輸出の約半分のシェアを占めていたが、90年代半ば以降、中国のシェアが大きく拡大し、中国(香港含む)のシェアは、90年に2.9%、2000年に5.4%、08年には9.4%となっている。今では中国が東アジアの輸出の約4割を占めるまでに至っている。
   この20年間の東アジアからの輸出の相手先には変化がみられ、特に韓国及びASEAN、日本における中国向け輸出の拡大が顕著である。韓国及びASEANでは、欧米や日本といった先進国向けの輸出のシェアが、90年の56.8%から08年の32.3%へと大きく低下し、代わって中国向けのシェアが90年の6.2%から08年の18.9%へと上昇した(第1-2-58図)。この結果、日本以外の東アジア域内向けのシェアは、05年以降、日米欧向けのシェアを上回るようになり、08年では、41.9%となっている。日本の輸出についても同様の傾向がみられ、欧米向けの輸出のシェアは、90年の52.3%から08年に31.8%に低下する一方、東アジア域内向けの輸出は、中国向けを中心に拡大し、90年の24.3%から08年に41.9%にシェアが高まっている。
   一方、中国では、先進国向けのシェアは低下しているものの、依然として高い。先進国向け輸出については、日米向けのシェアは90年40.0%から08年31.3%へと低下したが、EU向けのシェアはやや上昇し、日米欧を合わせたシェアは08年で54.9%となっている。韓国及びASEAN向けのシェアは、90年の12.5%から08年の14.4%へとやや上昇している。また、その他の域外向けのシェアも高まっており、輸出先の多様化が進んでいることがうかがえる。
   このように、90年代から2000年代にかけて東アジアの輸出が拡大する中で、中国では、日米欧といった先進国向けの輸出が高いシェアを維持する一方で、中国以外の国々では、中国向け輸出が拡大している。東アジア域内の貿易が拡大していることがこの期間の特徴である。

●域内分業体制の拡大
   以上のような域内貿易の活発化の背景には、中国を軸とした域内分業が発展してきたことが指摘されている。この点について、まず、東アジアの貿易の変化を財別にみてみたい(21)
   まず、中国の輸出をみると、最終財が大きなシェアを占める構造は変わっておらず、最終財は07年時点で60.9%のシェアを占めている。しかし、欧米及び日本向けについては、最終財(消費財及び資本財)の中で、消費財のシェアが低下し、資本財のシェアが高まっており、産業構造の高度化に伴い、輸出する財の構成が多様化してきていることがうかがえる(第1-2-59図)。他方、韓国、台湾及びASEAN向けについては、日米欧向けと同様に、最終財の中で資本財のシェアが高まる傾向がみられるが、中間財(加工品及び部品)が大きなシェアを占める構造は変わっておらず、中間財は07年時点で60.2%のシェアを占めている。
   一方、韓国、台湾及びASEANの輸出をみると、東アジア域内向けについて、部品を中心として中間財の増加がみられる。中間財の占めるシェアは、韓国、台湾及びASEAN向けについては95年の66.2%から07年の72.5%へ、日本向けについては95年の45.5%から07年の62.9%へと上昇している(第1-2-60図)。また、中国向けについても、資本財も急速に増加しているものの、部品の増加が著しく(95年のシェア19.0%→07年43.2%)、それを含む中間財のシェアは、07年時点で75.6%となっている(第1-2-61図)。他方、欧米向けについては、財の構成にそれほど大きな変化はみられず、07年時点で、中間財は43.0%、最終財は53.6%のシェアとなっている。また、日本の輸出についても、韓国、台湾及びASEANの輸出と同様の傾向を示しており、韓国、台湾及びASEAN向けの中間財の輸出の増加に加えて、中国向けの部品の輸出の増加がみられ、それを含む中国向けの中間財のシェアは07年時点で69.3%を占めている(第1-2-61図第1-2-62図)。欧米から中国向けの輸出では、07年で中間財が51.5%、最終財が38.1%のシェアであることと比較しても、韓国、台湾及びASEANと日本から中国への輸出に占める中間財のシェアは非常に高いといえる。
   次に、東アジアの輸出を産業別にみると、電気機械・機器において部品の輸出の拡大が顕著にみられる。中間財の輸出をみると、加工品については、化学製品、鉄鋼・非鉄金属・金属製品、石油・石炭製品等の素材関連が大半を占める傾向が大きく変わっていない一方で、部品については、電気機械・機器が大きく増加している(第1-2-63図)。東アジアの域内貿易全体を産業別でみても、電気機械・機器の輸出が近年大きく増加しており、特に、域内向けの部品の増加が大幅である(第1-2-64図第1-2-65図)。
   以上のように、近年の東アジアの輸出の拡大は、主に中間財を中心とした、域内貿易の拡大によってもたらされたところが大きいといえる。中国の東アジアからの中間財の輸入のうち電気機械・機器が07年で約4割を占めており、また、中国の貿易統計をみると、中国の貿易において、加工貿易(輸入材料を用いた加工や委託加工・組立に関連した貿易)が08年で輸出の約47%、輸入の約34%を占めていることも併せて考えると、東アジア域内から中国向けに中間財を輸出し、中国で加工・組立てを行い、主として先進国へ輸出するという、中国を軸とした域内分業が発展してきたことが示唆される。

●中国の最近の貿易動向とアジアの輸出回復の持続性
   このように、東アジアの輸出において近年大きな役割を果たしている中国の最近の貿易動向はどうであろうか。まず、輸出についてみると、09年5月以降、前月比でプラスが続いており、持ち直しの動きがみられる。相手先別にみると、ASEAN向けの輸出は比較的改善しているが、主要輸出先である欧米向けの輸出は前年比で大幅なマイナスが続いている(第1-2-66図)。品目別にみると、労働集約型の品目である雑製品(家具、衣類、玩具等)は相対的に小さいマイナス幅で推移しており、電気機械・機器も7〜9月期にマイナス幅が縮小しているが、素材関連は減少幅の拡大が続いており、機械類・輸送用機器も改善していない(第1-2-67図)。
   なお、中国では、加工貿易が大きな割合を占めているため、輸出の動向は輸入に影響を与える。輸入をみると、09年秋の世界金融危機後、輸出よりも早く前年比でマイナス幅が拡大したが、09年半ば以降は、輸出と比較してマイナス幅の縮小が大きく、回復傾向がより明らかである(第1-2-68図)。輸入元別にみると、前年比で輸入がマイナスに転じた08年10〜12月期以降、韓国、台湾やASEANといった東アジア域内からの輸入の減少が相対的に大きく、先進国からの需要の減退による加工貿易の減少の影響が大きかったものと推測されるが、09年半ば以降、韓国、台湾、ASEANからの輸入も大きく改善している(前掲第1-2-50図)。
   しかし、加工貿易の統計をみると、加工貿易関連の輸入よりも一般輸入(22)が早く回復しており、09年7〜9月期をみると、一般輸入は前年同期比7.2%減であるのに対し、加工貿易関連の輸入は同13.3%減となっている(第1-2-69図)。主たる最終需要地である欧米向け輸出の低迷が続いていることと併せて考えると、現在の中国周辺のアジア各国・地域における中国向け輸出の持ち直し傾向は、主に景気刺激策により堅調な中国の内需によってけん引されているものとみられる。ただし、上記の輸出の構造をみると、中国の最終消費者としての役割はまだ限定的であり、最近中国の内需が拡大しているとしても、上記のような基本的なアジアの貿易構造が短期的に大きく変わるものとは考えられない。現在のところはまだ、最終的な需要先である欧米等先進国の存在が大きいと考えられることから、東アジアの輸出回復の持続性には限界があると思われる。

(3)デカップリング論とグローバル・リバランス

   02年以降、アジアを含め新興国経済は、世界経済が持続的に拡大する中で急速な経済成長を遂げ、世界経済に占めるウェイトを一段と高めてきた。こうした高成長を背景に、08年9月に世界金融危機が発生するまでは、一部のエコノミストの間で、新興国経済は、アメリカを始めとする先進国経済が景気後退してもその影響は受けず、高い成長を維持し、世界経済をけん引するといった、いわゆる「デカップリング論」も議論されていた。
   例えば、07年4月にIMFは、「世界経済見通し」(23)の中でこの問題を取り上げ、当時のアメリカは、住宅投資の減少により景気は減速していたが、こうしたアメリカの景気減速が緩やかなものであれば、他の地域への波及効果は限定的であり、世界経済は新興国を中心に成長を続けると分析している。
   実際、07年は、サブプライム住宅ローン問題の影響で先進国が景気減速する中でも、BRICs(24)やアジア地域等が力強い成長を続けており、デカップリングを裏付けているかのような状況がみられた。
   しかし、08年9月以降、金融危機は世界経済全体に波及し、BRICsやアジア地域の景気も急速に悪化ないし減速し、デカップリング論は否定された。今回の金融危機で明らかになったのは、世界経済はデカップリングしておらず、むしろ新興国は、貿易・投資、国際的な資金フローを通じて欧米との結び付きを強め、それが過去の高成長の源でもあったということである。
   最近、アジア経済が世界に先行して回復していることから、再びアジア経済はデカップリングしているという意見がみられる。しかし、上記でみてきたように、近年のアジアの輸出拡大の主な要因は、中国をハブとしたアジア域内の生産の分業の拡大によるものとみられ、最終需要地である先進国の需要に大きく影響される。さらに、アジアは、総じて名目GDPに占める輸出の比率も高い(前掲第1-2-3表)ことから、これまでの構造を前提とすると、先進国経済と切り離して、自律的に成長を遂げていくとは考えにくい。このため、アジア経済は、世界に先行して回復しているものの、本格的な回復は先進国の回復を待つものになると見込まれる。
   こうしたことは、欧米を最終需要地とする、中国を軸としたアジア域内分業体制の限界でもある。世界の消費に占める中国と韓国、ASEANを合わせたシェアは、06年時点では7.3%と、アメリカの4分の1にも満たない。一方、世界のGDPに占めるこれら地域のシェアは9.5%となっており、アンバランスな姿となっている(第1-2-70図)。今後、東アジアが中長期にわたって安定的な自律的成長を遂げるためには、先進国需要に依存し過ぎないバランスの取れた輸出構造の構築とともに、アジア域内内需の振興が必要と考えられる。東アジアは、この20年間、域内分業の軸を日本から中国へと変えつつも「世界の工場」としてその存在感を高めてきた。しかしながら、今回の世界金融・経済危機を機に、世界の消費地として需要を支え、これまで築いてきた豊かさを人々が広く享受するという構造に自ら変ぼうすべき時にきている。この場合、中国については、社会保障制度の未整備等を背景として予備的動機により貯蓄率が高くなっていることから、その解消のため、現在政府が着手している年金・医療制度改革(25)を強力かつ迅速に進める必要がある。また、家計の購買力を高め、投資と輸出に偏った経済構造から消費中心の構造にリバランスを図る観点から、所得格差の解消や、人民元の柔軟性を高めていくことも必要と考えられる(第1-2-71図)。

コラム1-3:人民元の国際化に向けた動き

   09年7月1日に、中国人民銀行(中央銀行)が中心となって策定した越境取引人民元決済実験管理法が公布された。その内容は表1にあるとおりで、これによって財貿易の人民元建て決済が試験的に開始されることになった。
   これは、試験的な実施であるため、実施地区や実施企業は限定的である(注1)。また、中国本土との人民元資金の借入れは、人民銀行が課した条件下で行われるため、決済規模は人民銀行のコントロール下に置かれ、中国本土外への人民元の過度な資金流出が起こらないように管理されている。
   今回の措置の対象になる貿易の中で最も規模の大きい上海、広東省(広州、深セン、東莞、珠海を含む)と香港との間の貿易に注目してみる。07年の中国本土と香港間の貿易額に占めるシェアは、9.1%となっており、国・地域別では、第6位となっている(図2)。うち香港の貿易額に占める上海と広東省とのシェアは、合わせて約8割となっている。これより、人民元決済が可能な貿易額を推計すると、中国本土と香港間の貿易額に占めるシェアの9.1%の約8割に当たる7.3%(広東省6.3%、上海1.0%)の1,591億ドルが対象となると考えられる(図3)。その中で、どの程度人民元決済が進展するかが注目される(注2)。
   また、09年9月28日、中国政府は、香港で人民元建て国債の販売を開始した(表4)。人民元を手にした中国本土外の輸出業者は、人民元を国債で運用することが可能となり、ますます人民元決済を進める誘因になるものと考えられる。また、政府にとっては、人民元の流動性の吸収手段となる。
   これまでのところ、人民元建て決済は実施規模は小さく、経済への影響は大きくないと考えられる。また、中国は資本取引の自由化を行っていない。しかしながら、中国の経済成長及び周辺諸国との貿易の拡大に伴い、人民元取引の需要はますます高まると考えられる。ドル基軸通貨体制の揺らぎが論じられる中、上記の動きは、人民元の国際化の布石としてとらえられている。


目次][][][年次リスト