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第1章 世界経済の回復の持続性

第2節 アジア経済

1.景気回復の原動力

(1) 回復に向かうアジア

   今回の世界金融危機の中にあって、アジア経済(1) は、金融面での影響こそ比較的小さなものにとどまったものの、輸出や生産等実体経済の面では、貿易や投資の拡大等を通じて欧米等との相互依存関係が深まっていたことから、世界金融危機の影響を強く受けることとなった。しかし、そのアジア経済も、足元では総じて回復に向かっている(第1-2-1図)。
   今回のアジア経済における景気回復の特徴として、国・地域によって、回復の状況に差異がみられることが挙げられる。まず、中国が大規模な景気刺激策によりいち早く景気の持ち直しに向かい、次に、中国と貿易等を通じて結び付きを深めている韓国、台湾等において、中国向け輸出の増加を通じ、景気の持ち直しがみられた。また、インド、インドネシア等のように、世界金融危機後も内需が比較的堅調に推移し、内需を中心に景気が持ち直しに向かっている国もある(第1-2-2図)。
   こうした差異の主な要因としては、輸出の名目GDP比の違いや、輸出相手国の違いが考えられる(第1-2-3表)。世界金融危機の影響は、輸出の名目GDP比が100%を超えるシンガポール及び香港や、同50〜60%の韓国及び台湾等において強く現れ、韓国、台湾、シンガポール及びタイにおいては、前期比年率でみた実質経済成長率も約20%減と大幅な落ち込みとなった。しかし、回復の過程では、名目GDPに対する輸出額の割合が高く、また回復を主導している中国向け輸出の割合が大きい韓国、台湾において、まず景気の持ち直しの様相がみられた。また、輸出の名目GDP比が10〜20%台と低いインド、インドネシアでは、外需の減少の影響を消費等の内需の増加が相殺したことから、世界金融危機後も実質経済成長率が前年比でみてマイナスにはならず、減速から回復へと向かっている。以下では、回復を主導する中国、中国の景気刺激策の恩恵等により回復に向かう韓国、台湾等のアジア地域、内需を中心に持ち直しがみられるインド、インドネシア等の景気の概況を順にみていく。

(2) 回復を主導する中国

(i)景気刺激策に支えられた内需の回復
   中国の実質経済成長率は、08年10〜12月期に前年同期比6.8%、09年1〜3月期に同6.1%まで低下した後、4〜6月期に同7.9%、7〜9月期には同8.9%と徐々に伸びを高めており、景気は着実に回復している。
   中国政府は、インフラ投資や消費拡大等を中心とする大規模な財政刺激策と金融緩和策を実施しており、これらが回復の原動力となっている。財政面では、08年末頃から10年末までの期間で、鉄道、道路、空港等のインフラ建設投資を中心とする4兆元規模(GDP比約13%)の対策を実施しているところであり、さらに、家電や自動車の需要喚起を目的として、「家電下郷」、「汽車下郷」、「以旧換新」等の消費刺激策が打ち出されている(2) 。金融面では、08年11月以降、銀行貸出の総量規制を撤廃し、09年の新規銀行貸出額の目標を5兆元以上に設定する等の金融緩和策が採られているが、09年10月時点で、09年の新規貸出額は8兆9,027億元に達しており、既に目標額を大幅に上回っている。
   こうした内需拡大策により、中国の固定資産投資は、09年3月以降、前年比でおおむね30%台の高い伸びを示しており、鉱工業生産や社会商品小売総額の伸びも回復している(第1-2-4図)。鉱工業生産をみると、09年に入ってから回復基調が続いていたが、09年半ば頃より伸びが加速し、10月には前年比16.1%増と増加している。品目別にみると、購入・買換支援策等の影響で、自動車関連が突出した伸びとなっているほか、鋼材、粗鋼、セメント等インフラ・不動産開発関連の項目の伸びも高い(第1-2-5図)。

(ii)輸出入は大幅な減少から持ち直しへ
   輸出入についてみると、08年11月以降前年比で減少が続いていたが、輸出、輸入ともに持ち直しの動きがみられる。輸出は、09年3月頃から持ち直しに向かっており、地域別にみると、ASEAN向けが回復しつつある。輸入についても、09年2〜3月頃から持ち直しの動きがみられ、5月からは、前月比でプラスに転じている。地域別には、韓国、台湾、ASEAN等のアジアを始めとして、各国・地域からの輸入が回復基調にある(詳細は、第2節5.アジアの輸出の持続性参照)。

(3) 中国の景気刺激策の恩恵等により回復に向かうアジア地域

   世界金融危機は、中国以外のアジア地域にも実体経済面で大きな影響をもたらした。生産をみると、韓国、台湾では、08年10〜12月期にそれぞれ前月比約12%減、約20%減となり、シンガポール、タイ、マレーシア等でも、09年1〜3月期に、前年比で10〜20%減となった。その後、韓国では09年1月から、台湾では2月から前月比で増加に転じ、シンガポール、タイ、マレーシアでも09年4〜5月頃から持ち直しに向かっている。実質経済成長率をみても、韓国、台湾、シンガポール、タイでは、08年10〜12月期にそれぞれ前期比年率で2けた台の大幅なマイナスとなり、マレーシアでも09年1〜3月期に前年比マイナスとなるなど大きく後退した後、韓国では09年1〜3月期以降、台湾、シンガポール、タイでは4〜6月期以降プラスに転じ、アジア地域は総じて回復に向かっている。
   アジア地域の回復の原動力は、まずは、各国で実施された景気刺激策の効果である。また、アジア地域の中で最も早く景気回復の様相をみせた中国の堅調な内需に支えられた輸出の持ち直しも大きく寄与しており、これについては、為替レートの減価の影響もあったとみられる。さらに、中国向け輸出の回復が、各国・地域の在庫調整の進展や生産の回復をけん引したものと考えられる。それぞれについてみていこう。

(i)各国の景気刺激策
   アジア地域では、景気後退を受けて、各国・地域とも財政面、金融面から景気刺激策を実施しており、その効果もあって、景気は回復に向かっている(第1-2-6表)。
   韓国では、08年11月に、総額14兆ウォン規模(GDP比約1.6%)の総合経済対策(インフラ投資、中小企業支援等の財政支出:11兆ウォン、減税:3兆ウォン)、09年1月に約50兆ウォン(GDP比約5.5%)のグリーン・ニューディールと称した環境に配慮した公共投資等の対策を実施し、3月には景気対策関連の補正予算を決定している(3) 。こうした大規模な景気対策を打ち出した結果、08年10〜12月期に前期比年率23.6%減と大幅な減少となった総固定資本形成(政府によるものを含む)は、09年1〜3月期にマイナス幅を縮小させ、4〜6月期にはプラスに転じている。また、民間消費も、08年4〜6月期以降、3四半期連続して減少となった後、減税等の景気対策により、09年1〜3月期以降プラスとなっている(第1-2-7図)。
   台湾では、09年から12年までの間、総額7,180億台湾元(GDP比5.8%)の景気刺激策を実行することとしており、既に、公共投資の拡大や消費券の配布(4) 及び所得税減税等を実施している。総固定資本形成(政府によるもの及び在庫投資を含む)は、08年10〜12月期に前期比年率35.7%減、09年1〜3月期に同82.6%減と大幅に減少したものの、景気刺激策の効果により、09年4〜6月期にはプラスに転じ、民間消費も08年10〜12月期から緩やかに持ち直している。
   シンガポール、タイ、マレーシアにおいても、雇用対策や中小企業支援、公共投資等の多様な対策が行われている。また、韓国、台湾、タイ、マレーシア等では、内需刺激策の一環として、自動車購入支援策を実施しており、こうした国では、自動車販売が好調であり、消費の増加に寄与している。

(ii)輸出の持ち直し
(ア) 中国向け輸出の持ち直し
   アジア地域の輸出の状況をみると、09年2〜3月頃から中国向け輸出の持ち直しがみられる。中国では、インフラ投資や自動車、家電の購入支援等の景気刺激策の実施により内需が堅調に推移しており、中国の需要の回復が、アジア地域の輸出の回復に寄与している。韓国、台湾では、輸出に占める中国向けの割合がそれぞれ約22%、約26%と大きく、輸出の名目GDP比も50〜60%と高いことから、中国向け輸出の回復は景気回復の大きな原動力となっている。
   シンガポール、マレーシア、タイにおいては、輸出の名目GDP比はそれぞれ185%、90%、64%と高いものの、韓国、台湾に比べ、中国向け輸出の割合は各国とも10%以下と小さく、欧米日向けが20〜30%と高い。そのため、中国向け輸出の持ち直しは、これらの国の景気の持ち直しに寄与しているとはみられるものの、韓国、台湾に比べると、その寄与の程度は小さいと考えられる。

(イ) 通貨下落の影響
   輸出の持ち直しの要因として、中国向け輸出の回復のほか、為替レートの影響も考えられる。08年9月の世界金融危機発生以降、アジア地域においては、欧米の金融機関による高レバレッジの解消や質への逃避により、資本が流出し、その結果、為替レートの急落に直面することとなった。中でも、韓国においては、08年9月以降ウォンはドルに対して大幅な減価傾向で推移し、09年3月初には、世界金融危機直前(08年9月12日時点)と比べて約40%の減価となった。同時に、ウォンは、台湾元や中国元に対しても減価している。このような世界金融危機発生直後からの大幅なウォンの減価は、韓国製品の価格競争力を高め、輸出の持ち直しの推進力となったと考えられる。

(iii)在庫調整の進展
   次に、在庫調整の状況をみると、韓国、台湾では、08年10〜12月期頃から在庫調整が急速に進展している(第1-2-8図)。例えば、2000年にアメリカに端を発したITバブル崩壊時と今回の世界金融危機発生時における局面を比較すると、ITバブル崩壊時には、約3年で在庫調整が一巡しているのに対し、今回の局面では、約1年で半周しており、早い速度で調整が進んでいる。
   品目別にみると、韓国では、半導体や電子部品等のIT製品・部品において、台湾、タイでも電子製品・部品等において、在庫調整が顕著に進展している。これらの品目は、中国向けの輸出品目ともなっており、中国における需要の回復が、中国向け輸出の増加となり、ひいては、韓国、台湾等アジア地域における在庫調整の進展に寄与したものと考えられる。

(iv)生産の回復
   続いて、生産の動向をみると、韓国では09年1月以降、台湾では2月以降、鉱工業生産が前月比で増加に転じ、シンガポール、タイ、マレーシアでも、09年4〜5月頃から回復基調にある。品目別の状況をみると、韓国では、09年1月頃から電子部品・コンピュータ・ラジオや電気機械等の高い伸びが続いており、台湾でも、09年2月以降電子部品等の伸びが高まっている。また、タイでは、4〜5月頃からハードディスクドライブ(HDD)や集積回路(IC)が増加や回復をみせている。前述のように、韓国、台湾、タイは、中国で需要が高まっている電子部品、電気機械、自動車・同部品等の輸出国となっている。中国の内需の拡大が、中国向け輸出を喚起し、韓国、台湾、タイ等では、金融危機発生後に、急速に在庫調整が進展していたこともあって、生産の回復につながったと考えられる(第1-2-9図)。

(4)内需を中心に持ち直しがみられるインド、インドネシア、ベトナム

   インド、インドネシア、ベトナムでは、今回の世界金融危機を受け、輸出の減少等の影響が実体経済に現れたものの、実質経済成長率は、08年後半から09年前半にかけて、他のアジア各国・地域に比べ高めに推移している。インド、インドネシア等では、輸出の名目GDP比が小さかったことがこれを可能にしたとみられる。また、特に、インド、インドネシアは、それぞれ約11.8億人、約2.3億人の人口を擁し、国内の市場規模が大きく中間所得層が増大しており、外需の落ち込みを内需がカバーすることが可能であったと考えられる。内需は、世界金融危機後に減速するも、各国が実施した景気刺激策もあって堅調に推移し、この結果、インドの実質経済成長率は、08年10〜12月期から09年4〜6月期までの3四半期間に、6%程度の伸びが続いている。インドネシアでも、08年10〜12月期に前年同期比5.2%の後、09年に入ってからは3四半期間連続して4%程度の伸びが続くなど、他のアジア地域に比べ安定的な成長が続いている。さらに、インドネシアでは、07年半ばから08年6〜7月頃までの原油等一次産品価格上昇による交易条件の改善を通じた所得増加が、世界金融危機の影響の緩衝剤となったとみられる。

(i)インド、インドネシア、ベトナムの景気刺激策
   インド、インドネシア、ベトナムも、財政面、金融面で景気刺激策を実施している。財政面では、インドでは、08年12月から09年2月にかけて物品税の引下げや公務員給与の引上げ及び公共投資等の三次にわたる財政刺激策を打ち出しており、インドネシアでは、08年10月以降、二次にわたって減税や公共投資等の財政刺激策を行い、ベトナムでも、所得税減税やインフラ投資等の総額143兆ドン(GDP比約10%)に及ぶ財政刺激策を実施している。金融面では、インド、インドネシア、ベトナムとも、世界金融危機以降、政策金利を数次にわたり引き下げている。なお、インドでは、09年10月27日に、法定流動性比率(5)を24%から25%に引き上げており、これは、インフレへの警戒等を背景とする緩和的な金融政策からの転換に向けた第一歩とみられる(6)

(ii)減速するも堅調な内需の伸び
   インドでは、数次にわたる景気刺激策の実施により、民間消費は08年10〜12月期に前年同期比2.3%増となった後、09年1〜3月期に同2.7%増、4〜6月期に同1.6%増と金融危機以前と比べ低めながらもプラスの伸びが続いている。総固定資本形成も、08年10〜12月期に前年同期比5.1%の後、09年に入ってからも4〜6%台の伸びとなっている。また、政府消費は、08年10〜12月期以降2けたの高い伸びが続いている。こうした内需の伸びにより、他のアジア地域に比べ、金融危機後も、高めの成長を維持することが可能であったと考えられる。ただし、09年春から夏のモンスーン(雨季)に、1972年以来の記録的な少雨となったため、09年後半には、GDPの約2割を占める農業生産が減少する可能性が高く、農業従事者の所得減少を通じて消費等にマイナスの影響が生じることが懸念される(7)
   インドネシアでは、減税等の景気刺激策の実施により、民間消費は、08年10〜12月期に前年同期比4.8%増の後、09年に入ってからも4〜6%台で推移し、世界金融危機後も、比較的堅調な伸びが続いている。総固定資本形成は、08年10〜12月期に前年同期比9.1%増となった後、09年に入ってからは、2〜4%程度に減速しているものの、プラスの伸びを維持している。
   ベトナムの消費の動向をみると、小売売上高は、08年に比べ伸びはやや鈍化しているものの、09年初以降も20%台の伸びが続いている。ベトナムでは、アメリカ、日本等先進国向けの輸出割合が大きく、輸出の回復が思わしくないものの、09年に入ってからの実質経済成長率は、1〜3月期に前年同期比3.1%、4〜6月期に同4.4%、7〜9月期には同5.2%と徐々に伸びを高めており、所得税減税や、インフラ開発投資等の積極的な内需刺激策を背景に、内需中心の成長が続いているものと考えられる。


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