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第2章 先進国同時景気後退と今後の世界経済

第3節 アジアの景気は減速

1.経済成長の維持に取り組む中国

 中国経済は、過去5年連続して10%を上回る成長を続けてきたが、2008年には、経済成長率が、1〜3月期の前年同期比10.6%、4〜6月期の同10.1%の後、7〜9月期には同9.0%と一けた台の伸びへ鈍化した(第2-3-1図)。その後もさらに、鉱工業生産が10月に前年同月比8.2%と、01年11月以来の低い伸び(春節を除く)にまで鈍化するなど、景気の拡大テンポの鈍化傾向が明らかになってきている。鈍化傾向が現れてきた要因としては、07年後半から金融政策等の引締めスタンスを強めてきた効果が一部現れてきたこと、世界経済の減速や08年前半までの輸出抑制策の影響により輸出が減速してきたことに加え、一時的要因として、5月に発生した四川大地震等の大きな災害や、8月のオリンピック開催に伴う大気汚染浄化のための工場の操業制限による生産の鈍化等の影響があったことが挙げられる。
  中国政府は、08年前半まで経済の過熱防止とインフレ抑制を経済政策の目標としていたが、景気の拡大に陰りがみえる中、物価上昇率の低下も背景に金融政策を緩和に転じ、9月に、02年2月以来、6年7か月ぶりとなる政策金利の引下げを実施した後、更に2度にわたり政策金利を引き下げた。また、10月には、10〜12月期の経済政策について、「柔軟かつ慎重なマクロ経済政策を採用し、対応する財政・税制・貸出し・貿易等の政策措置を早急に打ち出し、経済の平穏で比較的速い成長を引き続き維持しなければならない」として、経済成長の維持に向けて取り組む姿勢を表した。さらに、11月9日には、財政・金融政策のスタンスを、「積極的な財政措置」と「適度に緩和した金融政策」に変更するとともに、内需拡大のための10項目の措置を発表した。同措置は、実施のために必要な投資額が10年までに概算で約4兆元(07年のGDP比約16%)という大規模な内容のものとなっている。その後も、11月26日に、政策金利の引下げを発表し、貸出基準金利(1年物)は1.08%と(6.66%から5.58%へ)、97年以来最も大きく引き下げられた。
  しかし、中国の輸出依存度は高いため(07年の輸出依存度は約35%)、輸出の動向については注視が必要である。このところ輸出の伸びは減速しており、先進各国が後退局面入りする中、今後、中国においても輸出の更なる減速は避けられないものとみられる。
  また、内需拡大のための措置が打ち出されたことにみられるように、経済成長の維持のために、政府も内需拡大を重視しているところであるが、輸出が予想以上に大きく減速した場合には、過去数年にわたり過熱気味に推移してきた固定資産投資による生産能力過剰の問題が顕在化し、固定資産投資の伸びが大きく鈍化するリスクも考えられる。中国経済においては、投資の比重が非常に高いことから(固定資本形成がGDPに占める割合は07年で約40%)、投資の伸びが鈍化すれば、経済全体に大きな影響が及ぶ可能性も高い。以下では、中国経済の先行きをみる上で、重要なポイントとなると考えられる、貿易及び投資の動向について考えてみる。

(参考):内需拡大のための10項目の措置の概要

(10項目の内容)
  (1)住宅建設の加速
  (2)農村インフラ建設の加速
  (3)鉄道、道路、空港等の重要インフラ建設の加速
  (4)医療衛生、文化教育事業の発展の加速
  (5)環境衛生建設の強化
  (6)イノベーションと構造調整の加速
  (7)地震被災地区の災害復興のための各プロジェクトの加速
  (8)都市及び農村住民の収入向上
  (9)増値税の改革(企業負担を1,200億元軽減)
  (10)経済成長に対する金融による下支えの強化

(事業実施に必要な投資額の概算)
  ・10年末までに、中央投資1兆1,800億元を含めて約4兆元の投資が必要。
  ・08年10〜12月期中に、中央投資1,000億元の増加を含め4,000億元規模の投資を実施。

●輸出の更なる減速が懸念される

 08年前半の中国の貿易額の推移をみると、輸入については、原油など資源価格の高騰に伴う輸入価格の上昇や人民元レートの上昇による購買力の増加から、輸入額(ドルベース)の伸びが4〜6月期に前年同期比30%を超えるなど、輸出額の伸びを上回る高い伸びで推移していたが、年後半に入り、原油及び原材料価格が下落するにつれて、秋以降は急減速し、11月は減少となった(第2-3-2図)。一方、輸出額の伸びをみると、08年7〜9月期までは、おおむね20%台前半で推移していたが、11月に減少に転じた。年前半には輸入の伸びが輸出を上回っていたため、貿易収支の黒字幅は、前年比で減少していたが、夏以降は増加に転じており、11月の単月の貿易黒字は400億ドル台になるなど、4か月連続で過去最高額を更新している。
  輸出の動向を品目別にみると、引き続き一般機械や電気・電子機器を中心に増加している一方で、繊維や家具・玩具の減速が顕著にみられる(第2-3-3図)。政府は、貿易摩擦緩和及び産業構造の高度化の観点から、06年後半以降、輸出抑制策を強化しており、貿易黒字が懸念される品目や、生産時のエネルギー多消費・環境汚染品目、低付加価値製品等を対象に、増値税と呼ばれる付加価値税の還付率の引下げや輸出暫定税率の引上げを行ってきた。こうした政府の政策により、繊維等の労働集約的な品目の輸出の伸びは鈍化し、07年前半までおおむね前年比20%台で推移していた繊維の輸出の伸びは08年には一けたまで落ち込んだ。
  しかしながら、08年に入り、こうした輸出抑制策の影響として、繊維や玩具を扱う輸出企業の倒産や失業等の問題が顕在化してきたことから、政府は、08年8月に、繊維等一部の品目に対する増値税還付率の引上げを行うなど(1) 、輸出政策の方針を転換している。政府は、11月から12月にかけても、景気刺激策の一環として、増値税還付率を数次引き上げており、輸出抑制策は緩和の方向で軌道修正が進んでいる(2)
  次に、国・地域別の輸出動向をみると、中国の主要な輸出相手先は、06年まではアメリカが最大のシェア(約21%)を占めていたが、07年からはEUが最大の輸出相手先となっている(第2-3-4図)。08年に入ってからも、EU向け輸出がおおむね前年比20%以上で推移しているのに対し、アメリカ向けは同10%前後と比較的低い伸びが続いている。世界経済の減速に伴う消費低迷等の影響により中国からの輸出の鈍化が懸念される中、08年のアメリカ向け輸出をみると、年前半に減速した後、年後半にいったん増加したものの、このところ急減速しており、EU向け輸出も年後半から減速している。
  こうしたアメリカ向け輸出の減速の要因の一つとして、人民元のドルに対する増価の程度が大きかったことに伴い、アメリカ向け輸出の価格競争力が相対的に低下したことが考えられる。人民元は、05年7月の為替制度変更以来、米ドルに対して漸進的に増価し、07年10月以降、上昇のテンポが加速した。一方、人民元はユーロに対しては弱含んで推移したため、08年前半までのEU向け輸出は堅調に推移している。しかしながら、年後半に入り、人民元は対ユーロでも急上昇していることから、今後はEU向け輸出の価格競争力も低下していくとみられる。
  なお、中国の輸出相手先をみると、アメリカ、EU及び日本の3か国向けの合計は縮小しつつあるが、それでも07年の輸出全体の約48%程度を占めており、依然として高いシェアを有しているため、これらの国の需要の低迷が中国の輸出に与える影響には注意が必要である(第2-3-5図)。他方、近年、インド、中南米及びアフリカ向けの輸出のシェアが拡大するなど輸出先に多様化の傾向がみられ(3) 、欧米向けの輸出の鈍化を補完する役割を果たしている。
  また、輸入の動向を国・地域別でみても、アメリカ、EU及び日本からの輸入の合計はこの5年間で5%程シェアを縮小して30%程度になっており、代わりに、インド、ブラジル及びオーストラリア等からの輸入が増加してきている。輸入の足元の動向をみると、08年後半には韓国や台湾からの輸入が縮小傾向にあり、NIEs及びASEANからの輸入額の伸びの減少が、他の国・地域と比べて顕著になっている。中国は、自国の輸出品を生産するための中間財をアジアの近隣諸国から輸入しているため(4) 、こうした国からの輸入の減少は中国の輸出の先行きの減速を示している可能性がある。
  このように、中国の貿易をめぐる環境としては、世界経済減速に伴う需要の減少や人民元高による輸出品の競争力の低下といった要因があることから、今後、輸出が一定程度減速することは避けられないと考えられる。政府は、内需拡大策により、こうした外需の鈍化を補っていくとみられるものの、想定以上に輸出が減速し、成長率を押し下げる懸念がある。

●固定資産投資については、政府の財政出動等による下支えが今後期待される

 高成長の原動力の一つとなっている固定資産投資をみると、07〜08年と20%超える高い伸びが続いている(第2-3-6図)。固定資産投資が高い伸びで推移している背景としては、高水準の貿易黒字を背景とした過剰流動性や地方政府の旺盛な投資意欲(5) 、農村のインフラ整備、中西部地区への重点投資等に加え、08年に発生した四川大地震を始めとする各自然災害に対する復興需要の増大や、足元では中国政府の政策方針の転換(景気の過熱防止から穏やかで比較的速い成長の維持への方針転換)による内需拡大策等があると考えられる(6)
  また、今後についても、中国政府は08年11月に10年末までに4兆元(約54兆円。07年の全社会固定資産投資の約29%)を投じる大型の景気刺激策を打ち出していることから、こうした公的投資の拡大が固定資産投資の伸びを下支えしていくことが期待される。
  ただし、今後も固定資産投資が高い伸びを続け、高い経済成長の原動力となっていくかについては、不動産開発投資の減速と過剰設備の問題の2つに注意する必要がある。
  第一に、固定資産投資全体の4分の1近いシェアを占める不動産開発投資は、08年6月まで前年比で30%を超える高い伸びで推移していたが、7月以降は急速に減速し、10月には前年比11%(7) となっており、固定資産投資全体への下振れ圧力は高まっている(前掲第2-3-6図)。また、不動産の需給動向を表す不動産価格についてみると、主要都市の建物販売価格(8) は、前年比では08年1月に11.3%上昇とピークをつけた後伸びが低下しており、10月には1.6%まで落ち込んだ。また、前月比でみると8月にはついに下落に転じ、それ以降も下落が続いている(第2-3-7図)
  こうした不動産開発投資減速の背景としては、08年3月頃までの金融引締めの強化や07年半ばからの加速的な不動産価格の上昇に対応した一連の投機抑制策の影響が挙げられる。07年、中国政府は過剰投資や過剰流動性、高水準の貿易黒字といった問題を背景に、徐々に金融引締めへと舵を切り始め、同年12月の中央経済工作会議では、金融政策は金融引締めへと方針転換された。これに連動して、07年以降政策金利は急ピッチで引き上げられ、国内金融機関の貸出しに対する窓口指導も強化された(9) 。また、2軒目以降の住宅購入に係る住宅ローンの頭金の引上げ(07年9月)や、開発目的で取得した土地を1年以上放置した場合の課徴金の徴収(08年1月)といった不動産への投機抑制策も打ち出された。こうした政策により、景気減速で先行き不透明感が強まってきたこととあいまって、08年半ば以降不動産市場の調整が予想以上に進んだとみられる。
  こうした状況を受け、中国政府は、08年7月の経済成長維持への政策方針転換の後、金融緩和や融資総量規制の廃止、個人住宅取引の際の減税措置等を打ち出した。しかし、中国不動産市場の景況感を表す不動産開発景気指数をみても、08年9月には100ポイントを下回るなど不動産市況の悪化には歯止めがかかっておらず、今後も不動産開発投資は弱い動きを続けるものとみられる(第2-3-8図)
  固定資産投資に関するもう一つの留意点として、過剰設備の問題が挙げられる。過去数年にわたり、固定資産投資は名目では20%台の高い伸びを続けている。また実質でみても、投資財価格の上昇に伴い07年後半以降は伸びが低下しているものの、依然実質経済成長率を上回る伸びで推移してきた(第2-3-9図)。この結果、GDPに占める固定資産投資のシェアは拡大を続け、07年にはGDPの約4割を固定資産投資が占めるというアンバランスな経済構造となっている(10)
  こうした固定資産投資の増加により、中国では設備過剰の状況に陥りつつあり、鉄鋼や電解アルミニウム製造業等の一部業種では既に過剰投資による生産能力過剰が国務院より指摘されている(11) 。実際に主要業種についてみると、例えば鉄鋼では、足元08年10月は大きく減速しているものの、それまで投資は前年比二けた増という高い伸びで推移し、他方で在庫は07〜08年にかけて生産の過剰から急速に積み上がり、08年8月時点では前年比69.5%増と高水準の伸びとなっているなど、過剰設備が顕在化しているのが分かる(第2-3-10図第2-3-11図)。また、中国全体の資本ストックの動向をみるため、中国の資本ストック循環をGDPベースの固定資本形成で推計してみると(12) 、03〜07年にかけては、実際の成長率をやや上回る期待成長率に対応した水準の投資が続いており、投資の過熱がうかがえる(第2-3-12図)。また、08年をみると、以前に比べ投資は減速しているものの、依然として実質経済成長率(08年1〜9月期の実質経済成長率は前年比9.9%)を上回る水準の投資が行われており、投資の過熱が続いている可能性は高い。こうした状況の下、国内・国外需要の減速が顕著となった場合には、過剰設備の問題が深刻化し、企業収益の悪化、ひいては不良債権の増加等につながり、投資が急速に冷え込むおそれもある。


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