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第2章 先進国同時景気後退と今後の世界経済

第2節 ヨーロッパの景気は後退

3.英国の景気は後退

 英国経済は、実質経済成長率がプラスに転じた1992年7〜9月期以降、2008年4〜6月期までの64四半期(16年間)にわたり連続してプラス成長を続けてきた。ヨーロッパの主要国で同期間に1四半期もマイナスになることなく成長を続けたのは、英国だけである。この成長は、主に個人消費によりけん引されたものであり(第2-2-22図)、64四半期の個人消費の伸び(前期比年率)は平均3.3%と高いものであったが、これは後述するバブルを背景とするものであった。そうした消費の寄与がなくなったこともあり、08年7〜9月期には、経済成長率が前期比年率▲2.0%の大幅なマイナスを示し、英国経済が既に景気後退局面にあることが確認された。
  64四半期にわたる堅調な経済成長の背景には、(1)住宅ブームが起こり、住宅バブルといえるほど住宅市場が活況を呈したこと、(2)成長による個人所得の増加と、個人向けローンの拡充等により消費が増加したこと、(3)金融サービス関連部門が拡大し、成長をけん引したこと、などが挙げられる。

(1)英国の住宅バブルの形成と崩壊

●住宅バブルの形成とその要因

 英国では、2000年以降の今回のブームを含め、戦後4回の住宅ブームがあった(第2-2-23図)。過去3回の住宅ブームでは、住宅価格の上昇から収束まで2年程度であるが、今回の住宅ブームでは、より長期間にわたり、高い住宅価格上昇率が続いた。また、今回は住宅価格の伸びが名目GDPの伸びからより大きくかい離しており(第2-2-24図)、住宅価格の所得に対する倍率も高く(第2-2-25図)、経済のファンダメンタルズからのかい離が大きかったことが特徴である。
  2000年代以降の今回の住宅バブル形成の主な要因としては、(i)安定した長期にわたる経済成長の下での所得の増加による住宅需要の増大、(ii)慢性的な住宅の供給不足(14) 、(iii)移民や単身者の増加による世帯数の増加に伴う需要の高まり、(iv)比較的低い政策金利の持続、(v)投資目的の住宅取得の増加、(vi)90年代に、住宅金融専門会社等の新しい住宅ローン貸出主体が参入したことで住宅ローンの形態が多様化し、金融機関間の競争によって住宅ローンの借入れが容易になったこと、などが挙げられる。

●住宅需要の増加

 要因(i)〜(iii)は、いずれも住宅のファンダメンタルズでの要因である。もともと英国にあった住宅の供給不足に加え、経済の成長による所得の増加と住宅購入人口の増加による需要の増加が住宅価格の上昇に寄与している。このうち、住宅購入人口の増加については、国内要因と国外要因がある。
  国内の要因としては、単身者の増加で世帯数が増えたことによる需要増が挙げられる。また、住宅ブームの拡大で投資目的の住宅取得が増加し、「Buy-to-Let」と呼ばれる住宅取得ローンによる住宅購入が増大していったことも大きい(第2-2-26図)。Buy-to-Letローンは、取得した物件の賃貸収入をローンの返済に充て、ローンの家計負担を減らす方法である。このBuy-to-Letローンの増加の特徴は、リモーゲージと呼ばれる、セカンドハウス用のBuy-to-Letローンが増えていったことである。つまり、持ち家の資産価値の増加分を担保に新たなローンを組んで、セカンドハウスを購入し、その賃貸料によってローンの負担を減らしていったのである。このことにより、セカンドハウスも含めた住宅購入人口が増加した。
  国外の要因としては、英国に流入する移民人口の増加が挙げられる。英国は歴史的に移民を多く受け入れてきた国であるが、04年に東欧諸国がEUに新規加盟をすると、東欧からの移民が急激に増加した。06年に政府が移民労働者に対する社会保障の制限を発表するまでの間、東欧からの移民は増加し、その中でも特にポーランドからの移民が占める割合が高い(15)

●金融政策の影響

 こうした住宅需要の増加に加え、2000年代以降の今回の住宅バブルを後押ししたのは、金利の引下げである(前掲第2-2-23図)。ここでは、80年代末からの前回のバブルと、今回のバブルが形成された経緯について、金利政策を中心にみていく。

(i)80年代末からの住宅バブルと金融政策の影響
  まず、前回の80年代末のバブルが起こった経緯をみると、86年初に物価上昇率が3%台に落ち着いたため、86年3月から88年5月にかけてBOEが金利引下げを行ったことがバブル形成に大きく影響した。
  この金利引下げの結果、住宅価格上昇率は88年半ば〜89年初に前年同月比30%を超えるレベルへと急騰し、89年3月の住宅価格/所得の倍率は5.01倍に達して価格上昇前の平均3.58倍(83〜87年)を大きく上回った(前掲第2-2-25図)
  しかし、物価上昇率が再び上昇したことを懸念したBOEが、88年6月から89年10月までの間に金利を大幅に引き上げ、その後も英国が90年からERM(欧州為替相場調整メカニズム)に参加していたことからポンド減価回避を目的とした高金利政策を維持したため、住宅価格上昇率は大きく低下し、住宅価格の所得倍率も92年半ばにはバブル前の水準に戻った。

(ii)2000年代以降の住宅バブルと金融政策の影響
  次に、今回の2000年代以降の住宅バブルが起こった経緯をみてみよう。
  01年初のITバブル崩壊に伴って景気が減速する中、物価がインフレ目標(16) を下回る1%前後で推移していたことから、BOEは01年2月から03年7月の間に、断続的に政策金利を引き下げ、歴史的低金利をもたらした。それに対応して、住宅価格の上昇は加速した。その結果、02年末〜03年初にかけて、住宅価格の上昇率は20%台後半となり、その所得倍率も、長期平均3.99(83年4月〜08年11月)を大きく上回った(前掲第2-2-25図)。このように、住宅価格は再び適正水準からかい離し、住宅バブルが形成された。
  ここで、今回の2000年代の住宅バブルを前回の80年代末と比較すると、今回のバブルの方が、住宅価格の上昇の度合いがより大きいことが分かる(前掲第2-2-24図)。また、住宅価格の伸びと名目GDPの伸びとを比較すると、前回のバブルに比べ、今回のバブルでは名目GDPの伸びよりも、住宅価格の伸びがはるかに急であることが分かる。住宅価格の所得倍率も、今回のバブルでは最高で5.84倍に達し、前回の最高5.01倍を上回っており(前掲第2-2-25図)、経済のファンダメンタルズから大きくかい離したバブルであったといえる。
  今回の住宅バブル崩壊の契機は、前回と同様に金利引上げである。今回の金利引上げは、経済成長が堅調であったことと、消費者物価上昇率が原油・商品価格の上昇やポンド安による輸入価格の上昇等から06年4月以降継続的に目標値の2%を超えていたことに対応したものであり、BOEは06年8月から5回、計1.25%ポイント政策金利を引き上げ、07年7月には5.75%とした。その後、住宅価格上昇率は次第に低下し、08年4月には前年同月比でマイナスに転じた。その後も金利水準が高止まりしていたこともあって、08年7〜9月期の住宅価格上昇率は前年同期比▲10.3%となるなど(前掲第2-2-23図)、前回の住宅バブル崩壊時と同程度のマイナスとなっている。
  こうした住宅価格の下落により、住宅価格の所得倍率も低下してきている。ただし、08年8月の住宅価格の所得倍率は5倍を下回ったものの、長期平均である4倍(3.99倍)の水準となるまでには更なる時間を要するとみられる。また、住宅の差押率も高まってきており、こうした調整が今後長期化するおそれもある(第2-2-27図)

(2)景気回復を支えた消費の減速

 英国では、92年以降長期にわたる景気回復の中で雇用情勢も改善し、賃金上昇率も上昇した。それに伴い可処分所得も増加したため、消費が拡大していった。しかし、消費の拡大は、賃金の増加によってのみもたらされたものではなく、住宅金融の発達による寄与も大きかった。以下では、住宅ローンの拡充と消費の増加について述べる。

●住宅ローンの拡充と消費の増加

 英国では、80年の金融の自由化による住宅金融市場への商業銀行の参入が、金融機関間の住宅貸付けの競争を引き起こし、個人の住宅購入資金の借入れは容易になった。また、90年代に入ると、住宅金融専門会社等の金融機関が登場し、金融機関間の競争が更に激化していった。
  2000年代に入ると、上昇した住宅資産価値を担保に更なる借入れを行い、その借入れ分を住宅購入以外の消費等に回すHEW(Housing Equity Withdrawal)と呼ばれる個人向けローンが広まっていった。
  しかし、アメリカのサブプライムローン問題が表面化すると、英国でもHEWの残高は減少し、その逆資産効果もあって、08年4〜6月期のGDPにおける個人消費は前期比年率▲0.2%と、95年1〜3月期以来のマイナスとなり、7〜9月期も同▲0.5%と2期連続マイナスとなっている。

(3)金融危機の景気後退への影響

●金融危機の影響により、景気後退は深刻化

 英国は金融・ビジネスサービス業が名目GDPの約3割を占め(第2-2-28図)、産業別にみるとこれが長期のプラス成長をけん引してきた。しかし、こうした経済構造のため、07年8月のサブプライム住宅ローン問題以降、08年2月のノーザンロック銀行の一時国有化や、08年9月以降の世界的な金融危機の影響を強く受けて国内銀行が相次いで経営悪化するなど、大きな混乱が発生している(金融危機については第1章参照)。
  08年7〜9月期の実質経済成長率は前期比年率▲2.0%となったが、そのうち金融関連部門の寄与が▲0.5%あった。4〜6月期のゼロ成長及びこのマイナス成長や、その他の経済指標から判断して、英国経済はユーロ圏経済同様に既に景気後退していると考えられる(17) 。特に、英国は金融部門のシェアが大きいため、金融危機による景気後退への影響は他のヨーロッパ諸国よりも深く、長いとみられる(見通しについては後述)。BOEは、08年11月のインフレーション・レポートにおいて、「英国経済は09年1〜3月期に底を打ったあと、10年にかけて大きく回復する」とのメインシナリオの見通しを示している(第2-2-29図)。しかし、金融危機の影響が長期化・深刻化するなど下振れリスクが顕在化した場合、景気後退からの回復が遅れる可能性もある。

●英国の財政規律と景気対策

 07年8月のアメリカのサブプライムローン問題の表面化以降、英国でも金融機関の経営が悪化するなどの混乱が続いている。07年9月には、住宅金融を中心に扱っていたノーザンロック銀行の資金繰りが悪化し、翌08年2月に同行は国有化された。さらに、08年9月のリーマン・ブラザーズ破綻による国際的な金融危機の中で、短期金融市場における資金調達が困難になったことにより、9月には住宅金融会社のブラッドフォード&ビングレーが国有化された。その他の多くの金融機関も経営悪化や破綻の危機に瀕したことから、英国政府は10月に大手3銀行(18) への総額370億ポンド(約5兆円)の公的資本注入及び2,500億ポンド(約34兆円)の金融機関の資金調達に関する政府保証等の金融支援策を発表した(第2-2-30表)
  こうした金融危機対応により、英国では今後財政が悪化することが予想される。08年10月には、政府の純債務残高はGDP比で42.9%となったが、英国統計局によると、ノーザンロック銀行の国有化に関するコストがなければ、純債務残高のGDP比は37.8%であったと推計しており、金融危機に対するコストは国家財政に大きな影響を及ぼしていることが分かる。
  英国の財政規律には、成長安定協定に基づくEU加盟国共通の規律に加え、より厳しい2つの規律(財政ルール)がある。1つは、政府借入れを投資目的に制限する「ゴールデン・ルール」であり、もう1つは、政府の純債務残高をGDP比40%以下に抑制する「サステナビリティ・ルール」である。しかし、08年11月24日に発表された09年度予算(09年4月〜10年3月)に向けたプレ・バジェット・レポートでは、これらの財政規律から一時的に逸脱し、投資目的の政府借入れに加え、景気対策向けの政府借入れも行うとしている(19) 。これにより、09年度の政府借入れは総額1,180億ポンド(約16兆円、GDP比8%)へと増大し、純債務残高はGDP比40%を大きく上回って48%に達すると見込まれている(13年度には同57%となる見込み)。
  プレ・バジェット・レポートでは総額200億ポンド(約2兆7,000億円、GDP比約1%)の景気対策が講じられており、付加価値税の基本税率の引下げ(20) (17.5%→15.0%)、交通機関、公共住宅、学校等への公共事業支出として30億ポンド(約4,000億円)規模の投資を10年度から08〜09年度へ前倒しすることなどが盛り込まれている。
  金融政策による景気下支えとして、BOEは大幅な金利引下げに踏み切った。消費者物価上昇率が大幅に低下する見通しの中、金融危機による急速な景気後退への対応として、11月6日のBOEの金融政策委員会(MPC)は、政策金利を従来の4.5%から1.5%ポイント引下げ、3.0%とした。1.5%の下げ幅は1984年以来14年ぶりの大幅引下げであり、ECBによる同日の政策金利引下げが0.5%ポイントであったことと比べても、英国経済の現状がより深刻であることがうかがえる。その後、12月4日のMPCでは、更に1.0%引き下げ、2.0%とした。

● 英国の住宅支援策

  英国政府は08年9月、悪化する住宅市場への対策として、10億ポンド(約1,400億円)規模の救済措置及び住宅新規購入促進策を発表した。救済措置としては、住宅ローンの返済に苦しむ者や住宅差押えの危機にある者に対して、金利支援を含む返済条件の緩和や、強制退去を回避するための公的機関による住宅の買上げ・賃貸等支援が含まれる。また、住宅の新規購入を促進する措置として、初めて住宅を購入する所得6万ポンド(約820万円)未満の者に対し、補助申請から実施までの期間の短縮や、免税基準の緩和を行う。08年11月のプレ・バジェット・レポートでは、この10億ポンドの支援策の規模を18億ポンド(約2,500億円)へ拡大することとしている。


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