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第2章 先進国同時景気後退と今後の世界経済

第1節 景気後退局面にあるアメリカ

3.アメリカ経済の見通しとリスク

 これまでみてきたように、アメリカ経済は、07年12月から景気後退局面にあるが、こうした景気後退はどの程度長期化し、どの程度深刻なものになるのか。以下では、アメリカ経済の先行きについて想定されるシナリオを提示するとともに、更にメインシナリオにおける上振れと下振れの双方のリスクについて検討する。

(1)メインシナリオ

 アメリカ経済は、住宅部門の調整や金融資本市場の混乱が続く中で、雇用者数の減少が続き、個人消費が減少するなど、07年12月から景気後退している。先行きについては、09年前半まではマイナス成長が続くとみられ、09年通年でもマイナス成長になると考えられる。また、金融危機の影響が09年中に収束すると仮定すると、09年の終わりには、緩やかに持ち直し、10年には実質経済成長率が1%台まで回復すると考えられる。しかし、後述するように金融危機の影響が長引けば、回復のタイミングは更に遅れる可能性が高い。
  ちなみに、民間機関による実質経済成長率の平均的な見方をみても、09年前半まではマイナス成長となることが見込まれている(第2-1-26図)。また、国際機関等の見通しをみると、08年は1%台半ばと、02年(1.6%)以来の低成長となり、さらに、09年には、91年(▲0.2%)以来となるマイナス成長が見込まれている(第2-1-27表)
  以下、個別項目について概観する。
(i)個人消費:09年後半からゼロ近傍ないし、持ち直しに向かうが、家計のバランスシート調整や信用収縮の影響により、過去の回復局面と比較して回復はかなり緩やかなものになるとみられる。
(ii)設備投資:金融機関の貸出態度の厳格化や需要低下による生産の落ち込みにより、08年7〜9月期から減少しており、今後も減少が続く。増加に転じるのは、10年に入ってからとみられる。
(iii)住宅投資:住宅在庫の減少とともに減少幅は徐々に縮小し、09年後半に下げ止まると考えられる。ただし、住宅価格については、下げ幅が縮小しつつも、10年前半までは下落が続くとみられる。
  なお、住宅投資のGDPに占める割合は現在3%程度であり、住宅投資の下げ止まりによる実質経済成長率に与える効果としては、これまで▲0.5〜▲1.5%程度あったマイナス寄与が無くなることとなる。
(iv)外需:内需低迷によって輸入が減少する一方、輸出も世界経済の大幅な減速に伴い伸びが大きく低下するとみられる。このため、実質経済成長率に対する外需の寄与は縮小していくとみられる(08年7〜9月期までは1〜2%程度の寄与)。

(2)経済見通しにかかわるリスク要因

 上記の先行きに関するメインシナリオについては、不確実性も高いとみられ、上振れリスクもあるものの、下振れリスクが圧倒的に大きい。以下では、こうしたリスク要因について概観する。

● 上振れリスク要因

 メインシナリオに反して、09年後半に景気が回復する場合の要因としては以下が考えられる。
(i)物価下落による個人消費の回復
  08年半ば以降、原油価格の下落傾向が続いているが、想定以上に原油価格が下落した場合、9月の金融危機後のドル高に伴う輸入物価の下落とあいまって、実質個人所得を増加させる効果がある。この場合、個人消費の回復ペースが速まる可能性が考えられる。ただし、実質個人所得が増加しても、借入れの返済に充てられる可能性もあり、消費の増加に直ちに結びつくとは限らないことには留意すべきである。
(ii)住宅価格の早期安定
  住宅価格の大幅な下落による住宅需要の回復や、政府の住宅差押え対策等の効果が想定以上に大きなものとなれば、中古住宅を中心に需給バランスが回復し、住宅価格が09年中にも下げ止まる可能性がある。この場合、金融機関の保有する資産評価の下落にも歯止めがかかり、金融市場の安定化に寄与することも期待される。
(iii)財政政策による景気の下支え
  現在、議会民主党においては、08年2月に成立した経済対策に続いて、公共投資、失業保険給付の拡大、州政府や地方政府への移転支出等からなる新たな財政刺激策が検討されている。こうした一連の施策が、09年1月20日の新大統領就任直後にも成立し、速やかに実施された場合、09年春頃から、景気の持ち直しを早める効果を発揮することが期待される(16)
(iv)新興国経済の成長の持続
  新興国経済、とりわけ世界経済におけるシェアを高めているBRICs諸国が高めの経済成長率を維持することができれば、世界経済の減速が比較的小幅なものに止まることも考えられる。その結果、アメリカの輸出の伸びも堅調さを維持し、引き続き景気を下支えすることが期待される。BRICsの世界経済に占める割合は約13%であり、これに、NIEs、ASEANを加えれば、約18%となる。ただし、アメリカの上記の国々向け輸出額のGDP比は1.9%程度に過ぎず、現在の輸出構造を前提とすると、その規模からみて、影響は必ずしも大きなものとはいえないことには留意すべきである。

● 下振れリスク要因

 続いて、メインシナリオに反して、10年になっても景気回復のスピードが遅く、L字型の回復パターンになる要因としては以下が考えられる。
(i)金融危機と実体経済の悪循環
  金融機関のレバレッジの解消によって、貸出態度の厳格化が一層強まり、企業向け、家計向けとも貸出しが大幅に減少することにより、消費や投資が押し下げられる可能性がある。こうした実体経済の悪化が、更なる不良債権の増大や株価の下落をもたらし、金融機関のバランスシート調整を深刻化させるおそれがある。
(ii)雇用情勢の悪化
  金融資本市場の混乱の継続や実体経済の悪化に伴い、自動車産業のような裾野の広い産業での大型倒産が発生した場合、雇用情勢の更なる悪化が考えられる。メインシナリオでは、失業率は8%前後、すなわちS&L危機後の景気後退の際のピーク(92年6月の7.8%)を上回る水準まで上昇するとみているが、更なる労働市場の悪化により失業率が9%台まで上昇し、所得・雇用環境の悪化から個人消費を一層下振れさせる懸念がある。
(iii)ドル高と新興国経済の減速により、輸出の伸びが鈍化
  9月の金融危機以降、ドルは円以外の通貨に対しては軒並み上昇しているが、今後、ラグを持って輸出の伸びを鈍化させる可能性がある。また、新興国経済が予想以上に減速した場合、アメリカの輸出を押し下げるおそれがある。
(iv)住宅市場の調整長期化
  景気後退の長期化、深刻化や、サブプライム住宅ローン等の金利リセット(再設定)に伴って差押物件が大幅に増加した場合、中古住宅市場の低迷が更に長期化する可能性がある。住宅在庫の増大に伴う住宅価格の下落の長期化が、更なる住宅ローンの延滞、差押えをもたらし、新築住宅市場も含め需給環境が悪化する結果、住宅投資の減少が10年に入っても続くことが懸念される。
(v)デフレのリスク
  景気後退による実体経済の収縮と金融機関のレバレッジ解消に伴う信用収縮に加え、原油価格の下落やドル高による輸入物価の下落により、国内物価が大きく低下し、デフレが発生する可能性がある。08年10月の利下げ決定によって、既に政策金利を1%まで引き下げているため、更なる金利の引下げ余地が限られていることも、デフレの回避を難しくしている。超低金利により、金融政策は効果を持たなくなる、いわゆる流動性の罠に陥る可能性もある。
  デフレに陥った場合、家計や企業の実質的な債務負担は更に重いものとなる。また、実質金利が割高になるため、消費や投資が大幅に抑制され、それが更にデフレ圧力を高めるという悪循環に陥り、「スタグ・デフレーション(スタグネーションとデフレーションが同時に併存する状況)」になるリスクがある。
  こうしたデフレの懸念について、民間機関の物価に関する見通しをみると、最も物価見通しの低い10社は、08年10〜12月期から09年4〜6月期までデフレが続くと予測している(第2-1-28図)。他方、消費者のインフレ期待は、比較的安定している(第2-1-29図)
  また、市場関係者の期待インフレ率を示す指標として国債金利とインフレ連動債のスプレッドをみると、インフレ連動債の金利が上昇しているため、5年物については足元のスプレッドはマイナスとなっている(第2-1-30図)。しかしながら、インフレ連動債は通常の国債に比べて発行残高が少なく、相対的に流動性が低いことから、金融危機の状況下においては市場において忌避され、債券価格が下落していることが寄与しているものと考えられる。
(vi)資金流出のリスク
  9月中旬以降の金融危機への対応及び景気に配慮した財政刺激策の実施により、財政収支が急速に悪化するとともに、FRBのバランスシートも急速に拡大している(前掲第1-1-24表第1-1-25図第1-1-28図)。今後、更なる財政収支の悪化等が続けば、ドルの信認に対する懸念が生じるおそれがある。仮に、こうした事態が発生すれば、国際金融システム全体にわたる混乱が生じ、ドル暴落やアメリカからの大幅な資金流出が起こる可能性がある。この場合、アメリカ国内の資金調達コストが上昇することにより、消費や投資が抑制されるおそれがある。一方、インフレも昂進すると考えられることから、深刻なスタグフレーションに至る可能性もある。


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