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第 II 部 世界経済の見通し

第2章 世界経済の先行きリスク要因

 上記の中心シナリオに対して、世界経済全体に広範な影響を与え、異なる成長経路をもたらし得る幾つかの要因(リスク)が考えられる。現時点では、世界経済全体として景気のリスクは下向きのものが中心であり、十分に注視していく必要があると考えられる。

●リスク1:アメリカ経済の一層の減速
 アメリカでは2006年半ば以降景気回復が緩やかになっている。中心シナリオでは、08年のアメリカ経済は07年をやや上回る前期比年率2.4%程度の成長になることを見込んでいるが、下向きのリスクとしては、(1)住宅市場の調整の深刻化、(2)金融資本市場のさらなる変動、(3)原油価格のさらなる高騰や高止まりが続く場合の物価上昇等が挙げられ、このリスクが現実のものとなれば、雇用・所得環境の悪化や個人消費の減速等を通じてアメリカ経済を一層減速させるおそれがある。
 まず、(1)住宅市場の調整については、住宅在庫が依然高い水準にあることやサブプライム住宅ローン問題等により、長期化するがい然性が高まっている。こうした住宅市場の調整がより深刻なものとなれば、住宅投資のマイナス寄与が続くとともに、住宅価格の下落による逆資産効果やMEW(Mortgage Equity Withdrawal)の縮小に伴い消費にマイナスの影響を与え、景気全体をさらに減速させる可能性がある。特に、第I部第1章でみたように、07〜09年にかけて金利のリセット時期を迎えるサブプライム住宅ローンが多いことや、06年ビンテージのサブプライム住宅ローンでは金利のリセットを迎える前に延滞が多く発生していることなどから、今後、サブプライム住宅ローンの延滞率がどの程度高まるかが注目される
 次に、(2)金融資本市場のさらなる変動については、サブプライム住宅ローン問題への懸念等により、株価の下落や金融機関の信用収縮等金融資本市場でさらに大きな変動が起きた場合には、家計においては各種ローン貸出の厳格化や株価下落による逆資産効果等により、個人消費にマイナスの影響が生じる可能性がある。また、企業についても資金調達に影響を及ぼすなど設備投資活動を萎縮させる可能性がある。既に、アメリカの金融機関ではサブプライムローン関係の損失計上により収益が悪化しているが、今後、住宅価格がさらに低下したり、金融資本市場の動揺が続くようであれば、どの程度までこうした損失が拡大し、さらには実体経済への波及が強まるか注目される(なお、「リスク2:国際金融資本市場の変動」も参照)。
 さらに、(3)原油価格のさらなる高騰や高止まりが続いた場合の物価上昇については、これまでのところアメリカのコア物価は落ち着きがみられるが、エネルギー価格や食品価格は上昇している。原油高や各種商品価格の上昇により、こうした物価上昇が加速すればこれによる家計の実質所得の減少が懸念される。
 アメリカでは、これまでのところ比較的良好な雇用・所得環境が個人消費を支えてきたが、足元では雇用者数の増加が緩やかになってきており、今後も緩やかな景気回復とあいまって雇用者数の伸びが鈍化するおそれがある。時間当たり賃金の上昇率の明確な低下等はみられていないが、今後、(1)住宅市場の調整の深刻化や、(2)金融資本市場のさらなる変動等により所得・雇用環境が一段と悪化したり、(3)原油高による物価上昇により個人消費が減速したりする場合には、景気全体が一層減速する可能性もある。
 第1章でみてきたように、アメリカ経済が06年半ば以降減速しているが、世界経済は総じていえば比較的堅調に推移している。この背景としては、これまでのところアメリカ経済のうち主として住宅部門、製造業部門及び金融市場は調整しているものの、その他の部門は堅調に推移し、経済全体としては緩やかな減速にとどまっていることに留意が必要である。しかし、世界経済に占めるアメリカのウエイトは依然として大きく(GDPで27.4%(06年)、世界貿易に占めるアメリカの輸入のシェアは15.5%(同))、以上のような要因によりアメリカ経済が全体として調整局面を迎え一層減速する場合には、ほかの各国経済に波及して世界経済全体の減速につながる可能性が大きいと考えられる。

●リスク2:国際金融資本市場のさらなる変動
 国際金融資本市場では、サブプライム住宅ローンの延滞率の高まりや債務不履行が顕在化するにつれて、特に07年下半期以降大きな変動がみられた。すなわち、サブプライム住宅ローン関連の証券化商品の損失懸念から直接・間接に損失を被るおそれのある金融機関が流動性確保に向かったことなどから短期金融市場における市場金利が急上昇するなど信用収縮が進行した。こうした動きを受けて、アメリカやヨーロッパ等でサブプライム住宅ローン関連の商品に投資するヘッジファンドの経営難、大手銀行傘下のファンドの換金凍結発表、金融機関の経営破たん等が進行した。また、投資家の資金が、いわゆる「質への逃避」の動きによって安全資産に向かい、株価の下落と格付けの低い社債の国債に対する利回りの差(スプレッド)が拡大した。
 こうした状況を受けて、FRB(米国連邦準備制度理事会)やECB等、流動性不足の影響が懸念される国の中央銀行は、短期金融市場への資金供給を行い、信用不安の回避と市場の正常化に努め、また、FRBは、政策金利の引下げも行った。こうしたことから、株式市場や信用市場は少しずつ落ち着きをみせたものの、アメリカの金融機関の7〜9月期業績悪化の発表を受け、市場は再び動揺している(前掲第1-2-7図)。また、ドルは、名目実効為替レートでアメリカ経済の減速懸念やFFレートの目標水準を下げたことを受けて下落した(第2-1図)
 第I部第1章でみたように、サブプライム住宅ローン問題は今後も尾を引くと考えられ、また、アメリカ以外の先進国でも住宅市場の調整が進む可能性がある。これらが国際金融資本市場にさらに大きな変動をもたらせば、各国の実体経済に大きな下押しの圧力が生じる可能性がある。また、ドルのさらなる減価が続けば、アメリカからの資金引揚げにつながり、資金需要を支えきれなくなるおそれもある。

●リスク3:原油価格、各種商品価格の高騰
 原油価格は、07年も過去最高の水準を更新し続け、世界経済に与える影響が懸念されている。年初は60ドルを下回っていたものの、アメリカの精油所稼働率低下に伴うガソリン価格の高騰や世界経済の成長に伴う潜在的な需給ひっ迫により、8月上旬に過去最高水準を更新した。その後、サブプライム住宅ローン問題によるアメリカ経済の減速懸念によりいったん下落したものの、投機的な資金の流入や中東情勢リスクに対する懸念等により再上昇し、過去最高水準の80ドル台で推移し10月には90ドルを超えた(前掲第1-6図)。原油価格のさらなる高騰や高止まりが続く場合には、物価上昇の加速やそれによる実質所得の減少等を通じて世界経済への影響が懸念される。
 また、世界経済の回復、とりわけBRICsを始めとした新興国の経済成長による需要増や、投機的資金の流入を受けて穀物価格や金、アルミニウム、銅等の工業材料価格も上昇しており、これらの商品を総合した商品価格指数も上昇している(第2-2図)。こうした各種商品価格全般の上昇が続けば、資源、一次産品等の輸入依存度が高い国々の実体経済に影響を及ぼす可能性がある。

●リスク4:中国経済の一段の過熱と調整
 中国では、投資と輸出が景気のけん引役となり、高成長が続いている(06年の投資の寄与率41.3%、純輸出の寄与率19.5%(14))。投資が高い伸びを続けている一因として、資金供給面からの過剰流動性の問題がある。近年、中国では経常収支及び資本収支の黒字により外貨の流入が急増し、元高圧力が高まっている。一方、人民元相場(07年11月末時点)は1ドル=7.4元と、05年7月の切上げ後からの変動は9.6%(切上げ前と比較して11.8%)にとどまっていることから、人民元相場維持のために中央銀行が介入を続けているものとみられる。この為替相場介入については、不胎化が不十分であり、過剰流動性の一因となって、その結果、投資過熱感が高まるとともに、株価等の資産価格の上昇につながっているとみられる。中国当局はいわゆる「マクロコントロール」による引締め政策を継続しているが、過剰流動性や投資過熱を十分に抑制できない場合には、一段の過熱のおそれがある。その場合、例えば、(1)過剰投資による超過供給の発生、(2)資産価格の調整に伴う家計、企業及び金融機関のバランスシートの悪化等のリスクが現実のものとなり、中国経済が調整局面を迎え、結果的に成長率が減速するおそれがある。
 また、中国経済は輸出依存度を年々高めており、輸出は06年でGDP比36.6%、アメリカ向けの輸出が同7.7%に達している。このため、アメリカを始め世界経済が予想されている以上に減速すれば、中国にも相当程度影響が及び、中国経済が減速するおそれもある。
 中国の名目GDPが世界経済全体に占める割合は05年において約5%(世界第4位)(15)に達しており、中国経済の変調が世界経済に与える影響も大きくなってきている。特にこれまで、中国経済の拡大は日本を含むアジア各国の中国向け輸出の拡大を通じて国際分業を進展させるとともに、世界経済を押し上げる方向に作用してきただけに、中国経済が減速する場合にはこれら地域の貿易やマクロ経済に与える影響も大きいと考えられる。


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