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第3章 2004年の経済見通し――アメリカが牽引する世界経済

 2003年春のイラク戦争終了後、景気回復を下押ししていた不透明感が払拭され、海外経済(日本に関係の深い22か国・地域)には、景気回復の展望が開けた。アメリカ経済は、他国に先んじて着実に回復している。重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行から4〜6月期にアジアでは景気減速の動きがみられたが、中国やタイを中心に景気が拡大している。他方、ヨーロッパでは景気が停滞している。海外経済の2003年の成長率は、前年よりやや低下し3.5%程度になると見込まれる。
 アメリカ経済が成長を加速し、2004年の世界経済を牽引することが期待されている。2004年には世界経済全体として回復が進展し、成長率は4.4%程度に高まると考えられる。本章では、2004年の経済見通しのポイントを主要地域別に検討する。検討においては民間機関の平均的な見方(10月10日までの公表分)を参考とした(第3-1-1表)。なお、国・地域別のより詳しい動向は別添の資料を参照されたい。
 
1.アメリカ
 
 2003年の成長率は2.7%程度と見込まれ、4月時点と比較して上方修正(0.3%)されている。これは、イラク戦争終了後、企業部門の持ち直しが明らかになる一方、7月からは所得税減税の効果が現れ、家計部門の堅調さが増していることによる。
 2004年の見通しは3.9%程度と成長は加速し、潜在成長率(米政府3.1%、議会予算局3.0%)を上回るとみられる。

●企業収益が回復し、増加に転じた設備投資
 アメリカ経済の景気回復の勢いが持ち直したのは、企業部門の回復によるところが大きい。企業部門回復の要因としては、(1)2003年初来、IT関連部門の生産が増加傾向にあること、(2)イラク戦争終了後、投資家のリスク許容力の高まりから株価が上昇基調にあり、社債利回りが低下していること、(3)構築物への投資はITバブル崩壊後減少が続いていたが年央には増加に転じ、ストック調整がおおむね終了しつつあることが挙げられる。
 生産は2002年以降停滞が続いていたが、2003年央から緩やかに増加している。4〜6月期までは在庫は取り崩し局面にあった。企業部門のマインドが積極性を強めれば、年後半には在庫は積み増し局面を迎えるとみられ、生産の増加傾向は一層強まると考えられる。
 企業収益(国民所得ベース)は2002年10〜12月期から増加傾向にある。これは、物価上昇率は低下しているが、労働生産性上昇率の高い伸びが続き単位労働コストが減少していることによる。
 このような状況において、2003年4〜6月期には回復の遅れていた設備投資の持ち直しが明らかとなり、資本財受注も増加傾向にあることから、年後半に向けて設備投資は増加が続くと見込まれている。

●雇用回復が着実になれば、より息の長い内需拡大が視野に
 企業部門は回復しているが、景気にとっての懸念材料は雇用である。2001年末からの景気回復局面において雇用は減少が続いた。2003年9月には8か月ぶりに雇用が増加したが、企業の雇用意欲は依然弱いものにとどまっている。このため、雇用環境の厳しさが消費者マインド改善の重しとなっている。
 雇用回復の遅れには、労働生産性上昇率の高い伸びが続く一方、景気回復局面での成長率が過去に比べて低いことが関係している。IT活用の成果もあり、2000年初以降の労働生産性上昇率は年率3.5%ときわめて高い伸びとなっている(90年代後半は2.1%)。他方、今回の景気回復局面での平均成長率は年率2.7%にとどまっており、第2次大戦後の回復局面の平均(当初2年)4.7%を大きく下回っている。
 2003年後半には景気が拡大し年率4%台の成長が実現すると見込まれることから、生産の拡大に応じて雇用も徐々に増加に転じていくことが期待されている。雇用の増加が着実になれば、消費者マインドの抑制要因がなくなる。そうすれば、2003年後半から家計可処分所得の増加をもたらしている所得税減税の効果とあわせ、消費の増加基調は一層確固たるものになると考えられる。


2.アジア

 2003年前半には、SARSの流行が多くの国で経済活動を停滞させた。2003年の経済は中国を中心に景気は拡大しているが、韓国のように景気が後退するところもあり、アジア経済は景気動向にばらつきがみられる。

(1)北東アジア(中国、韓国、台湾、香港)

 2003年の見通しは、4月時点に比べ下方修正(0.3%)され、5.6%程度と見込まれている。中国は高成長が続いているが、韓国の景気が後退しているのが下方修正の大きな原因である。
 2004年には、韓国の景気も回復すると期待されることから、北東アジアの成長率は、6.1%程度に高まると見込まれる。

●中国の高い成長により台湾、香港にも明るさ
 SARSの流行により中国の2003年4〜6月期の経済活動は、消費や生産が一時的な影響を受けた。しかし、輸出はアメリカ向けを中心に増大が続いたうえ、投資も強い増加が続いた。その結果、年前半をならしてみれば成長率は高く、景気拡大が持続した。年後半においても、高成長が続く見込みである。2003年、2004年ともに7〜8%程度の成長となる見通しである。
 海外から大量の資本流入が続くなかで、通貨供給量が急増している。インフレ率は安定しているが、過剰流動性が発生し都市部を中心に投機的取引に向かわないかが懸念される。
 台湾、香港はSARS流行により大きな影響を受けた。両経済とも4〜6月期は経済成長率が大幅に鈍化した。2003年の成長率は、台湾では2%台に、香港では2%弱に下方修正されている。
 しかし、SARS終息後は両経済とも持ち直しの動きがみられた。そのきっかけは、高成長を続ける中国への輸出である。台湾は鉄鋼や化学を中心に中国への輸出が増加し生産回復を支えている。また、香港では中国本土との往来が一層緊密化することにより、デフレからの脱却が期待されるようになっている。2004年の成長率は、台湾、香港ともに4%程度と見込まれる。
 
●景気後退に陥った韓国
 2002年まで韓国経済は過熱気味の高成長を続けていたが、2003年に入って景気は後退している。その原因は、(1)カード利用の増大が消費を過熱させていたため、カード利用の上限を引き下げるなど信用拡大を抑制する措置が導入され、それが消費を減少に導いた、(2)2002年末以降電気機器を中心にアメリカ向け輸出が一時減速し、生産の伸びが鈍化し設備投資の抑制をもたらした、(3)2003年前半に賃上げ、時短問題からストライキが実施され、生産の大幅な減少につながったなどである。この結果、2003年の経済成長率は3%程度にとどまると見込まれる。
 2003年後半には輸出が増加基調にあることから、景気後退は落ち着きを取り戻しつつある。こうした傾向が続けば、2004年には景気回復が進み、経済成長率は5%程度に達するとみられる。

(2)ASEAN:シンガポール、インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン

 2003年の成長率は3.8%程度になると見込まれており、4月時点と同程度となっている。2004年は4.8%程度に回復すると見込まれる。タイでは堅調な景気拡大が続いており、その他の国でも景気は拡大傾向にあるが、シンガポール経済は低迷している。

●タイでは景気拡大が続く一方、シンガポールの景気は低迷
 タイでは内外需とも堅調に増加し、景気拡大が続いている。雇用の増加が所得を高め、消費の増加をもたらしている。外資の流入が続き、設備投資も堅調に増加している。また、社会資本整備の公共投資も積極的に実施されている。こうしたことから、2003年の経済成長率は5%台半ば、2004年は6%弱になると見込まれる。
 インドネシア、マレーシア、フィリピンでは、景気は拡大傾向にある。マレーシアでは消費にやや弱い動きがみられるが、これらの国では輸出や投資の増加基調が続いている。2004年においては景気の拡大基調が続き、成長率は高まると見込まれる。
 一方で、シンガポールの景気は低迷しており、2003年の経済成長率は1%程度にとどまるとみられる。低迷の大きな要因としては、(1)高い労働コストが嫌気され生産拠点の海外移転が進んでおり失業率が上昇していること、(2)対外経済環境の改善が家電製品等の輸出増加につながりにくいことが挙げられる。しかしながら、世界経済の回復とともに輸出も徐々に増加に転じると期待されることから、2004年には5%弱の成長を取り戻すと見込まれる。


3.欧州主要4か国
(ヨーロッパ4:ドイツ、フランス、イタリア、イギリス)

 欧州では2003年前半にドイツ、フランス、イタリアのほかいくつかの国でマイナス成長を記録し、景気は弱い状態となっている。とくに、ドイツでは2002年末から3四半期連続してマイナス成長となるなど、景気が後退している。他方、イギリスでは2003年央には消費が回復するなど、大陸諸国に比べて明るさが戻っている。

●ユーロ高修正とアメリカの回復に依存するユーロ圏
 ドイツ、フランス、イタリア等ユーロ圏が弱い状況となっているのは、(1)2002年秋から進んだ急速なユーロ高が輸出を減少させたこと、(2)ドイツを中心に生産の減少が失業者を増加させ、家計の所得環境を悪化させたこと、(3)企業マインドの悪化がITバブル崩壊後の資本ストック調整を一層長引かせたことなどの要因による。
 ユーロ圏の2003年の成長率は0.6%程度に低下するとみられている。しかしながら、減税等の財政面からの景気てこ入れが実施されつつあること、さらにアメリカの成長率が高まっており外需の増加が今後期待できることなどの要因から、2004年には回復に向けた動きが明らかとなり、成長率は1.7%程度に回復すると見込まれる。

●欧州では先頭を走るイギリス
 イラク戦争による不透明感の高まりによって、2003年春までイギリス経済は減速した。しかし、戦争終了にともなって消費者や企業マインドは改善に向かい、消費や住宅が増加するなど年央までに景気は落ち着きを取り戻し、持ち直しの動きがみられる。このような背景としては、(1)景気減速期においても、大陸欧州の国に比べ先行きに対する成長期待は明るいものがあったこと、(2)雇用の悪化が生じなかったことも支えとなり消費マインドが相対的に堅調であったことなどが挙げられる。このような結果、イギリスの景気は大陸諸国ほどの弱さを回避することが可能となった。2003年は1.8%程度、2004年は2.5%程度と大陸諸国よりも高い成長が見込まれる。


4.海外経済の概観
 
 以上の地域別の動向を総合すると、日本にとって関係の深い海外経済全体としては、2003年は3.5%程度と、前年よりやや低い成長になるものと見込まれる(第3-1-2図)。2004年には回復が広がり4.4%程度に成長率が高まると見込まれる。また、消費者物価上昇率は2003年、2004年ともに2.0%程度と安定した動きになるとみられる。
 地域別に過去10年のトレンド成長率と2004年の成長率を比較すると、成長達成度(2004年の成長率/過去10年の平均成長率)はアメリカで1.2と4年ぶりに1を上回る見込みである(第3-1-3図)。北東アジアでは0.8にとどまるが、その他の地域ではおおむね1程度となり、海外経済はほぼ過去の傾向的な成長率を取り戻すと見込まれる。
 この結果、2004年の中心シナリオとしては、アメリカ経済が4%前後の高い成長を持続することによって、アジアや欧州の成長率が過去の平均的な姿にまで高まると考えられる。アジアの中では中国が高成長を持続するが、域内での貿易依存の高まりもその他経済の回復に貢献すると期待される。
 しかしながら、世界経済を取り巻く環境にはいくつかの下方リスクがある。これらによっては、世界経済の回復シナリオの実現が難しくなる場合もありえよう。
 
●下方リスク1:アメリカが世界経済の主要なエンジン
 第一に、アメリカが世界経済の主要な牽引役を果たしているのが現実である。日本は2003年に入って成長率が高まり景気は持ち直しているが、消費は力強さに欠けている。中国を除くアジアは、韓国やシンガポールの景気が停滞するなど、全体としてばらつきがみられる。欧州では、イギリスの景気回復が先行しているが、大陸では回復の兆候はマインド面を除けば未だ明らかになっていない。
 アメリカ経済の下方リスクとして、(1)雇用の動向、(2)住宅価格が下落した場合の逆資産効果、(3)財政赤字と経常収支赤字という双子の赤字の動向などが挙げられる。雇用は今後増加すると期待されるが、経済成長率、労働生産性、企業収益の動向等によっては抑制基調が続くこともあり得よう。これらのリスクによっては、消費の基盤が脆弱になりかねず、また、急速な金利上昇による悪影響が投資に及ぶおそれも考えられ、成長率が4%を下回る可能性もありえよう。
 
●下方リスク2:為替レートの世界的な調整
 第二は、米ドルに対する為替レートの世界的な調整の動きである。
 2003年にアメリカの双子の赤字は史上最高の大きさに達している。IMFは財政赤字(一般政府)がGDP比6%、経常収支赤字が5%になると見込んでいる。減税実施、イラク関連支出の増加、成長率の内外格差の継続等を原因として、双子の赤字は今後数年程度では解消しないのではないかとIMFは指摘している。
 80年代前半の経常収支赤字は3%に達したが、91年にほぼ均衡した。そのような調整は、(1)85年にドル高是正が合意され、88年までの3年間に実効レート(対主要国)で4割程度のドル減価が実現したこと、(2)80年代後半は日本やドイツでは3〜5%程
度の高い成長が続いていたことなどが要因となっている。
 ドルは、2002年初の高値から2003年9月までにユーロに対して3割程度の減価となったが、その他通貨に対する減価は小幅であったために、実効ベースの減価は2割弱にとどまる。経常収支赤字を減少するためにどれほどのドル安が必要かに関しては、海外需要の想定等によって結論は異なるものの、経常収支赤字をGDP比2〜3%程度に低下させるためには、4割程度のドル安が必要であるとの見方もある(1)。一方、(1)アメリカ経済が中長期的に堅調さを維持すれば資本流入が続き、経常収支赤字も持続可能になると考え得るし、(2)世界経済の成長が高まればアメリカの輸出増加につながり、経常収支赤字が低下すると見込まれることなどから、必ずしもドル安だけが問題解決の選択肢というわけではない。
 為替レートの調整は、増価国・減価国ともに交易条件の変化をもたらす。それが貿易数量の調整につながる場合には、外需の変動を通じて景気にも影響を与えるため、変化が急激な場合には修正が必要になることもあろう。今後どのような幅とスピードで為替の調整が起こるのかは、世界経済の動向にとって大きな問題である。
 
●下方リスク3:デフレ懸念の後退による長期金利の過度の上昇
 第三に、デフレ懸念の後退に伴い、金融政策の変更を市場が先取りすると、債券取引を中心として予想以上の変化が起こる可能性がある。デフレ懸念の後退については、(1)2004年のGDPギャップ(潜在GDPに対する比率)はすべての先進国でマイナスにとどまるものの、欧州を除けば縮小すると見込まれること(IMF、2003年9月)、(2)国際商品の動向は、原油価格が上昇傾向にあるほか、銅等の金属商品も2003年に入って強含みで推移していることなどが背景となっている。長期金利の過度の上昇は景気回復に悪影響を与えかねず、金融政策においては市場との対話に十分配慮することが必要であると考えられる。


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