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第1章 長期金利上昇の要因と物価連動債の役割

第1節 長期金利の上昇と経済への影響

 本節では2003年の長期金利がどのように推移したのかをアメリカを中心として振り返る。そして、長期金利の上昇が景気回復に与える影響を考察する。
 はじめに、長期金利を上昇させる要因を簡単にまとめておこう(詳しくは補論参照)。大きく分けると、実体経済、金融政策、財政政策に関係する次の4つの要因に分けることができる。それらは、(1)景気回復の進展、(2)期待インフレ率の上昇、(3)金融引締め、(4)財政拡大等の資金需要増加、あるいは国債市場における需給悪化である。重要な点は、実現した出来事が金利を上昇させるというよりも、これらの要因に関する期待や観測が金利上昇に大きな影響を与えることである。長期金利は市場で決まり、経済ニュースに対して将来を織り込んだ敏感な反応を示すのである。

1.2003年央から上昇に転じた長期金利

●年初から金利低下が進み、6月には半世紀ぶりの低金利
 2003年1月以降、米国債10年物利回り(以下米長期金利)はイラク戦争の早期終結期待等に伴う一時的な上昇はあったものの、おおむね低下基調で推移した。イラク戦争終了後には、不透明感の払拭から株式市場への資金移動が生じたが、5月から6月中旬にかけて米長期金利は急速に低下し、一時3.10%とほぼ半世紀振りの低水準となった。
 この急速な長期金利低下の要因としては主に、(1)景気回復期待の後退とデフレ懸念、(2)利下げ観測、(3)金融当局による長期国債購入観測の浮上、(4)アジア勢を中心とする積極的な米国債購入、が挙げられる(第1-1-1図)。
 これは、雇用情勢の悪化や生産の低迷等により、景気に対する悲観的な見方が広がるなかで、5月のFOMC(連邦公開市場委員会)において「望ましくない」ディスインフレが起こるリスク(1)が明示されたことや、4月の消費者物価指数(以下CPI)が予想以上に下落(前月比▲0.3%)したことなどから、デフレ懸念が広がったことによる。こうした状況のもと、市場では、「デフレを警戒するFed(連邦準備制度理事会)が一段の利下げを行う」との観測が広がった。また、長期金利を低位で安定させることを目的として非伝統的手法の導入(Fedによる長期国債の購入等)に踏み切るとの観測も広がった。これらにより、長期金利の一段の低下が予想され、債券買いは一層活発(長期金利は低下)となった。

●6月中旬から8月にかけての急上昇
 5月以降急速に低下していた長期金利は、6月中旬に急速な上昇に転じ、9月上旬には4.6%まで達した。
 この長期金利の急上昇の要因としては、(1)景気回復期待の高まりとデフレ懸念の後退、(2)Fedの金融政策に対する困惑、(3)機関投資家のポートフォリオ調整、が挙げられる(第1-1-2図)。なお、財政赤字拡大や、資金の株式市場への移動を長期金利急上昇の要因とする指摘は極めて少ない。
(1)景気回復期待の高まりとデフレ懸念の後退
 6月中旬以降、ニューヨーク連銀製造業景況指数の大幅な改善等、景気回復の勢いの持ち直しを示す経済指標が出始めたことや、5月のCPI(コア(2))が予想以上に上昇していたことにより、景気回復期待が高まり、あわせてデフレ懸念が後退したというものである。
(2)Fedの金融政策に対する困惑
 5月のFOMCにおいて、望ましくないディスインフレのリスクが明示された。また、グリーンスパン議長は6月3日の講演でデフレに対する十分な対応策が必要との見解を示したとされている(3)。そのため6月25日のFOMCでは、大幅な利下げを含め、何らかのデフレ懸念対処策が打ち出されるものとの市場期待が高まっていた。しかし現実には、FOMCにおいて決定された利下げ幅が0.25%にとどまり、市場の一部の予想(0.50%)を下回る結果となった。また、グリーンスパン議長の議会証言(7月15日)等で、非伝統的手法の導入に関して消極的な姿勢が示された。このため、市場ではFedの政策運営に対する困惑が広がり、利下げは打ち止めであると観測されるようになった。このような困惑を背景に、長期金利は急上昇した。その後、グリーンスパン議長が追加的な利下げの可能性に言及することや、Fed幹部が非伝統的手法に対する肯定的な見解を示すことに加え、8月のFOMCにおいて、「相当程度の期間にわたって」現行の金融緩和政策を維持することを表明するなどしたため、長期金利の上昇は緩やかなものとなった。
(3)ポートフォリオ調整
 アメリカでは、住宅ローンの証券化(不動産抵当証券)が盛んに行なわれている。6月までの金利低下局面において、より低い金利の住宅ローンへの借換えが増加していた。同月中旬以降の長期金利上昇局面においては、住宅ローン金利が急上昇したため、借換えが急減し、繰上償還が減少した。このため、不動産抵当証券をポートフォリオに多く組み込んでいる投資家は、資産のデュレーション(平均回収期間)が長期化し、それを元に戻すために国債の売却を行った。その結果、長期金利が上昇した。
 Fedの研究(Peril and Sack [2003])によれば、このような動きが、最近の金利変動幅を2〜3割増加させる要因になったと推計されている。

●今後の見通し
 9月上旬に長期金利の上昇は止まり、月内は低下基調で推移した。長期金利が低下基調となった要因として、(1)Fedの金融緩和姿勢が評価されていること、(2)急速な景気回復の先行きにやや慎重な見方が生まれたことなどがある。市場では、今後、景気の回復を背景に長期金利は緩やかに上昇していくとみられている(2004年末で5%前後(4))。また、今後の長期金利水準についてのアンケートによれば、5.8%程度まで上昇すれば景気圧迫要因となるとの結果が出ている。
 長期金利は、おおむね期待成長率と期待インフレ率の和に等しいと考えられる。上記アンケート調査では2004年のアメリカ経済の予測も掲載されており、アンケート実施時の予測では実質成長率は3.9%、消費者物価上昇率(5)は1.8%と見込まれており、その和は景気圧迫要因とならない上限とされる金利にほぼ等しくなっていると理解することができる。

2.80年代以降の長期金利上昇局面の特徴

 2003年央以降の長期金利上昇については、景気回復要因が中心であることを明らかにした。次に、過去の金利上昇局面の特徴を明らかにし、今回の金利上昇との比較を行う。

●世界的にみると、大きな金利上昇局面は過去4度
 80年代以降、世界的な金利上昇局面は大きくみて4度あった(第1-1-3図)。(1)80年代前半には双子の赤字を抱えていたアメリカで上昇し、(2)90年には東西ドイツ統一の影響でドイツを中心に上昇、(3)94年にはアメリカの景気回復が主因となり主要国で上昇、そして、(4)99年には世界的な景気拡大により主要国で上昇した。この過去4度の金利上昇局面を要因別にみると、景気要因によるものと、資金需要要因によるものに分けることができる。

●景気要因による金利上昇局面
 景気要因による金利上昇局面として、94年と99年の主要国での上昇が挙げられる。
 94年初め頃から主要国の長期金利は上昇を始めた。これは、アメリカの景気が93年10〜12月期に予想以上に力強い拡大をみせたことを受け、まずアメリカの長期金利が上昇し、その後他の主要国でも景気回復の動きがみられたことなどから長期金利は上昇した。93年10月から94年11月にかけてアメリカの長期金利は2.9%上昇し、他の主要国でもドイツで2.1%、イギリスで3.0%、日本で1.6%上昇した。
 また、99年には世界的に景気が回復したことにより、主要国で金利が上昇した。アメリカでは、景気の過熱と労働市場のひっ迫によるインフレ懸念と長期金利の先高感が強まり、長期金利が上昇した(第1-1-4図)。ヨーロッパでは、98年秋にロシア金融危機を経験した国際金融市場が99年に入って安定したことや、景気回復期待が高まったことから長期金利は上昇した。98年10月から99年1月にかけて、アメリカの長期金利は2.5%上昇し、ドイツで2.0%、イギリスで1.7%上昇した。

●イールドカーブの比較
 これらの局面におけるアメリカのイールドカーブ(利回り曲線)を比較してみよう。イールドカーブは満期の異なる債券(信用度は同じ)の利回りをつないだものである。先々のインフレ期待や利上げ予想が織り込まれると、満期の長い債券の利回りが上昇し、曲線の傾きが急(スティープ化)になる。他方、今後しばらくは利上げが行なわれないと予想される場合等に傾きは緩やかになり(フラット化)、さらに、現在は引き締められているが将来は利下げが予想される場合には右下がりのイールドカーブ(逆イールド)となる。
 
(1)93年から94年
 イールドカーブは一度フラットになり、その後上方へシフト(平行移動)している(第1-1-5図)。一度フラットになったのは、93年1月時点で予想されていた景気回復期待が93年後半にかけて一度後退したことによるものである。その後、同年10〜12月期の成長率が予想を上回るものであったことから再び景気回復期待が高まり、その速い景気回復のペースがインフレを加速させることを懸念したFedが政策金利の引上げを行なった。このため、94年のイールドカーブはその傾きをそれほど変えることなく、上方へシフトする動きをみせた。
(2)98年末から99年末
 98年秋に起きたロシア金融危機の影響で、景気の先行きに不安がもたれたことや、信用度の高い米国債に需要が集まったことから右下がりのイールドカーブとなった。その後、Fedの利下げ等により99年に入って再び景気回復期待が高まり、労働市場のひっ迫懸念からインフレ期待が起こったこともあって、長期金利は上昇した。このインフレ期待の高まりを受け、Fedは99年後半に3回に渡る利上げを行った。この結果イールドカーブは上方にシフトすると共にスティープ化している。
(3)今回
 5月中旬以降、6月中旬にかけて、全体が下方にシフトしている。これは将来の利下げ期待から3か月〜1年物の金利が低下し、景気に対する悲観的な見方から長期金利も低下したことによる。6月中旬以降、9月にかけては、イールドカーブはスティープ化している。これは景気回復期待の高まりを受け長期金利が上昇する一方、利上げ予想が働かなかったために短期の金利水準が安定していたことによる。

 これらの局面の比較からは、今回の長期金利上昇局面の特徴は、インフレ懸念がないなかでの景気回復期待の高まりによる長期金利の上昇ということができる。
 
●資金需要要因による金利上昇局面
 次に、資金需要要因による金利上昇局面として、80年代前半のアメリカでの上昇、90年のドイツでの上昇が挙げられる。
 アメリカでは、81年からのレーガン政権下において、大幅減税等により財政赤字が拡大する一方、インフレに対処するため金融政策は引き締められ、長期金利は81年央には急上昇した。その後、景気後退の長期化等で82年には一時低下したものの、再び上昇に転じ、83年5月から84年6月までに3.7%上昇した。
 ドイツでは、89年8月から90年9月にかけて、長期金利が2.5%上昇した。インフレ懸念とドイツ統一に伴う資金需要の拡大期待から上昇していた長期金利が、両独通貨同盟による過剰流動性懸念から90年2月上旬から3月にかけて急上昇し、さらに、金融引締め政策がとられたこともあって同年9月まで上昇を続けた。他の欧州主要国もこの影響を受けて長期金利は上昇した。

3.長期金利上昇の経済への影響

 長期金利の上昇は、財政面では国債費負担を増大させ、財政赤字拡大要因となるほか、主に以下に挙げる分野への影響が考えられる。しかし、経済全体への影響については、長期金利それ自身が、現在及び将来の経済の状況・予想を反映させたものであることから、景気回復期待が高まり、将来の高い期待成長率が反映されて長期金利が上昇することは自然なことであるといえる。ただし、景気、財政赤字や金融政策の動向に対して投資家が過敏に反応するなどの要因で、リスクプレミアムが拡大し、これにより長期金利が急速に上昇する場合は、経済に対してマイナスの影響を及ぼす可能性がある。

●住宅投資への影響
 長期金利の上昇は、モーゲージ金利(住宅ローン金利)の上昇を通じ住宅投資へ影響を与えると考えられる。90年代におけるアメリカのモーゲージ金利と住宅着工の関係をみると、長期金利の上昇開始後おおむね4か月程度の遅れをもって住宅着工が減少し始めているといえる(第1-1-6図)。この時間差が生じる要因としては、住宅の着工までには申請→許可→着工の手続が必要であることや、長期金利の上昇開始直後には駆け込み需要が生じるためと考えられる。
 今次金利上昇局面における住宅着工への影響を確認するには、今後発表される統計を待たねばならないが、住宅着工がある程度減少する可能性は高いといえる。ただし、住宅着工の決定要因として、長期金利水準以外にも、人口要因や所得要因があるため、移民の流入等により、人口が毎年1%程度上昇しているアメリカにおいては、金利上昇のマイナスの影響はそれほど大きくないものと思われる。

●設備投資への影響
 金利上昇が資本コストの増加をもたらす場合には、設備投資(6)への悪影響が考えられる。資本コストがどれほど上昇するかは、資金調達における借入れ依存度や株価動向等に依存する。企業の借入れ依存度(総金融負債に占める銀行借入れの割合)は、アメリカ1割弱、日本約4割となっている。したがって、アメリカにおいては、貸出金利の上昇を通じた設備投資への悪影響は相対的に小さいと考えられる。
 他方、長期金利が上昇すると社債発行コストが増大するため、社債発行の盛んなアメリカでは、発行コストの上昇を通じた設備投資への悪影響は相対的に大きい。
 したがって、設備投資への影響は、株価動向を踏まえた資本コストがどのように変化するかや、今後の需要動向等に依存することになる。

●時間軸効果を通じた金融緩和への影響
 日米の中央銀行は金融緩和を維持する姿勢を明らかにしている。日銀は量的緩和政策について、「消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続することとする」(2001年3月)と表明しており、Fedも「現在の金融緩和策は相当程度の期間にわたって維持される」(2003年8月)としている。これは、将来の期待に直接働きかけることによって、長期金利を低位で安定させる効果(時間軸効果と呼ばれる)を持つ。しかし、長期金利の上昇により、「金融当局が、予想以上に景気回復のペースが速いと考え、近い将来利上げに踏み切るのではないか」などの観測が生じた場合、金融緩和にもかかわらず、短期金利の上昇が起こり得る。

●債券価格下落の影響
 80年代以降の長期金利上昇(債券価格下落)局面の主なものについて、その要因を大きく分けると、景気要因と資金需要要因となることについては既に述べた。景気要因の場合、基本的に、将来の収益拡大期待による株価上昇を伴うことから、債券価格の下落によって金融機関のバランスシートに大きな影響が出る可能性は低く、これは、景気要因による今次金利上昇局面においても同様であると推察される。
 なお、長期金利の上昇が債券価格にどれほどの影響を与えるかについての簡単な式を紹介しておく。満期までy年の債券(クーポンはゼロとする)の価格Pは、利回りをiとすると、債券価格の変化率は
 △P/P=−y・△i 
で近似(7)される。6月中旬から9月初にかけての米長期金利の上昇幅は約1.5%であるから、10年物米国債がゼロ・クーポン債であったとすると、その価格は15%程度下落したことになる。
 上記式を用いて6月中旬から9月初の長期金利上昇・株価上昇局面における影響を計算してみよう。計算の簡単化のため、債券は全てゼロ・クーポン債で、その残存期間は残高でウェイト付けした平均の残存期間とし、保有債券の利回りの下落幅と株式の上昇率は、それぞれ10年物国債利回りの下落幅、株価指数の上昇率に等しいと仮定する。また、統計上の制約から、社債及び外国債、外国株式は含まない。
 上記前提に基づき、当該期間中の株価上昇と債券価格下落による、日米の金融機関(中央銀行等を除く)のバランスシートへの影響を計算すると、日本は総金融資産の0.24%〜0.32%にあたるロス、アメリカは0.51%にあたるロス〜0.96%にあたるゲインという結果が得られた(8)第1-1-7図(1) 第1-1-7図(2))。したがって、ロスが発生した場合でも全体としてはそれほど大きな額にはなっていないと考えられる。


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