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第1章のポイント

1.2003年央から長期金利が反転上昇

●2003年6月以降世界の長期金利が上昇している。その特徴は、(1)景気の先行き見通しの改善が金利上昇の最も大きな要因であること、(2)市場にインフレ期待の芽生えはないことにある。また、株価は3月以降上昇が続いている。
●80年代以降において、主要国の長期金利が上昇した時期が4度ある。そのうち、景気回復が金利上昇をもたらした例として94年がある。その時アメリカでは金融引締めもあり、1年で3%ポイント(名目)の急上昇となったが、景気回復が腰折れすることはなかった。

2.長期金利上昇の経済への影響

●景気回復に伴って長期金利が上昇するのは自然なことである。過去においても金利上昇によって住宅建設はマイナスの影響を受けたが、景気回復がもたらす所得増加や株高等の効果から自律的拡大につながった。しかし、投資家の期待形成によっては金利が過度に変動することがあり得ることには留意する必要がある。財政面では長期金利上昇は国債費負担を増加させ、財政赤字拡大要因となる。
●他方、債券価格の下落(=金利の上昇)によって投資家はキャピタルロスを被る。日米の金融機関について試算すると、これまでの債券価格の下落に伴う損失は、かなりの程度株高により相殺され、ネットの損失額は小さいとみられる。

3.財政赤字と長期金利の関係

●理論的には財政赤字拡大は長期金利の上昇につながる。実証研究の結果によると、アメリカの場合GDP比1%の赤字拡大は0.5%ポイントの金利上昇をもたらすというのが平均的な値となっている。近年主要国の財政赤字は拡大しているが、これまでのところ赤字拡大が金利上昇を引き起こしている可能性は低いとみられる。今後とも財政規律を守ることが重要。
●財政赤字は国債の発行により賄われる。日本の国債市場の特徴は、(1)保有者割合では公的部門が圧倒的に大きく、市場の流動性が主要国に比べて低いこと、(2)国債の種類別では10年物が中心であることが挙げられる。
●日本では2003年度に物価連動債が発行される。物価連動債は英米を中心に主要国で発行されており、インフレによる元本の目減りリスクを国債保有者から解消するというメリットがある。

4.金融政策における物価連動債の活用

●アメリカ連邦準備制度では、デフレ懸念を十分認識し、非伝統的政策(長期国債購入等)も念頭におき長期金利の低位安定を目指す政策が実施されている。政策運営においては、対話を通じた市場の期待への働きかけが重視されている。そのためには、中央銀行が経済の先行き見通しを示し、透明性を高めることが重要であると認識されている。
●物価連動債利回りは期待インフレに関するタイムリーな情報を提供する。英米の経験では、その情報が金融政策の変更に大きな示唆を与えていると考えられる。物価連動債は、金融政策の透明性を高め、説明責任を果たしていく上でも大きな役割を果たしている。今後我が国においても物価連動債市場の厚みが増し、その活用が期待される。


第1章 長期金利上昇の要因と物価連動債の役割

  2003年は主要国の長期金利にとって大きな転換点になった。2002年から2003年前半にかけてアメリカの国債市場では国債利回りが半世紀ぶりの低い水準に低下し、バブル的様相を呈した。その中にあって、イラク戦争が終了し先行き不透明感が解消していくにつれ、資金の株式市場への移動が生じた。アメリカ経済にはデフレ懸念が指摘されていたが、先行きの景気回復を示す経済指標が発表されるに応じて、6月中旬以降長期金利は急速に上昇した。
 本章では、80年代以降の長期金利上昇局面と比較しながら、アメリカの長期金利を中心として今回の上昇の特徴を明らかにする。そして、主要国の国債市場を比較しながら、財政赤字の拡大と長期金利の関係を考察する。さらに、海外主要国で広く流通している物価連動債は、2003年度に日本でも発行が予定されている。この物価連動債が金融政策上どのような意味を持つのかを、英米の経験を踏まえながら考えてみたい。
 結論としては、次のことが挙げられる。(1)2003年央から始まった長期金利の上昇は、先行き見通しの改善が主要な要因である。景気回復局面における長期金利の上昇は、他の条件に変化がなければ景気腰折れをもたらすような性格ではない。(2)日本で今後導入される物価連動債は期待インフレに関する重要な政策情報を提供するものであり、今後国債市場で厚みを増していくことが期待される。(3)金融政策の効果が市場に浸透する上で期待は大きな役割を果たす。物価や成長見通しに関する金融当局の考え方を的確に明らかにすることが、金融政策の透明性を高め適切な期待形成を図る上で重要となっている。


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