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第I部 海外経済の政策分析

パート1:中国経済5つのトピック

3.財政改革とその背景−歳入構造強化に向けた取組み

●拡大する財政赤字
 中国の財政赤字は、アジア通貨危機後の98年以降拡大する傾向にある。97年のアジア通貨危機による輸出減少の影響等により景気が減速したため、公共投資や社会保障の拡大、公務員給与引上げ等景気刺激策による財政支出が拡大したことが原因である。
 国家財政赤字(中央、地方の合計)は、90年から97年までの平均でGDP比0.9%だったが、98年に同1.2%、99年同2.1%、2000年には同2.8%と急速に拡大した。2001年にはやや縮小して2.6%となっているものの、2002年は赤字額の拡大が見込まれている(トピック3-1図)。
 しかし、東アジア諸国の財政収支赤字をみると、中国だけが突出して高いわけではない。最近赤字の増大に関心が高まっているが、単純に赤字の大きさだけが問題なのではなく、歳入構造に中国財政の根本的な問題がある。

●歳入構造のぜい弱
 中国の財政の問題点として重要なのは、歳入構造の弱さである。
 図に示したように、各国の歳入をGDP比でみると、中国は最近改善してきているものの、相対的に低かったことがわかる(トピック3-2図)。また、歳入の伸びと同様に歳出の伸びも低かった。国家財政がその国の経済に占める比率が低いということは、国家のマクロ経済を調整する機能が弱いことを意味する。
 中国の財政制度は、改革開放政策の下で税制の整備を中心に数回の制度改正が行われ、歳入構造の強化が図られてきた。しかし歳入構造は改革開放以降ぜい弱なままで、90年代後半からようやく歳入のGDP比が上昇し始めている。以下に中国の主要な財政制度改正と歳入の状況についてまとめる。

●80年代の税制
 中国では83、84年にわたりそれまでの国有企業の利潤上納制に代えて企業所得税を導入する制度改正が行われ、企業の所得税や付加価値税などの税収が予算収入の大部分を占めるようになった。しかし税の徴収については、国税を徴収する機関はなく、地方政府が徴収した税のうち国税として請け負った分を中央政府に納める制度となっていた。地方政府の請け負う税額については中央・地方政府の交渉によって決められた。請け負った額を達成すれば残りは地方の収入となったため、地方政府は自己資金を拡大させようと、収入に関する情報を隠すといった手段を講じるようになった。その結果、中央財政収入が国家財政に占める比重は80年代後半から低下を続け93年には22%にまで下がった。
 また、各地方政府は自らが所管する国有企業や郷鎮企業の利潤を企業所得税として徴収する替わりに、そうした利潤の一部を予算外資金の形で自らの収入として組み入れることが可能であった。そのため、中央政府と分け合う形になる税金はできるだけ減少させて企業の手元に資金を残そうと、諸種の減免措置を行って企業所得税を減少させたと言われる。予算外資金は政府の財政資金でありながら国家予算に組み入れられず、各政府や政府関係機関などがそれぞれ徴収・使用している資金(各種料金、経費など)で、インフラ整備や社会福祉等公的な支出に充てられる。地方政府の徴収するものの方が圧倒的に多い。地方政府は税法や税率を決定する権限を与えられていないために税収入を増やすのは容易ではない。そのため、任意に徴収・使用が可能な予算外資金を大幅に増大させた。その結果、予算外資金は税収を上回る伸びを示し、その規模は一時期国家財政に匹敵するほどになった(トピック3-3図)。こうした地方政府の行動は中央財政収入ばかりか国家の税収そのものを圧迫し、国家財政がGDPに占める比重も低下したと考えられる。

●分税制改革
 中央財政収入の増加及びマクロ経済コントロール能力の強化、また中央−地方財政関係改善を目指して、1994年に大規模な財政制度改革が行われた。財政請負制は廃止され、税の種類別に国税、地方税、国と地方の共有税収入に分類し、国・地方それぞれの税務機構を設置して別々に歳入を得る分税制が導入された。関税や奢侈品への消費税等が国税とされ、個人所得税は地方税とされた。国家税収に占めるシェアが最も大きい増値税(付加価値税)は共有税とされ、75%が国税、25%が地方税とされた。また、企業所得税については中央政府が所管する企業のものは国税、地方政府所管のものは地方税とされた。財政収入の配分とともに、財政支出についても、中央と地方の支出責任が明確に定められた。
 また、付加価値税や企業所得税に加え、個人所得税制度等の税制も整備された。
 この改革以降、国家財政に占める中央政府のシェアは大きく回復し、93年の22%から改革直後の94年には56%となった。

●引き続く財政改革の必要性
 歳入のGDP比は1995年を境に上昇している。しかし、まだ問題が残されている。根本的な問題は、分税制の本来の目的とされた中央政府のマクロコントロール能力は改善したとは言えないことである。中央政府の財政収入比率は上昇したが、収入増分は税収返還によって地方政府にもどされてしまうため、財政支出の比率は分税制導入前から変わらず小さいままであることが理由である。これについては、2002年に新たな制度改革が始まっている(「地方財政における地域間格差」参照)。
 その他、税制についてもさまざまな問題点があるが、特に重要なのは所得税に関するものである。中国では税収の60%程度が付加価値税などの流通税で占められており、企業所得税や個人所得税の割合は相対的に小さい。しかし、市場経済化が進展するなかで企業部門の発展や個人所得の増加はめざましく、歳入の増加には所得税の増収が不可欠である。特に以下の点が課題である。
(i)企業所得税の伸び悩み:国有企業所得税は85年から2000年までの間に4割程度、集団企業所得税は7割程度しか増加していない。名目GDPは同期間に10倍になっている。上述したような地方政府による国有企業への減免措置により税収が抑制されたことや、国有企業部門の経営不振等により税収の伸びが抑制されたものと考えられる。企業部門が経済全体に占める比重から考えても、今後は国有企業・民間企業等からの企業所得税の税収増加が必要である。
(ii)企業所得税法の整備:企業所得税については外国資本企業への優遇が大きく税負担に大きな差があるため、不公平であると言われていた。OECDによれば、最高33%の税率に対し、経済特区等にある外資企業が実際に課されているのは15〜24%程度である。近く税法の改正が行われ、国内企業と外国資本企業とで別になっている法人所得税法及び税率が統一される見通しである。
(iii)個人所得税はウェイトが小さい:個人所得税が税収に占めるシェアは2000年で5%と小さいものの、最近になって収入源として重視されるようになり、今後の税収増加が見込まれている。
(iv)徴税制度整備と不正摘発:90年代後半以降歳入のGDP比が上昇した大きな理由は徴税面での努力であったといわれ、中国政府の財政政策において徴税システムの整備などの強化策は引き続き重点的に実行されている。また、個人所得税、企業所得税の脱税が横行しており、中国政府は不正の摘発に力を入れている。
 以上のように、中国の財政にはまだ解決すべき問題が山積している。中国政府は他にも増値税や営業税、消費税等付加価値税の整備、予算外資金の管理強化や予算資金化、地方財政と地域格差の是正等、多くの改革を進めている。


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