高度情報通信小委員会報告参考資料3

(参考資料3) -高度情報通信社会のある日-

登場人物の関係


登場人物の関係

 現在(平成7年、1995年)は、まだ高度情報通信社会の入口にすぎないが、職場あるいは家庭でネットワークにつながったパソコンを利用したことのある人は、パソコン通信やインターネットの楽しさ、その潜在的な力を既に十分に認識し、情報通信の高度化に大きな期待を抱いていることであろう。
 しかし、多くの国民は、高度情報通信社会は自分とは無縁のことと思っており、一部の特殊な人たちだけの話と冷やかな見方をする人もいる。しかし、電話が発明されたことで、遠くの人と確実な意思の疎通を図ることができるようになり、テレビが発明されたことで、世の中で起きている多くのことを目で見ることができるようになるなど、新しい発明の恩恵は国民の間に広く行き渡り、ライフスタイルを変化させ、多くの新しいビジネスチャンスを生み出してきた。現在進んでいる情報通信の高度化は、これらの発明と同様の恩恵と変化を広く国民にもたらすことになるであろう。
 この参考資料は、光ファイバー網が各戸に普及するとともに、先進国でも最も高齢化が進んだ社会になっている21世紀初頭の日本を想定し、都内に住む庶民の一家を例にとって、今後の国民各層の広範かつ積極的な取組によって実現される高度情報通信社会が、具体的にどのような形で国民に恩恵をもたらし、そこにどのようなビジネスチャンスが期待できるのかを、空想物語の形でまとめたものである。
 物語の中では、現在の複雑なパソコンが誰にでも使える簡単な道具になり、就業、医療、娯楽などの面で、国民の生活がより豊かになる一方で、ハッカーの暗躍や偽手紙事件など、困ったことも起きるであろうことが描かれている。この物語をご覧になって、こんな世の中になるのも悪くはないと感じるのであれば、身近にあるパソコンに自ら触れてみて、その世界の持つ可能性を体験してみるのはどうだろうか。

主な登場人物
中野通江(38)
 会社に通勤していたが、父親が倒れたため同社の在宅勤務制度を利用し、ソフトウェア製作を行っている。夫、一人息子、実父と同居の4人家族。
中野情二(43)
 建設会社に勤務。企画調整を担当。情報通信の高度化が本格化し始めたときに入社。
通江の父(72)
 退職後悠々自適の生活を送っていたが、脳卒中(クモ膜下出血)で倒れてからは体が不自由になった。その後、リハビリで電動車椅子が使えるようになった。
中野報介(10)
 小学生。中野夫婦の一人息子。
神田くん(10)
 報介の友人の男の子。
渋谷さん(10)
 報介の同級生の女の子。
馬場さん(45)
 野菜を主にした馬場商店のあるじ。地域のまとめ役。
上野さん(76)
 馬場商店の近所に住む常連客。
高田くん(14)
 馬場さんの息子の友人
中野信子(70)
 中野情二の実母。地方都市で一人暮らしをしている。心臓に持病を持っている。
目黒先生(52)
 心臓病の専門医。中野信子の健康相談の相手。

お断り

 本参考資料の登場人物、会社、設定はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係がない。また、本資料に書かれたことの実現のためには、通信速度の飛躍的な改善や画像の鮮明度の向上などの技術的な課題、制度や慣行の変更などの課題があり、その実現には、今後の積極的な取組が必要である。また、統合型端末や電子貨幣など、今後の技術開発の影響を受けるものについては、現時点で考えられる形の一つを想定したが、実現の際には、本参考資料と異なる形になる可能性も大きい。

中野通江のある日

テレビや電話は進化する

01 起床後、朝食の支度をした。父の看護のためソフトウェア製作会社への通勤から在宅勤務へ変更してから、食事の支度は主に私がやっているが、忙しいときには2人で通勤していたときのように、情二さんが手伝ってくれるので大変助かっている。

02 情二さんは、朝のニュースを見ている。ニュースや天気の情報を伝える番組は、ほとんどの家庭では光ファイバーを使用した有線放送を見ることが普通になった。我が家に光ファイバーが引かれたのは10年ほど前であるが、日本全国の家庭にほぼ普及したのは最近のことである。電話は、音声だけではなく、画像や文字もやりとりできる統合型端末が標準になっているが、それでも余る容量を有線テレビ放送やホームセキュリティに利用している。統合型端末は、普通の家庭で2台以上、ゆとりのある家庭では1人1台以上を置いており、テレビを見たりテレビ電話をかけたり多用途に使っている。ただ、端末の画面は必ずしも大きくないので、我が家では居間に壁面型ディスプレイを取り付けて、皆でテレビを見るときにはこれを使っている。

03 有線テレビのチャンネル数は、無数と言ってもよいくらいあり、お望みとあらば世界各国の番組も見ることができる。ニュース、スポーツ、スタジオでのトークショーなど、今この瞬間に作られて流されている番組のほか、既に放送された番組や公開された映画などを、利用者が選んで見ることもできる。道路混雑情報や天気予報など、時々刻々変わる状況についても、24時間専門のチャンネルを通じて知ることができる。

情報通信で毎日の健康管理


情報通信の毎日の健康管理

ネットワークは世界を広げ生活を豊かにする

04 食後、父の血圧、心拍数などの測定をした。測定機が自動的に地域健康管理センターへそのデータを送信し、異常があれば担当医から連絡が来る。父は、1年ほど前に脳卒中で倒れた。幸い命に別状はなかったものの、左半身にマヒが残ったため、1人で歩くことは困難になっている。本人も体の自由がきかなくなったことから、ふさぎ込みがちで、リハビリにもあまり取り組まず、一時はこのまま寝たきりになってしまうのではないかと心配した。しかし、暇を持て余していたのか枕元の端末をいじっているうちに、ネットワークを通じたコミュニケーションに時間を費やすようになっていた。父は、元々器用な人ではあったが、今日はこんなことをしたんだと私の息子の報介に自慢し、報介は報介でこんな使い方もあるんだと父に教える。父の交際範囲はこのようにして段々広がり、父と同じ境遇の人たちが、その人の症状に応じてできる範囲で頑張っていることを知ると、自分から積極的にリハビリに取り組むようになり、今では、近所であれば電動車椅子で出掛けられるまでに回復した。

05 父の看病をしながら会社に通勤することは無理であったが、幸い、ソフトウェア製作の技術を会社が評価してくれたため、在宅での勤務を勧められ、同社で働き続けることができた。通勤がもともと困難な身体障害者の人も含め、以前から何人かの社員が在宅勤務をしていたので、私もその仲間入りすることにした。私の仕事は、オンラインショッピング用のデモソフトを製作することである。今日も、会社から電子メールで送付された発注内容と基礎データに応じて、オンラインショッピングの画面、音楽及び案内音声を作成している。この種のソフトウェアを製作するためのソフトウェアの進歩は著しく、誰でも講習を受ければ一通りのデモソフトを作ることができる。しかし、製品をどの角度から見せるか、どのような音楽を合成するか、案内音声は女性にするか男性にするか、また、若い人にするか年配の人にするか、製作者のセンスに負う部分はどうしてもなくならない。会社が私に在宅でよいから残ってほしいと言ってくれたのも、この点を評価してくれたものと考えている。

06 ソフトウェア作りには、画像や音楽などを会社のデータベースから引き出して合成しているが、会社にないデータについては、ソフトウェアライブラリセンターのデータを使 うこともある。センターのデータには著作権が設定されているが、著作権者への使用料は、会社がセンターへ支払い、センターがまとめて著作権者にきちんと支払ってくれるため、 後の面倒の心配なく安心して使うことができる。完成したソフトは会社へオンラインで送信する。

忙しいときのバーチャルスーパー

07 仕事の締切りが近くなったこともあり、昼食は冷蔵庫にあり合わせのもので済ませることにした。父には申し訳ないが、こんな時には相手が実の父であることに感謝したくなる。今のうちに忘れずに、今日の夕食と明日の食事の食材を注文しておかなければ。いつもは、自分でメニューを考えているが、今日はバーチャルスーパーの本日のお勧めメニューに従うことにした。バーチャルスーパーは、近所の小売店が始めたサービスであるが、今日のように忙しいときには、このお勧めメニューは調理方法も教えてくれるので大助かりである。ただ、高血圧の父のためには塩分を少し控えめにする必要があるが。メニューと何人分かを選択すると、自動的に必要な食材が表示される。これを冷蔵庫内の在庫を確認しながら注文する。オンラインで注文した物品の情報は、コンピュータネットワークによって地元の小売り店などに接続されており、商品は自宅へ配達される。支払いの方法には、テレバンキングで即時に振り込む、クレジット会社を通して決まった日にまとめて支払う、配達のときに現金か電子貨幣で支払うといった方法が利用できる。

08 電子貨幣は、カードに金額が記録された財布のようなもので、口座からおろしたお金が書き込まれる。商店の端末にカードを差し込んでパスワードを打ち込むと、支払い額が差し引かれ、あたかも現金のように使うことができる。残高が少なくなったら補充する。ただ、落とすと現金を落としたのと同様に紛失してしまうことになるので、書き込める金額には上限があり、日常の細かな支払い向きである。大きな買物をするときには、テレバンキングで相手の口座に直接支払うのが普通である。まだ、紙幣や貨幣などの現金も流通しており、冠婚葬祭のときなどには現金でないと格好がつかないが、日常の支払いは徐々に現金から電子貨幣に移行しつつあるようである。

バーチャルスーパーでお買物


バーチャルスーパーでお買物

便利になると困ったことも起きる

09 昼食を食べながらニュースを見ていると、電子犯罪の特集が報じられていた。それによると、ハッカーが他人の口座から預金を盗み出したり、偽造電子貨幣を使用するなど、様々な手口が紹介されていた。警察は、コンピュータに関する専門技術を持つ捜査チームを作り、捜査を進めているが、テレバンキングや電子貨幣の普及に伴い、最近、この種の犯罪の発生が社会問題になっている。セキュリティ技術も進歩しているが、犯罪を犯す側は、さらにその裏をかくように複雑な手口を考えつく。このように、情報通信の高度化は、便利であるとともに困ったことも起こすものだ。この対策のため、さらに信頼性の高いセキュリティ技術の開発や、厳格な罰則規定の整備が検討されているとのことであった。

生きた情報に価値がある

10 報介の学校もあと1か月で休みに入るので、そろそろ旅行の行き先を決めて、宿を予約しなければ。父が倒れてから初めての旅行であり、バーチャルトラベルに飽きた父も楽しみにしている。以前旅行したときに、旅行広告ネットワークを通じてホテルについて調べて予約をしたが、ホテル側の宣伝内容と実際との差にがっかりしたことがある。そこで、今回の旅行は、旅行業者のデータベースを利用することにした。

11 旅行業者は、添乗員の報告やお客からの苦情の手紙などをデータベース化しており、普通の旅行ガイドなどではわからない、宿泊先や観光地に関する利用者の生の声を教えてくれる。今は家の改築を控えていることもあり出費を抑えなければならないため、節約型でいくことにした。予約したホテルは、安いだけあって建物は若干古いとのことだが、サービスに対する利用者の評価は高いそうである。部屋は夜に帰って寝るだけなので、古くてもかまわないし、あらかじめ古いことがわかっているのだから、この前のように腹が立つこともないだろう。若干の情報料がかかるが、楽しい旅行のためには安い出費である。旅行業者は、ホテルや切符の手配、主催旅行の販売などの従来型の業務も行っているが、自宅の端末から予約ができる今では、旅行の専門家として蓄積した情報販売のシェアも無視できない大きさになっているようである。

遠隔手続きで時間の節約を

12 計画中の家の改築は、父が自由に家の中を移動できるように、手すりを付けたり、簡易エレベータを付けたりすることが目的である。このような改築には公的な補助が出るよ うであり、地域情報室を通じて調べてみると我が家は該当しそうなので申請してみることにした。

13 地域情報室は、その地域のコミュニティ内の情報交換を目的に設立された営利組織である。学校や区役所などからの公的な連絡事項は無料で掲載される。契約家庭からは、「売ります買います」、「メンバー募集」、「ボランティア情報」など、各種の掲示板に情報提供するとともに、掲示情報は自由に読み取れる。企業や商店の安売り情報や新製品情報などは、情報掲載料を地域情報室を運営するネットワーク会社に払えば掲載され、契約家庭は無料でそれらの情報を見ることができる。また、他のネットワークへのアクセスもこれを通じれば簡単である。操作に自信のない人については、テレビ電話を通じてオペレータが代行操作してくれる。

14 地域情報室から申請書を呼出し、必要事項を打ち込んで、父の診断書、住民票や改築計画書などを添付して送信すれば手続きは完了である。診断書は電子メールで病院から取り寄せたし、住民票は区役所に転送先を指示するだけなので、電車に揺られて動き回る必要はまったくない。住民票や戸籍謄本などの個人データについては、プライバシーの問題もありその管理についてかなり激しい議論があったが、通信データの暗号化技術や本人確認技術が進歩したことで、今ではデータの漏洩の心配もなくなり、足を運ばなくてよいので便利この上ない。もちろん、各窓口に出向いて書類を集めて、郵送で提出するという方法でも受け付けてくれるが、一度便利な方法を使ってしまうと、昔のやり方に戻るなんて考えられない。

地域の情報拠点は生活を便利にする

15 地域情報室の電子メールボックスをあけてみると、報介の学校から成績と家庭訪問の日程について電子メールが入っていたので、その返事を送信した。また、次回の町内防災訓練と草取りのお知らせが掲示されていた。返事は本日中に返さなければならないことになっているので、情二さんあてに参加可能な日を回答しておくように電子メールを送信した。

16 地域情報室は、○○区のどこかに置かれていると思われているが実態はそうではない。私の大学の同級生の何人かが、ネットワークサービス会社で働いているので知っているのだが、ネットワークというものは線でつながってさえいればよいので、○○区のデータを管理している地域情報室のコンピュータ本体は、ビルの賃貸料の安い地方に置かれており、○○区にはマーケティングも兼ねた営業窓口と、ハードウェアの保守要員だけが駐在している。テレビ電話の画面に出てくるオペレータも地方の居住者である。このように、情報を使ったネットワーク産業は、地方の雇用作りに役立っているようである。

17 昔は、通信コストの高さが一因となって、一部のコンピュータ好きだけが地域情報室の前身だったパソコンネットワークに加入していた。しかし、光ファイバー網の普及による通信容量の拡大や高性能の交換機の開発に、通信会社やネットワーク会社間の競争も加わって、通信コストが低下していった。今では、通常の地域内通信はいくら使っても定額で、データベースの利用や操作代行サービスなどの特別なサービスは使った量に応じて、別途の料金が請求されるシステムになっており、地域情報室のようなネットワークに加入することは当たり前になっている。長テレビ電話をしても料金は変わらないし、誰かが電話中も空き容量を利用して他の人も通信ができる。便利になったものである。確かに、家計に占める通信費の割合は、私が子供の頃に比べて多くなっているが、受けているサービスの内容が格段に充実しているので、妥当な料金だと私は考えている。18 その他に、多数のダイレクト電子メールが送られてきていた。確かに、紙のダイレクトメールの美しい印刷や手に持った質感は魅力的だが、一方で、音声や動画像が組み合わされたダイレクト電子メールも、テレビのコマーシャルを各戸に配達するようなもので、よい宣伝になっているようだ。しかし、洪水のように送られてくるダイレクト電子メールが社会問題化することにもなった。しかし、頭の良い人はいるもので、それに対応するため自動電子メール選別システムが開発されたので、今ではむだな電子メールを読む時間を省けるようになった。また、電子新聞や電子本など書類の電子化を通じ、今では紙資源が有効に利用されるようになっており、環境保護の点で、情報化は大いに貢献しているのかもしれない。

在宅勤務には自己管理が必要

19 夕食の支度をする時間だ。昼前にオンラインで注文した食材のうち、野菜を馬場商店さんが、魚を近くの魚屋さんが運んできた。馬場さんが来たので、思い切ってボランティアのことについて相談してみることにした。我が家で父が寝たきりの状態であったときには、長時間の外出時は在宅介護ボランティアや、区立のデイケアセンターのお世話になっていた。近頃は在宅勤務にも慣れたし、父の病状も回復に向かい時間的ゆとりもできたので、昔の恩返しの意味を込めて自分も何かできないか考えるようになった。私の特技がソフトウェア作りであることを馬場さんに話すと、どうするのがよいかちょっと考えてみるとのことであった。

20 情二さんが帰宅した。父の相手は情二さんに頼んで、水泳教室に出掛けた。少々太り気味なのが気になっているので、健康維持と気分転換を兼ねて水泳教室に通い始めたのだ。情二さんは、近頃囲碁に凝っており、囲碁ソフトを相手に練習をしたり、オンライン囲碁教室で先生から直接指導をしてもらって腕を磨いているようで、今日は父を相手にその成果を試すらしい。

21 昔の会社の仲間と話をすると、「在宅勤務は上司の目を気にしなくてもいいので気楽だし、家にいるから楽でしょう」などと言われるがとんでもない、会社が割り当ててくる仕事は、片手間でできるような量や内容ではない。確かに、通勤をしなくてもよいというのは楽であるが、家庭と仕事をきちんと分けて自己管理しなければ勤まるものではない。今週は、旅行の計画作りやらで仕事の時間が少々くわれてしまった。納期が迫っていることもあり、明日は徹夜になるかもしれないので今日は早く寝ることにする。今日も1日が無事に過ぎた。セキュリティシステムのセットを確認して明かりを消した。

中野情二のある日

偽ラブレター事件発生

22 昨晩は、通江さんは納期に間に合わせるため明け方まで仕事をしていた様子なので、隣に寝ている通江さんを起こさないように気をつけて、朝食の支度に取りかかった。コーヒー、トースト、卵料理、サラダという簡単なメニューであるし、必要な材料は通江さんが買物しておいてくれているので、疲れているときに代わりに朝食の準備をするぐらいは、自分がわずかにできる家事分担であると思っている。

23 通江さんは疲れているだろうから、報介だけを起こして一緒に朝食をとることとした。テレビは、報介の好きなスポーツニュース番組を見ることにした。いつも報介は、好きなチームの試合になるとどんどん詳しい情報を引き出そうとリモコンを手元から離さないが、リモコンに手を触れようともしないので様子がおかしいなと思っていたら、相談があるという。

端末の管理は自分の責任


端末の管理は自分の責任

24 昨日、報介の電子メールボックスに、同じクラスの渋谷さんからのラブレターが入っていたのだと言う。何を言い出すのかと思っていたら、報介が学校の端末で校内ネットにつないだまま席を離れたときに、友達の神田君が報介の名前で渋谷さんに手紙を出したことが始まりだという。渋谷さんのことは、嫌いというわけではないが、好きでもなんでもない。しかし、渋谷さんの喜んだ顔とメッセージを見てしまうと、今さら神田君のいたずらだとは言えない。もともと、端末の管理をいいかげんにしていた自分にも責任があるのだし、どうしたらよいかという相談であった。

25 情報通信に関する教育は学校でも十分に受けているのだろうが、このような経験をしたときが良い機会であるので、情報の管理や通信のルールについて、時間をつくって話をした方がよさそうだ。本人確認技術の進歩は著しく、重大な情報を扱う場合には指紋照合などが使われたりするし、電子メールボックスのようなものは簡単なパスワードで開けることができる。しかし、どのようなシステムでも1度本人が開けた後は誰でも使うことができるので、離れる前にシステムを閉じる癖をつけることは大切である。

通勤ラッシュは昔のこと

26 義父にあいさつをして、報介と一緒に家を出た。駅までの徒歩10分を含めて通勤時間は約1時間である。複々線になってからずいぶんと便利になり通勤時間も短くなったが、今のように着席するのが当然と期待できるようになったのは、いつ頃からであろうか。

27 混雑は、通勤と通学が原因であったが、在宅勤務やサテライトオフィスの普及とフレックスタイムが一般化し、官庁関係が新首都に移転を始めたぐらいの時期に、通勤客が減り始めたと記憶している。自分が住んでいるような、古くから住んでいる人が多い町はそれほど大きな変化はないが、旧首都圏全体で見ると、転出者が増えるにつれ住宅の取得が容易になり、昔より広い家に安く住めるようになっている。一方の通学であるが、大学レベルの専門教育や英会話スクールなどには、遠隔教育の利点をうまくいかしたものも多い。しかし、集団や社会のルールは、生徒同士の人間関係を通して身に付けていくものであり、遠隔教育では教えられないことであるため、基礎教育レベルでの通学はあまり減っていない。

28 朝のニュースで好きなチームが勝ったのを確認したので、イタリアのサッカーリーグのゲームを携帯テレビで楽しんでいると、隣から女子高生が携帯型端末のテレビ電話で話をしているのが聞こえてきた。列車内の混雑がなくなったせいなのか、機械の性能が向上して話し声が小さくなったせいなのか、車内で通話をしている人を見かけても、以前ほどはやかましいと思わなくなった。しかし、古い世代である自分は、駅に着くと応答拒否状態にすることを習慣としている。相手はメッセージを残してくれるし、文字情報に変換してくれる人も多い。

自分に合った働き方で

29 自分は、総合建設会社で技師をしているが、去年、ビル建設の現場から関東支店に転勤になり、現在は企画部で公共事業を担当している。設計図や見積りの作成、経理などの専門的な部門では、在宅やサテライトオフィスでの勤務比率が高いのに比べ、企画調整部門はヘッドオフィスに出勤することが多い。設計担当は、週に1度の打合せ以外には自宅やサテライトオフィスから会社のサーバの中の設計図にアクセスして仕事している。時には1枚の図面を別々の場所にいる数人が同時に作業して仕上げることもあるらしい。自分が大学で勉強した頃には、土木、建築、機械といった分野ごとに設計図の書き方がバラバラであったが、CALSによる情報の共有化のため、今では書き方が統一され効率的になっている。しかし、企画調整部門のように交渉や打合せの多い部署では、ヘッドオフィスに出勤する方が効率的に仕事ができる。

30 前世紀の終わり頃、自分たちの少し上の世代では、情報通信の高度化が急激過ぎて落ちこぼれてしまうのではないかという不安もあった。確かに初めの頃は、大学を出立ての若い自分でも閉口するほど機器の操作が面倒であったが、メーカーが次々と使いやすい機械やソフトを開発してきたこともあり、一度便利な方法を知るとさらに便利な方法を求めるようになって、誰もがいつの間にか情報通信機器のない生活など考えられないようになってしまった。自分の上司もパソコンなんかには触らないと公言していたが、進歩派の当時の副社長の号令で「役員への報告は電子メールとする」と決まっては、あきらめざるを得なかった。いやいやながら研修を受けていたが、2週間後には自由に使いこなしていたことを思い出す。

31 オフィスに着くと最初に仕事用のアドレスに送られてきた電子メールを眺めるのを習慣としている。もちろん、忙しいときには自宅や電車の中から呼び出して読むこともあるが、自分はオフィスに到着してから業務用の電子メールボックスを開けるのを習慣にしている。フレックスタイムで勤務時間を自分で管理するようになってから、仕事の開始時に電子メールボックスを開けることと、終了時に翌日の部下の予定を確認し自分の予定を登録することを、仕事の時間の区切りとしている。

カジュアルな服装で在宅勤務


カジュアルな服装で在宅勤務

進んだ公的機関の情報公開

32 最近は、国の機関ばかりでなく地方の官公庁でも多くの情報をコンピュータネットワークを通じて提供してくれるので、自治体の進めている今後の街づくりの構想や公共事業の発注予定を知ることができる。実際に発注された事業については、公共事業データベースを呼び出せば、他社が受注した工事でも設計図などの必要な契約図書を全て見ることができ、企画調整部門は、今後の事業計画の策定などに役立てている。公募前の事業についての情報は、公開情報だけではわからないこともあり、広報担当にテレビ電話をかけて問い合わせたり、有望そうな事業に関しては実際に足を運んで、事業の担当者の説明を受けることも少なくない。

33 来月の初めに××市の下水処理場拡張工事が公募になる予定である。在宅勤務やテレワークが普及していく中で、自宅の端末機器が能力不足であったり、自宅が手狭で仕事ができない人のために、各地にテレワークセンターが建設されているが、××市はこれを中心に急激に成長してきた地区である。以前に、この市が行った道路整備で縄文時代の遺跡が出て苦労したことを聞いたことがある。事業計画書が公表されたので、××市にアクセスして計画書を読んでみたが、この地区は特段の心配はないようだ。在宅勤務をしている部下に電子メールを送り、その他に問題点がないか検討し、今週中に結果を報告するように指示した。ベテランの彼なら必要ならば現地調査も行い確認するだろうから、このような検討を任せるには適任である。

34 下水処理場の規模や工事の期限などの詳細な情報はまだわからないが、是非とも受注したい仕事であるので、公募後すぐに応募できるように、技術設計部に出向いて準備作業の依頼を行った。また、受注できた場合の体制づくりのために、工事用機械の手配と必要ならば調整を行うことを部下に指示するとともに、建設会社データベースによって、この種の仕事に強い会社の選定作業に取りかかった。来週中には各社の担当者に集まってもらって交渉に入りたいと思う。

顔合わせもやはり必要

35 自分の部下の中には、相手とはテレビ電話の画面で顔を合わせたことがあるだけで、実際には1度も本当の顔合わせをすることなく、仕事を進めている者がいる。自分の世代は、1度は顔合わせするとか、大事なことは足を運んで説明するということが大切と考えているが、若い世代は通信で済むことは通信で済ませることを合理的と考えているようである。今年入社した社員が自分の年齢になるころには、このような調整作業も全て通信で処理するようになるのかもしれないが、足を運ぶことを評価する人がいる現状では、まだじかに対面して話をすることもむだではないと思う。

36 今週は××市の下水処理場拡張工事に専念したいのだが、明日は本社の専務の工事現場視察に同行する予定が入っている。秘書課にアクセスして明日の行程を確認した後、車中で専務に尋ねられたときの準備として、視察先の工事の勉強をしておくことにした。携帯端末からいろいろな情報を引き出せるので、自分が入社したときのように鞄いっぱいの資料を持っていく必要はないが、専務の見たい情報をすぐに提供できるように、アクセス先の確認も含めて下調べだけはしておくことにした。明日1日オフィスを留守にすることもあり、他のチームや部下からの打合せの要求を調整した後、自分の予定を登録して今日の仕事を終えることにした。

災害時には情報が頼り

37 帰り支度をして、端末のスイッチを切ろうとしたそのとき、ディスプレイに「緊急」の赤い文字が点滅を始めた。社内ネットワークで配信される情報の中でも、特に重要な情報が入ったことを示す合図だ。電子メールによると、△△国で大きな地震が発生し、建物の倒壊などでかなりの被害が出ているらしい。被災地には、自分の会社の支社もあり確か同期入社の友人が駐在していたはずだ。とりあえず安否を確認する電子メールを入れることにした。

38 30分ほどすると、彼からの電子メールが届いていた。地震はちょうど出勤直前に発生したとのことで、支社の被害状況はわからないものの、彼の家族も自宅も無事とのことであった。ライフラインにも被害が出て電話は混み合っているようであるが、一部切れた有線系の通信ルートのほかに、衛星などを用いた無線系の通信ルートが確保されているので、文字情報の交換のための電子メールは問題なく動いているようである。そのため、被害の状況は刻々と伝わってくるし、少なくとも支社の日本人社員及び現地人社員については無事を確認したとのことである。日本も災害国であり、いつこのような天災が発生するかわからない。災害時には正確な情報が頼りであり、情報ルートの多重化は今や常識になっている。今回の地震もその重要性を証明することとなった。今回の震災では、携帯電話を持っていた人については、電話から発信される電波をたどって救出活動を進めているようである。登山のときの発信器の携帯など、位置の特定には移動通信機器が大変に役に立っている。

バーチャル技術のこんな使い方

39 帰宅すると、家のリフォームのために設計会社に依頼しておいた我が家の映像モデルが電送されてきており、通江さんがお義父さんと一緒に、家の中の様子を調べていた。建材メーカーのカタログから選んで、模型の床や壁を変えるとそれに応じた材料費と工賃が算出されて、おおよその改築費用を知ることができる。

40 家の改築はお義父さんのためであるが、通江さんはこれを機会にキッチンのシステムも一新したがっている。とりあえず、今度の休みにでも住宅設備展示場に出かけてみようと思う。展示場では、映像モデル情報を持って行けば、実際のスケールを感じることができる本格的な疑似体験を味わうことができる。また、バーチャルでは表現しきれない、材料の色彩や手触りなどをサンプルで確認することも目的である。

41 今日は、報介の英語の勉強の日で、我が家ではこの日を「報介の国際コミュニケーションの日」と呼んでいる。世の中には自動通訳機が普及しており、単に要件を伝えるビジネスの世界では十分に役立っている。しかし、外国人と本当に心から付き合うためには、通訳機を介さない、感情を込めたコミュニケーションが必要である。報介がイギリスに住むマイケルを呼び出す。今日は、報介が英語を話す番でマイケルが報介のおかしなところを直してくれる。まだ自動通訳機のお世話になることが多いが、やはり子供はのみ込みが早いようで、始めた頃に比べると格段の進歩である。発音について言えば自分より上手かもしれない。自分が子供の頃は、手紙を書いて英語の勉強をするペンパルを持っている友達がいたが、今ではネットパルになっている。あさっては、マイケルが日本語の勉強をする番だ。

42 お義父さんはまだ模型と格闘していたが、明日の朝は出張で早いので、自分の端末への電子メールを読んだ後、釣り仲間で作っている電子会議室のページをのぞいてから寝ることにした。電子会議室は、釣りサークルの連絡や釣果報告が主な役割となっているが、仲間以外にも公開しているので、知らない人の参加もたまにある。少し前から参加しているカナダ人のスティーブが、釣り上げたキングサーモンをつかんでニコニコしている写真と共に報告を載せていた。初めてスティーブの顔を見たが、想像していたよりずっと若いのが意外であった。スティーブが前から鮎の友釣のことに興味を持っているようなので、今度の鮎釣りではビデオ撮影して、電子メールで送ってやろうと思う。バーチャルフィッシングでの練習の成果を試すのが楽しみだ。

43 田舎の母の誕生日が近い。テレビ電話をかけるといつも、そんなに遠いところに住んでいるわけではないので、たまには顔を見せろと言われる。もう夜遅いこともあり、テレビ電話をかけるのはやめにして、プレゼントのことについて画像音声メッセージを電子メールで送っておいた。

・・・1か月後・・・

高速道路もスイスイ

44 報介の夏休みが始まった。今日から通江さんが計画した家族旅行だ。仕事の進め方が効率的になったせいか、休暇も取りやすくなり、我々のような共働きの家族でも長期の旅行が可能となった。これも、情報通信の高度化の恩恵の一つかもしれない。お義父さんが車椅子を使うようになってから初めての旅行である。電車やバスの中で車椅子を見かけることは珍しくなくなったが、今回はお義父さんの体調も気になるので、車椅子を積み込めるレンタカーを使うことにした。

45 出発するとすぐに、報介が端末から観光情報を引き出してはお義父さんに説明しはじめた。お義父さんは、最初のころは黙って聞いていたが、途中から立場が逆になり自分があらかじめ立てておいた計画を話し始めたようである。今回の旅行に備えて2人とも結構準備していたのだろう。高速道路に入った。通江さんと知り合って2人でドライブをしていたころには、有料道路の出入口が渋滞の一因となっていたものであるが、情報通信技術を利用したノンストップ自動料金収受システムとなってからはそんなこともなくなったし、休暇を計画的に取れるようになったせいか、特定の時期にやたらと旅行者が集中することもなくなって、事故でもないかぎりひどい渋滞は珍しくなった。

馬場商店のある日

オンラインで商売繁盛

46 朝食を終えて、早速仕事に取りかかるオンライン情報にのせる「今日の野菜」などをカメラで撮った。最近、スーパーなどの大規模店に対抗するための策として「バーチャルスーパー」を設立したところである。地域の八百屋、魚屋、米屋、酒屋などが参加し、地域情報室を通じてオンライン情報を流しているのだが、実際のお店の場所は離れているにもかかわらず、お客は画面上ではあたかも一つのスーパーで買物をしているような気持ちになるはずである。お客は、仮想店内を進んでいろいろな写真を見て品物を選び、ジャガイモを幾つ、牛肉何グラムというようにキー操作か音声入力で注文する。この他にも各商店は、従来からやっている、テレビ電話による直接注文も受け付けている。

47 そうこうしているうちに、近所に住むおばあちゃんの上野さんが買物にきた。上野さんのような世代の家庭では、生鮮食料品は、実物を見て買物をするのが安心できるようで、実際に近くの八百屋や魚屋に行って、店員と話をしながら買物するのが楽しみなのである。しかも、今日はなんとあんなに嫌がっていた電子貨幣で支払うという「面倒そうだったけども案外簡単でしょう、本人しか使えないから盗む人もいないし、みんな電子貨幣を使ってくれるようになれば店に現金をあまり置かなくてよくなるんだけどね、おばあちゃん宣伝してくださいよ」なんて世間話をしているとどんどん時間がたってしまった。

新鮮野菜は産地直送で


新鮮野菜は産地直送で

48 八百屋という商売は朝が早い。高度情報通信社会になっても、仕入れがあるので以前と同じように、朝早くから中央市場に行かなければならないのだ。でも、もちろん情報化が進んできたことから、近隣県の数戸の農家と直接に契約を結んでいる作物もある。何度か実際に会って信頼関係ができれば、あとはテレビ電話などで野菜の出来具合を見ながら直接注文したり、映像情報を添付した電子メールをやりとりしながら契約できる。

馬場商店業務拡張計画

49 ゆっくりしてはいられない。そろそろ宅配に行く時間だ。買物をすること自体が大変だという、上野さんよりももっと高齢の家庭が主なお客さんである。配達料を入れてもスーパーの宅配を頼んだ方が安いという人もいるが、スーパーなどのオンラインショッピングは、単に機械相手に打ち込むので無機的な感じがするのに比べ、自分の店の場合、テレビ電話をかけて顔を見ながら頼めるので楽だし、暇なときは話もできて楽しいとのことである。宅配もスーパーに較べると若干高いのだが、その代わり配達の頻度が多いとか、配達のときに旬の野菜をサービスしたり、調理法の紹介するなど小回りのきくサービスを行うように努めているつもりである。情報化の進展で、トラック1台当たりの積載率の向上や共同配送の普及など、物流全体でみるとずいぶん合理化が進んでおり、洗剤や下着などの日常生活用品や保存のきく食品については、かなり配送が効率化されている。しかし、野菜や魚など生鮮食料品の場合は、各戸ごとの1回の配達量が少なく保存もきかないことから、合理化された物流システムに完全にのせるのは難しい。バーチャルスーパーに参加している商店の間で、配達区域の分担をすることである程度の合理化を進めているが、商店が直接に配送しなければならないという点についてはあまり変わっていない。

50 お客の顔が見えないスーパーの宅配では、マニュアルどおりの品質管理をしているようだが、自分の扱う品物は品質といい新しさといい、絶対にスーパーには負けていない。オンラインの画像では、野菜などの品質がはっきりわからないというが、そこがまさに自分が築いてきた店の信用である。そのおかげで最近、在宅勤務を始めた中野さんのような家庭でもお得意さんになってくれるようになった。規制緩和の流れとともに競争が激しくなっていく中で、友人の中には代々続けてきた店をたたまざるを得なかった者もいる。地域の小売店は、地域店なりのサービス努力を行うことで厳しい競争に生き残っていくのだろうと思う。

51 しかし一方で、地域に古くから地域に住んでいる人だけを相手にした商売では、いつかは行き詰まるときが来ると思わなければならない。最近の若い人達は、買物の時間がないらしく、スーパーなどの大規模店を通じてオンラインで買物をし宅配を頼むか、週に1度休日に車でまとめ買いをしているようだ。ただ計画的にまとめ買いをしているつもりでも、どうしても不足がでてきた場合などは、自分の経営する八百屋など地域店に頼んでくるのが実情だ。大量仕入れのスーパーには、価格の点ではどうしてもかなわない。このような傾向を打破すべく「バーチャルスーパー」を設立したのだが、まだできたばかりで広告を見てもそれほど洗練されていない。スーパーに対抗するには、まだまだ工夫が必要だと思う。

52 最近は、本当に様々な商品がオンラインショッピングで買えるようになっている。EDIのおかげで、流通の仕組みも品物の配送方法も合理化されたが、末端部分では結局は商品を各戸に配送しなければならず、本や衣料などをそれぞれの流通業者が個別に配送するのはいかにも効率が悪い。自分は、この地域のことをよく知っているし、何曜日の何時頃であれば相手が在宅しているか大体わかっており、野菜の配達と組み合わせれば、地域の流通拠点になれるのではないかと考えている。バーチャルスーパーの成り行きを見た上で、この方面への業務の多角化についても真剣に考えてみようと思う。

渋滞を避けて空いた道へ

53 バーチャルスーパーを始めてから、以前は注文が来なかった地域からも注文が入るようになった。遠くの配達のときに混雑に巻き込まれてはたまらないので、配達に行く前に道路の状況を調べると大した混雑ではないようだ。車を走らせていると、道路交通情報を受信したモニター画面に道路に沿って赤い線が現れ、渋滞が始まっていることを教えてくれた。どうもこの先で故障車が道路をふさいでいるらしい。少し遠回りになるがナビゲータシステムに従って迂回道路に入ることにする。無事に配達を終えて帰ると、もう夕食前のかきいれどきになっていた。渋滞に巻き込まれていたら、女房1人でてんてこまいになっていたところだ。

世界が相手だ頑張れ馬場・高田組


 世界が相手だ頑張れ馬場・高田組

広がる子供の世界

54 しばらくすると、息子と同じクラスの高田君が買物に来た。高田君の家は共働きで、高田君が学校から帰って来ると、「高田家の伝言板」にお母さんの笑顔と買物リストが入っていたそうだ。高田君のお母さんは買い忘れを思い出したのであるが、高田君の家の地域は配達を済ませたばかりで、バーチャルスーパーでの買物では間に合わないので、おつかいに行くようにとのお願いだったそうである。彼は「おつかいはめんどうだなあ」と言っているが、どうせ我が家の息子と、はやりの「バーチャルラリー・世界大会予選」で遊んでいくはずである。「バーチャルラリー・世界大会予選」とは、ネットゲーム会社が主催している参加型ゲームで、ドライバーはうちの息子で、ナビゲーターは高田君だ。世界のいろいろな場所のラリーを楽しむことができることと、世界中の誰でもエントリーできるのが売り物である。彼らは実際の車には乗れないが、このゲームの中では10万人中のランキング550 位まで上がったそうである。最初の頃は、がけから落ちたり他の車に衝突して重傷を負うなどリタイアの連続だったが、今では学校で1番のドライビングテクニックを誇っている。今度は、確か世界チャンピオンを決める大会の11~15歳部門に参加すると言って張り切っている。家庭用のテレビゲームがはやり始めた初期のころから、日本人は魅力的なゲームソフトを作ってきたが、このバーチャルラリーも日本のソフト会社が開発したものとのことである。

55 室内で遊ぶゲームばかりをやっていては困りものだが、今の息子のもう一つの興味はレスリングだ。息子の中学校のクラブ活動は、野球やサッカーなどの伝統的なスポーツが主で、息子も1年生のときに試しに参加してみたようだが、先輩後輩の関係がいやで、結局学校のクラブには参加しなかった。ただ、何かスポーツをしたいという気はあったので、地域情報室で捜し当てたジュニア・レスリング・クラブに参加している。個人競技であり、いろいろな学校の子供が集まっているので、窮屈なしがらみもなく、のびのびとやっているようである。来月の競技会では、団体戦の代表に選ばれたので見に行くのが楽しみだ。レスリング部のある中学校は都内でも珍しいので、息子が自分に合ったスポーツクラブを見つけられたのは地域情報室のおかげだ。

温かく住みやすい街づくり

56 宅配の途中で中野さんのところに行った時に、ボランティアをやりたいと言っていた。生まれ育った町について、高齢化の進行や近隣のつきあいの希薄化を感じる中で、世話好きが高じて、高齢者介護サービス、公園の清掃などのボランティア活動のコーディネータをやることになった。自分は宅配サービスで地域の実態を知っており、また地域の人に知られているだけに、コーディネータとして適役だと思う。地域情報室の電子掲示板を使うことによりボランティアの募集や町内イベントの紹介が簡単にできるし、平日は忙しい人が多いので、電子掲示板を使って調整作業を行うことは効率的である。また自分の場合、実際に顔を合わせることも多いので、フェイストゥフェイスの情報も得ることができて地域の情報の集積地という感じである。中野さんは、デモソフトの製作が得意だといっていたので、電子掲示板の募集広告を作ってもらったらどうだろうか。バーチャルスーパーの広告も、頼めば安く作ってくれるかもしれない。

57 ネットワークは距離の制約をなくし、世界中で自由なバーチャルコミュニティを生み出している。一方、地域コミュニティでは、ともすれば人間関係が希薄になる恐れもある。自分のような役割をする人がいて、温かい、人と人の触れ合う街、活気のある街として、この街が生きつづけていくのだろうと思う。都心に勤めるサラリーマンだとなかなかこうはいかないが、最近は自宅で仕事をする人も増えてきた。中野さんも興味を持っているみたいだが、ネットワークを活用することで積極的に参加してくれる人が増えれば、自分も少しは楽になるし、もっと温かく住みやすい街になることが期待できる。

中野信子のある日

モーニングティーと聞く新聞

58 今朝は早く目が覚めたため、朝の紅茶を楽しみながら、とりあえず電子新聞を読むことにした。昨晩は遅くまで針仕事をしていたので、何となく目が疲れている。最近眼が見えにくくなってきたため、文字を拡大して読んだりしているが、今日は新聞を「聞く」モードにして、横になったまま聞くことにした。あらかじめ登録してある興味のある事柄の順に記事を並べてあるので、知りたい記事を簡単に見つけ出すことができる。新聞を紙で読みたいときもあるが、そのときには自分で印刷すればよい。「聞く」新聞は、目の不自由な人が世の中の流れに取り残されないために役立っているとのことだが、歳とともに目が衰えつつある我が身にとっても、大変に便利なものである。

59 私が愛用しているのは、自分の話す音声で操作するキーボードレス端末で、5年前に先立った夫が勤めていた工場で作られた最新型の製品である。同年代の人と比べると、私は情報関連機器をうまく使っている方だと思うが、これは家でも工場でもパソコンをさわっていた夫の影響だろう。私の言葉にはこの地方のなまりがあるが、うれしいことにこの端末に換えてから言うことをよくわかってくれるようになった。

60 電子新聞は、このように興味のある記事を自動的に選びだしてくれるという機能があり、また、従来型の新聞のような、1面には重要な記事を見出しを付けて並べ、内容ごとに外交面、社会面などに整理してあるのも一覧性という点で捨てがたい魅力がある。電子新聞は、どちらの要望にも応える形になっている。報道の速さという点では、今でも有線テレビのニュースには及ばないが、一つの事件について背景の分析や関連資料の提示など、立体感のある編集構成がされる電子新聞ならではの分析は、テレビのニュースでは代えがたいものがある。電子新聞の写真には、テレビの画面のように動く画像や音声も組み込まれており、新聞社各社は分析力と魅力ある紙面の構成でしのぎを削っている。

健康管理で安心なくらし

61 朝食をとると健康相談の予約時間となった。心臓病の専門医の目黒先生にテレビ電話をつないでもらった。ここ何日か体調はやや疲れ気味で、朝早く目が覚め睡眠不足が続いていることを報告し、血圧や心拍数などのデータを送信したところ、異常が出ているとのことであった。そこで、近所の医院できちんとした検診を受けるように勧められたので、散歩がてら早速行ってみた。専門医による電話相談は、一般の公共サービスとして誰でも受けられるが、専門医の数が需要に応じきれないため、予約をとるのがなかなか大変だ。そのため、私は、地域情報室を通じた医療相談サービスを利用している。

62 自宅の端末からは、地域情報室を通じて町内の施設利用情報、福祉機器情報、シルバーサービス情報などが提供されているが、便利なのは救急医療案内である。案内画面を立ち上げて、症状を選択していくと担当医がテレビ電話の窓口に現れる仕組みで、急いで病院に行く必要があるか、様子を見るかを判断し、緊急の場合は救急医療機関を紹介してくれる。また、私が使っている端末には、画面に赤字で「緊急」及び「病院」と表示されている。「緊急」に触れると自動的に消防署に連絡が行き、救急車が来るようになっている。「病院」に触れると病院の担当医か当直医に連絡が入るようになっている。突然の心臓発作で倒れたら画面操作は間に合わないが、心電図モニタを携帯しているので、発作が起きた時には病院に自動的に連絡が行くことになっている。昔に比べ1人暮らしでも安心感がある。

63 医院の近くまで来たところで、どうも鍵をちゃんと閉めたかどうか不安になった。公衆端末で我が家のセキュリティシステムを呼んでみると、玄関と窓の鍵は全部閉まっているが、勝手口の鍵を閉め忘れていることが表示された。情二が親孝行のつもりで付けてくれたシステムだが、これがなければ家まで戻らなければならないところだった。勝手口の鍵を閉めてひと安心。こうやって、どこからでもセキュリティシステムを呼び出せるようになったのは、機械の接続方法などが世界的に標準化されたおかげらしい。

64 近所の医院で診察を受けたが、診療データに一部判断に迷う点があったようで、データを専門医のいる病院に転送し、アドバイスをもらうこととなった。診断の結果、特に差し迫った異常は無いということだったので、ほっとして自宅に戻った。家庭での簡便な遠隔医療機器が進歩したとはいえ、いざというときには病院で医師に直接診てもらうのが一番正確で安心だ。

いつでも好きな番組を

65 帰宅後、毎週欠かさず見ている連続ドラマを見た。昔は、外出のときにはビデオのタイマーをセットしてから出掛けたものであるが、今では、番組の解禁時間以降はいつでも見ることができる番組オンディマンドのおかげで、時間を気にせず好きな番組を見ることができるようになっている。この番組は、午前10時解禁の1時間番組なので、午前11時以降はいつでも番組を呼び出すことができる。放送方式には、CMありモードとCMなしモードの2つがあり、前者は無料で後者は有料である。CMは邪魔という人もいるようであるが、いい気分転換であるとともに、新製品のことを知ることもできるので、大抵は通信費の節約も兼ねてCMありモードで見ている。いつもは、10時ぴったりにディスプレイの前にすわっているのだか、今日は昼食を食べながら見ることになった。

66 番組オンディマンドを使えば、このシステムが実用化されて以降の番組は、好きなときに呼び出すことができ、実用化以前の番組でも、リクエストの多いものは少しずつライブラリに追加されている。私が若い頃見た人気番組が登録されているのを見つけると、懐かしくてついつい見てしまう。

知的情報も津々浦々まで

67 中学校の教員を定年で退職した後は、パッチワークや母に教わった郷土料理の腕前を、今の若い奥さん方に教えるため、テレビ会議で週1回講習会を開いている。歳をとると、正直言って公民館の集会場などに、天気が悪くても毎週必ず出向かなければならないのは億劫であるが、通信ネットワークを通じた講習会なら自宅でできるし、今ではそれが生きがいの一つになっている。また、通信俳句会やバーチャル生け花会なども定期的に行われているようであり、今度、時間を見つけて試しに参加してみるつもりである。

68 私の趣味は、昔から続けて来たパッチワークで、今までも何回かネットワーク展覧会に作品を出展してきた。そのかいもあって、広く全国や海外の作品にも刺激を受け、最近は上位に入賞するまで腕が上がってきた。電子新聞の書評で知ったのだが、有名なパッチワークデザイナーの本が出たようである。新刊情報で調べてみると良さそうな内容なので買うことにした。本は、紙の本と電子本とが選択できる。都会に住む情二は、本は場所を取るからと電子本を買うことが多いようであるが、私はやはりあの本の質感と印刷の美しさが捨てがたいので紙の本を買うことが多い。

69 昔は、本のタイトルだけ見て注文し、実物を見てがっかりすることがあったが、今の新刊情報は、概要やあらすじに加え最初の数ページを端末から立ち読みすることができるので、失敗することは少なくなった。私の住む小さな地方都市では、以前は専門書を買うのが困難であり、知的情報の格差が地域格差の一因になっているといわれていたが、今では少なくとも本や公開情報の入手については、大都市との格差はなくなったといってよい。そのせいか、地方の大学にも都会暮らしを嫌った優秀な先生や学生が来るようになり、私の町の大学も特色のある教育で学生を集めるようになっている。他大学の有名教授の講義も遠隔で受けられるし、リモート塾なんていうものもあるそうだ。大都市と地方の教育格差は、まったくなくなったわけではないが、以前に比べはるかに小さくなった気がする。

70 私が教員をしていたときには、学校が終わると子供たちは塾に行って、遊ぶひまもないということが問題になっていた。遊んでから塾に行くと暗くなってからの外出となり、危険だということで放課後すぐに塾に行っていたのだが、リモート塾は自宅にいながら出席できるので、明るいうちは遊んだりクラブ活動をして、塾に出席するなら家に帰ってからというのが普通になっている。塾も自分が不得意なことを、自分の理解度に合わせて選べるようになっており、教育用ソフトウェアの進歩もあり、学校の授業だけではどうしても対応しきれない部分をうまく補ってくれている。また、生徒が興味を持っていることを自分自身で深く調べることもできるので、相対性理論を理解している中学生とか、5か国語を話せる高校生などのように、詰め込みではなく、子供の個性をいかして伸ばしていくために、情報通信は役立っているようだ。

離れていても困らない

71 最近は、選挙が近いため電子メールボックスには、選挙公報が送られてきている。以前は、選挙公報は紙で配付されていたものが、地域情報室への加入者が増えるにつれて、電子メールで送るのが主になっている。もちろん、希望者には紙の広報を送ってくれるが、私は電子メールで十分である。各候補者は、自分自身のホームページを地域情報室内に作っており、候補者の考えなどを知りたければホームページにアクセスすればよいし、質問を電子メールで出すこともできる。私は、高齢者の福祉についてまじめに考えてくれる人を選ぶつもりである。投票は、端末から電子投票を行うことができるようになっている。以前は、選挙の日が雨になると服をびしょぬれにしながらでかけたり、雪の日には行くのをやめたりしていたが、今はその心配はまったくない。当日どこかに旅行にでかけていても、外出先からの投票が可能である。もちろん、投票所まで出向いて投票することもできるが、電子投票を選ぶ人の方が多くなってきているようである。

72 電子メールが来ているので見ると息子の情二からであった。今度の誕生日に、プレゼントをしたいが何がよいかという内容であった。とりあえず毎日無事に暮らしているし、特にこれといって欲しいものもない。テレビ電話ばかりではなくて、たまには本物の顔を見せてくれるのが一番のプレゼントだと返事を出した。

今度の選挙は誰に投票?


今度の選挙は誰に投票?

73 そういえば、去年は孫の報介がとても素敵な誕生日のメッセージをくれたのだった。自作の動画に音楽を付けたもので、市販の電子メッセージのように洗練されてはいないものの心がこもっていた。自分が中学校に勤めていたころには、パソコンクラブに所属している生徒が四苦八苦しながら画像を合成していたので、通江さんに報介は天才プログラマではないかと話したが、「今はメッセージを作るためのソフトウェアがいろいろあって、簡単に作れるようになっているのよ」とのことで、がっかりしたことを思い出した。

74 そんなことを思い出したこともあって、東京にいる報介の顔が見たくなり、テレビ電話で話をした。話を終えると、少し興奮したためか突然動悸がし始めた。画面に触り、病院を呼び出して遠隔診断をしてもらったところ、特に緊急の治療は必要ないことがわかってひと安心した。

75 私のような出不精には、バーチャルトラベルは楽しい娯楽であるが、体のことを考えると、たまには本物の緑や風のかおりを楽しんで気分転換を図ることも必要だろう。端末から「グリーンツーリスト情報」にアクセスしたところ、隣村の農家民宿が空いていることがわかった。誕生日のプレゼントはこれにしてもらおうと決め、情二に皆で一緒に行けるかどうか聞いてみた。多分大丈夫だとのことなので、後のことは情二にまかせることにした。帰りには1泊すると言っているので、いつものようにカラオケ大会になるだろう。もちろん情二の家でもカラオケオンディマンドのサービスは受けられるが、家が密集した東京では近所迷惑になるようだ。久しぶりに報介に会うのを楽しみにしながら床についた。

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