高度情報通信ワーキング・グループ報告書

経済審議会行動計画委員会
高度情報通信ワーキング・グループ報告書
平成8年10月17日

目 次

1.議論の出発点------------------------------1
1) 技術革新-------------------------------1
2) 不確実性とリスク・テイキング---------------------2
3) 需要革新-------------------------------3
4) マーケット・ドミナンス------------------------4

2.あるべき規制の姿-6つの自由の実現へ向けて---------------6
1) リスク・テイキングの自由-----------------------6
2) 業務区分からの自由--------------------------7
3) 正確な市場の画定を通じた競争の自由------------------9
4) 相互接続の自由と審判機能-----------------------10
5) 海外への自由と海外からの自由---------------------12
6) 総括原価からの自由--------------------------13

提 言-----------------------------------14

注・図表----------------------------------15

参考資料----------------------------------20

経済審議会行動計画委員会高度情報通信ワーキング・グループ・メンバー

(座長) 南部 鶴彦 学習院大学経済学部教授
  佐藤 治正 甲南大学経済学部教授
  古城 誠 上智大学法学部教授

1.議論の出発点

 通信産業の競争と規制のあり方を考えるためには、この産業の特質を把握してそこから導き出される原理を明確にすることが必要である。そこでこの報告ではわれわれが基本的に最も重要と考える要因をあげ、次にそれに基づく提言を行うことにしたい。

1) 技術革新

 通信産業では1980年代始めまで、サービス供給の根幹をなすのはワイヤラインベースのアナログ技術とされてきた。この周辺にマイクロ波や通信衛星の技術がバイパスとして存 在し、またアナログに代替するポテンシャルとしてディジタル技術が注目されていた。
 このような技術の大枠が10年も経ないで根本的に変わりうると思っていた者は誰もいない。しかしそれは以下に述べるように現実に起こったことであり、かつ今後もそれは持続的に発展し続けると予想される。まず第一に注目すべき変化は、ワイヤラインと互角に競争しうるものとしてワイヤレス技術が市場に登場したことである。ワイヤレスはともすればワイヤラインを主とすると、従の立場にあるように思われがちである。しかしそれはワイヤレスの発展が規制の存在によって阻害されてきたアメリカや日本のみを注目していることから来る誤解にすぎない。ワイヤレスの参入が自由であっただけでなく、その発展を戦略的に行ったスカンジナビア諸国では、現実にワイヤレスがワイヤラインに対抗するだけでなく、市内通話においてこれを代替しようとしている事実がある(図1、表1)。また日本やアメリカでもワイヤレスの成長についての過少な推定が、毎月のように改訂されつつあることは周知の事実である(表2)。
 さらに追加せねばならない重要な変化は、高度情報通信についてである。従来、広帯域の高度通信のためには、宅内機器から接続点まではワイヤラインを引かなければならないという考え方が支配的でワイヤレスでは容量が不足すると見られていた。しかし、技術進歩はワイヤレス(例えばPHS)によっても同等に高度情報通信が可能な方向へと歩を進めている。とはいえ、これは現段階での憶測であって、ワイヤライン対ワイヤレスの角逐がどのような方向に進むのかは誰も知らない(注1)。
 一方アナログからディジタルへの技術変化は従来の交換機の体系によって作られたピラミッド型のネットワークから、インターネットに代表される、端末が頭脳を持つ分散化した、より水平的なネットワークへの転換をもたらしている。これは複数のシステムが併存することを可能とし、伝統的な自然独占の議論に変更を迫るものとなった。こうした技術の変化は、特に通信システムの機能要素への分解可能性を前進させ、いわゆるアンバンドリングへの道を拓くものとなっている。
 さらに衛星を介しての通信も、現在のところそれがどこまで電話型のネットワークと有効に競争しうるかを予想することはできないが、極めて大きなポテンシャルを持った通信技術である。
 ワイヤライン対ワイヤレスという関係からいうと、いま一つの大きな変革の要因はCATVネットワークの挑戦である(表3)。CATVは有線放送のためのワイヤラインが通信ネットワークに共用できるという、ワイヤライン自体の新しい競合関係を創出した。考えてみれば、「放送」というものに特別の意味合いを持たせないかぎり、通信と放送との間には、技術的な差異は存在しない。そしてワイヤラインをどう使うかは後に詳しく述べるように、ユーザーの決めることであって放送事業者や通信事業者が決めることではない。こうしてワイヤライン、ワイヤレスの中身がさらに分化しつつ、通信での競合関係は進化を続けてゆく。
 これまで述べた技術進歩は革新の契機となる代表的な技術を、平板に羅列したにすぎない。現実の技術はこれらが相互に補完し合い垂直的・水平的に結合しながら発展している。そしてこのような技術進歩が、どのような革新につながるものになるかは、誰も知らないということを率直に認識せねばならない。

2) 不確実性とリスク・テイキング

 このような技術についての認識に立つとき、通信産業の産業組織を特徴付ける最も大きな要因は「不確実性」である。通信産業に既にある企業、これから新規参入しようとする企業のいずれにとっても、将来の通信産業でどの技術がドミナントなものになるか、自らが既に選択してしまった技術あるいはこれから選ぼうとしている技術がいつ陳腐化するか、誰もわからない。どの企業も自らの選択を信じて投資するしかない。ここでは投資が他産業に例を見ないほど不確実性に充ち、リスキーなものである。このときこのようなリスキーな投資を活発に行わせ、望ましい技術が社会に導入されるのを可能にするシステムは、競争メカニズムをおいて外にはない。競争のもとでは、社会の求めるのものを供給した企業には、プレミアムが支払われ、投資は報われるが、誤った技術を選択した企業は淘汰される。その過程で、どのような技術が社会に貢献しうるかが明らかとなる。ここではリスクを負担しようとする先取的な企業以外には、投資を決定する主体は存在しない。

3) 需要革新

 かつての通信といえば、ボイスを伝送するためのネットワークでしかなかった。現在はいまさらいうまでもなく、音声以外に、コンピューター通信や画像伝送が可能になった結果、当事者以外には誰もどのような通信がなされているか想像もつかないし、探索もできないという状況になっている。しかし音声の媒介をしていた時代から、通信ネットワークとは、複数の通信主体が自らメッセージを交換し、ネットワークはその媒体でしかなかった。どのように通信システムが進化しても、この通信主体がサービスの需要をイニシエイト(創出)するという点に変わりはない。すなわち通信というサービスの中身は、ユーザー自らがその中身を作って消費するという意味では「ホーム・メイド」サービスであり、ネットワークはその媒介にすぎない。しかし旧来の電話システムでは、ネットワークがピラミッド型の階層構造であったり、電話回線を引くにあたって国境が問題になったりして、ユーザーが自ら作っているサービスに、市内・市外・国際といった区分が持ち込まれた。そして政策的に料金格差が顕著であったため、あたかも市内・市外・国際は別のサービスであるかのような錯覚が定着した。サービスの中身について見れば、音声メッセージの交換が行われている点で差異はなかったのであるが、ボイスしか伝送されていないネットワークでは、距離に応じてあたかもサービスが異なると考えることは、不可能ではなかったのかもしれない。しかしいまや、ネットワーク上を伝送されているものは、一体何なのか誰も知らない。あまりに多くの種類のメッセージがネットワークを利用していることが、距離別や国別の電話サービスの区分の意味を全く失わせたといってよい。通信ネットワーク上のサービスは、交信している主体が自ら勝手に作り出したホームメイド・サービスであり、ネットワークはその媒介にすぎない。
 以上述べたような需要構造の認識とともに重要なのは、ディジタル技術の発展によって通信ネットワークのエレメントごとの分解が行いうるようになったことである。かつてのアナログ・ピラミッド型ネットワーク構成のもとでは、ネットワーク要素を分解して、これをコモン・キャリア以外のユーザーの使用にまかせるということは不可能であっただろう。しかしディジタル化と階層の単純化によって、コモン・キャリアのネットワークを他者が部分的に借用することが可能となった。いわゆるアンバンドリングである。これは、通信ネットワークの最終需要者以外に、アンバンドルされたネットワークのエレメントを利用する中間需要者のグループを生み出すことになる。そしてここでも、通信サービスの中身は購入した主体が決定するものであり、ネットワークの提供者がその内容にかかわることはないという原理が働く。そしてVAN(付加価値通信網)、インターネット・ショッピングを始め、ネットワークを利用して営業活動を行っている事業者が、いわばファクトリー・メイドのサービスを供給し、最終需要者はそのサービスを購入してホームメイド・サービスを自ら作り出すということになる。
 すなわちここで強調されねばならないのは、中間段階であれ、最終段階であれ、通信サービス需要の中身はユーザーのイニシアティヴで決められるものであって、ネットワーク提供者はホームメイド・メッセージの媒介をするに過ぎないということである。これはパソコンの普及やディジタル化によってもたらされた需要サイドでの技術革新というべきかもしれない。そして再び遭遇するのが、需要革新の将来の方向について、誰もその行方を知らないということである。ネットワークを提供する技術について不確実性が支配していたように、ユーザーの新たなニーズがアンバンドルされた様々な通信要素をどう組み合わせていくかという、ネットワーク需要の革新についても不確実性がそれを支配している。このような需要における不確実性を前提として、ネットワーク事業者はリスクを負担して、投資を行ってゆかねばならない。

4) マーケット・ドミナンス

 以上で述べたように、新しい技術を社会に導入し、社会が求めている技術を実現させるというプロセスで、十分に留意せねばならない制度的な条件がある。通信では、つい最近までワイヤラインによるネットワークに基づいた独占的コモンキャリアが、電話サービスを供給してきた。わが国でいえば、NTTは電電公社としてかつては国内通信の独占供給者であり、現在でも全体的規模で見れば圧倒的に大きい。このような産業では、先発者としてのNTTが競争のプロセスで優位な地位に立つことは当然である。そこで新規参入による競争のプロセスにおいて、NTTの持つ優位性が競争を阻害せぬよう、構造的な措置が必要となる。これは一般的に「ドミナント」キャリアの問題あるいは「マーケット・ドミナンス」の問題といわれている。しかしこの問題を考えるにあたっては、以上に述べたような、技術革新、需要革新の進展といった新しい事態にまず注意を払う必要がある。そしてこれらの新しい条件の下で、NTTのドミナンスに対して、どのような政策が必要かを考えなければならない。
 過去といってもほぼ10年前の事に過ぎないが、そこでは通信産業のメインフレームは、アナログ・ピラミッド型のネットワークであった。そして1985年の電気通信事業法はそのような技術体系を前提として構築されている。それは当時の状況からすれば当然のことである。しかし現在及び将来のネットワークがこのようなステロ・タイプから脱却しようとしている以上、マーケット・ドミナンスへの対応のみならず、電気通信規制の全体の枠組みも過去とは決別しなければならないのは当然である。

2.あるべき規制の姿-6つの自由の実現へ向けて

 以下では現状の規制のシステムを踏まえながら、前述したような通信産業の構造に適合的な競争メカニズムを実現するのに必要な条件を考察する。

1) リスク・テイキングの自由

 技術進歩における不確実性、刻々と進化する需要構造を前提とするときには、どこに参入すればよいか、いつ参入すればよいか、どの技術を選べばよいか、誰も知らない。企業はリスクを積極的に負担して、それに賭けるしかない。このとき規制当局は企業に指針を与えるべき判断の基盤を本来有していない。技術や需要についても、最も情報量が多いのは企業だからである。現在の規制では、第一種電気通信事業(注2)への参入には、郵政大臣の許可が必要であり、その許可基準の中には需給調整要件が盛り込まれているが、こうした参入規制--行政的なタームでは需給調整あるいは過剰設備防止--について、どう需給を見通すべきか、当局は本来なすべき術を持たないはずであり、当然そのような規制は撤廃されねばならない。平成6年の行政手続法の施行に際して発表した電気通信事業法関係審査基準において、郵政省は「許可申請の審査に当たっては、将来の電気通信市場拡大の可能性を踏まえ、新規参入の一層の円滑化を図る観点から、申請者が行う需要見込みを基本として対応する」と発表したが、この関係審査基準が実際に適用され、申請者の需要見込みを尊重するのであれば、参入規制における需給調整条項が不要であることは明白である。
 さらにこのコンテクストでは、公益事業特権の問題に触れねばならない。参入規制がなくなっても、相変わらず、どの企業に特権が与えられるかを従来のように規制当局が裁量的に決めることができるのなら、参入規制はなくなったことにはならない(注3)。公益事業特権付与を需給調整目的に使用することは問題外であるが、ここではなぜ公益事業特権なるものが存在するのかの根本を経済学的視点から再考してみる必要がある。公益事業特権は道路占用権を始めとして、公的・私的スペースを事業の遂行のために利用する権利を特定の企業に与えることを意味する。もしスペースがふんだんにあって、事業の障害にならないのなら、道路占用権等は不要である。しかし現実には、ある場所を通過せねばならないという事情が多々あるであろう。このとき、公共の土地や道路あるいは私有の土地を、事業のために使わせることの問題とは何だろうか。それはそこに住む住民が迷惑を蒙むることに外ならない。ここで発生する損害は、住民と事業者が自発的な交渉によって解決するのも一つの方法である。しかし多数の住民との間に意見の一致を見るまでには、多くの時間がかかり、投資のタイミングを逸することにもなりかねない。つまり経済学の用語でいえば、市場取引費用が大きくなる可能性があるということである。そこでいま一つの方法は、住民の利益を代表しうる中立的な組織が、事業者と交渉し、事業者を選定することが考えられる。この交渉当事者となるのは、住民の利害を代表するものである地方自治体であるべきというのもひとつの考え方である。
 これに対して、地方自治体に任せたならば、ある地域では事業が可能だが、その隣では反対があって事業に支障があり、それは全国的なネットワーク建設の面からはマイナスになるかもしれないという議論がありうるが、ここでわれわれのとりあげている通信には、この議論はあてはまらないだろう。なぜなら、もしある地域では住民の反対によって、ワイヤラインが敷設できないが、それでも通信ネットワークを構築することが社会的に望ましいというなら、その地域はワイヤレスでバイパスすればよいからである。実際われわれは無意識にそれをやっているではないか。通信ネットワークを拡大する地理的な障害は、地域と地域の間に山や大河、湖があったりしても生ずる。このとき電話事業者はワイヤレスによって通信を確保してきた。ある地域の住民がワイヤラインの敷設を許さないなら、そこの住民はそれが欲しくないのだから投資しなければよい。そしてワイヤレスによって、この地域がバイパスされても、そこの住民には何の不平もないはずである。
 もちろん、以上の議論は、ワイヤレスによるバイパスができるという通信事業の特性に依存しているので、その他の産業でバイパスが不可能なケースには、そのままあてはまるとは限らない。したがって、全ての産業を一律に考えることはできないものの、通信事業に関しては、公益事業特権付与を需給調整型の参入規制から分離し、その付与条件、付与権限を明確にするとともに、適切な付与権限者を選定し、仮にも公益事業特権付与が裁量的な競争抑制の手段となる可能性を取り除くことが必要であり、また、それは可能でもある。

2) 業務区分からの自由

 前述したように、電話の時代にはあたかも市内電話と市外電話、国内電話と国際電話は別のものであるかのように扱われた。しかし通話者同士がつながるということが通信の本質であり、かつそのつながり方が想像もつかないほど多種多様となった現在では、上述のような、いわゆる「業務」別にサービスを区分することは全く意味をなさず、そうした区分に基づいて規制を課していくことの根拠はなくなっている。もちろん、サービスの中身に応じて、ユーザーの効用も異なり、供給のコストも異なるから、様々な市場とそれぞれの価格が存在することは当然である。遠距離電話の方がコストがかかり、効用も高いというなら、その料金は割高となるであろう。しかしそれは二つの異なる市場があるというだけのことで、行政目的や規制対象として、市内・市外という「業務」の区画が必要であるということではない。このことは最近の若い男性がヘアカットをどこでするかという問題と同じである。昔は男は床屋に行くものと相場が決まっていたが、いまや男も美容院に行ってカットしてもらうのは少しも不思議でない。どのようにヘアをカットするか、セットするかが問題なので、どんな種類の店に行くかは無関係なのであり、ヘアカットという消費者が享受するサービスの視点からは、床屋と美容院の区別などない。市内・市外の区別は床屋と美容院を区別するのと同じであり、消費者の通話をするというサービス享受の視点からは不要な行政区分である。
 このことからさらに導かれるのは、事業者を技術によって区分することの無意味さである。現在でも、行政は、ワイヤラインとワイヤレス、あるいは固定電話、携帯電話、PHS、衛星電話などをそれぞれ異種のものとして区分し、個別に対応しているように見える。しかしユーザーから見れば、どのネットワークを経由しているかは問題ではない。どれだけ質の良い低価格のサービスが受けられるかが問題なのである。後述するように、技術の違いが市場支配の問題につながるというときにのみ、技術に着目することが必要となる。
 第一種電気通信事業の市場は、長距離系・地域系・国際系・衛星系・移動系などに細分化され、これらをクロスして複合的なサービスを提供する第一種電気通信事業者が存在しない。しかし、NTT(国内)、KDD(国際)の業域分離が、それぞれの会社法で定められていることを別にすれば、新規参入第一種電気通信事業者(NCC)の業務区分の根拠は電気通信事業法にはなく、同法第9条及び同法施行規則第3条に定められた許可申請様式に記載されている「電気通信役務の種類及びその態様」、「業務区域」、「電気通信設備の概要」等に基づき、郵政省が裁量的な参入規制を行った結果、こうした産業構造が形づくられてきた。このような規制の運用は、業務区分間の相互参入、サービスの融合を妨げ、消費者本位のワンストップ・ショッピング(注4)の実現を阻害する可能性がある。
 第一種電気通信事業の申請様式の記載事項により「業務区分の規制が行われているものではなく、例えば、長距離事業者による地域や国際といった他の業務への進出を妨げるものではないことを明確にすべきである」との行政改革委員会の意見(平成7年12月)に対応して、郵政省は「電気通信事業参入マニュアル」(平成8年1月公表)においてその旨を表明している。しかし、既参入の第一種電気通信事業者が、他部門へ進出するためには、新たな「電気通信役務の種類」や業務等を記載した事業計画変更の許可が必要であり、その際には(現行法の下では)当然に需給調整要件を含む許可基準を満たさなければならず、参入規制の裁量的運用につながる可能性が排除できない。
 したがって、このような業務区分そのものを廃止するとともに、業務区分に基づく規制、業務区分ごとの需給調整による参入規制等は撤廃すべきである。

3) 正確な市場の画定を通じた競争の自由

 今後の通信産業は、異なるネットワーク形態を持つ多くの事業者が、よりよいサービスを目指して市場を奪い合うことになろう。このときには、どのサービスがどのような競争条件の下で競争しているかを見きわめることが必要である。これは独占禁止法の分野では市場の画定という極めて重大な問題である。ある地理的な拡がりを考えてみよう。そこに1社しか供給者がいなければ独占である。しかしこのとき競争はあるのか否かを確かめる必要がある。先にあげたヘアカットのサービスを考えてみよう。ある街に床屋が1軒しかないとしたら、これは独占だろうか。ヘアカットをするのは床屋だけと定義してしまえば、まさに床屋は独占(大した問題ではないが)である。しかしそこには何軒も美容院があるとすれば、この街のヘアカット・サービスは厳しい競争下にあるといわなければならない。つまり、消費者から見ればサービス内容について差はないのに、事業者の特定の名称にとらわれることは競争の実態を見誤ることになる。この例でいえば床屋が料金をつけるのに、美容院を無視できるなら、床屋という市場が画定できる。しかし、美容院の料金を考慮しなければ、料金を決められないのなら、床屋と美容院をまとめて、ヘアカット・サービスという形で市場を画定しなければならない。
 これは通信も同じである。ワイヤライン市場やワイヤレス市場などと始めに名前を与えて、そこでの企業数を数え上げることには全く意味がない。必要なのはある地理的範囲でユーザーから見て何社のサービスが利用可能かということである。
 ここでとりあげねばならないのは、電電公社時代からの地盤を引き継いでいるNTTが、市場支配力をどこで持っているかという点である。わかりやすい例をあげれば長距離(県間)市場がある。ここではNTTは現在少なくともNCC3社と同質のサービスを供給し、そのシェアは50%以下となっている。長距離市場という市場の画定をすれば競争が見えてくる。この問題で現在特に重要なのは、市内市場でNTTが独占の弊害をもたらしているか否かである。ワイヤレスやCATV電話の競合がありうる地域では、それを考慮して独占力を判定しなければならない。そして、市場の画定をした後に、NTTの市場支配が懸念される市場についてはNTTに対する規制が必要である。逆にNCCについては、少なくとも現状で独占とは無縁であれば一切の規制は除去すべきである。すなわち、NTT、NCCを問わず、規制が必要か否かは、市場の画定をした後に、独占の弊害があるかどうかでのみ判断されるべきである。
 さらに、この点で関連して述べる必要があるのは、第一種電気通信事業と第二種電気通信事業の区分が市場の画定の視点から意味があるかどうかである。市場を画定した場合に、常に第一種電気通信事業者が独占力を持つ可能性が高いというなら、第一種電気通信事業者という区分に基づいて規制をかけることには合理性がある。しかしいうまでもなく第一種電気通信事業者とは通信施設を保有しているか否かで定義され、施設の規模や中身には無関係である。施設を持つことが、市場を画定してみると独占力に結びつきやすいというときにのみ、第一種電気通信事業者を一つの区分として、その全体を規制の対象とすることが妥当となるのであって、このような事実が実証されるのでなければ、現在のような第一種電気通信事業者という区分に基づく規制は不要である。さらに、相互接続の進展等によって、設備の有無にかかわらず同様のサービスが、同様の競争条件の下で提供されてくるとき、第一種、第二種というカテゴリー自体が不要である(注5)。

4) 相互接続の自由と審判機能

 市場の画定という視点から見ると、市内ネットワークはNTTの独占が基本的に続いていると見られる。したがって、競争の実現のためには、市内ネットワークでの相互接続が自由かつ公正に行われ、市内市場に多数の競争者が新規参入する可能性が開けることが必要である。
 現行の制度では、ネットワーク相互接続は、基本的には事業者間の協議による合意を前提としているが、一般原則としてのルールがないことなどから、これまで接続交渉が円滑に進まない等の問題が生じていた(注6)。このため、電気通信審議会接続の円滑化に関する特別部会は、相互接続のルールについて審議を進め、去る9月20日にその案(『接続の基本的ルール案』)を発表し、今後関係者や一般からの意見を聴取した後、その最終報告を取りまとめることとなっている。ここでは、同レポートが取り上げていない、極めて重要な「接続の監視機構」の問題を論じる。
 接続に関するルールが作られたとしても、相互接続に関して当事者間の対等な交渉に委ねられる時代が来るまで、接続を監視する機構が必要となる。では誰が監視すればよいか。公正な接続が実現するためには、ネットワーク情報の保持者であるNTTの情報開示が不可欠である。しかしNTTに限らずどの企業も内部情報を積極的に開示しようとはしない。そこでNTTが情報の開示を忌避するインセンティブが特に強く働かないような仕組みが必要となる。特にどの企業も恐れるのは、機密とされている情報がライバル企業に漏れることである。また、接続交渉が行き詰まったとき、アンパイアがフェアな判断をするか否かである。公正な審判という機能を、現状の規制制度のままで実現できるであろうか。今回の電気通信審議会の接続ルールに関するレポートでは、特定事業者(つまりNTT)については、料金表や接続に必要な全ての技術的条件について約款の作成が義務づけられている。そして約款を申請すると閲覧に供せられ、不認可となるときは業務改善命令が出される。これだけの情報の開示を求められるとき、誰が接続ルールの監視者であれば、NTTはいやいやながらでも情報を開示するであろうか。いうまでもなく、内部の機密に属するような情報が絶対に外部に漏れないということ、そして料金や技術について高度の判断力を持つ審判がいて、その審判の能力や誠実性、中立性に疑いをはさむ余地がないという条件が必要である。法廷においてでさえ、原告や被告は裁判官忌避の権利を持っていることを想起しよう。今回接続の監視にあたる機関はこのような条件を満たさねばならないが、そうであるとした場合、既存の制度によってこれが可能だろうか。たとえば審議会は、どの省庁のものであれ、審判という機能までも果たすべきものとして選出された人々によって構成されているだろうか。審議会委員の一人一人が審判として適切か否か、国民は判定する機会を与えられたことがあるだろうか。答えは明らかに否である。
 したがってわれわれは、接続のスムーズな進展を実現するには、厳正中立な第三者機関が必要だと考える。そして具体的にどのようにして作るかをここで考えるよりも、われわれはどのようなイメージの組織なら、審判組織が機能するかを考えるべきだと思う。その重要な条件は、この機関の持つ社会的な権威であろう。通信という高度に技術的な分野にある程度精通し、法学や経済学の知識も一通り備えた識見のある人物が、この地位に就くことを喜びとするようなものでなければ、NTTもNCCも意見を尊重はしないであろう。また多くの官庁にあって、もっとやりがいのある仕事に就きたいと思っている有為の人材が、競ってこのポストに就くようなものであることが必要である。大事なのはこの機関の性格づけであり、有能な人材が集まるようなインセンティブを与えることである。
 なお、接続ルールの作成はもとより、こうした第三者機関の設立、その後の運営に関しても、情報開示等、そのプロセスの透明化が図らなければならない。

5) 海外への自由と海外からの自由

 市場の画定という観点からみれば、国際通信市場にNTTが参入できないのは極めて奇妙である。現在この市場は3社(KDD、ITJ及びIDC)による寡占体制にあり、さらなる価格競争が求められている。日本から外国への通話を外国から日本への通話に切り替えるコールバック・サービス(注7)が利益を生んでいることは、まさにこの市場での競争が求められている証左である。NTTは国際に参入するにあたっては、国内部門からの内部相互補助が厳正にチェックされねばならないのはもちろん、国内サービスと国際サービスとをパッケージにすることも、他の事業者ができない以上、認められない。またダイヤル番号についても、KDDやその他の事業者と同じ条件に立たねばならないのは当然である。しかし、以上のような前提条件がクリアされ、現在ボトルネックと見なされている部分について平等で非差別的使用が全ての事業者に担保されるという状況の下で、NTTが国際サービスを始めてはならないという理由は存在しない。本年2月に成立したアメリカの1996年連邦通信法は、"Pro-competitor"(競争者寄り)でなく、 "Pro-competition"(競争の徹底)でなければならないという立場を高らかに唱っている。現在の国際市場はまさにこれを実現せねばならない市場の一つであり、NTTの参入も含めて、国際市場の競争の強化が必要である。
 また全く同様に、海外からの参入者について外資規制を緩和することは、新しいテクノロジーだけでなく、新しいマーケティングや経営スタイルを導入する上で、極めて有益である。実際わが国のCATVの過去の停滞は、市場開拓技術の遅れにもよるところが大きいと思われる。もちろん通信の持つセキュリティ面での重要性は等閑視できない。したがって、外資規制の緩和に関しては、諸外国の政策を十分に参考にしつつ、積極的な海外からの競争を加速させる方向で進めることが必要である。

6) 総括原価からの自由

 最後に、通信料金のあり方について考えてみたい。通信市場が市場の画定をしてみると、NTTの独占市場であるとすれば、その料金について規制があるのは当然である。しかし、逆に競争が進展してくれば、このような規制は順次撤廃することが必要となる。この点からすれば、既に競争状態の進んでいる現在の長距離市場では市場支配力のない企業に対する料金規制は全く不要である。もし不当な価格差別や略奪的価格設定の恐れがあるときは、公正取引委員会が監視の任にあたらなければならない。市内料金についても、透明、公平、迅速かつ合理的な相互接続の実現によって、十分に競争的環境は整ってくれば、漸次料金規制を緩和・撤廃していくことが必要である。
わが国では、第一種電気通信事業者は自ら設備を持たなければサービスを提供をできず、事業者相互の設備の貸借やサービスの再販売、設備提供を目的とする「ゼロ種事業」(設備貸し事業)が認められていないため、アメリカに比べると、ネットワークのエレメントを自由に組み合わせて競争する事業者や、リセール(卸売、再販売)を積極的に利用する事業者等が、市内での重要な競争者となるという認識が未だに稀薄である。こうした設備貸し事業を認め、それらの事業者による回線の開放を進めることも市内市場の競争促進の絶対の必要条件である。これにワイヤレスやCATV電話の参入を考えると、これまで市内市場と呼ばれてきたこの分野は、極めて競争的な市場構造を持つ可能性が高い。これは価格が市場の需給によって決まるメカニズムが働き始めることを意味する。もしそうであれば、現行の規制のように、NTTやNCCの料金(一部を除き認可制)が相変わらず総括原価に束縛されて、需給に対して敏感に動けないのは、市場発展の最大の阻害要因となる(注8)。規制当局は将来しかも近い将来の動向を見つめて、価格を総括原価から自由にしてやる必要がある。ダイナミックに発展する市場では、価格はユーザーがどのように反応するかを見るためのアンテナの役割も果たさなければならない。価格の重要な役割の一つは「シグナル」の機能である。古きアナログ・ピラミッド型ネットワーク方式の価格規制から一刻も早く脱却せねばならない。

提 言

 以上の議論より、高度情報通信分野の競争を通じた発展のための施策として、次のように提言する。

1.需給調整あるいは過剰設備防止という観点からの参入規制を撤廃する。

2.公益事業特権付与を需給調整型の参入規制から分離し、裁量的な競争抑制の手段となる可能性を取り除く。

3.国内・国際等の業務区分を廃止する。業務区分に基づく規制、業務区分ごとの需給調整による参入規制等を撤廃する。

4.NTT、NCCを問わず、規制が必要か否かは、市場の画定をした後に、独占の弊害があるかどうかでのみ判断する。この観点から、NCCに対する料金規制は、撤廃する。

5.第一種、第二種というカテゴリーを廃止する。

6.相互接続を監視し、紛争を調停・裁定する厳正中立な第三者機関を設立する。

7.NTTの参入も含めて、国際市場の競争の強化を図る。

8.事業者相互の設備の貸借やサービスの再販売、設備提供を目的とする設備貸し事業を認める。

9.市内市場の競争環境整備状況にあわせ、料金規制を緩和・撤廃する。タイムスケジュールを定めて総括原価方式の料金規制を改め、弾力化していく。

(注1)高度情報通信のバックボーン・ネットワークにワイヤラインが存在することは恐らく将来も変わらないだろう。われわれはワイヤラインそのものが不要となるということをいっているのではないことを注意しておく。

(注2)電気通信事業法は、伝送路・交換機などの通信設備を設置して電気通信サービスを提供する「第一種電気通信事業者」と、それ以外の第一種電気通信事業者から設備を借りて電気通信サービスを提供する「第二種電気通信事業者」の区別を設け、さらに第二種事業を不特定多数向け・大規模・国際通信の「特別第二種電気事業者」と、それ以外の「一般第二種電気通信事業者」に区分し、これらの区分ごとに、参入・退出、料金、外資導入等について異なる規制を課している。第二種電気通信事業については、参入は郵政大臣への登録又は届出、外資については特別の規制がない等、比較的自由である一方、第一種電気通信事業については、次のような厳しい規制が課せられている。
 すなわち、第一種電気通信事業への参入には、郵政大臣の許可が必要であり、その許可基準は、以下のようになっており(電気通信事業法第10条各号)、需給調整要件が盛り込まれている。
  1 その事業の提供に係る電気通信役務がその業務区域における需要に照らし適切なものであること。
  2 その事業の開始によつて、当該事業を行う区域又は区間の全部又は一部について電気通信事業の用に供する電気通信回線設備が著しく過剰とならないこと。
  3 その事業を適確に遂行するに足りる経理的基礎及び技術的能力があること。
  4 その事業の計画が確実かつ合理的であること。
  5その他その事業の開始が電気通信の健全な発達のために適切であること。
   また、退出についても、「公共の利益が著しく阻害されるおそれがあると認められる場合を除き許可をしなければならない」(同法第18条第4項)としつつも、郵政大臣の許可を受けなければならないとされている。

(注3)郵政省は、第一種電気通信事業者への許可基準は、公益事業特権付与とのかかわりにおいて必要な措置(いわゆる「過剰設備防止条項」)であるとしている。すなわち、第一種電気通信事業者は電気通信回線設備の設置にあたり、公道、公用水面等の優先的利用や他人の所有に属する土地等に対する強制的使用権等(公益事業特権)が付与されているため、周辺の諸権利との調整を図る上でも必要な担保措置であるとの主張である。さらに、公益事業特権の乱用防止が需給調整を基にした参入規制である必然性はない等との主張に対応して、本年3月の「規制緩和推進計画」の改定においては、「平成8年度に、公益事業特権を付与する新しい仕組みの確立を検討し、その仕組みが出来た後に過剰設備防止条項等を削除する」としている。したがって、今後作られる新しい仕組みにおいて公益事業特権付与が裁量的な参入規制として作用することのないよう、電気通信産業の特性に対応した公益事業特権付与の仕組みを作っていくことが重要である。

(注4)ワンストップ・ショッピングとは、一般的には一ヶ所でいろいろな品物が揃うことであるが、通信の場合、一つの事業者と契約しておくだけで、国内・国際、通信とCATV放送、インターネット・サービスなど様々なサービスが受けられるようになる加入の一元化をいう。

(注5)現在までにも、パケット交換通信、フレームリレー、ファクシミリ通信網サービス、音声蓄積サービスなど第一種電気通信事業者と第二種電気通信事業者が実態的には同様のサービスを提供する場合があっても、第一種電気通信事業者が提供するか第二種電気通信事業者が提供するかにより料金規制の態様が異なるなどの制度的な不整合が生じているが、今後、相互接続のルール化が実現し、「公-専-公」接続を始め、オープン・ネットワーク化が促進されると、ますます「施設主義」による参入規制は根拠の乏しいものとなる。

(注6)(相互接続に関する現行法の仕組み)
現行の電気通信事業法では、第一種電気通信事業者が他の第一種電気通信事業者又は特別第二種電気通信事業者と接続に関する協定を締結する場合には、郵政大臣の認可が必要(同法第38条第1項)としているが、その協定の具体的内容の決定は基本的に事業者間の協議による合意を前提としている。協議が不調に終わって接続交渉が暗礁に乗り上げた場合には、当事者の調停申し立てに基づいて回線接続命令を発動する権限が郵政大臣に与えられている(同法第39条第1項、第2項)。さらに、この命令に不服である場合、当事者は調停結果を通知されてから3か月以内に訴訟を起こして、司法的救済を求めることができる(同条第6項)。実際これまでに、フレームリレーおよびVPN(仮想専用網)に関するNTTと長距離系NCCの接続交渉が難航し、NCC側の申立てが行われた。このうち、VPNの接続に関しては、平成6年12月に郵政大臣が接続命令を発している。NTTは、従来1県1POI(接続点)に限られていたNCCとの相互接続方式を見直し、「ボトルネックといわれる地域通信市場の競争促進のため、市内交換機接続・加入者線接続による接続点の拡大を実施し、より進んだネットワークのオープン化を実現する」との方針を平成7年9月に表明した。

(注7)コールバック・サービスとは、日本と外国との国際電話料金における方向別格差を利用し、日本発の電話の発信情報(呼び出しのデータ)をキャッチした後、日本からの通話は行わず、コールバック(呼び返し)によって外国からの通話とし、国際電話料金を低額で提供しようとするものである。日本の国際系通信事業者3社は、これが設備の無料使用にあたるとして、郵政省に規制を求めたが、現在の法律では違法とする根拠がなく、また、郵政省も価格格差の縮小によって解決することが望ましいとの立場をとっている。

(注8)第一種電気通信事業については、その提供するサービスが国民の日常生活及び産業経済活動に欠かすことのできない極めて公益性の高い事業であることを根拠として料金その他の提供条件が、郵政大臣の認可制の下におかれ(電気通信事業法第31条第1項)、認可基準として、いわゆる総括原価方式を採用している。なお、平成7年の電気通信事業法改正により、料金規制に事前届出制が導入され、「売上げベースでみれば1割程度の、数でみれば5割程度のサービスが事前届出」の対象となった(平成7年12月行政改革委員会意見)。また、本年3月の規制緩和推進計画の改定では、平成8年度において移動体通信の料金について届出化を図ることとしている。