「アジア経済1997」について

<公表にあたって>

1996年のアジア経済は、一部に経済成長率の鈍化が見られたものの、先進国に比べ依然 高水準の成長を続けました。しかし、その中で韓国、シンガポール、マレイシア、タイと いった主要国において、これまで高成長を牽引していた輸出の伸びが大幅に鈍化し、成長 の減速がみられたことから、クルーグマン教授による「東アジアの成長限界説」が再び注 目を集めました。

このような現状を踏まえ「アジア経済1997」では、アジア経済の動向について、96年の の成長率鈍化の要因や今後の見通しについてまとめています。また、さらに中長期的な視 点から、アジアの成長性について労働、資金調達、技術などの3つの観点から再検討し、 今後も高成長を続けるための課題について分析しています。

調査対象国・地域としては、中国、アジアNIEs(韓国、台湾、香港、シンガポー ル)、ASEAN(インドネシア、タイ、マレイシア、フィリピン、ベトナム)、ミャン マー、インド、ロシア極東、オーストラリア、ニュージーランドの15カ国の経済動向を詳 細に分析していることに加えて、ラオス、カンボディアなどその他のアジア諸国について も簡単に概観しています。

「アジア経済1997」の特徴としては、次のような点があげられます。

アジア地域のマクロ経済の動向について、現状と今後の展望を、体系的に分析・評価しています。

マクロ経済動向に加え、貿易、直接投資、為替レート、財政金融の最近の動向を分析しています。また、貿易・投資については、日本との関係も整理しています。

「アジア経済1995」に引き続き、アジアの今後の成長性について労働、資金調達、技術の観点から再検討し、今後の成長のための課題について明らかにしています。

アジア問題や経済問題の専門家以外の一般読者にも、わかりやすい内容になるよう記述しました。また、各国・地域の動向を比較しやすいよう、共通の様式でまとめています。

長期にわたる比較統計がとりにくいアジア各国・地域の60年代以降の主要経済指標などの参考資料を掲載しました。このレポートが、アジア経済の動向を理解するための一助となれば幸いです。

<アジア経済1997の概要>

第1章

[96年のアジア経済]

・96年のアジア経済は、一部に経済成長率の鈍化が見られるものの、先進国に比べ依然高水準の成長を続けるなか、物価上昇率は安定している。

・アジア全体の経済成長率は、95年の8.2%から96年は7.4%となり、やや減速しつつも高水準を保っている。韓国、シンガポール、マレイシア、タイでは、輸出の不振などから前年に比べ1%ポイント以上成長率が低下した。

・アジア全体の物価上昇率は、95年の9%台から96年は6%台へと低下し、安定傾向が明瞭となった。特に、中国、インドでは上昇率は一桁台に低下した。

・アジア全体の経常収支は、赤字幅が95年の300億ドルから96年には479億ドルへと 1.6倍に拡大した。アジアNIEsの黒字縮小が大きく寄与している。(図表1)

[アジア経済の97年見通し]

・97年のアジア経済は、96年とほぼ同程度の7%台の成長が見込まれている。中国、ASEANではほぼ横ばいとなり、アジアNIEsでは若干加速する。

・物価上昇率は引き続き鈍化するものとみられる。アジア全体の経常収支は、中国の黒字が縮小し、南アジアの赤字が拡大する一方、アジアNIEsの黒字が拡大するため、赤字幅はやや縮小することが見込まれる。

[貿易と投資の動向]

・96年のアジアの財貿易は、輸出、輸入金額(ドルベース)とも95年に比べ大幅に伸びを鈍化させている。これは、輸出、輸入価格(ドルベース)の伸びの鈍化によるところが大きい。輸出価格低下の要因としては、電子製品市況の悪化などがあげられる。

・アジアの輸出数量は95年の11.5%から96年には 6.7%へと伸びを鈍化させている。これは為替レートによる価格競争力の変化と中国の輸出に対する増値税の還付率引下げの影響などによる。 また、輸出の伸びの鈍化から、輸入数量も95年の12.6%から96年には6.0%へ伸びを鈍化させている。(図表2、3)

・アジアへの直接投資は、近年大きく拡大した。アジアNIEs、ASEAN4か国では投資の自由化を促進することにより、外貨流入に大きな成果をあげている。

[アジアをめぐる地域経済協力]

・アジアをめぐる地域経済協力は90年代に入り、活発化している。APEC(アジア太平洋経済協力)では、貿易・投資の自由化・円滑化のための各国地域による「個別行動計画」 と 各国・地域で共同で進める「共同行動計画」の2つを柱とする「マニラ行動計画」が97年1月から実行されている。ASEANでは、AFTA(ASEAN自由貿易 地域)実現への動きが加速している。 96年12月、シンガポールで初のWTO(世界貿易機関)閣僚会議が催され、ITA (情報技術協定)の締結などが行われた。

第2章

第2章では、中国、韓国、台湾、香港、シンガポール、インドネシア、タイ、マレイシ ア、フィリピン、ベトナム、ミャンマー、インド、ロシア極東、オーストラリア、ニュ ージーランドの15か国・地域について、それぞれの経済動向について、(1)最近の経済 情勢と見通し、(2)貿易・投資の動向、(3)各国別の特徴的な動向に焦点をあてた"トピ ック"の3項目にわけて分析している。また、その他のアジア諸国についても、ラオス、 カンボディア等14カ国をとりあげ、簡単に概観している。

第3章

【東アジア経済の成長の持続性】

・1996年には東アジアで輸出の停滞による成長率の鈍化がみられたことから、成長の持続性についての関心が再び高まった。

・確かに、90年代前半を通じる高成長の結果、労働、資本などの市場において幾つかの問題が指摘しうることも事実である。

・しかし、現在それらの問題については対応が進められつつあり、克服可能な問題として考えられる。また、東アジア全域では、依然として豊富な労働力が存在し、 資本蓄積も進んでいることや直接投資の流入が続き、それによる技術移転が行われていることから成長の限界を指摘することは難しく、96年の成長鈍化は一時的な現象として考えられる。

【持続的な成長実現への条件】

・東アジアでは労働参加率の伸びの鈍化から労働力人口の増加にかげりがみられ、幾つかの国では賃金コストの上昇が指摘されている。しかし、農業部門の労働生産性は極めて 低く、過剰労働力が存在していると考えられる。この不均衡の原因として、労働需要と供給の間に労働の質の違いがあることが指摘できる。労働者の質の向上に資する学校教 育、職業訓練の充実により、この不均衡の解消が期待できる。(図表4)

・東アジア地域は世界的に高貯蓄地域であり、経済成長に必要とされる資金は量的には十分存在してきた。しかし、これまでの資金運用は様々な制度要因等から効率的とはいえ ず、不良債権問題などの一因となってきた。今後持続的な成長を遂げていくためには、企業家精神に富む中小企業への積極的な資金供給とともに、 これまで以上に市場メカニズムを通じる効率的な資金配分が必要とされる。(図表5)

・東アジアでは、貿易や直接投資を通じ先進国の技術の移転や吸収が行われてきたが、こ のような先進国の高い技術は今後の成長持続のためにも欠かすことのできないものであ る。また、最近では、アジアNIEsなどでは独自の技術開発努力が進められ、その成 果も現れ始めている。今後もこのような技術の移転や開発を促進するためには、貿易・ 投資の一層の自由化を進めるとともに、知的所有権の保護などに十分配慮する必要があ る。(図表6)

【持続的な成長に向けて】

・過度に高い成長は、現在解決が進められつつある問題に加え、環境・エネルギー、分配の不平等など市場メカニズムで解決困難な問題を顕在化させ、政治的不安定性をもたらし、それらが持続的な成長への制約となる恐れが強い。

・しかし、経済構造の改革により市場メカニズムを通じ様々な豊富に存在する生産要素・資源をより効率的に活用することで、東アジアの経済成長をバランスのとれた持続性の高いものとしうることは間違いない。