平成8年12月
経済企画庁総合計画局
I 財政・社会保障問題ワーキング・グループの報告
II 財政・社会保障問題ワーキング・グループの報告における シミュレーション結果について
I 財政・社会保障問題ワーキンググループの報告
今後、急速な高齢化を迎えるなかで、「国民負担率」をめぐる問題はますます重要性を
増している。
本報告では、今後の国民負担率をめぐる議論に資するため、「国民負担率は何を示して
いるのか」「国民負担率の上昇は、長期的な経済パフォーマンスにどのような影響を及ぼ
すのか」「現状のまま推移すれば、今後の国民負担率はどのような推移をたどるのか」
「国民負担率の主要な変動要因は何か」といった問題について検討を行った。
これら諸点についての議論を通じて、本ワーキング・グループでは、1)今後の公的部門
の政策運営に際しては、従来にも増してコスト意識を強く持つ必要があること、2)行財政
の無駄を省き、諸制度間の重複や矛盾が生じないよう合理化を図ること、3)後述するよう
なモラルハザード、レントシーキング行動などの問題を引き起こさないように制度設計を
見直していくことが国民負担率の問題を考えていく上での大前提であることについては意
見の一致を見た。
しかし、国民負担率の経済的な意味、その政策的な位置づけについては、多くの意見が
出され、結局のところ意見は完全には一致しなかった。そもそも、公的部門の支出は、国
防・外交・司法などの「純粋公共財」のほか、教育、社会保障などの「準公共財」を供給
するという役割があり、こうした広範な「準公共財」のうちのどれだけを公的部門が供給
するかによって、国民負担率の水準は変わってくる。したがって、国民負担率は、「準公
共財供給上の効率性」「分配上の平等」「選択の自由」といった諸点についての社会的合
意、すなわち、国民がどのような経済社会を望むかについての選択の結果として決まって
くるものである。
そこで、本報告では、意見の一致がみられなかった点については、それぞれの論点を明
らかにし、議論の素材として提供することとした。
一般に、国民負担率とは、国民の租税・社会保障負担が国民所得に占める比率として
示されることが多い。
日本の国民負担率について、租税負担と社会保障負担とに分けてこれまでの推移をみよ
う(第1表:国民負担率の推移)。まず租税負担については、最近では景気低迷に伴う税
収の鈍化を反映して、対国民所得比では下降しているものの、長期的な趨勢としては上昇
してきている。また社会保障負担については、老齢人口の増加に伴い、年金、医療、介護
などの社会保障給付が増大してきており、これに伴う負担も増大していることから、対国
民所得比では上昇する傾向にある。
これを国際的に比較すると、これまでは老齢人口比率が相対的に低かったこと、また経
済成長率が相対的に高かったこともあって、日本の国民負担率は西欧諸国と比較して低い
水準にあった(第1図:租税および社会保障の各国民負担率の国際比較)。しかし、近年
では老齢人口比率が急速に西欧諸国なみに近づいてきており、また長期的には経済成長率
が鈍化することが考えられ、国民負担率についてもさらに上昇が見込まれている。
「国民負担率」が経済的に何を意味しているか、また、それをどう評価するかについて は、多くの考え方がある。それは、概ね次の三つに分けることができよう。
国民負担率が経済成長率にどのような影響を及ぼすかという点についても、次のような 二つの考え方がある。
(注) Atkinson A.B.(1995): Income and the Welfare State, Cambridge, Cambridge University Press.
本ワーキング・グループでは、今後の国民負担率に関する議論の素材として、計量モ デルにより「現状のまま推移すれば、国民負担率はどの程度上昇するか」「それに影響す る要因は何か」といった点についてシミュレーション分析を行った。
このシミュレーションにおいては、今後の国民負担率の推移に影響する要因として、次の
点が指摘できる。
第1に、高齢化・少子化の進展に伴う社会保障制度の変更が影響を及ぼしている。
すなわち、前述の年金保険料率の引き上げにより、社会保障負担率が上昇する。なお、医療
面からは、高齢化に伴い給付は増大するものの、保険料率を一定と想定しているため、国
民負担率をほとんど変化させない。
第2に、高齢化・少子化の進展に伴う経済成長率の低下が間接的に影響を及ぼして
いる。特に、国民負担率の分母である国民所得の伸びは前述のように一層低下し、これが
結果として国民負担率を高めることとなっている。
第3に、モデルの推計期間(1970年度〜1993年度)の総税収が経済成長以
上に伸びていることから、その趨勢を反映して予測期間の租税負担率が上昇している。
なお、参考として、出生率の想定については、中位推計と低位推計のいずれにしても
、2025年度までの人口構造をそれほど大きく左右することにはならないので、国民負
担率への影響はほとんどないものと考えられる(ただし、2025年度以降の国民負担率
については、大きな影響を及ぼす)。
また、全要素生産性(技術進歩)の想定を変えることによって経済成長率が変わる
場合については、国民負担率自体にはそれほど大きな変化は生じない。これは、例えば、
全要素生産性の伸びが上昇した場合は、国民所得も増加するが、同時に賃金の増加などに
伴い、租税・社会保障負担も増加するからである。
現行ケースにおける国民負担率の上昇を容認するかどうか、また容認できないとした 際にはそのためにどのような政策を講ずるかについては、広く国民的な議論を通じて決定 されるべき問題である。ここでは、そうした国民的な議論に資するための一つの素材とし て、いくつかの代替的なシミュレーションを試みた。
現行ケースをベースに、今後とも社会保障制度の果たすべき機能を維持していくため、
年金、医療、介護、育児、雇用の各分野において制度変更を行う場合を想定し、それらが
国民負担率および関連する経済指標に与える効果についてシミュレーション分析を行った
。
想定したケースについては、次の二つである。
現行ケースをベースに、財政構造の健全化に向けて政府支出を抑制する場合を想定
し、それらが国民負担率および関連する経済指標に与える効果についてシミュレーション
分析を行った。
想定したケースについては、次の二つである。
なお、国民負担率には財政赤字の分が考慮されていない。そこで、財政赤字の分は将
来の国民の負担によってカバーされると考え、国民負担率に一般政府財政赤字比率(対国
民所得比) を加えたものを「潜在的な国民負担率」と考えると、この比率は1994年度実績
の39.2%から2025年度には73%程度に上昇している(注)。
また、付属表にあるように、経常収支(経常海外余剰)は、2000年代半ば以降赤字
となり、その後赤字幅は拡大し、2025年度には対GDP比で14%程度に達する。これは、
高齢化の進展により経済全体の貯蓄率が低下する一方、財政赤字が拡大するためである。
すなわち、80年代のアメリカと同じ道をたどることによって、「双子の赤字」が発生する
こととなる。
1) 社会保障制度については、給付と負担が極端に乖離しており、社会保障基金は2025
年度以前に底をつくという姿になっている(実際の運営には最低限一年分のストックが必
要とされる)。
2) 財政については、一般政府純債務残高(対GDP比)が2025年度には 153%程度
となり、とうていファイナンス可能ではない状態となっている。
3) 国際収支面では、経常赤字が持続する結果、対外債権は次第に減少して、2010年
代には債務国に転落し、以降債務は雪だるま式に累増していく。2025年度には対外純債務
は対GDP比で 109%程度となり、そのための利子支払い(海外への純要素所得)は対G
DP比10%にものぼる。このため、GDPと国民所得の乖離が広がり、いわば「働いても
、自分の懐には入らない」部分がかなりの割合にのぼることとなる。
1) 社会保障制度改革ケース1(現行年金改革プランの5年前倒し実施等)においては
、社会保障給付が減少するため、2025年度においても社会保障基金残高が対GDP比で21
%程度の黒字であり、社会保障基金制度は維持可能である。
2) 社会保障制度改革ケース2(年金の報酬比例部分も含めた完全65歳支給への移行
等)においては、社会保障給付がさらに減少するため、2025年度においても社会保障基金
残高が対GDP比で42%程度と黒字であり、社会保障基金制度は維持可能である。ただし
、フローの収支は1%程度の赤字となっている。また、労働参加率が上昇することから経
済成長率は改善するとともに、国民負担率は49%程度まで低下する。
3) いずれのケースにおいても、一般政府財政赤字は大きく、一般政府純債務残高も
高水準であり、深刻な状況にあるといえる。
1) 財政支出削減ケースa(実質の政府支出の伸びをゼロと想定)においては、2025年度
において、一般政府財政赤字は対GDP比で6%程度まで改善し、一般政府純債務残高は
対GDP比で59%程度となる。
2) 財政支出削減ケースb(ケースaに加えて政府最終消費支出の削減を想定)にお
いては、ケースaと比べて政府支出の削減が大きい分だけ財政赤字はより改善する。
3) いずれのケースにおいても、社会保障基金制度における給付と負担の乖離が依然
として大きいことから、2025年度において社会保障基金制度は機能を果たせなくなる。
(付)将来展望に使用した長期計量モデルの概要
1) 年金
負担については、まず、人口構成から年金加入者の総人数を予測し、これから、(a
) 厚生年金(2号) 、(b) 国民年金(1号)、(c) 国民年金(3号)、(d) その他(共済
等)の4項目の加入者数をわり出す。この各加入者数と各料率及び賃金から、負担総額を
計算する。
給付については、新旧制度につき、(a) 厚生年金+共済(報酬比例部分を含む老齢
年金)、(b) 基礎年金+通老年金+厚生年金基金(その他の老齢年金)、(c) 遺族年金、
(d) 障害年金の4項目に分割、計8項目を考える。各項目ごとに、受給者数を人口構成等
から予測し、また、一人当たり給付額を料率、賃金等から計算する。これらから、各項目
の給付額及び給付総額を計算する。
2) 医療
負担総額を賃金、保険料率(政府管掌健康保険)、生産年齢人口から予測する。
給付については、年齢階層別に、一人あたり一般診療費を所得水準(=国民所得/
就業者数) 、患者負担率等から予測。これに、年齢階層別人口を掛け合わせて一般診療費
総額を計算。これに基づき、国民医療費、医療給付総額を計算する。
3) 介護保険
給付については、要介護者数を(a) 在宅、(b) 施設の別に人口構成等から予測し、
また、両項目につき、一人あたり介護費用を消費者物価の伸び率で外挿して算出する。これ
らから総介護費用を計算し、さらに、総介護費用から、自己負担分を控除して給付総額を
計算する。負担総額は給付総額から公費負担分(一定割合と想定)を控除して算出する。
4) 雇用保険
失業保険の負担総額、給付総額を、所得水準、雇用者数及び失業者数から計算する。