第1章 第3節 高まる女性・高齢者の労働参加率と地域差からみた参加率向上への効果的な取組

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地域経済の動向をみる三点目は雇用である。ここでは労働需給や賃金の現状に加え、政策課題となっている労働参加率の現状とその向上策について検討する。

1)雇用・所得の動向

(労働需給は引き続き全ての地域で引き締まりつつある)

有効求人倍率や失業率といった労働需給を表す指標は、何れの地域においても改善し、底堅く推移している。有効求人倍率(就業地別、季節調整値)については、全ての都道府県で上昇しており、2012年10-12月期は、1倍を超えていたのは8県だけであったが、2016年4-6月期には全ての都道府県で増加した(第1-3-1図)。月次では、4月に全都道府県で初めて1倍を超えた。また、失業率(原数値)について2013年1-3月期と2016年1-3月期を比べると、全都道府県で低下しており、労働需給は何れの地域でも引き締まりつつある(第1-3-2図)。

(各地域共に労働需要は旺盛だが、職種間のばらつきはさらに拡大)

過去1年程度の職種別有効求人倍率(原数値)の推移をみると、事務的な仕事については求職希望を第1とする者が多いことから、0.4倍前後と需給が緩んでいる一方、専門的・技術的な職種は2倍前後で推移している。販売やサービス、建設・採掘といった職種についても人手不足感が強い(第1-3-3(1)図)。

このうち、労働需給がタイトなサービスや建設業について、地域別の動きを調べると、サービスについては、全国的に倍率水準が高いなかでも、南関東、東海、北陸の3地域では、一人に対して4つ弱の求人が提示される状況となっており、人手不足が深刻である(第1-3-3(2)図)。建設業の状況はより深刻であり、11地域のうち、3倍を超える地域が5あり、中でも南関東、東海の2地域は4倍を超える水準となっている(第1-3-3(3)図)。

(各地域共に労働需要は旺盛だが、業種には違いがみられる)

高い有効求人倍率を生み出す需要側の動きについて、地域別に新規求人数変化への産業別寄与度をみると、寄与する業種に多少の地域差がみられる。例えば、医療・福祉や宿泊・飲食、卸・小売といった労働集約的な業種の新規求人数の寄与は大きいが、宿泊・飲食については、南関東、近畿、沖縄などにおける寄与が大きい。他方、卸・小売は中国、四国、九州などにおける寄与が大きい。これらの地域では製造業の寄与も比較的大きく、生産から物流・卸部門での労働需要が強いとみられる(第1-3-4図)。

(雇用形態の変化要因を除けば、現下の労働需給の引き締まりは賃金を1%以上押上げ)

労働需給が引き締まれば、賃金は上昇すると期待されるが、有効求人倍率と現金給与総額の変化の関係について、3大都市圏(東京都、大阪府、愛知県)とその他の地域に分けて推計すると、有効求人倍率が高ければ、賃金上昇率は高いという統計的に有意な関係が確認できる。ただし、賃金上昇率がプラスになる有効求人倍率の水準は、3大都市圏がおおむね1.6弱、その他の地域は0.8程度と差がある。また、データからは、賃金がなかなか上昇しないようにも見える(第1-3-5図内、傾向線[1]及び[3])。これは、推計に用いた2011年以降、パートタイム労働者比率が持続的に上昇したことから、平均賃金上昇率が構造的に押下げられたためである。この間、3大都市圏のパートタイム労働者比率は年平均0.62%ポイントの上昇、その他地域でも0.4%ポイントの上昇を記録し、平均賃金は、3大都市圏で年率▲1.09%程度、その他の地域でも▲0.66%程度押し下げられたと推計される。こうした構造シフトが止まれば、有効求人倍率と賃金上昇率の関係は上方にシフト(傾向線[2]及び[4])する。2016年6月の有効求人倍率(3大都市圏で1.72、その他地域では1.27)であれば、1~1.2%程度の賃金上昇が期待できる水準と評価できる。

(労働需給の引き締まりと最低賃金の引上げにより、地方の賃金がより堅調に推移)

労働需給と賃金の関係は、地域間の違いだけではない。多くの地域において、正規雇用者の賃金は反応が鈍く、アルバイト・パートの時給賃金がより感応的である(第1-3-6図)。したがって、こうした職種の需給と賃金が他に先駆けて変化する。なお、アルバイト・パートの時給賃金の上昇には、最低賃金の引上げが寄与13している面もある(第1-3-7図)。

2)高まる女性、高齢者の労働参加率

(高まる女性の労働参加率)

生産年齢人口の減少という状況において、労働供給の源になるのは労働参加率の上昇である。我が国の場合、若年・中年男性の労働参加率は高いものの、女性の労働参加率は、30歳代を谷とした、いわゆるM字曲線が残っており、長らくOECD諸国の中では韓国と共に例外とされていた。しかし、最近はM字の谷が埋まりだしており、アメリカ程度の水準まで高まっている(第1-3-8図)。

具体的に年齢階層別の労働参加率の推移を2010年と2015年で比較すると、特に25-29歳の参加率が1950年以降初めて8割を超えるなど、全年齢階層において着実に上昇している。また、M字カーブの底をなしていた35-39歳の労働参加率は、68.0%から72.4%へ4.4%ポイント上昇するなど、プロファイルにも変化がみられる(第1-3-9図)。

(高まる高齢者の労働参加率)

高齢者の労働参加を促すことも重要な課題となっている。我が国における高齢者の労働参加率14は、年々上昇傾向にある。60歳以上の労働参加率は、5年前に比べると、0.7%ポイント上昇し、一般的な定年退職のタイミングを含む60-64歳の労働参加率は2.6%ポイントも上昇している(第1-3-10図)。高齢者の就業・非就業の選択には、賃金水準だけではなく、退職制度や年金制度の影響が大きい。60歳代前半の労働参加率が上昇する背景には、これまでの年金給付の支給開始年齢の段階的な引上げや退職年齢の引上げ等、各種制度・慣行の見直しが寄与している15

3)就業の地域差と支援策の関係

(女性の労働参加率にみられた地域差は縮小傾向)

女性の労働参加率が近年上昇傾向にあるとはいえ、同一年齢階層の労働参加率には地域間で差が存在する。都道府県別に15-64歳の女性の労働参加率を比べると、福井県(76.0%)、富山県(74.1%)、鳥取県(74.0%)などが上位を占める一方、奈良県(60.7%)、兵庫県(63.2%)、大阪府(64.1%)などが下位を占めている。ただし、こうした県間差は、下位県の労働参加率が上昇してきたことにより、2010年よりも縮小している。実際、上位5県(平均値)と下位5県(平均値)の労働参加率の差は、16.5%ポイントから2015年には8.0%ポイントへと半減している(第1-3-11図)。

次に、M字カーブの谷となる30歳代の労働参加率を都道府県別に比べると、例えば、労働参加率が最も高い福井県では、25-29歳よりも高くなり、85%から90%程度という高水準で推移している。一方、労働参加率が最も低い奈良県では、30-39歳の段階で20歳代後半の83%から64-66%程度と20%ポイント弱の低下となっており、その後の水準も高まらない傾向がある(第1-3-12図)。

こうした労働参加率の地域差の要因16を探ると、労働参加率の高い都道府県には三つの特徴が挙げられる。

(保育サービスの供給量が多い都道府県ほど女性の労働参加率は高い)

第一に、女性の労働参加率が高い都道府県では、女性(25-49歳)一人当たりの保育所定員が多い(第1-3-13(1)図)。保育サービスの供給量が相対的に多い都道府県では女性の労働参加率が高まり、保育サービスの供給不足により、待機児童問題が深刻になるような都市部を抱える都道府県では、女性の労働参加率が低迷する。

なお、労働参加率の高い福井県などの北陸地域では、保育サービスの供給に加え、従来から3世代同居率が高いことも要因として考えられる17。ただし、3世代同居は、個々の状況等により必ずしも全国的に展開が可能な方策とは言えず、託児施設やベビーシッターサービスの充実等、社会的な育児支援体制の整備が求められる。

(女性の正規雇用比率が高い都道府県ほど女性の労働参加率は高い)

第二に、女性の労働参加率の高い都道府県では、女性の正規雇用比率が高い(第1-3-13(2)図)。女性の労働参加率が高い地域では、正規雇用により、子育て期も含めた安定的な就業の継続が図られている可能性が示唆される。もちろん、家庭や育児の都合、または柔軟な働き方をしたい等の理由により、自ら非正規雇用を選択している場合もあるが、離転職に伴うコストが再就業の障害になることは否めない。また、正規・非正規の雇用形態にかかわらず、育児休業制度や復帰支援制度の活用促進、フレックスタイム等の柔軟な働き方の環境整備など、仕事と家庭の両立支援制度の早期整備、中期的には雇用形態や就業先に影響されない社会保障サービスの提供体制への移行等が求められる。

(男性の長時間労働比率が低い都道府県ほど女性の労働参加率は高い)

第三に、女性の労働参加率の高い都道府県では、長時間労働の男性就業者の割合が低い(第1-3-13(3)図18。配偶者の労働時間と対にした分析ではないが、一般的な傾向として、長時間労働の男性が多い地域では仕事と子育ての両立が困難であり、女性の労働参加が進まない、逆に、女性の労働参加が進んでいる地域では、長時間労働の男性が少ない、ことを示唆している。長時間労働は、男性の育児や家庭活動への参画を阻む要因となり、総じて少子化の原因にもなっているとも考えられる。女性がその希望に応じた就業を実現できるようにするためには、長時間労働の是正を社会的に図ることが必要である。

(高齢者の労働参加率も地域差は大きいが、60歳前半の労働参加率を高めることが重要)

女性の労働参加率と同様、今後の上昇が期待される高齢者の労働参加率についても、地域間の格差が大きい。都道府県別に比べると、長野県(37.7%)、山梨県(37.2%)、東京都(35.7%)などが上位を占め、北海道(30.0%)、兵庫県(29.5%)、奈良県(28.5%)、などが下位を占める(第1-3-14図)。

労働参加率が最も高い長野県と最も低い奈良県について、高齢期の年齢階層別の参加率の推移をみると、東京都や全国と同様、加齢にともなって労働参加率は低下していく傾向があり、その傾きに地域間の差はみられない(第1-3-15図)。したがって、70歳時点での労働参加率を高めるには、60歳の労働参加率を高めることが重要となる。

(高齢者の労働参加率を高めるには健康と家族の介護負担を軽減することが必要)

女性の労働参加率の場合と同様、高齢者の労働参加率に地域差が生じている要因を探ろう。一つ目は、健康との関係である。高齢者の労働参加率の高い都道府県では、高齢者の一人当たりの医療費が少ない(第1-3-16図)。医療費を減らせば労働参加率が高まるわけではないが、医療費が掛からない状態の高齢者が多ければ、それだけ労働参加率は高まるということである。因果関係の方向性について統計検定(グレンジャー因果性テスト)においても、医療費の多寡は労働参加率の水準差の原因ではなく結果である可能性が検出された。意欲と能力のある高齢者が働き続けられる環境を整備することにより、健康な高齢者も社会を支える側に回ることが、健康面、ひいては高齢期の生活にもプラスとなると考えられる。

二つ目は、60歳以上の労働力人口に占める家族の介護に従事している者の割合が高い都道府県ほど、高齢者の労働参加率が低い傾向がある。配偶者の介護、老親介護等、状況は様々であろうが、例えば60歳代の者が高齢の両親を介護するために離職するといった状況が該当する。家族を自ら介護することは、一つの選択肢であるが、ある程度まで介護の専門家に委ね、自らは社会的な活躍を続けるという選択肢もあることが望ましい。後者の選択肢がないために仕事を持つことをあきらめているケースも多いとみられ、そうした状況をなくしていくような介護の支援体制の社会的な整備が求められる(第1-3-17図)。

(労働参加率を高める働き方の環境整備の効果が大きいのは神奈川県、千葉県、愛媛県等)

先の分析から、女性の労働参加率を高めるためには、保育所定員の拡大、安定した就業の確保、長時間労働の是正、また、高齢者の参加率を高めるには、家族の介護負担を減らすことが効果的であると示された。保育所定員の拡大であれば、神奈川県、北海道、宮城県など、安定した就業の確保であれば、千葉県、茨城県など、長時間労働の是正では、埼玉県、福岡県などが、改善効果が大きく期待される地域である。また、高齢者の労働参加率の向上に向けた介護負担の是正は、愛媛県、鹿児島県、大阪府などでの取組が効果的となる可能性がある。

「経済財政運営と改革の基本方針2016」(2016年6月2日閣議決定)では、女性の就業促進に向け、保育所及び放課後児童クラブの待機児童の解消、長時間労働の削減やテレワークの推進等の働き方改革が掲げられている。高齢者に対しては、定年引上げや継続雇用を行う企業向け支援や再就職支援の強化といった雇用環境の整備に加え、介護サービス基盤の整備、地域包括ケアの推進や相談体制の構築等の介護離職者ゼロに向けた支援の強化が盛り込まれている。また、「未来への投資を実現する経済対策」(2016年8月2日閣議決定)にも、保育・介護の受け皿整備(保育は2017年度末までに50万人に上積み、介護は2020年代初頭までに50万人以上へ拡大)が盛り込まれており、女性、高齢者それぞれの希望に応じた多様な就業機会の確保が重要であり、そのためには育児・介護と両立できるような環境整備が求められる。


脚注13 近年の最低賃金の上昇を受けて、最低賃金改正後に最低賃金額を下回ることになる労働者の割合は着実に高まってきており、最低賃金が労働者の賃金水準に直接的に及ぼす影響度合いが従来よりも強まっている。また、最低賃金の引上げは、最低賃金水準に近い労働者の賃金だけではなく、それ以上の水準で働くパートの時給にも相応の影響を与えており、最低賃金の引上げは賃金水準で下位30%程度までのパート時給に対し、間接的な押し上げ効果を持つとされている(日本銀行(2016))。
脚注14 ここでは、60歳以上を対象とする。
脚注15 「改正高年齢者等雇用安定法」の施行(2013年4月1日)により、雇い主(企業)は、定年退職制度の廃止、定年年齢の65歳までの引き上げ、再雇用制度のいずれかを実施することが義務付けられた。また、「厚生年金法」の改正(2000年改正)により、特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)の受給開始年齢が2013年度から2025年度にかけて60歳から65歳へ段階的に引上げられる(3年に1歳ずつ)。
脚注16 女性の就業状況について、実際に就業している者だけではなく、いま就業していないが就業を希望している者も含めた「就業意欲」をみるため、有業者に無業者及び就業希望者を加えた人数が生産年齢人口に占める割合をみると、上位県と下位県の差が半分程度まで縮小することから、女性の就業意欲は、実際の労働参加率よりも地域差が少なく、労働参加率の低い地域ほど、女性の力をまだ活かしきれていない可能性がある(内閣府(2015)男女共同参画白書 平成27年版)。
脚注17 3世代同居率は、福井県(17.5%)、富山県(16.1%)、石川県(11.2%)であり、全国(7.1%)に比べて高い(平成22年国勢調査)。
脚注18 一億総活躍社会の実現に向けた最大のチャレンジとして働き方改革が掲げられているが、その柱の1つに長時間労働の是正が盛り込まれている。長時間労働の是正は、労働の質を高めることにより、多様なライフスタイルを可能にし、ひいては生産性の向上につながるものとされている(内閣官房(2016)ニッポン一億総活躍プラン(2016年6月2日閣議決定))。
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