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補論 製造業の縮小と地域経済-賃金構造からみた課題

近年、グローバル化の下、製造業の海外シフトがすう勢的に進んでいる。これは先進国共通の動きで、比較優位構造の変化に伴うものと考えられるが、工場等が立地する地域の経済にとっては、その影響が懸念されるところである。特に、製造業から非製造業に雇用がシフトする場合、後者の1人当たり平均賃金が前者のそれを下回ることが多いとされ、当該地域における購買力の低下、経済の縮小につながりかねないとの指摘もある。

そこで、1つの試論として、以下では各都道府県における製造業の比率の低下が平均的な賃金水準とどのように関係しているのかを考察する。

(全産業平均賃金の変化と製造業労働者比率の変化は無相関)

第4-1図は、フルタイム労働者に関して、2001年と2011年における都道府県の全産業平均賃金(年収換算)と製造業労働者比率の関係、全産業平均賃金の変化と製造業労働者比率の変化との関係をみたものである。

まず、2001年と2011年における都道府県の全産業平均賃金(年収換算)の製造業労働者比率への回帰については、それぞれ有意に正の傾きがみられ、製造業労働者の比率が高いと全産業平均賃金も高いという関係になっている。これは、製造業と非製造業の賃金について、例えば90年や95年をみると製造業の賃金が相対的に低いが、2001年や2011年では製造業の賃金が相対的に高くなっているためではないかと考えられる。しかしながら、2001年から2011年にかけての全産業平均賃金の変化の製造業労働者比率の変化への回帰については、正の傾きに有意性はみられない。このことは、全体的に賃金水準の低下はみられるものの、それが必ずしも企業の海外生産シフト等を背景とした製造業労働者の減少によるものではない可能性を示唆している。

(完全失業率の変化と製造業労働者比率の変化は無相関)

第4-2図は、フルタイム労働者に関して、2001年と2011年における各都道府県の完全失業率と製造業労働者比率との関係、2001年から2011年にかけての完全失業率の変化と製造業労働者比率の変化との関係をみたものである。

まず、2001年と2011年における各都道府県の完全失業率の製造業労働者比率への回帰については、それぞれ有意に負の傾きがみられ、製造業労働者の比率が上昇(低下)すれば、完全失業率が低下(上昇)するという関係になっている。一方、2001年から2011年にかけての完全失業率の変化の製造業労働者比率の変化への回帰については、傾きは負になるものの、有意性がみられず、こうした完全失業率の変化が必ずしも製造業労働者比率の変化によるものではないことを示唆している。

(全産業平均賃金の主たる低下要因は、非製造業の賃金低下)

また、第4-3図は、2001年と2011年の全産業平均賃金(年収換算)の変化について要因分解したものである。ほとんどすべての都道府県で、2001年から2011年にかけて、全産業平均賃金が低下しているのがみてとれる。しかし、その主な要因は、全国の就業者数でみて約7割のシェアを占める非製造業の平均賃金の低下(水色の部分)によるものであって、工場等で働いていた製造業労働者の、企業の海外移転等による、サービス業をはじめとする非製造業へのシフトによるものではないことがわかる。

都道府県別にみた場合、非製造業が賃金増加に寄与したのは、京都府(4.7万円)、熊本県(0.8万円)の2府県のみで、その他の都道府県では、非製造業が賃金低下に大きく寄与しており、特に福岡県(▲55.4万円)、沖縄県(▲46.0万円)、千葉県(▲44.5万円)などでその寄与は大きい。

(高度人材の集積度上昇によって高まる賃金水準)

第4-4図は、1992年と2007年での、都道府県の全産業平均賃金(年収換算)と大学等卒人材密度の対数値の関係(1992年A、2007年A)及び都道府県の全産業平均賃金(年収換算)と大学院卒人材密度の対数値の関係(2007年B)についてみたものである。

いずれの時点においても、全産業平均賃金の大学等卒、大学院卒人材密度への回帰については正の傾きがみられており、大学等卒、大学院卒といった高度人材の集積度が上昇することによって、賃金水準が高まる関係にあることがわかる。

また、第4-5図は、1990年と2005年での、都道府県の全産業平均賃金(年収換算)とIT人材密度の対数値の関係をみたものである。大学等卒、大学院卒人材密度の場合と同様に正の傾きがみられるほか、2005年は1990年と比較して、IT人材の重要性の高まり等から相対的にIT人材の賃金水準が高くなっていることもみてとれる。

一方、これらについて都道府県別にみると、大学等卒、大学院卒人材やIT人材の共通した傾向として、東京都、神奈川県、大阪府といった大都市圏を中心に人材の集積が厚く、賃金水準が高い状況にあることがわかる。これは、企業の本社等の集積が厚い地域であることが要因の1つとして考えられる。

なお、こうした人材の集積と賃金に関連する分析として、森川(2011年)では、賃金構造基本調査のマイクロデータを利用した分析に基づき、賃金の人口密度弾性値の上昇により測られる、企業内での勤続経験の蓄積が人的資本の質を高める効果(学習効果)は、都市集積下の事業所で大きく、特に大卒労働者で顕著であるとしている。また、こうした結果は、人口集積地における就労が、学習効果の強さと労働市場でのマッチング改善の両者を通じて、特に大卒労働者で顕著に労働者の生産性を高める効果を持つことを示すとしている。ここでの、大学等卒人材やIT人材といった高度人材と平均賃金との関係は、こうした人材の集積地における就労が高度人材の生産性を顕著に高めることによるものと考えられる。

(地域の賃金水準の維持に必要な大学等卒人材やIT人材等の高度人材の集積)

近年、先進国共通の動きとして、比較優位構造の変化に伴う製造業の海外シフトがすう勢的に進んでいる。我が国では、そうした製造業の海外シフトよる、工場等が立地する地域の経済への影響が懸念されており、製造業から非製造業に雇用がシフトする場合、当該地域における1人当たり平均賃金の低下とそれによる購買力の低下、経済の縮小につながりかねないとの指摘もある。

こうした点について、2001年と2011年での、都道府県の全産業平均賃金の製造業労働者比率への回帰では、正の傾きがみられる一方、2001年から2011年にかけての全産業平均賃金の変化率の製造業労働者数の変化率への回帰では、正の傾きが検出されなかった。また、2001年から2011年にかけての全産業平均賃金の変化幅の要因分解により、すべての都道府県で、2001年から2011年にかけて、全産業平均賃金は低下しているものの、その主たる要因は非製造業における平均賃金の低下であり、製造業労働者の非製造部門へのシフトが主因ではないことがわかった。

一方、1992年と2007年での、都道府県の全産業平均賃金と大学等卒人材密度の対数値の間、1990年と2005年での、都道府県の全産業平均賃金とIT人材密度の対数値の間には、ともに正の傾きがみられ、地域の賃金水準の高さは、こうした高度人材の集積度の高さによりもたらされることが示唆された。

これらのことは、各地域において、生産の海外シフトが生じた場合でも、大学等卒人材やIT人材等の高度人材の集積が維持される限り、必ずしも地域の賃金水準の低下を招くとは限らないことを示唆している。

もとより、生産の急激な海外シフトは地域経済のみならず、我が国の経済全体にとっても大きな問題となりうるものであり、適切な対応が必要であることはいうまでもない。一方、今回の分析で示唆されたように、一般的には、製造業の縮小が都道府県レベルでの1人当たり賃金の押し下げの主因とまではいえない。こうしたなかで、比較優位の変化に伴う産業構造の変化がある程度避けられないものであるとすれば、労働市場におけるマッチング機能を高めるとともに、地域における賃金水準を確保するため、中長期的には高度人材の集積を核として知識集約的な産業を育成していくことが重要であると考えられる。

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