第2章 第4節 2 社会や消費者の変化に応じた新商品・新サービス

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前項で述べたように、最近みられる消費者の変化として、第1に、「低価格志向」と共に「安全志向」や「健康志向」を高めていること、第2に、「癒し」や「環境」に対する関心が広がっていること、第3に、我が国における消費者の属性として「高齢者」、特に一人暮らしの高齢者の比率が上昇していること、第4に、商品・サービスの購入に関わる行動において、「インターネット」の果たす役割が年齢を問わず高まっていること、が挙げられる。第3番目の特徴としての人口の高齢化は、第1番目に挙げた「安全志向」「健康志向」とも関連が深いであろう。特に「安全」「健康」「癒し」「環境」といったニーズは、消費者が環境や自然に対する価値を再評価しているものともとらえられる。このように環境や自然が再評価される流れの中で、地域経済の停滞が懸念されてきた中山間地や農林漁村は、豊かな自然があることを強みとして、消費者ニーズに応じた商品・サービスを提供できる可能性を秘めているとも言えよう。実際に、こうした消費者ニーズに対応した商品・サービスの開発・販売に向けて、多様な主体が知恵・技術・資金等を出し合い、豊かな自然をはじめとする多様な地域資源を組み合わせたり、磨き上げることで、新たな需要を創出しようとする動きが始まっている地域もある。

また、消費者の購入行動におけるインターネットの位置づけが高まるなかで、事業者が消費者と結びつくためのツールとして、インターネットの果たす役割は大きい。既に大消費地から離れた地域の事業者でも、インターネットを活用し、「産地直送」「おとりよせ」といった形で新たな顧客を開拓している事業者は増加しているが、今後もその傾向は続くであろう。また、インターネットの活用で時間や空間の制約がなくなることから、遠く離れた顧客ともインターネットを通じて、客の嗜好等を確認しながら、カスタムメイドの商品・サービスをつくること(多品種少量生産)も容易になり、国内客のみならず、外国客の需要を取り込む可能性も高まる。

以下では、「安全志向や健康志向の高まり」、「癒しや環境に対する関心の広がり」「高齢消費者の増加」といった消費者ニーズを満たす新たな商品・サービスの開発・販売に向けた地域の取り組み事例を紹介していくこととしよう。

(健康社会に向けた新商品・サービスの開発)

「安全志向や健康志向の高まり」や「癒しや環境に対する関心の広がり」といった消費者ニーズが高まっているが、そうした2つのニーズに同時に応えるサービスが開発・販売されてきている。その一つがストレス解消や気分転換のほか、健康意識の高まりの中で、心身共に元気になるサービスである。こうしたニーズを受け、豊かな自然があることを強みに、魅力あるヘルスツーリズムやエコツーリズムの開発を地元の観光関連業者、農家、商工業関係者、大学、NPO、行政等が連携し、地域ぐるみで取り組んでいる地域がある。

長野県では、県内の農家、食品加工業者、ホテル等が連携し、「医食同源」をコンセプトに、県産農産物を使い、健康志向の旅行者に受け入れられる加工品やホテルのメニュー開発に取り組んできたが、地域の食材と豊かな自然とを組み合わせたヘルスツーリズムも開発している。例えば、茅野商工会議所と諏訪東京理科大学が共同で開発した「脳トレツアー」は、自然体験やバランスの良い食事が、脳の前頭葉に良い影響を与えるという科学的データに基づき、トレッキングや森林浴等の自然体験、脳に良い遊び感覚の運動や体操に加え、地元で生産される食材を使った食事を組み合わせた旅行である。2006年6月に同ツアーを開始して以来、参加者は着実に増加し、茅野商工会議所によれば、2009年10月末までに参加者総数は4,000名に達する。

北海道は、美しい海山川があることから、アウトドアスポーツ等で多くの観光客が訪れるが、道内にある多くの温泉地では、消費者の嗜好が団体旅行から個人旅行にシフトしているにもかかわらず、その変化に対応できず、不振に苦しんでいる。しかし、地域資源である温泉を核に、健康づくりや病気療法といった付加価値をつけ、魅力的な滞在型メニューを提供することで、地域再生につなげようとする取組もみられる。例えば、北海道北部の豊富温泉では、油膜が浮く泉質が特徴で、アトピー性皮膚炎に効用があるとされることから、多くの観光客を集めている。また、阿寒湖温泉では、観光協会の機能とまちづくり機能の両方を担うNPOを中心に、温泉街が一体となって、地域資源である阿寒湖のマリモやアイヌ文化等の保護・保存にも積極的に取り組んでいる。こうした取組もあり、温泉、雄大な自然、希少動植物、アウトドアスポーツ、アイヌ文化等の多様な地域資源を組み合わせることで幅広い年齢層や客の興味関心に応じた滞在型旅行の場を提供している。外国人客向けに英語・中国語・韓国語でのホームページでの情報発信も積極的に行うとともに、近年、中国で大ヒットした映画のロケ地が阿寒湖であったこともあり、映画をきっかけに美しい道東の自然を実際に見てみたいという中国人観光客も増加している。山間の小さな温泉地である糠平温泉では、地区の全ての温泉が源泉掛け流しで、2009年度に地区名自体を「ぬかびら源泉郷」に変更し、全国源泉掛け流しサミットを開催するなど、源泉掛け流しにこだわった温泉街のブランドづくりを行っている。こうした温泉自体の魅力の向上に加え、裏山で採れた摘み草を当地で提供するフランス料理の食材にするなど、温泉と地域の食材・自然とを組み合わることによる温泉地の活性化に取り組んでいる。

(循環型社会に向けた新商品・サービスの開発)

資源制約や地球温暖化が社会全体の課題となる中で、省エネ、省資源、食品リサイクル等に対する消費者の理解も広がりつつあり、第2節で紹介したように、自宅での太陽光発電システムの設置、環境対応車への乗り換え、家電リサイクルへの協力、グリーン電力を使って生産した商品・サービスの購入、太陽光や風力等の再生可能エネルギーによる発電所の建設や森林の整備保全事業に対する出資を通じた参画など、消費者個人が日常生活で環境に配慮した取組を実践できる機会も増えている。

さらに、消費者自身が環境負荷の少ない生産プロセスに参加し、この生産プロセスの下で生産された製品を消費できる仕組みも始まっている。有機野菜・低農薬野菜や無添加食品の会員制宅配サービス業者は、会員家庭から出る生ゴミを会員各自が家庭用生ゴミ乾燥機を使って乾燥させたものを回収し、それを有機肥料として各地域の生産者の畑に戻し、その畑で生産された農作物を再び会員に提供するといった、消費者も巻き込んだ完結循環型リサイクルシステムを構築している。同社によれば、2009年4月現在で約4,000世帯の会員がこのリサイクルシステムに参加している。さらに、同社は、養豚や養鶏で高度な技術を持つ生産者や食料品卸売業者とも連携し、こうした完結循環型リサイクルシステムの畜産品への拡大も開始している。こうしたリサイクルシステムは、消費者ニーズの「環境に対する関心の高まり」とともに、「安全志向や健康志向の高まり」にも応える事業であると言えよう。

(さらなる高齢化社会に向けた新商品・サービスの開発)

高齢者の増加に伴い、高齢者の日常生活を支援するサービスはすでに拡大している。毎日の食事を支援するための宅配弁当サービスのほか、高齢者に優しい店づくり等が多くの地域でみられる。また、近年、大手総合スーパーやコンビニによる食品や日用品分野のネットスーパー38や宅配サービスが拡大しつつあるが、ネットスーパーや宅配サービスの拡大は、高齢者にとっても買物の負担軽減につながる。

高齢者の旅行を支援するため、介護付き旅行を提供する企業やNPOも出てきている。介護付き旅行は、体が不自由な要介護の高齢者自身にとって、日常生活から離れ気分転換となるだけでなく、家族にとっても介護の有資格者等が旅行に付き添うことで、安心して要介護家族と旅行ができるというメリットもある。また、沖縄県久米島では、食物アレルギーの旅行者の受け入れ体制を島内の複数のリゾートホテルや医療機関が地域外の調理師学校の協力等も得ながら構築してきた実績があるが、この実績を活かし、高齢者や車椅子利用者にとって滞在しやすいバリアフリー観光地に向けての取組も開始している。具体的には、旅行代理店等の協力も得ながら、高齢者向けのゆったりした旅行プランの作成や噛みやすく飲み込みやすいフランス料理の開発等を進めている。

消費者ニーズの高度化によって、介護分野でも品質の向上が求められる。例えば、介護食は、体調維持のための必要な栄養素を採るという点だけでなく、おいしさ、豊富な種類、継続して利用できる手頃な価格のほか、食欲が出るような彩り・におい、介護現場の職員や家族にとっての扱い易さ等も求められる。さらに、消費者ニーズの「安全志向や健康志向の高まり」により、介護食においても減農薬栽培等の食材のニーズが高まっている。高齢化の一層の進展により、介護食の分野は今後の成長産業として、食品加工企業を中心に新規参入の動きが活発化している。多様な消費者ニーズに応えられる介護食を開発するため、農商工連携や産学官連携の下での取組も始まっている。

食べる楽しみを兼ね備えた安全・安心な介護食の開発

食物の飲み込みが困難な高齢者や要介護者向けの食事は、きざみ食や流動食が一般的であるが、こうした食事では見た目や風味が損なわれ、食欲がわくものとは言えない。こうした長年解決されてこなかった課題に対して、広島県立総合技術研究所食品工業技術センターが開発した技術(凍結含浸技術(注1))を応用することで、タケノコやレンコンといった歯ごたえのある野菜や肉・魚も、見た目や風味を変えることなく、ビタミン類も損失させることなく、軟らかくすることができるようになった(注2)。

商品化には解決すべき問題も多かったが、広島市に生産拠点とともに研究開発拠点も置く大手食品加工メーカーの協力も得ることで、商品化を実現することができた。この食品加工メーカーは、同センターとの共同研究を開始する前から、病院や介護施設への加工食品の納入実績があり、現場の栄養士の要望等も聞く機会が多く、その中に「軟らかさや食べやすさに加えて、視覚面でも食欲が出るような見た目で食材が分かる食品を作って欲しい」という声もあった。

こうした軟らかい食品は、通常食品よりも壊れやすいという特徴を持つため、加工工程や運搬において、通常食品よりも手間や注意が必要となり、コスト面等で解決すべき問題も残っている。しかし、見た目・風味が通常の食材とほぼ同じ介護食を使用することで、要介護者の食欲が増進され、食事時間が大幅に短縮したことから、介護士の負担軽減につながるという当初予想しなかった効果もある。

さらに、同センターでは、減農薬栽培で生産する県内の農業者と県内の介護食製造業者に本技術を供与することによって介護食の更なる高付加価値化や、県立病院等との連携により医療検査食への応用にも取り組んでいる。また、同センターから技術供与を受けた香川県の食品メーカーでも、食物の飲み込みが困難な高齢者向けに惣菜や弁当の販売を行っている。今後、世界的にも高齢化が進むと予想されることから、同センターでは、本技術の海外での普及も見据え、国際特許の出願や国際展示会への出展等も行っている。

(注1) 凍結含浸技術とは、食材を減圧状態におくことで、食材内部の空気と外部の酵素とを置換させ、形状を保持した軟らかい食材が製造可能となる技術。2003年に広島県立総合技術研究所食品工業技術センターが特許取得。
(注2) 例えば、タケノコの形は保たれているが、ババロアのように軟らかくなっているため、高齢者や要介護者が歯茎で容易に潰すことができる。

38. インターネットで注文すると宅配してくれるスーパーのこと。

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